第25話 残虐非道
華の奥義である無手鎌八。
繰り出された八つの鎌鼬は、ショクシュ子の奥義爆指八鞭八によって、最も最小の動きで防がれた。
華は今までに何度か無手鎌八を防ぐ者と相対する事はあった。
しかし、防ぐ者は誰もが盾や甲冑などによる、装備品頼みの武芸者達。
盾や甲冑を持たぬ者の闘いにいたっては、後ろや死角からの奇襲と、真っ向から無手鎌八を攻略しようとする者など皆無であった。
そんな無敵とさえ思われた華の奥義に対し、初めて真っ向から徒手空拳にて攻略したのが触手拳が使い手、岸ショクシュ子である。
大っ嫌いな日本人であり、憎むべき日本人。そんな日本人が初めて、自らの奥義が防いだのである。
本来であれば怒り心頭かと思いきや、不思議と華に怒りの感情は湧いて来なかった。
最強の座に居座り続ける華にとって、目の前にいる天才は間違いなく脅威となる存在。それも大嫌いな日本人である。
それでも、怒りや嫌悪が湧いて来ない。寧ろ、相対する事に歓喜している自分がいる。
本来、華にとって捕食対象とは、己を強くする為の糧としてしか価値は無い。
しかし、ショクシュ子に対してだけは、糧以外の別の価値も感じさせる。
ただ、それがなんなのかは…理解できなかったが。
奥義無手鎌八を繰り出す華と、奥義爆指八鞭八を繰り出すショクシュ子。
二人はジリジリと距離を縮め、お互いに手が届くところまで近付いた。
ショクシュ子の爆指八鞭八は、李羅との対戦によって培った経験が活かされていた。
触手化された指の一本一本を、発勁の力を用いる事によって大気が爆ぜる。
その発勁の活用が、爆ぜる大気の壁を作る原動力となっていたのだ。
そして防御に徹するだけでは無く、カウンターを狙うのも爆指八鞭八の特徴。
攻撃に特化した蟷螂拳の性質と華の性格からしたら、お互いに手が届く距離まで近付けば、自分から手を出さない訳にはいかないからだ。
華もそれを理解していた。お互いに手が届く距離まで近づけば、自分から手を出さない訳にはいかないと、己の気性を鑑みれば、分からない訳が無い。
しかし、ショクシュ子の爆指八鞭八に隙は見当たらない。
どの様に攻撃しても触手化した指が絡み付き、カウンター攻撃へと移行するヴィジョンしか見えてこないのだ。
李羅の奥義に対してフェイントを用いたショクシュ子の様に、華も爆指八鞭八に対してフェイントによる攻撃を考えていた。
それでもカウンター攻撃へと移行するヴィジョンしか見えてこない。
攻め倦ねる華。しかし、ショクシュ子の鉄壁の防御に対して、いつまでも手を拱いているだけでは埒が明かない。
相手がカウンターを狙ってるのならば、自分もカウンターを狙えばいい。
単純にそう判断した華は何の迷いも無く、鉄壁の防御へと奥義を繰り出した。
「奥義!斬逆酷受!」
華の左手が鋭利な鎌となり、ショクシュ子に襲いかかる。
今までの鎌鼬とは違い、実際に腕を鎌化しての攻撃である。ショクシュ子は触手化した右腕でそれに対応。
迫り来る鋭利な鎌に対し、傷付きながらも触手を絡み付かせるのに成功した。
あとはカウンター攻撃へと移行すればイイだけなのだが、華の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
ショクシュ子がカウンターを繰り出す前に、華は右腕も鎌化。
その鎌で自らの左腕と絡み付いたショクシュ子の触手との、両方を斬り裂いたのだ。
ショクシュ子の触手化した右腕と華の鎌化した左腕、絡み合った二つの腕から勢い良く血飛沫が舞う。
まさか自分の腕諸共、斬り裂くとは思ってもみなかったショクシュ子。
華の腕に絡み付いていただけに、ショクシュ子の触手は回避不能となっていたのだ。
ここで手を止める訳にも行かないショクシュ子は、触手化した左腕で華の鎌化した右腕にも絡み付く。
これで両腕を塞ぐことになったのだが、それこそ大きな間違いであった。
華は絡み付いた触手を、今度は鎌化した左脚で自らの右腕諸共、斬り裂いた。
再び二人の血飛沫が舞う。
勿論、ショクシュ子は焦る。
華は何の躊躇いも持たずに自らの腕、諸共に鋭利なる鎌で斬り裂くのだ。
自傷行為に踏み切る事への抵抗を、全くと言ってイイ程に見せない華。
この二人の覚悟の差が、華とショクシュ子との決定的な違いであった。
華にとって自分で自分を傷付けるのに、迷いなどあるわけが無い。
何故なら自分を愛する事すら、していないのだから。
それが拝 華という愛の無い人生を歩む者の、辿り着いた極致。
相手に対して情け容赦無く斬り刻む事が出来るのは、相手を思いやる心や、慈しむ心が存在しないから。
そして自分自身に対してすら、慈しむ心は存在しない。
愛の欠如した人生観。
それが触れるもの全てを斬り裂く、鋭利なる鎌を作り上げる原動力。
勿論、それに例外は無い。だからこそ、自身すら平気で傷付けるのだ。
そんな自虐に対して躊躇いの無い華の鎌化した左脚を、今度はショクシュ子の触手化した右脚が絡み付いたらどうなるのか?
間違いなく鎌化した華の右脚が、二人の脚を諸共斬り裂いてくるであろう。
相手だけでは無く、自分自身をも斬り裂く事を厭わない。まさに狂気。
その狂気にあてられた者たちが、思わず攻撃を躊躇。
それが次の一手を繰り出す為の、隙を作り出すのであった。
これこそ奥義斬逆酷受の極意。愛の欠如した者だけが会得出来る、狂気の奥義なのである。
傷付く事を恐れない華の狂気の奥義にあてられて、流石のショクシュ子も一瞬、気後れする。
そしてこれこそ、ショクシュ子が見せた隙となるのであった。
お互いに両腕が血に塗れながらも絡み合っている。
だが、脚は自由に動かせる。
気後れして、脚への対処を遅らせたショクシュ子に、華の容赦無い鎌化した踵落としが繰り出された。
ショクシュ子の両腕は華に絡み付いているので、離れる事も逃げる事も叶わない。
両腕が塞がったショクシュ子を情け容赦無く、真っ二つにする程の鋭利なる大鎌が、天から地へと振り抜かれた。
…振り抜かれた大鎌が空を切った。
奇しくも両腕が血に塗れていた事が、ショクシュ子を助ける結果となったのだ。
絡み付いた触手が血の滑りにより、咄嗟に腕から離れる為の潤滑油の働きとなって、華と距離を取ることに成功。
九死に一生のショクシュ子。
着ていた「寿司、天麩羅、芸者、FUJIYAMA」と書かれたTシャツが真っ二つになるのを見て、その斬れ味の凄まじさに戦慄が走る。
華の持つ狂気と、それによって生まれる鋭利なる鎌。
これが華を最強の座に居座らせる原動力なのだと、改めてショクシュ子は理解した。
そして理解したからこそ、尚更最強の座を明け渡して貰わなければならないと、確信した。
こんなのは間違っている。格闘技とは、自分自身を傷付ける為のものなんかでは無いのだから、と。
愛に満ち溢れた触手拳の使い手であるショクシュ子だからこそ、華の考えは改めさせなければならないのだ。
それが触手と共に生きる者の宿命。
ショクシュ子の全身に纏う触手オーラは、より一層の愛の波動を高めるのであった。




