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不死の島  作者: 天とぶ羽
4/4

3・4月 【私】

                            *     *     *


 司と名乗る少年と別れてから、私はナップザックを捨てた。

 中に入っていたのは初めに言っていた時計と、ライター、小柄なバタフライナイフ、大きくて鞘に収まっているような…サバイバルナイフ、というものだろう。バタフライナイフの柄には、矢印が二つ書いてあった。どちらも赤黒く、片方には『生』と書いてある。

 そして、真っ赤なハンカチとシステム手帳、ボールペン。


「何なのかしら、これ。必要なの?」


 何でいつも持っているものがここで必要なのかわからない。

 こんなに少ない持ち物を大きなバックに入れていることがバカらしくなって、ライターとナイフ2本だけを出す。

 そう、捨てたのではなくて目印にするの。

 自分に言い聞かせるように歩き出す。

 時計を見る。制限時間は24時間。

 この日のためにスニーカーを買っておいてよかった。土を歩いている感覚に、新鮮な気持ちになる。

 ――こんなに心が弾むのはいつ以来かしら?

 いつも社長にこき使われて気持ちが沈んでいた。だから、今日はそんな私に対するご褒美なんだわ。神様から手紙が来るなんて、夢にも思わなかった!

 木の間を舗装されていない道が続いている。見上げるほど、上までまっすぐに続いていて気が滅入るほどではあるけれど、1日で登れないこともないだろうと思う。

 ――山育ちを甘く見ないことね。

 私は、黙々と、ただ山道を登り続けた。不思議とどれだけ時間がかかっても一向にお腹が減らない。


 ――朝、食べてきていないのに。




 同じ風景を見ながらどれだけ登ったのだろう。しばらく登り続けると、道は唐突に平坦になり、2メートルくらい高さのある草がその道の先を隠していた。

 道は2つに分かれている。

 ――右は薄暗いわね。左は…全くわからない。

 どうしようと悩み、時計を見てみる。

 14時ジャスト。

 あれから3時間も登り続けていたなんて信じられない。それに、日も全く落ちていない。

 そういえば太陽が同じところにある…

 照らし続ける太陽は、変わらず真上に在った。

 ――この調子で進んでいけば、きっと。




 歩き回ってみたけれど、何も見付からない。

 噂で聞いたような洞窟の入り口も崖も、何一つなかった。

 騙されたの? でもそういえば、この島から帰ってきた人の話は一回も聞かなかった。

 ここで時計を見てみる。

 ――あと半日しかない…

 焦りが私を支配した。帰れなくなるのは本末転倒…でも、収穫なしで帰るわけにはいかない。

 必ず、願いを叶えるんだ。

 私は仕方なく、バタフライナイフを開いて地面に軽く突き立てた。ぐらりと揺れたナイフの柄が、パタンと倒れる。

 『生』の矢印が、私に向いて。

 ――…後ろに行けって事?

 振り返ると、先ほどまで登ってきた道が、見えない。

 正確に言うと、真っ暗で道かどうかもわからない。

 道だけ木々がよけているように、太陽が照り付けていたのに。

 じっと見つめていると、暗い闇が、ゆらりと揺れた。

 ――う、動いた!?

 得体の知れない恐怖が身体を駆け巡る。そんなものは居ないと思っているけれど、身体は照りつける太陽の熱を感知せず、変わりにヒヤリとしたものを感じ続けていた。

 ――な、なに、おばけ!?

 実はというと、そういう類のものは大の苦手だった。父親がそういうものが見える人で、小さい頃から恐ろしい話を聞かされ続け、それがトラウマで―


「…そんなこと考えている場合じゃない!!」


 自分に活を入れ、ナイフの刃が指したほう―前の道へと駆け出した。咄嗟にバタフライナイフを拾い上げ、ぱちんと閉じる。

 振り返ることが出来なかった。得体の知れないものは、見ないほうがいい。




 私は走り続けて、やがて大きな洞窟を前にして止まらざるを得なかった。

 大きな口を開けて獲物が入るのを待っている、怪物―


「…って、現実にそんなことが起こるわけないじゃない」


 言葉に出さずには居られなかった。

 けれど、ここが目的地であったように思う。本当に、どうしてなのかわからないけれど。

 同時に、言ってはいけないと何かが叫んでいる。


「…このために、来たんだもの、行かなくちゃ」


 ふと入り口を見ると懐中電灯が置いてある。恐る恐る近づいてスイッチを入れると、何の問題もなく点いた。

 もう1つ、こちらは蝋燭が立っていた。けれど私は懐中電灯を離さなかった。

 ――これをもっていこう。

 そうして私はもう1度時計を見る。

 後、3時間。今から戻れば、帰れるかもしれないけど―

 考えを振り払い、私は洞窟に入っていった。




 どこまで進んだのか、どこが突き当たりなのかがわからないほど、中は真っ暗だった。足元は不自由で、時々躓いては転んでしまう。膝は怪我だらけ、けれど痛みはなかった。

 ――確実に近づいている。

 そういう気がしてならなかった。

 時計を見ると11時を少し過ぎたあたり。もう今から帰っても間に合わない―――帰らなくてもいいか。

 そうして進んでいくと、巨大な扉が現れた。


「う、わぁ…」


 1人ではとても開けられそうもない。けれど、よく見ると地面に岩で出来たパズルピースのようなものが落ちていた。扉を見るとはめる場所がある。


「これをはめればいいのね?」


 誰かに確かめるようにつぶやく。そして早速取り掛かる。

 少し経ってピースが全てはまると、扉の隙間から光がこぼれる。数歩下がると、巨大な扉は自然に開いた。すさまじいまでの光の奔流。




 黒い光に、包まれる。




 ――おかあさん…

 ――おとうさん…

 ――わたしのこと、いらないの?


『な…』


 ――あんたなんか生まれてこなければ良かった!

 ――いい加減にしなさい、何なの、!?

 ――もう、いいから消えてよ!!


『なに…』


 ――舞子、じゃまだからあっち行って

 ――へえ、君がまいこちゃんか

 ――新しいお父さんよ

 ――かわいいね、舞子。


『なに、これ!!』


 ――やだ・・・

 ――いやです!!

 ――なんで

 ――どうして…


 どうしてわたしばっかりこんなめに。


 ドウシテワタシバッカリコンナメニ!


『やめて!!』



 気がつくと、わたしは小さい身体になっていた。どうしてだか、わからない。

 そうして仰向けに寝転んでいる。天井ではなく、新しいお父さんの顔がすぐ傍にある。

 20年近く苦しみを味わった母の再婚相手。

 どうでも、いいけれど。

 何も感じない。

 何も聞こえない。

 ただ、何かが見えている。

 醜い、顔。

 わたしはふと、持っていたサバイバルナイフを取り出した。


 わたしの願いは1つ、

 この人が、消えること。


 ナイフを腹に突き立てた。

 けれど、ナイフには鞘があって、刺さらなかった。

 何かわからない顔が、奇妙な形に歪んだ。

「―やっ」

 こわい。

 顔が顔でなくなっていく

 こわい!

 どろりと溶けて、黒いものがわたしの顔にぺたりと落ちる。

 こわい…怖い!

 どろどろ溶けたものが、わたしの身体に落ちていく。

 こわい怖い恐い…

 そうしてわたしの皮膚から、内部へと侵入していく。

 こわい怖い恐いコワイ!!

 身体は痺れたように動かなく、冷たいものが這いずりまわる感覚。

 こわい怖い恐いコワイこわい怖い恐いコワイ…

 目の前で溶けていくモノの外側だけでなく内側も溶け出した。溶けてわたしの中に入り込む。

 こわい怖い恐いコワイこわい怖い恐いコワイこわい怖い恐いコワイ!

 全てが見えなくなっても、わたしの中は気持ち悪い。


『それで、気が済んだかい?』


 それは、変な感覚だった。

 動かせるようになったわたしの腕を見ると、どろりと溶け出していた。肌の色をして落ちていく、何か。

「あれ?」

 どろどろ溶けていって、血管が、神経が、筋肉が、骨が、見えた。

「どうしたんだろ、これ?」

 どろどろ、わたしの右腕が消えた。

「あはは、へんなの〜」

 左腕も、同時に消えた。

「なくなってくよ〜?」

 急に落ちて、お尻を打ち付けてしまった。

「いたた」

 みると、膝から下も消えていた。

「地面にくっついちゃったみたいだな」

 わたしだったものが、広がる。

「あ〜あ、お腹もきえちゃった」

 ふと見ると、分かれ道で見たあの黒いものが、じっと見ていた。

「どうしたの?」

 黒いものは、ただじっと見ている。

「ひとりでさびしいの?」

 ゆら、と、ゆれた。

「おいで」

 ついに口元も溶けてしまって、最後の言葉は口に出来なかった。

 ――いっしょに行こう?

 ぽとりとしずくが、おちたきがした。


 真っ暗な世界で、誰かが居た。

 それは、私。

 闇の中全てが、私。

 わたしを抱きしめてくれたはずの、

 最初の人。

 忘れていた、私。

 わたしは1人じゃなかった。

 真っ黒な光が、わたしを包んでくれた。


『ヤットテニイレタ…ワタシダケノ、ワタシ』


                                                         「青原舞子の場合」 了




お読み下さり、ありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?

ご意見・感想などありましたらご連絡ください。


ホラーの風上にも置けない…と感じられた方もいらっしゃるかと思いますが…

ご容赦ください(汗


実は、この小説は5月・6月・・・と続いております。

連載も考えましたが、切りよく始まりだけということもあり、完結とさせていただきました。

機会があれば再度連載もあるかもしれません。(可能性としては薄いですが…)

そのときは、お読みいただければ幸いです。


それでは、またどこかで。


―天とぶ羽

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