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不死の島  作者: 天とぶ羽
3/4

2・4月 【中旬】

 彼女は約束の時間の30分前に来た。


「お久しぶりです」

「はい」


 僕が挨拶をすると、重そうな黒いバッグを下ろす。少し息が切れている。相当重かったんだろうな…これ。


「約束の、お金です。全財産の、半額分」


 僕は中を開けることなく受け取った。


「確認しないのですか?」

「確認したところでどうなることでもないでしょう? 本人がわかっていれば良いことですから」


 それが案内人としての信用ってもんです、と付け足す。彼女は本当に驚いている。


「それに今から追求したからといって、この近くにお金を下ろせる場所もありません」

「ああ、なるほど」


 ここは人里離れたところだ。人里どころか社会や世間から離れ、忘れられた場所。普段は誰も通ることはない。


「では、準備しましょうか。中でコタツにでも入っていてください。僕にはやらなければならないことがあるので」

「わかりました」

「時間になったら呼びに行きます」


 ため息を吐いて彼女は小屋へ入っていった。戸を閉めたことを確認して、準備を始める。




 時間になる直前に彼女を呼びに行った。彼女は目を輝かせて立ち上がる。


「手荷物はお預かりしますから置いていってください」


 渋々荷物を置き、玄関を出た彼女は足を止める。


「…え?」

「どうしました?」

「…あの、山は?」

「ここは海ですよ」

「…さっきまであったのに」


 これくらいで驚かれては困る。


「さあ、船を用意しました。乗ってください」


 戸惑ったように頷いて、彼女は僕の用意した船を見る。


「…これで、行くんですか?」

「はい、これで行くんです」

「…転覆、しませんか?」

「はい、転覆しませんよ」

「…浸水、しませんか?」

「はい、浸水なんてとんでもない」


 心配になるだろうな…僕だって、木製の手漕ぎ舟なんていつの時代だ!と思う。

 けれど、自然の恩恵で出来たものでなければ受け入れてくれないんだから仕方ない。


「わかりました。契約もしたことですし、信用します」

「それは良かった。では、行きましょう」


 時間も迫っていることだし。




 漕ぎ出して数分で11時になった。

 そろそろこの舟も新しいものを作らないといけないだろうか?


「視界が利かないですね」

「はい。でもあってますよ」

「そうなんですか?」

「僕は案内人ですから」


 なんとも理由になっていないけれど、仕方がない。本当なのだから。


「もうそろそろですよ。前方の海面を見ていてください」

「…?」


 漕ぐ手を止めて、舟を安定させる。

 ここで安定させないと大変なことになることは実証済みだ。


「…なに、あれ…!?」


 彼女が驚くのも無理はない。前方から正体不明の光る触手のようなものが現れれば、誰でも不安を感じずにはいられないだろう。


「大丈夫ですから静かにしていてください」

「大丈夫って…」

「言ったでしょう? 島までの安全は僕が保障しますって」

「…わかり、ました」


 このお嬢さん、なかなか肝が据わっているな…

 光る触手はゆらりと舟の下を通る。そして船底を覆うと、その面積を広げて舟を押し上げた。

 彼女は「ひっ」と小さく声をあげたものの、言ったとおりに静かにしていた。

 舟に乗り込む際に貸したナップザックを抱きしめて、必死に抑えているようにも見える。


「後は勝手に連れて行ってくれますから、楽にしていてください」


 止まっていた船が、動き出す。

 光る触手が収縮するように、やってきた方へと引いていく。僕らの乗った舟はそれに乗っかっている形で、漕がずに移動している。

 僕は楽だ。


「わ、移動して…じゃ、ない、させられてる…」


 まさにその通りだな。


「この調子だと正午くらいにつくことになりそうですね」

「…そんなに、ですか?」

「これでも短いほうですよ。天気が悪いともっとかかりますから」


 そう。視界がほぼ零になる霧の中でも、いいほうだ。…確か五年ほど前には嵐の中、津波を越えて行った覚えがある。


「天気が悪くても行くんですか? この舟で?」


 …なんだ、この舟じゃいけないというのか?

 …言いたい事は良くわかるけれど。


「はい。島に予定の日を申請していますから、変更は出来ないのです」

「そうなんですか? じゃあ、嵐の日も?」

「はい、絶対に動かせません。嵐だって行きますよ、この舟で」


 彼女は完全にひいている。多分、良かったなどと考えているのだろう。

 それからの彼女は光る触手を覗いたり、触ろうとして僕に止められたり、時間を確認したりしながら時間を潰していた。今日の光る触手の収縮スピードは緩やかだから、そんなに心配しなくても大丈夫だろう。

 …僕の船酔い体質。




 やがて、少しずつではあるけれど霧が薄れてきた。それと同時に鮮やかな緑色の霧が視界に移る。

 …何度見てもきれいなんだよな…この色。


「………うわぁ……」


 この色に圧倒されない人間は、人間じゃないと思う。

 鮮やかな木々の緑。

 風に揺れ、葉のこすれる音。

 心地の良い、空気。

 この島には神が住んでいる。


「素敵…」


 彼女も徐々に見えてくる景色に見とれているみたいだ。

 …今のうち、だけだからなのだろう。




 やがて完全に霧が晴れると、今度は島の大きさに圧倒される。島全体を覆うように生えている樹木がより大きく見せているのだとしても、巨大すぎる。


「…凄い」


 無意識なのだろう、つぶやいたその声は圧倒されていることを表していた。


「あ、もうすぐです。船着場が見えてくるはずですよ」


 一応声はかけたものの、絶対に聞こえていないと思う。

 触手はゆっくりと進行方向を変え、島から離れていく。


「え、ええ?」


 困惑した、彼女の声。


「な、何で離れて行っちゃうの!?」

「安心してください」


 僕はゆっくりと話しかけた。


「あれは、幻影ですから」

「…幻影?」

「いかにも何かあるように見えるでしょう? それを利用して、島を守っているんです」

「そう、なのですか?」


 彼女は唖然とし、その後島についたときには呆然としていた。


「ほ、本当だ…しかも、船着場って結構…」

「ボロですからね」


 年代物なんだよ気にするな、とでも言ってやろうかと思った。


「では当初の予定通り、僕は明日の正午まですぐそこにある小屋で待っています。それまでに帰ってきてください。」

「時間を過ぎた場合には?」

「僕は帰りますので、どうぞご自由に。二度と帰ることが出来なくなりますから、よく考えた上で行動してください」

「…わかりました」

「それから、僕が貸したものは必ず身に着けておいたほうがいいかと思います。例えば…ナップザックの手前のポケットにある時計とか」

「時計?」


 彼女は腕時計を出して、眺める。一応女物で、バンドも細めのものを用意しておいたから違和感はないはずだけれど。


「はい」


 彼女は時計を左手首へ、内側に文字盤がくるように付けた。


「他に、ご質問は?」

「いえ、特には」


 ないらしい。それなら、見送ることにしよう。


「それではさようなら。貴女に希望と絶望がありますように」






 彼女が船着場を離れて行ってしまってから、まだそんなに経っていないはずだ。僕は舟を固定してから小屋へ向かった。

 長い間放置していたというのに、木でできた小屋は真新しい。


「ふう」


 ここに来るのも久しぶりだ。

 当然、あいつに会うのも。


『今回は遅かったのね?』


 あいつは当然のことのように座っていた。


「ああ、かなり」

『待ちくたびれちゃった』


 照れながらはにかむ。手で僕を呼んで隣に座らせ、僕はそれに従う。


『ねえ、いつ振り?』

「そうだな、3ヶ月くらい」

『…随分端的に言うのね? 私はずっと待っていたっていうのに』

「それは今に始まったことじゃないだろ?」


 あいつは機嫌を損ねたらしく、ふいっと横を向いてしまった。

 僕は仕方なく家の中に置いてあったはずの冷蔵庫を探す。確か、居間の棚の隣に…ああ、あった。


「何か、つくってやろうか?」


 食い物で釣る作戦。


『……』


 ん〜…。

 冷蔵庫の中には、何故かサツマイモと砂糖、バター、卵、牛乳、紅茶のパック。


「…わかった、スイートポテト作ってやるから。それから、後で1つだけわがまま聞いてやるから機嫌直してくれ」


 あいつが振り返って、抱きついてくる。

 ひどく、実感がない。


『やった!!』


 嬉しそうににっこり笑う。まあ、こういうと大抵要求されることはただ1つきりなんだけれど。




 それから僕は広言通りスイートポテトもどきを作ってやり、ついでに暖かいミルクティーも入れて、縁側で庭を見ながらゆっくりした時間を過ごした。

 久しぶりの暖かい場所。

 独りではない、場所。


『もう、暗くなっちゃったね』

「春といってもまだ寒いからな、仕方ない」


 暗くなった縁側で、あいつは僕の肩に頭を乗せる。


『あと少ししか、いられないね』

「…決まりだからな、仕方ない」

『いつも、そればっかり』

「…それもやっぱり仕方ないんだろうな」


 彼女は俺の腕を抱きかかえた。


「ごめん」


 それでも彼女の温もりが、俺に届くことはない。

 こんなに、近いのに。

 こんなに、触れているのに。


『仕方ないんだよ、気にしないで』


 そう言って彼女は微笑んだ。


『それよりさっき、何でも一つ言うこと聞くって…言ったよね?』


 意地悪そうな顔を向け、にこっと笑う。


 ―夜は、更けていった。




 …目が覚めた。


『起きた? 朝ごはん、作っておいたよ』


 そう言って、エプロン姿のあいつがお玉を持って現れた。

 まだ夢の中かと思って頭を床に思いっきりぶつけてみた。

 痛い…夢じゃなかった。


『な、何やってるのよ!?』


 あ、ちょっと額切った…


『寝ぼけているにしてはタチの悪い…』


 呆れ顔で僕の所まで来て、さらっと手当てをした。額に包帯を巻かれた僕は、顔を洗って戻ってきた。

 …卓袱台ちゃぶだいの上に、味噌汁と白米、鮭の塩焼き、納豆、卵焼きが置いてあった。


「僕、まだ目が覚めてないのかな?」

『いい加減、しつこいわね〜…』


 どうやら、僕はかなり寝起きがいいようだ。




 僕らは朝食を食べ終えた後、3ヵ月分の会話を交わした。


 そして時間を見る。後、1時間。


「あと、一時間か…」

『…ん、そう、だね』


 悲しそうな、寂しそうな、諦めたような、顔。


「まあ、またすぐ会えるよ」


 ほんの気休め程度の言葉。

 今は言うべきときではないというのに、つい口をついた。

 それは僕自身を納得させるための言葉でもあった。


『…いつ? 今度は、いつ会える? 明日? 明後日? 1週間後?』


 抑えていたんだろう、あいつは言葉を途切れさせることはなかった。


『何で私たち、会いたいときに会えないの? なんで待たなくちゃいけないの!? 寂しいよ!!』


 いつもは言わない言葉。いつもは押し込めていた言葉。

 俺はただ抱きしめることしか出来なかった。

 酷く、現実感が伴わない。


『ごめん、辛いのは私じゃないのに』

「いいんだ、大丈夫。…ほら、早く戻ったほうが良い。力の消耗が激しいんだろ?」

『でも、』

「また会いに来る。…必ず」

『……わかった』


 悲しそうに笑って頷いた。僕は家を出る。

 振り返ると、そこはただの小屋だった。




 そして、約束の時間。

 僕はもう1度だけ、船の上から振り返る。

 森の上で黒い光が広がった。


「…始まったのか…」






久しぶりに会ったけど。

やっぱりあいつが一番可愛いな。


…ん?急に暖かくなってけど。

なんなんだ、一体?



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