第四話 ケモミミ少女は身勝手な神様
突如瑛太の前に現れた狐の化身、半獣の少女。
その姿に度肝を抜かれてしまった瑛太だったが、彼の頭は意外と冷静だった。
「商業神……ルゥ……さま?」
「ルゥで良いぞ」
ルゥと名乗った元狐の神様は自信満々にそう返事を返す。
「ええと、商業神って事は、ルゥは商いの神様って事?」
「いかにも。儂が手招きすれば商人が営む商店には客が押し寄せ、農民が耕す畑は豊作が約束されるぞ」
ちょいちょい、と手招きするような愛らしい仕草でルゥが自慢気に語る。
「や、約束されるんなら、自分の力で解決できるんじゃないの? その経済危機って」
頬を上気させながら、そう返す瑛太。
普通であればその仕草にメロメロになってしまう所だったが、皮肉にもケモミミ少女が目の前にいるという衝撃が瑛太の精神をかろうじて正気に保たせていた。
「いや、儂ひとりの力で商人や農民達に富を与えることが出来たのは遥か昔の話なのじゃ。今の儂には苦しんでおる商人達を助ける事は出来ぬ」
「不況で力が無くなったって事? だから僕に助けを?」
「そうじゃ」
やっぱり商いを司る神様だからこそ経済の昇沈に影響されるという事か。でも不況になれば力が無くなるって……株みたいな神様だな。
「それに、儂の力が弱まっている原因は経済危機とは別にもう一つあるのじゃ。最初の経済危機が原因で始まった戦争が終わり、荒廃した人々心の支えになった新しい宗教があろう事か儂への信仰を禁止したのじゃ」
その宗教が崇める神様以外の異なる神様や教説を禁止する、いわゆる異端ってやつか。
「儂の力の源は、人々の『信仰心』と商売人の『幸』じゃ。それが無くなってしまえば、儂は消えてしまう」
「つまり、不況で人々は不幸になり、さらに人々からルゥへの信仰心が失われつつあるって事スね」
「その通りじゃ」
商業神への信仰離れと経済危機による不況。そのダブルパンチでルゥは自分の力ではどうする事もできなくなるほどに由々しき事態になっている。だから僕達比留間家に救いを求めたというわけか。
「うーむ……」
その説明で状況だけは理解できた瑛太だったが、やはり自分ひとりではどうしようもない事のような気がしてならなかった。神様を救うために、大不況に陥っている異世界を救えって、どうやってやるんだそれ。凶悪な魔王を倒せ、みたいな難題だけど単純な方がまだ出来る可能性はあるように思えるもん。
「いや、言いたいことは判るぞ。お主が危惧している事は重々承知じゃ。故に方法は考えておる。あとはお主にそれを実行してもらいたいのじゃ」
「え? 方法、スか? あるの?」
「うむ」
自信ありげに頷いて見せるルゥだったが、瑛太は信じられないと訝しげな視線を送る。
不況をひとりの人間が解決できる方法なんてあるとは思えない。
だけど、もしかするとルゥは商業の神様だから凄い方法があるのかもしれない。
疑りながらも何処か期待が膨らむ瑛太だったが、ルゥの口から続けて放たれたのはその期待を大きく裏切る言葉だった。
「お主はこれから儂の名を語り、商人達を助けるのじゃ」
「……はい?」
その言葉にぽかんと呆けてしまった瑛太。僕がルゥの名を名乗り、商人達を助ける?
「えーと……どういう事?」
「事は簡単じゃ。お主が儂の名を語り、比留間一族の知略で不況に喘ぐ商人達を救えば全てが解決するじゃろ?」
「え? あ~……」
つまり、僕がルゥの名を語って商人達を助ける事で、彼らの身に「幸」が舞い込み、そして商業神の力で商売が再興したと噂がたてば、商人達の「信仰心」を取り戻す事が出来るというわけだ。
僕にそれが出来るかどうかというとてつもなく大きな問題はとりあえず置いといて。
「マジで言ってるんすか、それ」
「大マジじゃ」
バッチリじゃろ、と根本的解決になっていない案を披露するルゥに瑛太は二の句を継ぐ事を忘れる位に呆れ返ってしまった。
無理でしょ。その商人達がどんな商売をしているのかも知らないし、僕には父さんみたいなマーケティング知識があるわけじゃないし。
「安心するのじゃ。特別に儂が付き添ってやる」
「ルゥが……付き添い?」
ケモミミ少女と共同生活in異世界。
魅力的なその言葉に瑛太の脳裏にもわもわと様々な煩悩が支配していく。
「……はっ! いやいや、そういう問題じゃないスよ! 問題なのは僕にその商人達を救う術が無いって事スよ!」
「大丈夫じゃ。こうやってフードを被って行けば……ほら、獣人族であることはバレぬじゃろ?」
えへへ、と何故か嬉しそうに笑いながら、ぴんと立ち上がった獣耳をワンピースのフードの奥へとしまいこむルゥ。
ああ、確かに耳と尻尾を隠せば普通の女の子ですもんね。
じゃなくて。
「だから、そういう話じゃ無くですね」
ちゃんと僕の話を聞いてください、と瑛太がルゥに詰め寄ったその時だった。
すう、と瑛太の足元に風が吹き抜けていくと同時に、瑛太の足元に異変が起きた。
「あッ!? えっ!?」
瑛太の足元に現れたのは、人一人通れるほどの小さな穴だった。
そして、背筋が凍る浮遊感と共に瑛太の身体がふわりと宙に浮かんだ。
「儂も直ぐ後を追う。丁度とある商人がルーヴィク神殿に向かっておるでの。あ、着地には注意するのじゃぞ」
「なっ……どわぁぁぁぁっ!!」
喉奥からひねり出された悲鳴が暗闇に響き渡ると同時に、断末魔に似たその悲鳴を引き連れながら、まるで排水口に流されるがごとく、穴の奥へと吸い込まれて行く瑛太の身体。
「儂とこの世界の運命はお主にかかっておるのじゃぞ、瑛太!」
「ンな事ッッ! 知らねぇからぁぁあああっ!」
可愛い顔して本当に身勝手な神様だっ──
次第に小さくなっていく、はらはらと手を振るルゥの姿を睨みながら瑛太はあふれだす怒りと共に、心の底からそう叫んだ。