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第二十二話 わるだくみ

 ラドマンが言った通り、状況は瑛太たちが考えるよりもずっと悪化していた。

 ホワイトムーンから逃げた瑛太たちを探すべく松明を手にした請負人たちがそこら中に網を張り、大通りはこうこうとした明かりで照らされていた。

 彼らが張る網の目をくぐり抜けて無言のままラドマンが向かった先、大通りを避けるようにぐるりと大回りした瑛太たちが到着したのは、請負人ギルドの裏口だった。


「請負人の奴らはこっちには入れねぇから、トッタの野郎にバレる事は無いと思うが、念の為、職員とすれ違っても目立つ事すんなよ」

「め、目立つことって何スか!?」

「今のあんたみたいに、挙動不審になったり……神様を名乗ったりだ」

「うっ……」


 からかうようにそう言い放つラドマンの言葉に、瑛太は小さく息を呑んでしまった。

 ラドマンの言葉には多少刺はあるものの、笑みを浮かべていることから怒ってはなさそうだ。相変わらず恐ろしい顔だけど。


「ま、お前たちも色々聞きてぇだろうが、ちゃんと説明してもらうぜ?」

「も、もちろんですとも」


 そしてラドマンが扉を開いた向こう、殺風景な通路が見えた。

 ここはいわゆるバックヤードというものだろうか。請負人たちがたむろする雑然としたギルド内とは違い、綺麗に整理されている。

 そしてラドマンに言われた通り、平静を装い幾人かの職員たちと会釈を交えながら瑛太たちが案内されたのは、奥に設けられた職員用のミーティングルームだった。


「さてと。先にこっちから話させてもらうぜ? 何せヘンリエッタの依頼だからよ」


 丸テーブルをはさみ、どかりと木組みの椅子に腰を降ろしたラドマンがそう切り出した。


「ヘンリエッタさんの依頼?」

「ふたりを保護して欲しいと俺んトコに来たのさ。ヘンリエッタとマルクスの野郎が」


 ラドマンが言うには、ホワイトムーンを飛び出した瑛太たちを追って、すぐさまトッタ神父と請負人たちは姿を消したらしい。そして瑛太たちの身を案じたヘンリエッタはマルクスと共に請負人ギルドに走ったという。


「にしても異端容疑とはまた珍しい容疑をかけられたモンだな。かれられたのはどっちだ?」

「儂じゃ。トッタの奴は商業神ルゥの姿について調べたらしい」

「成る程ね。俺もまさか嬢ちゃんが本物のルゥ様だとは思いもしなかったけどよ」

「すみません、騙すような真似を」

「まぁ、嘘には良い嘘と悪い嘘があるが、あんたのはどっちかっつーと良い方の嘘っぽいからな……って、ンなことはどうでもよくてよ、ヘンリエッタが言ってたのは、異端容疑を取り下げる事ができる方法は無いか、という話だったが……」


 そう言いながらラドマンがスキンヘッドの頭をさすりながら、背もたれに背を預けた。

 その表情から、続く言葉はあまり良くない話なのだろう、と瑛太は予想した。


「一度かけられた異端容疑を取り下げてもらう方法は普通に考えると──無い」

「な、無い?」

「ああ、無い。異端容疑で教会が動いたっつー事は、奴らは確たる証拠を持ってるって事だ。その証拠が有る以上、どう足掻いても教会が取り下げる事は無い。だが──」


 眉根を寄せながら、ラドマンは続ける。


「ひとつあるとすれば、その異端容疑が濡れ衣だっつー、やつらの存在を脅かすドデカイ何かがあれば状況は変わるかもしれん」

「やっぱりそうですよね」

「事態はあんたやヘンリエッタが思う以上に深刻だ。時間が経てば経つほど、あんたはもちろん、ヘンリエッタにとっても良くない状況になっちまう」

「教会の矛先がホワイトムーンへ向けられるということか」


 ポツリとルゥが囁いた。


「その通りだルゥ様。ルゥ様たちが捕まらなければ、奴らはヘンリエッタを情況証拠で異端容疑にかける可能性が高い」

「僕たちををあぶり出すために?」


 そう続ける瑛太にラドマンが小さく頷く。


「どうもトッタの奴はルゥ様を異端容疑で裁きたくて仕方がないようだな。依頼で相当数の請負人が駆り出されてる」

「なんでそんなにしてトッタ神父は僕らを?」


 これまで幾度と無くエルトンをうろついてたけど、教会はそんな素振りは見せなかった。


「フム、俺も気になったのがそこなんだがな。そもそも異端容疑で実際に教会が動く事なんてそうそうあるもんじゃ無ぇんだ。昔、聖マリアント教会が今ほどの規模じゃなかった頃は他の宗教を排除するために大枚はたいて頻繁にやってたらしいけどよ、昨今じゃ異端って言葉は脅しに使うくらいで、実際に行動に移すなんて聞いたこともねぇ」

「……え? そうなんスか?」


 その言葉に瑛太は思わず目を丸くしてしまった。


「エルトン然り、世界規模の宗教になって経済に食い込んでいる聖マリアント教会にとって、異端容疑で実際に動くということはリスクが大きい。もし誤認だった場合、批判の目に晒され、権力闘争を続ける他の組織に付け入る隙を与える事になるからだ」

「トッタはそのリスクを犯しても、儂を捕まえる必要があったというわけか」

「でもなんで? なんでそこまでして?」

「……逆に聞きたい。あんたはどう思う?」


 じっと瑛太を見つめながら、ラドマンが問いかけた。それは、未だに瑛太を神だと信じているような眼差しだった。


「ど、どう思うって……?」

「あんたは商業神じゃなかった。だが、ホワイトムーンを復活させるためにあのアイデアを考えたのはあんただろ?」


 今までとは違うアプローチで、請負人たち間で消えかけていたシルバーアクセサリーの有用性を再起させ、彼らの足をホワイトムーンへ向けさせた戦略。


「ぜひあんたの考えを聞きたい」

「え、ええっ!?」


 切望の眼差しを送るラドマンに瑛太の心臓は破裂しそうなほどに脈打ってしまった。

 そんなアイデア、簡単に浮かぶはずはない。


「う〜ん……」


 そう思いながらも思案し始める瑛太。

 不可解な部分が多すぎるのは事実だ。そもそも、何故トッタ神父はリスクを犯してまで動かざるを得なかったのか。なぜトッタ神父はルゥを捕まえなければなからなかったのか。

 瑛太は自然と結論から原因を究明するマーケティング手法、ロジカルシンキングで根本に眠るものを探はじめていた。

 ルゥが異端容疑で捕まった場合に損をするのはもちろんホワイトムーンだ。異端容疑者をかくまっていたヘンリエッタさんも同じ罪に問われ、ホワイトムーンは最悪取り壊され、良くても営業停止になってしまう。だとすると、ホワイトムーンが営業停止になった場合、得をするのは誰か。シルバーアクセサリーの有用性が請負人たちの中で広がり、需要が増えつつある状況でホワイトムーンが無くなって得をするのは──


「……バーバラ商会」


 瑛太がぽつりとつぶやいた。

 そして、瑛太の頭の中に点在していたものが次第にひとつの地図を形作りつつあった。


「む? 何じゃ?」

「ルゥ、確かヘンリエッタさんは嫌がらせを受けてたって言ってたよね? トッタ神父に」

「うむ、確か、言っておったな」

「それっていつからって言ってたっけ?」

「貨幣地代を滞納してからだと言っておったから、二ヶ月くらい前かの」


 二ヶ月前。その言葉を聞いて、瑛太は視線をラドマンへと戻した。


「ラドマンさん。バーバラ商会がエルトンに来たのはいつかわかりますか?」


 瑛太の問いかけに答える事なく、ラドマンは笑みを浮かべた。まるで瑛太の考えている事が全て理解できているかのように。


「二ヶ月前だ。バーバラ商会がエルトンに来たのは」

「やっぱり。バーバラ商会がエルトンに来た時と、ヘンリエッタさんがトッタ神父に嫌がらせを受け始めた時期が一致してる」

「……つまり、どういうことじゃ?」


 単刀直入に言わぬか、とルゥが鼻に皺をよせながら、瑛太の上着の裾を引っ張る。


「ルゥがトッタ神父に捕まる事で最終的に得をするのはバーバラ商会なんだよ」

「さらにバーバラ商会がエルトンに来た時と、トッタ神父がホワイトムーンをエルトンから追い出さんが如くヘンリエッタに嫌がらせを始めた時期が一致しているというわけだな」


 瑛太の言葉にのりかかるようにラドマンが続けた。


「……つまり、バーバラ商会とトッタがつながっているということか!」


 話の筋を理解できたルゥが、はたと気づいたようにそう漏らす。

 バーバラ商会がトッタに取り入って、エルトンからホワイトムーンを排除するように手を回している。要はバーバラ商会がエルトンで銀細工ギルドのシェアを握る為に、ホワイトムーンを排除しようとしているということだ。


「ルゥ、昼間言ってたバーバラ商会が請負人に色々と聞きまわってるって件」

「うむ。ホワイトムーンに請負人が集まりつつある理由を一刻も早く解明したいと考えていたのかもしれんな。ホワイトムーンが異端認定されて──エルトンから排除される前に」


 ホワイトムーンがエルトンから排除されたとしても、請負人たちが買い渋っている現状を打開しないと、バーバラ商会がエルトンで銀細工のシェアを握ることは難しい。だからなりふり構わずバーバラ商会は請負人たちに聞き込みをしてたって事か。


「これはいいぞ。バーバラ商会とトッタの不正な繋がりがわかれば、もしかしたら教会を追い詰める事ができるかもしれねぇ」

「……お、おお!」


 思わず瑛太が感嘆の声を漏らした。

 トッタ神父とバーバラ商会の繋がりがわかれば、スキャンダルを恐れた修道院長によってトッタ神父が言い出したルゥへの異端容疑は取り消されるかもしれない。


「となれば、トッタ神父とバーバラ商会の繋がりを見つける為に直ぐ動くべきですね」

「いや、お前らは動くな。ルゥ様、特にあんたは」

「何故じゃ?」

「考えてみろ。トッタとバーバラ商会の繋がりを示唆する証拠を見つける前にルゥ様がつかまっちまったらアウトだろ?」


 なりふり構わずホワイトムーンに来たトッタ神父の事を考えると、その日のうちに火炙りにされる可能性は高い。そして、ホワイトムーンを消す為に、ヘンリエッタさんもすぐにルゥを匿った罪で捕まってしまうだろう。


「あんたたちはこのままここで身を隠すべきだな。そして出来るだけ時間を稼ぐ」

「だとしたらどうやって奴らの繋がりを見つける? 動ける者はおらぬぞ?」


 ヘンリエッタやマルクスが動くわけにもいくまい。

 そういうルゥにラドマンはにやりと笑みを浮かべた。


「トッタとバーバラ商会は俺がなんとかする」

「え?」


 その言葉に瑛太は目を丸くしてしまった。


「ラドマンさんがトッタ神父とバーバラ商会の繋がりを……? まさか!? だって請負人ギルドは教会からの依頼を受けているんですよね!? もし探っている事がバレたら」


 トッタとバーバラ商会がつながっているというのは憶測であって、確実じゃない。

 それに、もし事実だったとしても、明るみに出てはならないその情報は簡単に調べる事は出来ないはず。


「うるせぇ。ンな事はどうでも良いんだよ。トッタもまさか俺が動くとは思わねぇはずだし、お前らが動くよりも数倍警戒されずに奴らに近づけるはずだ」

「で、でも……」

「でももヘチマもねぇ。いいか、俺が助けンのはあんたらっつーよりも、ヘンリエッタなんだ。もし教会に異端容疑でヘンリエッタが捕まっちまったら、あいつの死んだ親父に合わせる顔が無ぇ。あんたらは『ついで』だ。だから気にすることは無ぇだろ?」

「……う……」


 どうだ、と首を傾げながら問いかけるラドマンに瑛太は続く言葉を飲み込んでしまった。

 ラドマンの性格を考えると、それは単なる言い訳だと瑛太には判っていが、引っ込む理由を絶たれてしまっては、もう言い返す言葉は何も出てこない。


「……どうやってトッタとバーバラ商会の繋がりを見つけるつもりじゃ?」


 二の句を継げない瑛太に代わるように、ルゥがそう問いかけた。

 時間はそう有るわけじゃない。タイムリミットは、トッタ神父がルゥの確保を一旦諦め、ヘンリエッタの身柄確保に動くまでだ。

 そして悪どい笑みを浮かべるラドマンの恐ろしげな声が部屋に響く。


「見くびンなよルゥ様。俺は元請負人で、今は請負人ギルドのマスターだぜ?」

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