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第二話 もふもふに頼まれて

 目を開けているのか、それとも閉じているのか。状況が全く判らない深い暗闇の中に瑛太は居た。多分僕は死んでしまった、と辺りを支配する漆黒の闇に恐怖しながら瑛太は心の中で呟いた。茜姉さんか、それとも父さんか、そのどちらかが畳間でひっくり返った畳とその下で転落死している僕を見つける事になるだろう。

 そして、きっと明日のニュースでこう言われる。

 『女性にデートを断られた事にショックを受け自殺か。比留間瑛太さん(二十三歳 無職)が自宅畳間の床下で死体で発見されました』って。

 ああ、なんという情けない最後か。僕の死体を見た父さんはいつもの口調で「マーケティングで回避できた」とか冷めた口調で言うんだろうか。

  

「しかし、ずいぶんと派手に落ちたな」

「え……?」


 突如として闇の中に響き渡ったのは、瑛太を優しく撫でるような小さな声。その声に瑛太はぎょっと身をすくめてしまった。

 口調は古めかしい感じだけど、声色は若い。幼い子供か、女の子だろうか。


「お主が次の代理人じゃな」

「だ、誰だ!?」


 またしても放たれた小さな声に、瑛太は声の主を探してキョロキョロと辺りを見渡す。

 そしてしばしの時をはさみ、次第に闇に慣れてきた両目がその声の主の姿を闇の中にぼんやりと浮かび上がらせた。大きさにして中型犬、といった所だろうか。瑛太の瞳に映ったのは暗闇の中でもはっきりと判る、白い毛で覆われた一匹の獣だった。


「い、犬!?」

「馬鹿者、犬ではないわ。儂は狐じゃ」


 間違えるでない、と瑛太の目の前にちょこんと座っているふわふわの白い動物が苛立ちをにじませた声でそう言った。確かに目の前にいるこの動物は犬とはちょっと違う。長いマズルに白く綺麗なふさふさの尻尾。

 目の前に座っている白い動物は紛れも無く白い狐だった。


「狐……!? 狐がなんでこんな所に……!?」

 なんというか、とても肌触りが良さそうな白い毛で覆われた蒼い目の狐だ。可愛いというより何処か神々しい感じがするのは気のせいだろうか。

 …………いやいや、待て。そんな事よりもツッコむべき所はあるではないか。


「今、喋ったよね?」

「儂は現世に長らく住まう守護神だからの。喋って当然じゃ」

「守護神? 守護神って……神様ってこと?」

「うむ、その通りじゃ」


 こくりとマズルを上下させ、ふわふわ狐はそう答える。普通ならば「そんな馬鹿な」と鼻で笑う自信がある瑛太だったが、目の前に座っている人語を話す狐の存在は瑛太にその話を信じさせる説得力を持っていた。


「ま、マジすか。でも……なんでウチの地下に神様が」

「ココはお主の母屋の地下ではないぞ」

「え?」


 ふわふわ狐が口にした言葉に瑛太の表情からさあっと血の気が引いてしまった。ウチの地下じゃない、という事はやっぱり僕は死んじゃったって事なんだろうか。


「ここは……ひょっとして天国ですか?」

「馬鹿者。ここはあの世では無いわ。お主の住まう世界と儂の住まう世界の境目じゃ」

「境目?」


 思考キャパシティの低い瑛太の思考容量はすでに限界に達しつつあった。


「お主、儂の姿を見て驚きもせんとは比留間一族にしてはなかなか芯の強い男だと思ったのだが、単に鈍くさいだけだったのか。判らん男じゃな」


 そう言ってめんどくさそうに狐の神様は後ろ足でぽりぽりと顎下を掻く。


「お主、名は?」

「え、瑛太です」

「ふむ、瑛太か。前任者から話は聞いとらんのか」

「前任者って誰ですか?」

「なんと。あの男は何も話しておらんのか」


 全くどうしようもない奴だ、とふわふわ狐がため息を漏らす。そして立派な白銀の尾をゆらりと揺らしながら続けた。


「良いか瑛太、心して聞け。次の代理人に選ばれたのは……お主なのじゃ!」


 器用に前足を使い、びしっと音が聞こえてきそうな程、鋭く指差す狐の神様。

 自分では衝撃的な事を言っているつもりであろう狐の神様だったが、当の瑛太の頭にはぷかりとクエスチョンマークが浮かんだだけだった。


「な、何か反応せぬか」

「え? えーっと……」


 さみしげな視線を送る狐の神様に、瑛太は慌てふためいてしまう。


「代理人って何のことでしょう? 僕が何かの代役を務めるんスか?」

「そこからか」


 反応が薄い瑛太に薄々そんな事なのではないかと察しつつあったふわふわ狐は続ける。


「お主は非常に由々しき事態になっておる儂の願いを聞き、解決するために呼ばれた代理人なのじゃ」

「……はい?」


 思わず情けない気の抜けた返事を返す瑛太。お願いを聞くってふわふわ狐の神様のお願いを聞くってこと? 僕が?


「なんで?」

「えっ?」


 そんな返答が返ってくるとは思ってもみなかった狐の神様は目を丸くしてしまった。


「な、なんでって比留間一族は儂が住まう世界と縁が深い一族だからに決まっておろう」

「えっ、ウチが?」

「そうじゃ。お主は比留間一族の末裔であろ?」

「いや、確かに僕は比留間家の人間ですけど、だからと言ってなんで僕が狐の神様のパシリをしなくちゃいけないんスか? ヤですよそんな」

「パ、パシ……ばか、馬鹿者ッ! パシリと違うわッ!」


 狐なのに何故パシリという言葉を知っているのか少し疑問になった瑛太。

 なんかわけがわからない話になってきた。神様のお願いがどんなことなのかは全く判らないけど、想像するに簡単なお願いであるわけがない。近所のお使いレベルだったら動かなくてもできちゃうでしょ。だって神様なんだし。


「それがお主ら比留間一族の重要な役目なのじゃ! 今回は儂の依頼を受ける事がお主ら比留間一族に課された使命じゃ!」

「いや、そうは言ってもですよ? いきなりこんな所に連れて来られて、儂を助けろって言われてハイ判りましたってなるわけないスよ普通」


 そうだそうだ。よくよく考えたらなんか腹が立ってきた。さっきわざとらしく畳の隙間からチラ見して、近づいた所で畳をひっくり返したのもこの狐の神様に違いない。ああ怖い、危なく神様に殺される所だったじゃないか。


「すみませんけど、僕じゃなくて誰か別の人に頼んで貰えますか? 僕はこれから大事な大事な就職面接があるので。それじゃ」

「何? 『しゅーしょっくめんせ』とはなんじゃ? ……あ、こら、待たんか!」

「待たぬません」


 くるりと背を向け、落ちてきた道を手探りで戻り始める瑛太。だが、そんな瑛太の腕を狐の神様は慌てて、はし、と両手の肉球で掴んだ。


「な、何スか!?」

「良いか、お主はここに足を踏み入れた瞬間から次の代理人に選ばれたのじゃ。代理人に選ばれたお主は役目を終えるまで向こうの世界には戻れぬっ!」

「ええっ!? なんスかそれ!?」

「儂が許可せねばお主は帰れぬということじゃ!」


 さも当たり前のように言い放たれたその言葉に、瑛太は驚く事をスルーしてふつふつと込み上げてくる怒りに支配されてしまった。


「ふ、ふざけるなっ! 神様だからって横暴だろっ!」


 がっしりと挟み込む狐の神様を振りほどこうと瑛太はぶんぶんと振り回す。意外と軽かったらしく瑛太の腕にぶらんとぶら下がったまま、狐の神様はされるがまま宙を舞った。


「あ、こら、止め……っ!」 

「離せっ! これから大事な就職面接なのにっ!」

「その『しゅーしょっくめんせ』というモノがどれほど重要なモノなのかは知らんが、儂を助ける方がずっと重要じゃ!」

「就職面接は比留間家を救う為にとても重要なの! 身勝手な狐の神様を助けるよりも!」

「なな、何を言うか!」


 それから瑛太と狐の神様はやいのやいのと悶着を繰り返す。


「絶対に帰らせてもらいます!」

「ダメじゃ! ていうか、無理じゃ!」


 帰るという瑛太に、帰さぬと引き止める狐の神様。そうして、暫くそんな埒が明かないやりとりが続いた後、先に折れたのは──瑛太の方だった。


「あぁ、もう! わかった! わかりましたよ! やればいいんでしょ、やれば!」


 もう自棄やけだ、と言わんばかりにそう言い放つ瑛太。


「そこまで言うんだったら、神様のパシリでもなんでもしてやろうじゃないの! お使いから下の世話までなんでも言ってくださいよ!」


 なんでもやりますよ。なんならそのふわふわの身体をマッサージしましょうか。

 ほら、ほら、と逆に詰め寄る瑛太に狐の神様は思わず気圧されてしまう。


「……な、なにか釈然とせぬ言い方じゃが、まぁ、良いか……」


 瑛太の言い草に納得が行かないとノズルの先にシワを寄せ、ぶつぶつと愚痴を零す狐の神様。そんな苛立つ心を押さえるように一呼吸置くと、静かに狐の神様は続けた。


「……とにかくだな、今回お主にやってもらいたい事はひとつなのじゃ」


 心して聞け、と狐の神様が美しい蒼い瞳で瑛太を見つめる。どんな願い事でも来いや、と鼻息あらく狐の神様の言葉を待っていた瑛太だったが、続けて神様の口から放たれた言葉は瑛太の予想を大きく越えるものだった。


「単刀直入に言うと、お主には──危機的状況にある儂の命を救ってほしいのじゃ」


 幼い子供のような、少女のようなか細い狐の神様の声が暗闇に広がっていく。そして、狐の神様の声が余韻を残したまま消えた後に辺りを支配したのは、重い沈黙だった。


「……はい?」


 予想の範疇を超えた突拍子もないことを言い放った狐の神様に、瑛太はまたしても気の抜けた情けない返事を返す。

 瑛太がその言葉の意味を理解するには、時間が必要だった。

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