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第十五話 スキンヘッドの請負人 その2

 視線を一心に受けたマルクスは、もごもごと気まずそうに言葉を含みながら、ゆっくりとカウンターの上に置かれていた一枚の紙を手繰り寄せ、懐へとしまいこんだ。


「お主、まさかヘンリエッタにことわり無しに請負人になろうとしておるのか?」


 思わずいつもの口調で問いかけたルゥにマルクスは「図星です」と言いたげにぎょっと身をすくめてしまった。

 確かヘンリエッタさんはマルクス君が請負人になることに反対していたはず。ここに来ていきなりヘンリエッタさんが許可したとは思えないし、多分内緒でここに来たんだろう。


「成る程、だから僕達にバレて気まずそうにしてたってワケなのか」

「な、なんだよ。あんたらには関係無いだろ」

「確かに僕達には関係はないけど……ねぇ?」

「うむ。ヘンリエッタは悲しむだろうな」

「……いや、半殺しにされるかも……」


 ヘンリエッタさんは請負人の話をしただけで激怒してたくらいだから、内緒で請負人になった、なんて知ったら……多分あの魔術をぶちかまされるんじゃないだろうか。想像しただけで恐ろしい。


「たた、頼むよ。僕がここに居た事は姉ちゃんには内緒にしてくれよ……」


 冗談半分で言ってみた瑛太の言葉が意外と効果があったらしく、マルクスは潤んだ瞳を携えながら瑛太達に懇願した。


「でもさ、マルクス君はどうしてそこまでして請負人になりたいわけ? ヘンリエッタさんに内緒にするにしても、そこら辺は話してくれないと、ねぇ?」


 そこ、重要でしょ? この生意気な少年の弱みを握るためにも。


「そ、それは……」


 瑛太の問いかけにマルクスは言葉を飲み込んでしまった。まるで母親に隠し事を咎められているようなしゅんとした歳相応の反応を見せるマルクス。

 そしてそんなマルクスに代わり、口を開いたのはラドマンだった。


「こいつの母親、魔獣に殺されてンだ」


 不意を突いたように放たれたその言葉に瑛太は目を丸くしてしまった。


「ラ、ラドマンさん……っ!」

「ルゥ様が言うとおり口外して欲しくないんなら、ちゃんと理由は言わにゃいかんだろ」


 それが筋ってモンだ。そう言い放つラドマンに、唇を尖らせながら塞ぎこむマルクス。だが、しばしの間をはさみ、仕方がない、とマルクスは静かに語り始めた。


「……あの時、父ちゃんも姉ちゃんも、母ちゃんを助ける事ができなかったんだ。二人とも魔獣を倒せるくらいの魔力を持ってたんだけど、魔獣にビビって」


 マルクスがまだ幼かった頃、エルトンの周囲には今よりも危険な魔獣が多く生息していたという。当時、魔人族と人間族の間で勃発した百年戦争は終結したものの、魔王の息がかかった一派の抵抗が未だに続いており、請負人達はほとんどが北部へと駆りだされていた。元々請負人が少なかったエルトンのような辺境の荘園では多くの村人が犠牲になり、彼らの母もそんな野放しになった魔獣の犠牲になった一人だという。


「父ちゃんや姉ちゃんが銀細工師じゃなく、請負人だったら母ちゃんを助ける事ができたんだ。請負人だったら魔獣が襲いかかってきた時、ビビらないでいつもの魔術をぶっ放す事ができたはずだもん」

「だからお主は請負人になる、と?」

「そうだ」


 問いかけるルゥに躊躇すること無く頷くマルクス。


「いざという時は絶対また来る。そんな時姉ちゃんを守れずに、姉ちゃんが殺されるのを只見てるなんて絶対に嫌だ」


 それはマルクスなりの姉への強い想いだった。

 ヘンリエッタは危険な場所へ踏み込ませない事でマルクスを守ることができると信じ、マルクスは己が強くなることで姉のヘンリエッタを守れると信じている。

 方法は違えど、かけがえのない家族を守りたいという想いは同じだった。

 そして、瑛太は以前マルクスに感じていた既視感の正体が何なのかが理解できた。

 マルクス君はなんとなく僕と似ているんだ。母親を亡くして、その原因のひとつが家族が生業としている仕事だと知って、それを嫌いながらも、家族を守りたいと自分なりに考えてる。まぁ、請負人になるっていう目標があるだけニートの僕より数百倍マシだけど。


「だったら尚更ヘンリエッタさんを裏切るような真似、やめた方がいいんじゃね?」


 マルクスの考えを理解した上で念を押すように瑛太が言った。

 同じ想いなら、じっくり話せばヘンリエッタさんもわかってくれる気がする。

 だが、瑛太の言葉にマルクスはただ俯くだけだった。

 そんな事わかってる、と言いたげに、唇を噛みしめながら。


「ルゥ様、さっきの質問、どうやって請負人になるか、だったよな?」

「え? ええ、はい」

「請負人になるのはスゲェ簡単だ。この請負人登録書に署名して提出すれば終わりだ」


 そういってラドマンはカウンターの下から一枚の紙、羊の皮で作られた羊皮紙を取り出した。それは請負人のルールにつて記載された「規約書」だった。その羊皮紙にはサインを書く場所があるだけで、それ以外に何か記載するべき場所は無い。

 つまり、そこにサインすれば請負人になれる、という事なんだろうか。


「それだけ? それだけで請負人になれるんスか?」

「そうだ。この登録書を出せば、領主様から請負人登録番号が発行される。それで晴れて請負人の一員ってワケだ」

「そんな簡単に……」


 請負人になれる資格も無ければ、登録料も無い。そりゃルゥが言ってたように、犯罪者に片足突っ込んだ人達が雪崩れ込むわけだ。


「請負人のルールはひとつ『依頼及び己の生命の危機以外ではいかなる殺生を禁ずる』っつー事だ。後は教会から発行された依頼を請負人ギルドで受け、こなす。そんだけだ」

「皆さんが持っている剣とか防具とかシルバーアクセサリーとか、そこらへんについて助言とかは無いんスか?」

「そんな事、領主様も教会もしねぇさ。彼らにとって請負人は只の消耗品だからな。依頼をこなせば金はやる。だがその他は勝手にやれって考えだ」

「まさか?」

「本当だ。だからよ──」


 そういってラドマンがカウンターの下から分厚い本のようなものを取り出した。木製のハードカバーに縫い付けられている幾枚もの羊皮紙が瑛太の目に映る。


「それは?」

「ウチで申請を出した登録書の写しだ」

「写し? 何に使うんスか?」


 登録書はサインが書かれているだけで個人情報が書かれているわけじゃない。その利用目的が判らず首をかしげる瑛太をよそに、ラドマンがぱらぱらと羊皮紙をめくりはじめた。


「たとえば、だ。この男」


 と、ラドマンの手が一人の請負人の登録書で止まった。


「名前はラドウィット。確か……そうだ、二年目になる請負人で、見た目は請負人らしくない優男なんだが少々熱くなりやすい性格の男でな。魔獣を前にした時には必ず一回深呼吸しろと言ってる。そのお陰か最近は多少頭に血が昇る回数が減って依頼成功率も高くなってきてンだ。請負人になった理由は、故郷に残した母親を食わせる為。以外と情に熱い男なんだぜ?」


 羊皮紙に書かれていない情報を次々と口にするラドマン。あまりに詳細な内容だった為、どこかにメモがあるのかと思った瑛太だったが、そのようなものは何処にも無かった。


「次はこいつ。バクシー。細長い針金みたいな男なんだが、弱々しいナリからは想像できねぇくらい剣の才能はずば抜けてンだ。愛用している武器は身の尺ほどある大剣で、オーダーした一品物らしい。さっきのラドウィットとは違ってバクシーは冷静沈着な男で、危険は犯さない事を信条にしている。最近よく言うのは、仲間を大切にしろ、って事だ。いざという時背中を守ってくれるのは仲間だからな」

「ま、まさかラドマンさん……」


 またしてもサラサラと別の請負人の情報を説明していくラドマンに瑛太は頭を殴られたような衝撃を受けてしまった。


「まさかこの請負人リスト、全員覚えてるんスか?」

「まぁ、大体はな。性格とか特性とか知ってると色々とアドバイス出来ンだろ?」

「領主や教会の代わりにサポートするために彼らの素性を?」 

「エルトンには特に駈け出しのヒヨコみてぇな連中がゴロゴロしてるからな。領主様も教会も面倒見ねぇならウチでやるしか無ェだろ? まぁ、見てやれんのは一端の雄鶏になってエルトンを羽ばたいて行くまでだがな」


 もっと具体的に聞くまでもなくラドマンが彼らに何を提供しているかは瑛太には直ぐに想像できた。装備の問題はもちろん、その請負人の力量に合った依頼の発注や自らの経験を元にした討伐に関するアドバイス、ひょっとしたら私生活についても色々と口を出しているのかもしれない。


「まぁ、そのせいで、教会からの依頼は激減したっつーのに奴らはウチでだらだらと溜まってやがンだけどな」


 まるで親鳥の元を離れらんねぇ小鳥だ、と豪快な笑い声を放つラドマン。

 その言葉に、先ほどまで敵意の塊だと思っていた請負人達の表情が、まるで我が家に居るような安心した表情をしているように瑛太の目に映ってしまった。


「そうか。ラドマンさんの請負人ギルドが混雑している理由はそれなんだ」

「どういう事じゃ?」


 成る程、と頷く瑛太にルゥが首をかしげた。


「いや、てっきりイライラしながら教会からの依頼を待ってるだけだと思ってたんだけど違うんだよ。彼らは……そうだな、言わばラドマンさんのファンなんだ」

「ファン?」

「うん。ラドマンさんはマルクス君にしたように、多分ひとりひとりに口うるさくアドバイスしているんだよ。だから請負人の人達は自然とラドマンさんのギルドに集まるんだ」


 ラドマンさんが言った通り、親鳥の元を離れられない小鳥のように。


「マルクス君がここに来る理由がわかりましたよ。確かに請負人になるならラドマンさんにお願いしたほうが絶対良い」

「つっても、流石にヘンリエッタの許可が無けりゃマルクスを請負人にはさせねぇぜ?」

「は!?」


 不意に放たれたラドマンの言葉にマルクスは思わずラドマンを二度見してしまった。


「嘘だろ? 僕を一端の請負人にしてやるって言ってたじゃん!」

「あん? 確かに言ったが、ヘンリエッタを騙すような真似して請負人になって、死んだ両親が喜ぶと思ってンのかお前」


 ラドマンが放った言葉にマルクス続く言葉を言い淀んでしまった。

 多分、両親が生きていたとして、この場面に出くわしたら喜ぶどころかぶっ叩かれちゃうだろう。いや、亜人族だから、魔術をぶっ放されるレベルだと思う。


「だからヘンリエッタに黙ってお前を請負人にすることは出来ねぇ。しかし……まぁ、なんだ、ヘンリエッタに許してもらえるように俺も一緒に説得してやっから」

「えっ?」


 その言葉に、暗雲に光が差し込むようにマルクスの表情が、ぱあと明るくなっていく。


「お前は男の亜人族の癖に、ずば抜けて魔力が高い。請負人になれば、ひょっとすると歴史に残る請負人になれるかもしれねぇぞ?」

「まま、マジ!?」


 ラドマンが放った言葉に、カウンターにつっぷすように前のめりになり、長い耳先まで赤く火照らせていくマルクス。

 マルクス君を突き放すだけじゃなく、ちゃんとフォローも入れる辺りがさすがだ。


「てなわけで、ルゥ様、ちと話がずれちまったが、請負人についてはなんとなく判りましたかね?」

「え、あ、ええっと……最後にひとつ良いスか?」


 不意に振られた質問に、瑛太はしどろもどろになりながらも、したためてきた最後の質問を口にした。


「ラドマンさんが考える良い請負人ギルドって何スか?」

「良い請負人ギルド?」

「一般的に、じゃなくてラドマンさん自身の考えを聞かせて欲しいんスけど」


 良い請負人ギルドとは何か。瑛太にはそれが何なのか全く想像出来なかったが、ラドマンには判っているような気がしていた。

 そしてそれがホワイトムーンを立て直すヒントになるという予感も。

 予想だにしなかった質問に腕を組み、うむむと悩んでしまうラドマン。そしてわずかな間をはさみ、ラドマンは自信満々に答えた。


「そりゃあ、あれだろうな。自分で言うのはこっ恥ずかしいが……『心』だと思うぞ」

「え?」


 恥ずかしそうに鼻の頭を掻きながら言い放つラドマンに、瑛太の心臓がどくりとひとつ跳ねた。

 確か父さんも言っていた。商売にしろ人付き合いにしろ、人を動かすのは心だって。


「請負人ギルドは教会から来た依頼を流れ作業のように張り出して、請負人の連中がそれを受けて、一見『心』なんて必要ない場所だ。だがよ、俺は逆に請負人の連中には心で接してやらにゃイカンと思うんだよな。そのお節介で奴らが生き残って、またこの場所に戻ってきてくれンなら──これ以上嬉しい事は無ぇぜ」


 その言葉に瑛太の中で散らばっていた点がゆっくりと結ばれていったような気がした。ヘンリエッタさんの考え。ホワイトムーンの現状。銀細工ギルドが置かれている状況。そして、これまで父さんが話してくれた事──


「……これだ……ッ!」


 思わず瑛太は力強く握りこぶしを作ってしまった。まるで天啓が降りたように、ぱちんと瑛太の中ではじけた何かは次々と一枚の「地図」をその脳裏に描いていく。


「何か思いついたのか瑛太?」

「判ったよ、ルゥ!! やっぱりここに来て良かった!!」


 やったとルゥの両手を取り、瑛太がぴょんぴょんと飛び跳ねる。一体何が何なのか判らないルゥは、目を白黒させながらぶらんぶらんと瑛太のなすがままにされるしか無かった。


「ありがとうございましたラドマンさん! マルクス君も!」

「え? あ、おう。そりゃ良かったな」


 ラドマン自身にも何がヒントになったのか全く判らず、とりあえず良かったと笑顔を覗かせる。


「それじゃ、僕はホワイトムーンに戻りますので、これで!」

「儂に判るように説明せんか……って、馬鹿! 何処を触っておるか!」


 突然抱えられたルゥの叫び声が響くも、その声はすぐに店内に飛び交うの請負人達の笑い声の中に虚しく溶けこんでいった。

 残されたのは、状況が掴めず、目をぱちくりとさせたまま硬直しているラドマンとマルクス。ルゥの声を引き連れてすっ飛んでいく瑛太の背中を、ふたりは呆然とした表情で見送っていた。

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