8月11日(月) キノコの娘×2 vs 少年K ROUND2
―――8月11日(月) 曇り 午前 9:42
居間から出た慶太は……
ミーちゃんと、キノコの娘の香那を引き連れて、
次なる目的地―――台所に近づいた時だった。
「「う……」」
台所からは……いままでと、明らかに違う
雰囲気が漂っている……。
―――ここに近づいてはならない。
まるで魑魅魍魎たちが蠢く、悪魔の森の中にでも、
迷いこんだかのような……そんな雰囲気。
つまり、台所にいるという事だ。
「……わかりやすい」
「……そうですね」
「うにゃーーー」
ミーちゃんは、手足をバタバタさせ、
今にも爆発せんばかりに、
その内に秘める、野生の開放を主に求める。
慶太は、そっとミーちゃんを床に降ろし……。
猫型誘導ミサイルを―――発射。
「ふにゃー!!」
眠れる獅子ならぬ―――
眠れる猫が―――いま、目覚めた!!
まっしぐらに廊下を駆け抜ける閃光。
急激にその軌道を、ほぼ垂直に曲げ、台所に突撃。
カチャカチャと激しい音が、響き渡った。
―――どうやら、無事に目標に命中したようだ。
「やった! みーつ……」
頼もしき愛猫の背を追い、台所へと突入し、
完全勝利宣言を行おうとした―――慶太。
だが……。
「……ば……かな……」
だが―――そこにキノコの娘の姿は―――ない。
慶太の目の前には、
信じられないような光景だけが広がっていた。
「くっ……キャットフード」
猫型誘導ミサイルが命中した先……。
そこには、食器皿にてんこ盛りにされた、
ミーちゃんのご飯があった。
「ふにゃあああああ!!!!!」
一心不乱にご飯にカブりつく、ミーちゃん。
「さすがおねえちゃん……容赦ないです」
……口元をひくつかせる、香那。
頼みの猫を失い、呆然とする慶太。
(ふふふ……ツメが甘いわね……慶太)
そんな二人を見ながら……
冷蔵庫の横で透明になった久那は、ほくそ笑む。
(念には念を入れてニボシも混ぜさせてもらったわ。
残り時間は……あと6分……猫がご飯を食べ終わるまで、
8分は確実にかかる)
(……まあちょっと可哀想だし、夏休みは私たちと一緒に
外で遊ぶ条件に変えてあげるから、安心しなさい)
「……このままでは……」
残り少ない時間……慶太は考えていたが……。
「そうだ……ねぇ君、名前は?」
不意に、香那に声をかける慶太。
(????)
「あっ、香那です……『白雪 香那』と言います。
おねえちゃんは『白雪 久那』です。
私たち、双子のキノコの娘です」
紹介が遅れたとばかりに、頭を何度もさげる、香那。
「……香那、お腹空いていない?」
「……え?」
そういうと、慶太は冷蔵庫から、高級そうな包装紙に
包まれた細長い箱を取り出し、食器棚から大きなお皿を
一枚、テーブルの上に置く。
「……カステラだけど」
「ええ!?」
緑の瞳をクリクリさせながら、驚きの声を上げる香那。
(なん……だと!? あの伝説の!?)
―――キノコの双子は、美味しい食べ物が大好きだ。
特に、久那は甘い食べ物には……滅法弱かった。
(くっ……罠だ! これは慶太が仕組んだ……)
―――巧妙な、心理戦!!
揺らぎ、崩れそうになる自らの意志を、
久那は、危ういところで踏み留める……。
(カステラ……ちくしょおおぉ!!!)
今、食べ物の誘惑に負け、精神集中を解いてしまえば……
たちまちのうちに、光学迷彩が解け、見つかってしまう。
そして―――オーバーテクノロジーとも言える
このシロコナカブリの光学迷彩能力には―――
一つの弱点が、存在する。
それは、自分と、その手で掴んだものを
『ひとつ』しか、透明化する事ができないのだ。
すでにゲーム機本体を抱えている久那が
あのカステラに手を伸ばせば、カステラが透明化の
対象となり、ゲーム機本体が丸見えになってしまう。
そうなれば、終わりであった。
(あの時……)
そう……あの時、説教しながらも和菓子をパクパクと
食べていた久那ならば……必ずや食いついてくるはずだ。
慶太には、確信があった。
そして……その希望に、自分の引き篭もり生活を
賭けねばならないという最後の賭けでもあった。
(カステラ……)
(食いつけ……キノコの娘)
「……美味しい?」
「はい……すごく……美味しいですうぅ」
テーブルに座り、至福の表情で、
カステラを……さも美味そうに食べる二人。
久那は透明化を維持しつつ、皿を確認する。
そして―――現実を知る―――。
残されたカステラは……あと一切れ。
きっちり、三人分しかなかったという事実を。
(…………)
ごくり―――と喉を鳴らす音が―――
慶太の耳に……たしかに聴こえた。
「……香那」
「モグモグ……はい?」
「あと一切れしかないけど……食べていいよ」
「ホントですか慶太さん!?」
(!!?)
香那の手が、最後の一切れのカステラに伸びたときだった。
「「……あ」」
カステラが……ひとりでに宙に浮かんでいく。
そして……口いっぱいにカステラをほおばりながら、
片手でゲーム機本体を抱えている久那の姿が
テーブルの横に浮かび上がってきた。
「ぢくしょう……モグモグ……」
もはや観念し、すべての光学迷彩を解除。
「……みーつけた」
そして……戦いを終える声が、
静かに、台所に響いた。
「食べもので釣るなど……モグッ……汚いぞ、慶太」
真剣勝負に負けた悔しさに……
口にほおばるカステラの味に……
涙を―――目に潤ませる―――久那。
「おねえちゃん、美味しい?」
「……美味い……くそぅ……」
ゲーム機本体を、慶太に手渡しすると、
久那は、涙を手で拭う。
そして……。
「今日のところは……わたしたちの負けだ……」
敗北を認める―――久那。
「お……おう」
「だが! 次は勝つ!! 必ずな!!」
そして、ふたたび復讐を誓う―――久那。
「はあああああ!!?」
「慶太さん、カステラ美味しかったです」
両手を合わせ、香那はにこやかにご馳走様をする。
「帰るわよ! カナ!」
「はい、おねえちゃん……またね慶太さん」
「ちょ……お前らまた家にくるつもりかよ!?」
「「お邪魔しましたー」」
慶太の声を置き去りに、双子のキノコの娘たちは、
玄関から出ると……。
声を出して―――ゲーム機を持ったまま廊下で立ち尽くす
慶太に―――挨拶をする。
その引き戸が閉まり……再び静かになった広い屋敷。
「…………」
先ほどまでの喧騒が嘘のように、
今は針時計の音しか聞こえてこない。
「……へんな……キノコたち……」
そう呟きながらも……。
慶太の胸の奥は、かすかに高鳴っていた。
「誰かと……遊ぶなんて……」
あの日を境に―――
独りの殻に閉じ篭もって……一年。
ずっと無かった……出来事だった。