8月5日(日) 『突撃計画・始動』
―――8月5日(日) 晴れ 午前 11:45
授業終了の鐘の音……
校庭の門から、
仲良くみんなで下校していく、児童たち。
「……おねえちゃん」
「……どうした? カナ」
どこか元気のない、香那の声。
応える姉の久那の声にも、張りがない。
「登校日なのに学校に来なかったね……慶太さん」
「……それどころか、ずっと家の外に出てこないな」
桜の樹から、100mほど離れた場所……
そこに、転校してきた
男の子―――慶太が住んでいる武家屋敷がある。
「…………」
先程……慶太が住んでいる
二階の部屋のカーテンが開き、慶太は
下校する児童たちの様子を眺めていたが、
すぐにカーテンを閉め、出てこなくなった。
「うーん……病気じゃなさそうだけどな」
「……どうしたんだろ」
―――学校に行かない理由は、なんでだろう。
―――外にでない理由は、なんでだろう。
双子のキノコは、慶太の事を、心配した。
◇◇◇◇
―――8月10日(日) 曇り 午後 15:22
その日―――
姉の久那の不満が―――ついに爆発した。
「ほんっとに家の中からでないわね。
あれが伝説のニートというものなの? カナ?」
この数日間。
ずっと久那は落ち着かない様子だった。
―――気になってしょうがないのだ。
相変わらず慶太の部屋の窓は
カーテンで閉め切られ、中の様子は伺えない。
「ニートはもっと大きくなって、働かないで
親のお金でゴロゴロしている大人の事をいうんだよ」
―――と、香那。
とても物知りで、意外と毒があるようだ。
「よくわからないからニートでいいわよ。
……なんとなく響きもいいし」
―――小さな事は、まったく気にしない久那。
単純に『ニート』という単語を気に入っているようだ。
「家から小学校まで100mくらい。
子供たちの遊び場の、森林公園も近い……
そんな超好条件の立地に恵まれながら、
外出の気配は……まったく無し!」
「まだ転校してきたばかりだしね……」
「転向の挨拶も、みんなに済ませてないでしょ?
これが日本の未来を担う少年の在り方だなんて……
嗚呼、嘆かわしい!」
白い粉を撒き散らしながら、プリプリと傘を横に振る久那。
「おねえちゃん、白粉が飛び散っているから……。
もったいないから落ち着いて……ね?」
―――荒ぶる姉を、なだめようとする香那。
だが妹は、姉の性格をよく知っていた。
こうなったら……この『キノコ』はもう止められない事を。
「ふふ……どうせ24時間、休む事なくゲームの世界に
フルダイブしているのよ!
この素晴らしい夏休みの期間に、山にカブトムシを
取りに行く事も、花火をする事も、スイカ割りも、
ひと夏のアバンチュールもまったく楽しむ事も無く!
一人でゲームしているに決まっているわ!」
「アバンチュールって……小学生なんだからしないでしょ。
あとフルダイブとか、意味が分かって使っている?
おねえちゃん、変な知識だけはすぐ見つけてくるよね」
「うん、伊達にコンビニで立ち読みしてないから」
「そ、そうだね……そうだったね」
最近、雨が降った後に姉がよく一人で
出かけていたのは、立ち読みの為だったのか―――。
その行動力を、香那はある意味尊敬していた。
でもどうせなら、一緒に図書館にいって欲しい。
最近は、お化けが出る図書館として有名になったが……。
「カナ……あたし、決めたよ」
白い粉をキラキラ輝かせながら……。
「え?」
「おねえちゃん……アウトドアの素晴らしさを……
あのエリートニートに教えるから」
ぴんっ……と茎を伸ばし、強い決意表明をする久那。
「あ……うん、ほどほどにね」
もはや香那に、久那を止める術はなかった。