9.春の嵐は突然に
和島海は染め上げた茶色の長髪を靡かせて春に近づく。
「ねぇ、美山春ちゃんだっけ? 私あなたのこともっと知りたいなあ」
いきなり頭の上から掛けられた声に警戒心をも見せる目を向けた春。
「ちょっと、何でそんな怖い顔するのよー」
和島は先程と同じように邪を含んだ笑みを見せた。 柴田は彼女の後ろで俯いたまま黙っている。
(うみにターゲットにされた人は一週間で学校に来なくなる…この子も悪い子じゃないんだろうけどね…かわいそ)
「い、いえ…」
「ちょっと、あんた根暗だね。私関わりたくない性質かも知れない」
話を1人で進められて困惑する春に対して罵詈雑言を浴びせる和島海。
傍から見れば言葉による公開処刑である。
和島の中学時代を知る者は春に対して哀れみの目を向ける。そして、そうで無い者たちは、春に対して冷ややかな目を向ける。
「…あの子根暗なの…?」
「…まあ、確かにそんな気はしてたけどね…」
この小さな声も彼女には聞こえていない。 美山春は知らず知らずのうちに、人間関係を築くために掛けられた橋を、壊されてしまっていた。
彼女はそのことに気付く様子すら見せない。
いや、むしろ逆だった。
「おかえり春。今日は学校どうだった?」
笑顔を伴って帰宅する春に、母香澄も釣られて口角が引きあがる。
心配する言葉に耳を傾ける様子は無いものの、鼻歌を歌いながら自分の部屋の扉を開ける自分の娘の様子を見て、香澄は安心していた。
同時刻―成島葵はバスケ部の練習に参加するため体育館に来ていた。
バッシュが床とこすれあう音と、バスケットボールが床に着く音。
ボールがネットをくぐる小気味の良い音を耳に通して葵は足を一歩踏み入れた。
「おー、お前、瀬臣中の成島葵だろ?」
彼の名は既に部員の中では広がっており、活躍を期待されていた。
体育館の入り口付近にて、葵の周りにはあっという間に背の高い男たちが集まってきていた。
(ここが、俺の新しい居場所になるんだ…っしゃ、頑張るぞ)
葵は大きな目を光らせてじっくりとオレンジ色のリングを見つめていた。
ところが、体育館からは見えない雨雲が、かすかに、暖かな陽光を遮っていた。