7.日陽を歩く男
『成島』と書かれた表札の見える家の窓から、5人の一家の姿が映っている。
「紅音も葵も早く支度しなさいよ。碧はもう起きなさい!」
母、成島夏実のこの一声で、成島葵の一日は始まる。
彼には二つ年上で同じ高校に通う三年生の姉、成島紅音と、中学二年生になる妹、成島碧という二人の姉妹がいる。
「母さん、今日から部活やり始めるだろうから遅くなるし」
あと、彼には新庄という小学生からの友人もいる。互いのことは知り尽くした言わば親友であった。
「わかった。いってらっしゃい」
葵はそう言ってまだ作りたての家の扉を開け、家を出る。
日差しがどこか暖かくて気分も高揚する。
今日は初めて部活に参加できる日だ。
自身の特技とも言えるバスケをするためにこの高校にやってきた。
彼の通うことになったこの小花高校はバスケットボール部が最近実力を高めてきていることで有名だった。
(楽しみだ…楽しみすぎる…!)
彼にとっての、何もかもが新鮮な一日がまた始まった。
校庭には大声をかけながら走る野球部員の走る姿があった。
朝早いというのに、汗がユニフォームに染み込んでいた。
「よっ、葵」
葵の肩に右手を置く男、新庄隆典が後ろから現れた。
「野球部は大変そうだなー、俺野球部やめるわー」
「は、何で?」
新庄隆典は小中と野球をしており、持ち前の体力もあってか、かなりの優秀選手として讃えられていた。
左打ち左投げの名投手だった。小花高校に通う野球部員も彼の入部にかなり期待していると噂高い。
突然の野球引退宣言に葵は動揺を隠せない。
小学生のころから、彼の野球をする姿を見てきた葵にとって彼の発言は心外なものだっただろう。
朝練をする野球部の姿を見ただけで高校野球を諦めるとはとても考えられなかった。
「葵はどーすんの?」
「バスケ続けるに決まってるだろ」
「そうか」
大したリアクションを取ることもなく新庄は葵の肩に置いた右手を退けて相変わらずの不自然なフォームで校門へ一直線に走り去っていった。
「お前はいつも…何もかも不自然なんだよ…」
彼の利き手を見つめながら葵は苦笑いしかできなかった。