4.微熱と偽熱
「…ホラ、ちょっとくらい小走りしてくれよ…」
「…は、はい…」
周りから注がれる視線を浴びながら、柴田も春も恥ずかしげに顔を隠しながら体育館をそそくさと去っていく。
保健室の中に入る。柴田は彼女を養護教員の前に差し出すと、自身も革製の柔らかいソファに座った。
保健室の天井の白い電球を見つめながら、春はベッドに横たわった。
「顔熱いわねえ…どうしたの?」
「…え、えっと…」
「ああ、いいよ。 胃腸かぜかしらねえ…」
養護教員の穴戸智香は慣れた手つきで春の胃の辺りを押さえる。柴田がベッドの方を見て叫ぶ。
「穴戸さん、その子どうなの?」
「うーん…胃腸かぜじゃないみたい。ストレス性胃痛炎かもしれないわね…」
穴戸は白い手を春の紅潮した頬に乗せてみる。
「熱はないか… まあしばらく休んでなさいな。入学式こんなままじゃいられないでしょ。 柴田さんはどうする?」
「…アタシも熱あるかも…ココで休んでていい?」
そう言って腑に落ちない顔をする穴戸をよそ目に春の寝込む白いベッドの隣のそれに座り込む柴田。
(柴田さん…にゅ、入学式サボった…ってことになるのかな…でも熱あるって言ってたし…)
壁の方を向いて掛け布団に顔を隠す春。
穴戸が保健室を去った後もその体勢を続けていた春に、ずっと黙っていた柴田が話し掛ける。
「なあ…」
その声に肩を縦に振るわせる春。
(…ほ、本当に怒ってる…まずい…完全に怒らせた…)
そう言って恐る恐る振り返る春の視線の先には身体を起こしてこちらを向く柴田の姿があった。
「ねえ…名前なんだっけ?」
「へ?」
柴田の力の抜けた問いに狐につままれたような気分になった春はゆっくりと痛む胃の辺りを押さえながら身体を起こした。
「…怒ってなかったんだ…」
肩の荷が一気に下りた彼女はほっと胸を撫で下ろし小さな声で呟いた。
「え、なんて?」
柴田は春の小さすぎる声が聞き取れなかった。
「あ、わ、私は…美山…です…」
「下の名前は?」
「は、春です」
(こ、コミュ障かよ…)
柴田は絶句した。それに反して春は、話しかけられた喜びと、柴田は怒っていないという安心感を噛み締めて、掛け布団で顔を隠していた。




