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9.呪われし宿命

 帰ってきてしまった。俺はもう、宿命からは目を背けて逃げたはずだった。だが、俺はその宿命をまた背負う。もしかすると、これも含めて宿命なのかもしれないとも考えてしまう。

 それが娘やファミリーのためだと思うと後悔はしていない。むしろ遅すぎたと後悔しているくらいだ。最愛の娘が傷ついている。俺が気に入った男が地に倒れている。レッドは立派にサラを守ってくれたに違いない。そんな情景が俺の頭に浮かぶ。

 こんな姿を見て、俺だけ逃げるわけにいくか。後悔なんてしていない。ここには守らなきゃいけないものが多すぎる。

「おかえりデッド。久しぶりの再会だってのに早速怒鳴ってくれてるけどよ、お前が俺に怒鳴る権利はないね。嬢ちゃんやナイトが傷ついてるのは、お前がヴェルに手間取っていたせいだ。これでも抑えたんだぜ。お前が近くにいると思うと、俺の宿命が疼くからよ。少々荒くなっちまった」

 こいつは相変わらず変わらんな。いつの時も俺を殺すことだけ考えやがって。そのふざけた表情は本当に見飽きたぞ。いくら宿命を背負うとはいえど、こうなっちゃいかんな。こいつは背負うどころか呑まれて潰されている。

「ただいまフェイド。だが、俺はデッドじゃない。その名はもう捨てた。俺はロンド。最愛の娘であるサラの親であり、金貸しのボスだ」

「なら、俺もフェイドじゃねえ。その名は嫌いなんだよ。俺は賞金稼ぎのジェインだ」

「だが、俺を殺したいんだろ? 娘を、レッドを傷つけてまで俺なんかを」

「あぁ。そういう宿命なんでね。死神殺せなくて、何が死神殺しだって話だろ?」

 死神とはまた懐かしい名だ。俺は神を殺した覚えはないのだがな。事実、俺はだれも殺してなどいない。ヴェルだってそこで元気に……とは言わないが生存しているというのに。

「相変わらず宿命宿命とうるさいやつだ。どれだけ宿命に逃げれば気が済むんだ?」

「宿命を遂げるまでじゃね?」

「弱いな」

「おぅ。お前が強すぎるせいで、よく言われる」

 自信満々に言うところではないだろう。本当、飽きずによくやるやつだ。見かけだけ強くなるというのも空しいものだな。それは、俺もよく分かる。

「……逃げるな。早く僕に殺されろ……」

 怪物ヴェルか。俺たちのなかで一番悲惨な目にあっているのはヴェルだろうな。俺やフェイドは宿命を背負っているだけだが、今のヴェルは中身を操られた傀儡だ。そして、その操られた思念は関係ない女性にまで迷惑をかけている。

「相変わらず求愛されてるねえ。大人気だな死神」

 感傷に浸っているときに挑発されると嫌な気分しかしないな。

「あぁ。だが、お前に言われたらヴェルも怒ると思うぞ」

「そうなの? まぁ、俺はあのころ直接お会いしたことはないわけだから」

 そういう意味じゃない。そんな茶番に付き合っている暇はないんだ。

「だが、どうするんだ? 怪物と死神と死神殺しだ。明らかにお前が一番弱いぞ?」

「舐めてくれなさるねえ。だけど、今のお前は嬢ちゃんを守らないといけねえハンデ付きだ。そして、ヴェルが眠っていた間も、お前が日常を楽しんでた間も、俺は死神を殺すために力を磨き続けた。むしろ、追い抜いてる自信すらあるんだけど」

「なら、ここでやるか?」

「いいねえ。ちょっと遊ぼうか。ヴェルも交えればさらにおもしろくなる」

 空気が変わった。本当、空気を読まずに俺を殺すことに関しては一生懸命なやつだ。俺は直線的なやつは嫌いじゃない。だが、その標的が俺となると、少し嫌気がさしてくるな。

「死神……許さない!!」

 空気の変わり目を読んだのか、ヴェルが吠えだした。切ないから止めてほしいのだが、そういうわけにもいかないということか。これは久しぶりに傷つける覚悟をしなくてはならないのかもしれんな。

「おいおい。俺を無視しないでくれよ怪物!」

 フェイドも剣を取り出した。武器なんてまた現代的なものを。見かけだけは自由に生きているように見せて生きてきた証だな。こいつはこいつで苦労しているようだ。だれ一人幸せになれていない同窓会ほど切ないものはないな。


「止めて!!」

『!?』

「……サラ」

 サラの声が森のなかに響く。まさか、最愛の娘の前で我を忘れてしまうとは。これが死神に戻ったということなのか。俺は、もうサラの親であってはいけないのか。こんなところに入ってきてもいいことはないぞ。俺はもう……サラとは住む場所が違うんだ。

「争っちゃダメだよパパ! パパの武は人を無闇に傷つける武なの?」

 俺はもうパパじゃない。金貸しのロンドはさっき死んだ。ここにいる俺は、ただの呪われた死神だ。死神と呼ばれ、人ではなくなった死神デッドだ。そんな俺が、こんな可愛いサラの親を名乗っていいものか……。

「サラ……パパはもうパパじゃないんだ。パパは呪われた……死神なんだ」

「呪われているかどうかなんて知らない! だけど金色の目をした男は、いや、パパは世界を恨んだりしなかった……そうでしょ?」

「……」

 こんなことを真剣な目つきで言ってくれる娘がいる。なのに俺はどうだ。久々に呪われた宿命を背負った雰囲気に酔って、懐かしい怪物どもと拳を交えることを楽しもうとしてしまっていた。

 俺は親としてではなく、生物としての判断を誤っていた。俺は今、昔を懐かしんでいる場合じゃない。そう。俺はどれだけ死神だ呪いだと罵倒を浴びせられようと、世界を恨んだりなんてしなかった。だれも傷つけずに、俺はひっそりと生きてきた。それは、だれも傷つけないでいられるならば、俺に欲望の矛先が向いていることで世界が上手く回るならば、俺一人が犠牲になろうとそう決めたからだ。

 そのはずなのに、俺は最愛の妻と出会ってしまった。そして、最愛の娘が生まれると同時にその宿命を捨てた。普通の人間である時間も楽しかった。だが、戻ってしまった以上、俺はまた宿命を背負わなければならない。俺がだれかを傷つけてどうする。傷つけるくらいなら守れ。守るために拳を振れ。

「せっかく盛り上がってきたってのに邪魔されるのは嫌いだな。一言で言うと邪魔だ。どけ!!」

 フェイドが剣を振る。サラに向けて剣を振る。俺の最愛の娘に向けて剣を振る……

「俺の最愛の娘に手を出すお前が一番邪魔だ! どいてろ!!」

 触らせるか。宿命に呑まれたお前なんかが触っていい子じゃない。サラは俺の最愛の娘だ。失いたくないものは自分で掴む。俺の拳は傷つける拳じゃなく守る拳だ。サラを守るためならば、俺は死神にも戻ろう。

「ほら、やっぱりパパはパパだよ。私の憧れた金色の目をした男は私の大好きなパパ……素敵だよ」

 こんな俺にサラは微笑んでくれる。古代の伝説は、死神に仕立て上げられた可哀想な救世主だと俺を描いているが、別にそんなことはない。俺は呪われた死神だ。禁術をこの身に宿され、不死となった。文字通り死神なんだ。だが、かといって夜の底に身を沈めてはいない。

 こういうことがあるから希望の炎は消せない。俺は、どれだけの人間に後ろ指を指されようと、娘にさえ微笑んでもらえたらそれでいいと思える。希望の炎なんて、それさえあればいくらでも灯される。

「ありがとうサラ。落ち着いたらたくさん遊ぼう。頭だって好きなだけ撫でてやる」

 そう言いながらも、俺はサラの頭を撫でる。いわゆるフライングだ。そこに最愛の娘の頭があるんだ。撫でずにはいられない。

「うん。約束だよ! ヴェルからお姉ちゃんに戻ったら、いっぱい褒めてね。そして、たくさん遊んでね」

「あぁ。約束だ。だから、その前に落ち着かせなくちゃな」

 俺が頭を撫でると、純粋無垢な顔で俺のなでなでを迎えてくれる。こんな呪われた手だというのに、サラは俺をパパの手として受け入れてくれる。呪いなんて吹っ飛ぶな。

「ヴェル。お前はどうする? その縛られた宿命に心を捨てて、まだ俺に向かってくるか? 俺はそれでも構わんぞ。ただ、娘を守るためだ。手加減はできそうもない。それがどういうことか、お前が一番知っているはずだ」

「……」

「それでいい。お前は宿命に負けるな。不器用な笑みで近づいてくるあいつのようにな」

 宿命は逃れることはできないという。だが、逃れる努力はできるはずだ。逃れるためにあがいて、それでも逃れられないのが宿命だ。だが、あがく時間は無駄じゃない。だが、それをフェイドは無駄だと思っている。諦めることこそが本当の無駄だというのに。

「今のは効いたぜ死神。優しい死神ってのは羨ましいもんだな。やっぱり宿命から逃れてるんじゃねえの?」

「残念ながらそうでもない。俺の身体には、不死の呪いが体中を駆け巡っている」

「元々寿命がない俺には分からない感覚だな。そんなたいそうな呪いかよそれ?」

「あぁ。お前には当たり前かもしれないが、死ぬはずの生物が死ねないというのもつらいものだ。俺は見送る趣味は持ち合わせていない」

「……興ざめだな。まだ、お前が世界征服でも目論んでくれたらやりやすいのによ。俺だって優しい強者を殺す趣味なんてねえよ本当は」

「そうだな……それもこれも……!?」

 なんだ。身体が動かんぞ。かろうじて動く目線を動かしてみると、サラもヴェルも動くことができないようだ。だが、不思議なことにフェイドは平然と動いている。

 いや、どこかで俺はこの違和感を感じたことがある。俺はこれを知っている。ということは、これは……まさか。


「いやぁ、時間稼ぎありがとうございました。とはいえ、やはり禁術はつらいですねえ。慣れている『束縛』とはいえ、これだけの人数を束縛する魔力の消費だけで意識がおかしくなりそうだ」

「エネ……ド……」

 やはりこれは束縛か。しまった。魔力の流れが読めないというものは難儀なものだな……。だが、ここで束縛を使用する意味は何だ。エネドの性格上、ここで一網打尽にすることは考えられない。だが、それ以外にこんな大がかりな束縛を使用する意味はあるのか。

 いや、あるのだろうな。ないのにこれだけ無駄な魔力を消費するはずがない。これだけでも膨大な時間をかけて魔力を溜めていたはずだ。考えろ。そして、動け。俺の拳は守るためにある。

「おや、もう言葉を発することができるとは……さすがですねデッド。しかし、エネドと呼ばれるのは久しぶりだ。僕はこれでもウキョウという名が気に入っているのですが……。まぁ、どれも今日限りで無効になるわけですがね」

 今日限りで無効になる? それが何を指しているのかは分からない。だが、このまま野放しにしておいてはいけないことは分かる。

「こんなところでしゃべっている余裕はあんのかエネド? デッドを舐めちゃいけないってのはお前が一番知っていると思うんだけど」

「これでも懐かしんでいるのですよ。それよりも、勝手な行動は止めていただきたいものですねえ。ここを見つけるのも苦労したというのに、あなたにまで振り回されるのは好ましくありません」

「俺はお前に従っているつもりはないんでね。それに、苦労したのは俺だし。お前は研究室で作業をしていただけだ」

「それはまた手厳しい。僕は必要な仕事をしたまでですよ?」

「全部自分自身のためだけどな。俺に何の関係もない」

「相変わらず僕には冷たいですねえ。デッドが現れて一番喜んでいるのはフェイドだと思うのですが」

「それもお前の都合だ。俺だって、宿命から逃れたいんだよ。本当はな」

「……あなたもわがままだ。身を任せて操られていれば楽だというのに」

「もう一度言うぞ。こんなところでしゃべっている余裕はあんのかエネド?」

「分かりましたよ。本当につれないなぁ。束縛強化!!」

「ぐっ……」

 エネドのかける束縛が強くなる。研究か。動き始めているとは思っていたが、こいつはまた厄介事を起こすつもりか。

 なぜ世界を滅ぼそうとする。何の罪もないヴェルに世界の癌などという宿命を背負わせて、普通に生まれることができたフェイドに俺を殺すなどという宿命を背負わせて……そして今度は、世界の癌と中和剤か。レッドもアオイも、サラとめいいっぱい遊んでくれるいいやつらなんだ。宿命を背負う必要のない人間まで巻き込んで……世界の癌と中和剤? そうか。エネドはもう、だれかに宿命を背負わせることを止めたのか。

 このままエネドのシナリオ通りに進ませてたまるか。ヴェルもフェイドも、すべてこいつのシナリオに操られて……


『最後に悪だけが得をする話なんて、俺だったら見たくない』


「お前の……思い通りにはさせんぞエネド。ヴェルは渡さん」

「なっ。デッドを舐めちゃいけねえんだ。目的までばれてるぞ」

「分かっていますよ。しかし、そのためのフェイドだと思うのですが」

「へいへい。おとなしくしててほしかったぜデッド。手負いのお前を殺したいわけじゃねえんだ」

「……フェイド。どうしてお前はエネドに従う。お前の生みの親だからか?」

「何回も言わせんなよ。宿命だからだ。やっぱり俺は宿命には逆らえない」

「やはり弱いな。お前はどこまでも弱い」

「知ってる。それは俺が一番知ってる」

 いつもそうだ。フェイドは不器用な笑みを表面上は浮かべているが、目はひとつも笑っていない。だれよりも深い闇の底にいるような、そんな暗い目をしている。だが、実際はそんなことはない。フェイドはだれよりも深い闇の底にいるという虚実に逃げて、塞ぎこんでいるだけだ。まだ、あがいたこともないのにあがき切った気でいる弱い生物だ。

 だが、俺にはフェイドを救えない。あがくということはだれかの力でできるものじゃない。俺が今フェイドにしなくてはならないことは、守るために拳を振るわなければならないということだ。できるならばフェイドにも心の底から笑ってほしい。だが、俺はほかの何かを守るために、また別の何かを傷つけなくてはならない。

 俺もしょせん偽善だ。フェイド、俺も弱いな。どこまでも弱い。

「なら、失いたくない者たちを守るのも俺の宿命だ。ここは通さんぞフェイド」

「やっぱりデッドはすごいな。束縛されても、まだ何かを守るなんて形のない偽善めいたもののために拳を握って構えることができるんだ」

「……お前にだってできるはずだ」

「俺はデッドみたいに強い考えは持てない」

「俺も弱い。全力で自己暗示をかけているだけだ」

「……ごめんな。本当は全力のデッドを殺したかった。多分、今のデッドなら殺せるんだと思う。そうすれば俺は宿命から解放されるんだ」

「……」

 悔しそうな顔をしながら、俺に向けてそう言葉を放つフェイド。そうだ。それがあがくということだ。あがくということは、嫌だと感じることと全力で向き合うこと。お前の思考を蝕む宿命と全力で向き合うことだ。向き合わないことで得られる自由などない。まずはそれを知ることだ。そうして最後に笑うことができたなら、それほどいいことはない。

「だけど、俺は殺せないんだと思う。宿命から早く解かれたいのに、俺は今のデッドを殺せない。だから、全力で倒すな」

「……来い。全力で向かい打ち、そして守りきろう」


 ……意識が霞む。俺は、倒れているのか。やはり素手のフェイドを相手にするとなれば一筋縄ではいかないか。俺は守れなかった。あれだけ偽善の正義を志しておきながら、結局はこのざまだ。いくら守ろうと意気込んでも、守ることができなければ、それは守る気がなかったのと同じことだ。

 次はどんな自己暗示が効果的だ。守ることができなかったから全力で取り返すために拳を振ろうとでも意気込もうか。みじめだな。だが、それでも俺はそう思いこもう。生きる力さえあれば、希望の炎は消えない。みじめな自己暗示で炎がまた燃え上がるのなら、俺は何度でも……。

「デッド……」

 ヴェルを抱えたフェイドが俺に語りかける。やはり目的はヴェルか。それも、アオイに戻っていないところを見ると、お目当てはヴェル自身のようだ。これはおそろしい賭けにでるな。時が満ちたということか……。

「俺とエネドはお前のよく知るあの場所にいる。いつでも来い。そのときに俺はお前を殺す」

 あの場所か。確かに最後には相応しい場所だ。俺の不死も、ヴェルの束縛も、すべてはあの場所から始まった。

「余計なことは言っていませんかフェイド? 少し不安定に見えますが」

「言ってねえよ。もう用は済んだだろ? 早く行こうぜ」

「分かりました。まぁ、あなたが何を言っていようが、もう僕には関係のないことだ。僕は最強を手に入れるのだから」

「ほざいてろ」

 行ったか。最強を手に入れると言ったな。だが、お前の思い通りにはさせんぞエネド。お前は見落としている点がある。まだ、終わっていない。希望の炎は消えていない。

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