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7.古代の伝説

 サラの家に住まわせてもらって、もう数か月が経過している。正直、今のこの暮らしが俺にとって一番楽しい。だれからの恐怖に怯えることもなく笑って暮らせることの幸せを、俺は十二分に実感しているところだ。おそらく、それは幻の平穏で、外に出ればヴェルを探し回っている人間どもがうようよしていることだろう。それを考えれば脱力している暇はないのだろうが、今はとりあえずこの生活を楽しみたいと思う。

 だが、不思議なのはヴェルのことだ。なぜか、この数か月は一度もヴェルが表へ出てきていない。この平穏な生活を楽しむためにはとてもありがたいことだが、それと同時に現れたときの不安も募っている。果たして、数か月の成長を遂げたヴェルを俺は止めることはできるのだろうか。アオイもサラも、俺にとってかけがえのない存在で、ぜひとも傷つけたくはないのだが。

「お兄ちゃん、料理まだー?」

「待ってろ。もう少しでできる」

 なんやかんやでサラも俺の料理の虜になってくれている。おかしい話だ。やはりアオイもサラも欠陥舌ではないのだ。なら、なぜヴェルも倒せそうなほど強烈なお互いの料理に、お互いが美味しいと言いながら食べることができるのか。これはもう、理論では解明できない何かなのだろうな。

「ほら。今日も美味しそうだろう。食べるぞ」

「わーい! 私、お兄ちゃんの料理本当に大好き!」

「そうね。欠陥舌ではあるけど、料理は美味しいわね」

「そこ、一言多い」

 今日も軽口を言い合いながら料理を口に運ぶ。本当に、こういうときの料理というものはいきいきとしているように見えるな。心なしか食べられる料理もうれしそうだ。作る側としても食べられる側としてもがっちりと握手を交わせている証拠だろう。やはり、料理は心が正常な状態に食べるのが一番美味しい。

「そういえば、お兄ちゃんたちって小さいときの記憶がないんだよね?」

「あぁ。出生不明だからな」

「じゃあ、古代の伝説とか知らないんじゃない?」

 古代の伝説? 聞いたこともないな。まぁ、聞いたことある方がおかしいのだが、大体の情報はなぜかすでに頭の中に入っていた。だが、そんな伝説はどれだけ考えてみても分からない。

「アオイは知っているか?」

「知らないわ。今、流行っている本とかかしら?」

「違うよ。私もネットワークの情報でしか知らないのだけど、本当にあったって話だよ」

「どんな話なんだ?」

 古代の伝説か。気にならないと言われればうそになるな。そういう神話染みた話はむしろ好きな方なんでね。飯の後の会話としてはとても魅力的だと感じる。

「ちょっと難しい話になるけどいい?」

「あぁ。俺はこれでも理解力はある方なんでな。なぁアオイ?」

「そうね。情報がなさすぎて脳がたくさん情報を取りこめるんでしょうね。数年したらその理解力も衰えている姿が目に見えるわ」

「そうか? もしかすると大幅な進化を遂げるかもしれないぞ」

「それはまた大層な自信をお持ちで。録音でもしておこうかしら」

「……お兄ちゃん、お姉ちゃん? 聞きたいの? 聞きたくないの?」

 俺とアオイが軽口で会話していると、プクッと頬を膨らませながら俺たちを睨むサラ。どうやら、とても話したいようだな。サラは自分が中心となって事を回すことが好きな子のようだ。それは日々の遊びで分かる。基本的にサラが楽しめるような遊びにしか乗り気になってくれないもんな。まぁ、それもサラの笑顔で帳消しになるのだが。

「あら、ごめんなさい。ちゃんと聞くわ。どっちの話が重要かなんて考えるまでもないもの」

「同感だ。そういう神話のような話は俺は興味があるんだ。それこそ、サラの話を録音してもらいたいものだな」

「そうね。録音機材もありそうだし、録音しようかしら?」

「……古代の伝説っていうのはとても昔の話なの。それこそ、まだこの世界が生まれて文明が発達したころくらいの」

 また、俺とアオイの軽口合戦が始まると思ったのか、俺たちの会話を遮って話し始めたサラ。なかなか強い心をお持ちのようだ。さすがはボスの娘というところだな。

 さて、俺も真剣に聞こうかな。これ以上サラの機嫌を損ねたくはないのでな。




 文明発達途上の世界で一度、今でいうヴェルのような怪物が現れたの。その怪物は人の血を好む怪物で、世界を荒らして回った。まさに、ヴェルと似通った状況だね。その怪物はとても強力で、古代の人間はだれも怪物に敵いはしなかった。

 そんなとき、怪物に立ち向かおうという金色の目をした男が現れた。その男に対して、古代人たちの知り合いはだれもいなくて、男の境遇は分からない。だけど、男は驚くくらい強かったの。唯一、怪物とも互角以上に戦える人間で、世界の運命は男の命運に託されたも同然だった。

 その激闘を古代人たちは見守った。そして、遂に男は怪物を撃退したの。その後、古代人たちは男を救世主と崇めた。世界という大きな規模を救ったのだから、当然といえば当然だね。

「伝説というには、なかなかありきたりだな」

「そうだね。でも、伝説はここから。ここまでは序章だね」

 怪物を倒して救世主となった男だけど、不思議なことにどれだけの時が流れても歳をとらなかった。これは、数少ない目撃証言から伝えられたもので、信憑性はない。だけど、古代人たちはそれを大いに不思議がった。

 そうすると、古代の考古学者がある文献を発表した。ここがこの古代の伝説で一番重要なところなんだ。それは『禁術』といって、古代よりもさらに古代の人間が生成したという魔術なの。魔術は、古代時代ですら封じられていた文化で、過去の文献すらまったくない。つまり、これが初めて発見された文献だったってことだね。

 どこかで生まれて、そして禁じられたことによって語り継がれた禁術。それは主に『不死』『束縛』『調律』の三術といわれていて、男はそのなかの不死を使用していると噂された。

 それからの男への扱いはひどいもの。あれだけ救世主だと崇めた古代人たちは、手のひらを返したように男を避けだした。呪いだなんて言いだす人もいたようだね。そうなってきたら、後は話が飛躍するだけ。救世主だと言われた男は呪われし禁術者だとののしられ、挙げ句の果てには怪物を倒した死神だと賞金までかけられた。死神に戦いなんて挑めないと、古代人たちのなかではジョークのような扱いだったらしいけど。

 いつしか男は姿を消し、表舞台には現れないようになった。その後、男の姿を見たものはいないみたいだよ。世界を脅かす悪い怪物を倒した救世主は、不明確なものでしかない禁術という疑惑で新たな怪物だと認識された。そんな扱いを受けても世界を恨まずに姿を消した救世主と、それに対する古代人の醜さを表した伝説だね。




「神話にしては現実的で悲しい話だな」

「うん。人間って本当に弱い生物だなって思う」

「どうしてサラは私たちにこの話をしようと思ったの? 何か理由があるのかしら?」

「ちょっと、二人と境遇が似ていると思って。出生不明のお兄ちゃんとお兄ちゃんの血を好むヴェルを体内に潜めているお姉ちゃん。男と怪物に被るような気がしたの」

 境遇か。確かに似通っているところはあると思う。だが、俺にその覚えはない。記憶喪失という訳でもないだろう。

 もしかすると、ウキョウはこの伝説を再現したいのかもしれないな。血を好む怪物と救世主の男。だが、この伝説と俺たちの境遇と違うところは、俺はヴェルに対抗する力はないということだ。呪われし者と呼ばれるくらい強ければ何か被るところもでてくるかもしれないが、俺はそこまで強くはない。それは、この前のジェインとの対峙で明らかになっている。武器を壊したとはいえ、あのまま戦闘していれば、俺はジェインに敗北していたかもしれない。そんな俺がヴェルを止め切れるとは思えない。

 そうなると、禁術というものがキーワードとなるか。今回の伝説では不死のみがピックアップされていたが、他の二術も気になるところではある。調律はよく分からないが、束縛はすごく強そうな匂いがする。

「禁術は今の時代では伝えられていないのか?」

「うーん。話し始めた本人ではあるけど分からないな。禁術はまだ存在するとも言われているし、もう歴史からは消えたとも言われているね。都市伝説みたいなものだよ今では」

「気になるところではあるわね。いかにもウキョウが好きそうな言葉じゃないかしら、禁術なんて」

「そうだな。悪趣味そうなあいつにはどんな極上な料理よりも魅力的に見えていそうだな」

 今の時代では伝えられていないとされる禁術。だからこそ怪しいともいえる。伝説にもなっている禁術が今のこの時代に伝えられていないということは、だれかが意図的に情報の開示を伏せているともとれる。それがウキョウとは限らないが、一番怪しい人物ではあるな。世界的にも有名のようだしな。

「それにしてもサラは物知りね。前から思っていたけど」

「情報をつかむのは大好きだからね。そういう意味でもパソコンは唯一無二の相棒だよー」

 カスタマイズされたパソコンに頬ずりするサラ。やはり、長年引きこもりをしていると物を相棒だと思えることもできるのか。さすがベテラン引きこもりだな。

「といっても、お兄ちゃんやお姉ちゃんに必要そうな情報はあまり流れてこないけどね。私が分かることなんて、未だにお兄ちゃんやお姉ちゃんを世界は探し回っているってことだけだよ。悲しい話だよね。その人を見極めないで、お金と名誉のために、無条件で傷つけようとしているんだもの。いつのときも人間って弱い生物だと思っちゃうよ」

 そんなことまで調べてくれていたんだな。本当にボスはいい娘を持ったな……娘? そういえば、サラはボスの娘だったな。今までの騒動でそこまで頭が回っていなかったが、よく考えてみればおかしいぞ。

 まず、ボスはダンディーなオーラと大型のサングラスをかけてごまかしているのかもしれないが、明らかに肌が若く、おじさんとは言い難い。なのに、サラはもう十八の女性だ。一体ボスはいつサラを産んだんだ? まぁ、ボスが異常に若く見えるだけなのかもしれないが……。

 そういえばボスは謎だらけの男だな。ボスの奥さんの存在も不明確だし、どういう育児の仕組みになっているのかもわからない。聞いていいのかは分からないが、気になるところではあるな。


「失礼な話だが、ボスとサラの関係ってどうなっているんだ? 例えば、奥さんの存在とか」

「レッド。それは野暮な質問よ。もっと質問は考えてした方がいいんじゃない?」

 ごもっとも。だが、一度聞いてみたかったことではある。ボスには謎がたくさんあるからな。

「構わないよ。ママは私が生まれてすぐに病気で亡くなった。でも、ママに会えなかったのは悲しいけど、それを恨んではいないよ。私には素敵なパパがいるもん。ママに会いたいだなんてわがままを言う歳でもないしね」

「サラは強くていい子ね。レッドの無粋な質問にもちゃんと答えて、しかもちゃんと家族を大切にしてる。私が母親だったら自慢の娘になっているわね」

 すぐに亡くなっていたのか。それは悪い質問をしたな。だが、サラはそれを乗り越えて生きているようだ。本当にサラは強い。ボスもこんな娘がもてて鼻が高いだろう。正直、過保護になってしまう気持ちもよく分かる。俺も、サラのような娘ができたら過保護になってしまう自信がある。今なら、あの恥ずかしい合言葉も素直な気持ちで叫べそうなくらいだ。

 正直、生まれたころからの記憶のあるサラは羨ましくもある。これは、初めて出生不明の人間以外と深く関わっているからだとは思うが、少し考えてしまうな。

 俺には果たして家族というものが存在していたのか。小さいころはどんな子どもだったのか。それとも、そんな過去は存在しなかったのか。俺が俺以前だったころの俺はどんな俺だったのか。今になって気になってきたところではあるな。

「なぁ、アオイ」

「そんなしんみりした表情でどうしたのレッド。ようやく、自分の質問が失礼だったということに気付いたかしら?」

「それもあるね。だが、それ以上に気になるのは俺たちの出生のことだ」

「今さらね。私はそれどころじゃないから、随分の間気にしていないわ」

「そうだな。だが、俺たちの家族がいるとすれば、その家族は今、どんな顔をして生きているんだろうな」

「どうでしょうね。だけど、今さらどんな顔をして近寄ってきても、私には受け入れる器量はないわ。サラのように家族に大切にされてもいないししてもいないもの。私は、どれだけ温かく手を差し出されても、それ以上に冷たく手をひっぱたくわ」

「そうだな。俺もきっとそうなるだろう」

「でしょ。なら、考えない方がいいわ。結局冷たくあしらうんですもの。変な情を持つだけ無駄よ」

「大人だねー。子どもの私には入る隙間もなかったよ」

「サラはこうはなっちゃだめよ。もしこれが大人なら、一生大人なんかにはならないでほしいわね。サラにはいつまでも温かい子で居てほしいわ」

 アオイの言うとおりだな。どうせ冷たくあしらってしまうなら、いっそのこと家族のことなど考えない方がいい。どうせ出生不明なら、何も考えずに出生不明の方がいいのかもしれないな。俺には過去がなくても現在を生きて未来を作ることができる。俺が今できることはアオイの中和剤となること。そして、ヴェルをアオイから取り除くことだ。今は、そのことを第一に考えよう。

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