第二章 5.宿命という名の鎖
第二章に突入しました。ここからが本編って感じです。
第二章 呪われし宿命を背負って
「よぉ。遅かったな準主役のナイト様。ナイト様がお姫様から離れちゃいけねえぜ? お姫様ってのは常にだれかから狙われてる不遇な存在だ」
アオイの下へ走って帰ってきてみれば、案の定アオイは狙われていた。それもかなりの大人数だったらしいことも伺える。
だが、今の段階で俺の敵となるのは初対面で妙な軽口をたたいてきたあの妙な男だけだ。あいつ以外の人間どもはみんな地に沈んでいるからな。おそらく、他の大多数のアオイを狙う人間どもを、あいつ一人で片付けたのだろう。
そうなると、この状況はかなりまずい。アオイの首元にナイフを突きつけながら、必死で走ってきた俺をにたにたとした表情で見つめる、このくそったれ野郎の対処法が見つからない。時間でも止めることができればこの状況も打破できるのだろうが、俺にはそんな能力は備わっていない。ヴェルを静める血なんてものを持ち合わせているのだから、それぐらい持ち合わせとけよくそったれめ。
「それはナイトとして油断していたな。それで、お前が代わりにお姫様を守ってくれていたってわけか? そんな光景に見えなくもないが」
「そうさ。その代金として、このお姫様にかかった賞金でもいただこうと考えているところ。いい賃金だと思うが、どうかなナイト様?」
「ナイトとしては、先にお姫様に了承をとってほしいものだな。ナイフを突きつけられているお姫様はどう思う?」
「そうね。本当に勘弁してほしいところだけど、捕らわれている以上、何も言えないわね」
相変わらずにたにたと余裕そうな表情をしているな。俺と同じ青い瞳ってのがさらにいらいらするところだが、有利なのは明らかにあいつだ。そうなるのも致し方ない。だが、アオイを不安そうな顔にさせているのは気に食わない。
だが、アオイが捕らわれている以上、うかつには動けない。かといって、このまま睨み合っていても状況はよくならないだろう。これは不利な状況過ぎるな。力任せな馬鹿が相手じゃなさそうな分、助かったのかさらに状況が悪くなったのか……頭を回せ、切り抜けなければ先はない。
「だそうだ。交渉決裂だな。早いところお姫様を解放してくれるとうれしいのだが?」
「そうはいかねえな。これでも正体は賞金稼ぎでね。転がってる賞金を逃すほどの余裕はないのさ」
「なんだ。ナイトじゃなかったのか」
「残念ながら、俺はしょせん悪役ってところだ。でも、悪は悪でもダークヒーローがいいな。そうすれば俺は報われる」
「残念だったな。自分のことを悪などと称する時点で、お前は悪役にもヒーローにもなれん」
「確かに。さて、喋るのにも飽きてきたところだ。そろそろ動きますか」
「!?」
わけが分からない。動くと言った途端にアオイを離しただと。一体何を考えているんだ。だが、どれだけの余裕があるかは知らないが、これはうれしい誤算だな。こいつは、俺たちを明らかに舐めている。
当然、アオイは一目散に俺の方へ向かって走る。これで、状況は五分五分。もう、何を恐れる必要もない。ただ、目の先にいるあいつと対峙するのみだ。
だが、問題はあいつの実力のほどだ。これだけの人間どもを一人で片付けたであろう男だ。俺が勝てるとは限らない。だが、アオイが逃げる時間くらいは作れる自信はある。さっきより状況が悪いということは間違いなくない。
「とは思ったものの、ここはあまりにも障害物が転がりすぎている。俺は無意味な殺生は嫌いでね。こっちもお姫様を手放したんだ。ちょっと場所を変えさせてもらおうか」
「……いいだろう」
ここで従うのもどうかと躊躇はしたものの、こいつは罠にはめて陥れるタイプではないと判断した。それに、こいつの言うことも理にはかなっているしな。確かに余計な巻き添えはだしたくない。
アオイもそれは感じ取ってくれたようで、首を縦に振って了承する。何を考えているかは分からないが、ここは従うべきだろう。被害が大きくならないならそれに越したことはない。
着いて行った先は人気のない岩場であった。また殺風景な場所だが、人が転がっていないだけ安心だ。まぁ、もっとも俺たちが安心である保証はないがな。気を利かせたとはいえ、目の先にいるあいつは敵に違いはない。
「さて、実は、用があるのはナイト様だったりするんだ。お姫様は危ないからちょっと離れていてもらおうか」
「捕らわれていたとはいえ、あなたに指図される筋合いはないわよ? 除け者扱いは勘弁だわ」
「おいおい。俺はお姫様を傷つける趣味はないぜ。ヴェルに変身しないと戦えはしないだろう?」
「そもそも、あなたの目的は何? レッドと戦っても賞金は手に入らないわよ? レッドがやられそうになったらみっともなく逃げ回ってやろうかしら」
「別に大した意味なんてないさ。ただ、ナイト様の実力のほどを確かめておきたくてね!」
「!!」
「離れていろ、そして目を伏せていろアオイ! こいつは賞金稼ぎというより殺し屋の類かもしれん!」
唐突に拳銃を取り出すとはクレイジーなやつだ。それも早撃ちか。アオイには見えていないだろうが、俺にははっきりと見えた。だが、いきなり撃ってくるとは予想できていなかったな。アオイをかばってかわしたおかげで、頬に銃弾がかすってしまった。
ということは血がでるということ。もしかするとヴェルを誘発してしまうかもしれない。アオイもそれを理解したのか、俺の側を大きく離れて目を伏せる。
しかし、この男は行動一つ一つに関連性がないな。わざとだとすれば相当に意地の悪い男だ。だが、捉えられないことはない。もう、こいつの攻撃は食らわん。
「よくかばえたな。じゃあ、いくぜ?」
どうやら戦闘は回避できないようだな。しかし、こいつはデフォルトの表情がにたにたなのか? こんなときでも、にたにたとした余裕そうな表情を忘れない。それも、別に戦闘に酔っている戦闘狂のような狂った感じでもなく、ただ単ににたにたとしている。別の意味で怖いとは思うが、さっきの拳銃が主力だとするならば問題ない。まぁ、そんなに甘くないという考えは捨てることができないが。
何にしても、俺はこんなところで止まっているわけにはいかない。この男がだれでどんなやつということすら知らん。だが、俺は全力でここを切り抜けないとならない。傷ついてでも、傷をつけてでも、俺たちは生き抜く。
さっきと同じく、銃弾を俺に向けて撃ってくる。だが、俺にかわせないことはない。どれだけ拳銃を撃つのが早くても、銃弾のスピード自体には限界がある。俺の目はそれくらいなら捉えられるようで、かわすのはもちろんのこと、つかむこともできるかもしれない。これなら、間合いを詰められる。
「おっ、ただ銃弾をぶっ放すだけじゃ無理そうじゃねえか」
「!」
剣か。間合いを離されたら拳銃。間合いを詰めたら剣と、器用な男のようだな。
それも、かなりの腕のようだ。間合いを詰めたのはいいものの、俺もかわすのが精一杯で反撃にうつることができない。これじゃあ埒が明かないな。やはり簡単な相手ではなかった。だが、どうにかならない相手でもない。理想以上予想以下というところだ。
だが、埒が明かないと感じているときに光は見えるものだ。隙がない戦闘はないというが、それは本当だな。ちゃんと洞察しながら戦えば隙は見える。
「おっ?」
少しの大振りだ。それだけで戦局は大きく変わる。俺は剣をはじいてこいつをのけ反らせた。これを俺は待っていた。
「なっ!」
俺の拳はこいつのボディーを捉えた……そのはずなのに、手応えがない。やはり、普段から人を殴り慣れていないと手応えの感覚がつかめないだけなのか。それとも……
「ぐっ……」
「惜しかったなナイト。後一歩だ頑張りな」
気付けば俺の肩にナイフが刺さっていた。これで分かった。俺は誘導されていたということか。まさか、後ろに飛んでダメージを殺し、その隙にナイフを投げてくるとはな。こいつは相当なやり手のようだ。
だが、だからといって降参するわけにもいかない。お姫様を放って諦めるナイトなどに、俺はなるつもりはないのでな。
「おっ?」
ナイトならば、力の差を感じても迷わず駆けよう。足が動くならば進むのみだ。そして、拳に力を込め、振りかざすのみだ。
一撃で倒そうだなんて贅沢なことは言わない。ただ、この男を引かせる程度の力を俺にくれ。俺は倒したいわけじゃない。ただ、アオイを守りたいだけだ!
「……やるじゃねえかナイト。完敗だ。俺の武器は折れた」
俺の拳は男の持つ剣にとどき、そして砕いた。これで、こいつの持つ武器は拳銃しか残されていない。
「勝負あったな。油断でもしたか?」
「そんなことねえよ。でも、まだ勝負は終わってねえみたいだぜ? 大ボスがおいでなすった」
「!?」
「なんだ……少し、同じ匂いする……」
「……ヴェル……」
俺に聞こえてきたその声は、俺を焦らせるには十分だった。まさか、ヴェルがでてきてしまうとは。おそらく、このナイフが刺さった肩から流れ落ちる血が決定打だったのだろう。とりあえず、今分かる事実は、この状況は本当に危機だということ。そして、ヴェルは俺の血に誘われてでてきてしまうということが確定した。
そして、そんな状況になっても、こいつはにたにたを止めない。むしろ、ようやくこの状況になってくれたかという安堵な表情にすら見える。もしかすると、こいつの本当の目的は俺でもアオイでもなくヴェルだったのかもしれないな。
「これか。こいつが死神の……こいつがねえ」
死神? まぁ、世界の癌と呼ばれているのだから、そう呼ばれてもおかしくないか。だが、本当に興味深そうに見るな。分かりやすいやつだ。
「お目当てがでたか?」
「どうだろうなぁ。俺はナイトが目当てだったんだが、こいつはうれしい誤算ってところかな」
「傷つけさせんぞ? こいつはヴェルだがアオイだ」
「さすがナイト様。だが、まずはあれをどうにかしないといけねえだろ」
「大丈夫だ。ヴェルは俺の血が目当てだ。偶然にもお前に傷つけられた傷があるからな。そこから血を飲ますことができる。いい循環だと感じたね」
「それは傷つけた甲斐があるってもんだ。でも、そううまくいくかな?」
「!?」
そんな会話をしている内に、ヴェルが襲い掛かってきた。だが、妙なのは今回のターゲットは俺ではなくこの男だ。ヴェルは俺の血に誘われているんじゃないのか?
「因果だねえ。振り回されて生きるってのもつらいよな。宿命って鎖はどれだけ強くなっても切れないのかと思うと涙がでてくるね」
わけの分からないことをつぶやきながら、ヴェルの攻撃をかわす。ヴェルの成長は早いようで、昨日の今日だというのに、少し機動力が上がっている。この成長スピードだとすれば、本当に時間は残されていないのではないだろうか。
「お前……じゃない……けど、死んで……死んで……死んで……お前から……少し懐かしい匂いもする……」
その言葉で、初めてこいつの顔からにたにたが消えた。一気に物悲しい表情に変わり、ヴェルを見つめる。
おそらく、この男も何らかの形でヴェルと関係があるのだろう。やはりこの男の目当てはヴェルだと考えるべきだ。この男は俺が目当てだと言ったが、おそらく俺のことは眼中にない。眼中にはなかったからこそにたにたしていたのだろう。いけ好かない話ではあるが、不思議と憎み切ることはできないな。
「残念ながら死ねねえな。死なんて俺たちには複雑すぎるだろ?」
「死んで……死んでよ!!」
ヴェルが襲い掛かる。だが、複雑な顔つきでかわす。ちくしょう。完全に置いていかれた。
「お前が俺を殺せたらな。それは勘弁願いたいが、今のお前の相手は俺じゃない。早く血を飲んでおとなしくしてな」
そう言うと、俺へ向けて目配せする。早く飲ませてくれという合図だろう。俺としたことが雰囲気に呑まれてしまっていた。今、しなければならない最善のことを忘れていた。
「ヴェル! お前の目当ては俺の血だろう!! 来い、飲ませてやる」
俺はできる限りの大声でヴェルの注意を引く。少しピクッとしたヴェルは我に返ったように興味を俺の方へ変えた。
「血……そう、僕、血が飲みたい。血を、血をちょうだい!」
一目散に俺の方へ向かってくるヴェル。だが、俺は今日のことでひとつのことが分かった。あいつと対峙しているときのヴェルと、俺の血を欲しがっているときのヴェルの表情は違う。あいつと対峙しているときのヴェルは、何かに苦しんで、何かを考えているように見えた。世界の癌とまで呼ばれるヴェルに生を感じてしまった。だが、俺の血を欲しがるヴェルは違う。血に生かされているような、血に縛られて生きているような、そんな、生を失ったような表情をしている。
ヴェルはアオイの中に巣くう怪物で、俺はそれを取り除きたいと考えている。なのに、俺は今日のことで少しヴェルに情を持ってしまったのかもしれない。これは、いけないことなのだろうか、いや、いけないことだろう。俺はアオイを救いたいんだ。
「血……美味しい……血……」
一心不乱に俺の血をすするヴェル。この前は奇妙な感覚を感じただけで気持ち悪かったが、今回はそれほどそんな気もしない。どちらかというと心地いいというか、安心した気持ちになる。俺も何かに毒されてしまったか? 俺らしくもない馬鹿な考えだ。ヴェルは取り除かなければならない存在だ。ヴェルまで含めて救おうと考えられるほど、俺は強くないことを知っている。そのはずなのに。
血を満足するまですすったヴェルは、またアオイの中に身を潜め、そしてアオイが帰ってくる。やはり気のせいだったのだろう。赤い瞳に戻ったアオイを見ると、やはり心の底から安心する。
「なぁナイト」
安心している俺を見て、あのにたにたとした余裕のある表情ではなく、無表情で語りかけてくる。
「なんだ?」
「俺もお前もアオイもヴェルも、みんな宿命の鎖につながれちまってる。だけど、自由ってなんだろうと考えたら、答えがでない。お前はどう考える?」
「自由なんてしらんな。自由ってなんだろうと考える段階で、それはもう自由ではないのだろう。鎖につながれちまってると考える段階で、それはもう縛られているのだろう」
「自由が見えなければ自由を追い求める。鎖が見えちまっていればつながれちまってると感じちまう。俺はもう侵されちまってるな。お前はいつまでもそうであってほしいもんだ」
「お前は怪しすぎるな。ヴェルについて何か知っているのか?」
「知ってるさ。俺たちは宿命の鎖に巻きつかれちまってるからな。まぁ、それはいいじゃねえか。今の俺は、ただの賞金稼ぎジェインだ。宿命のことなんて思い出したくないね。まっ、今日はただの顔見せだ。また会うことになるだろうぜ、必ずな」
そう言うと、静かにジェインは去って行った。賞金稼ぎのジェインか。ジェインといいウキョウといい、ヴェルを知る人間は濃い存在が多いようだな。一日一日俺たちの状況が悪くなるじゃないかくそったれめ。また油断できない相手が増えた。これは、確実に喜ばしい状況ではない。
とりあえず、一度家へ戻って必要な物だけ取ってこよう。そして、アオイの目が覚めたらすぐにボスの娘の家へ向かおう。できるかぎり人気のない深夜に出ていきたいな。残念ながら、大多数の人間どもが俺とアオイを狙っていることは確認できた。
「ボスの娘が俺たちを受け入れてくれるといいな。なぁ、アオイ」
目覚めないアオイをおぶって、家へと歩く。いつまでも、二人そろって青空を眺めていたいものだ。どちらかが欠けて見る空は、きっと濁っているだろうから。