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4.変革

 アオイを家へ運んだ俺は、傷に薬を塗って包帯を巻いた後、とりあえず料理を作っている。やはり、こんな重たい話である以上、飯を食べながら話すことで少しは気を紛らわせるのではないかという気休め。そして、何かしていないと俺が落ち着かないからだ。

 どうしてだろう。こんな日に限って料理が美味しくできている気がする。何かしら集中しているからなのだろうか。火事場のくそ力という言葉があるが、窮地にたたされると、どんなことも必要以上の力がでてしまうようだな。

 それにしても相当な疲れだったようだ。もう数時間は経つが、まったく起きる気配がない。一体、アオイのヴェル化はどれくらいの頻度で起きるのだろうか。もし、毎日だったりしたら俺の身体もアオイの身体ももたないだろう。

 それは考えづらいか。そうだとしたら、ウキョウがあんなに楽しめているはずがない。寿命が見えた操り人形ほどつまらないものはないからな。

 おそらく、ウキョウは今のこの状況の全容をほぼ把握している。だが、そうだとすれば、俺たちにもまだ希望があるということだ。ウキョウが考えているシナリオのひとつでもこちら側が打破すれば、まだ未来は変えられる。変える方法がなければ、ウキョウもわざわざこんなまどろっこしいことはしないだろうからな。楽しまれているという状況は好機だと捉えよう。

「……レッド」

 そうこうしている内にアオイのお目覚めだ。よかった。もう少しで美味しくできた料理が冷めてしまうところだった。

「おはようアオイ。目覚めはどうだ?」

「とても悪いわ。だって、私の知らない間にいろいろあったみたいだもの。置いていかれてるっていうのが特に気持ち悪いわ」

「……そうだな。本当ならば隠すのが正解なのかもしれないが、今から本当のことを話す。飯でも食べながら聞いてもらおうじゃないか」

「ええ。そうさせてもらうわ。さすがに今日の料理は美味しく食べられそうにはないけどね」

「あぁ。そういう日もある」

 俺は包み隠さずにアオイに話した。アオイの中にはヴェルという名の怪物が潜んでいるということ。俺の両腕を傷だらけにしたのはだれでもなくアオイの中に潜むヴェルだということ。そして、ウキョウのこともだ。当然、俺が最高にかっこつけたヴェルとの共存の選択のことまで、すべてな。

 話している間にいつの間にか夜も更けて、今のこの状況に相応しい色になってしまった。飯もいつの間にかなくなって……味わう時間すらなかった。これこそ料理が泣くというやつだな。味を気にせず食べられた料理ほど悲しいものはない。

 そんな料理の気持ちに共鳴するように、アオイの表情も悲しみに包まれる。そりゃそうだ。こんな事実を聞かされて余裕で居られるはずがない。それに、アオイは何も悪くないんだ。それがもっと悲しみを飛躍させるだろう。俺だったらこの世を恨んでぐれている。

「ねえレッド」

「なんだ?」

「私ってこのまま生きていていいのかしら? 私が死ねば、そのヴェルも消えるのでしょう? それなら、私の命ひとつくらい安いものだと思うわ」

「……そうだな」

「でも、レッドは私と共存する道を選んだ。どうしてなの?」

「確かに大きな目で見れば、俺はお前を殺すべきだったんだと思う。だけど、俺はそれができなかった。ウキョウというやつは実に嫌なやつで、少しの希望を残して去った。一定以上の情報を開示しないという手を使ってな。俺はその手にまんまと騙されて、希望の船に乗ってしまったというわけだ」

「だけど、まだ間に合うわよ? まだ希望の船は出航していないわ」

「死にたいのか?」

「分からない。だけど、このまま生きているべきではないような気がして」

「分からないならあがいてみようとは思わないか? お前は空の話のなかで『人間なんて黒く沈んでしまったらそう簡単に這い上がれない。なのに、空はそれを毎日繰り返してる』と言った。今がまさにその状況だ。簡単に這い上がれない状況を、空は毎回あがいて青くしている。青くなれる希望が残されているなら、それに賭けてみるのも悪くないと思うのだが」

 仕方がない話だが、どうにも調子が上がらない。どうも言い方にトゲがでてしまう。こんな状況のなか明るく振舞えるはずがないのは分かっているし、アオイが弱気になるのも分かる。だが、そう簡単に諦められてしまうのは俺が嫌だ。

「ごめんなさい。今はなんとも言えないわ。だけど、ひとつ疑問に思ったことがあるの……。私たちって、果たして人間と呼べるのかしら?」

 人間かどうかか。確かに考えてみれば疑問なところではある。俺たちは出生不明でありながら運命共同体だ。もしかすると、この世界終末のシナリオのために作られた怪物兵器なのかもしれない。だが、今はそんなことどうでもいい。俺たちが人間であろうがなかろうが……。

「さあな。だが、俺たちは生きている。こうやって生きるためにあがいている。それだけで生物の証明にはなるだろう」

「……そうね。ごめんなさい」

「構わんさ。こんな話はどっと疲れるだろ? 今日はもう休もう。休息も大事なものだ」

「……ええ」

 世界を滅ぼすような、世界の癌とまで呼ばれる怪物を身に潜めるのは、相当な気苦労なのだろう。なんとか和らげてやりたいとは思うが、残念ながら俺にはその器量は持ち合わせていない。今日はとにかく休もう。俺も今日の一日はさすがにハードすぎた。


 朝が来た。まだ空気は重苦しく、いつものような軽口はない。もしかしたら、俺の料理が美味かったわけじゃないのかもしれないな。料理の最大のエッセンスは環境と空気なのかもしれない。その証拠に、今日の朝飯はあまり美味しく感じない。ほんと、食材にとても申し訳ない気持ちだ。かといって、環境と空気がよければアオイの料理を美味しく食べられるかと言われればそれは違うと答えるがね。いくら環境と空気が大事とはいえ、最低限のクオリティは必要だ。

 心の中で軽口を存分につぶやきながら俺は仕事場に向かう。だが、今日は仕事に集中できそうもないな。俺が仕事に行っている間にアオイがヴェル化しないとも限らない。まぁ、それはないだろうという判断で仕事場に向かっているのだが。これ以上、ファミリーに迷惑をかけることはできない。

 相変わらず仕事場はドス暗い空気に包まれている。なにせ、ここは金貸しの裏稼業だ。俺たちによって泣くやつもいれば笑うやつもいる。大半が泣くやつだがね。本当、俺ほどの身体能力がなかったら泣いて帰っているところだよ……と言いたいが、実際のところは金貸し稼業なのに笑顔になるやつで絶えないアットホームな仕事場だ。俺のような新入りに、いつもファミリーたちは気さくに挨拶してくれるし、俺の事情も深くは聞いてこようとしない。

 本当にいいやつらなのだが、なぜだか今日は俺に対して気まずそうだ。「おはよう」の挨拶ですら躊躇しているようだし、来る場所を間違えたのかという錯覚にすら陥る。

「レッド。ちょっとこっちに来い」

 そんなことを考えていたらボスに呼ばれた。普通、仕事場のボスなんかに呼ばれたら緊張するものなんだろうと思うが、ここは別だ。大した用がなくてもドスの効いたクールなボイスでファミリーたちを呼ぶ。正直、紛らわしいからもっと気さくに呼んでほしい。

「はいはい。今行きます」

 ボスの部屋へ行くと、いつものように大型の黒サングラスで目を覆い、それに負けないほどのダンディーオーラを醸し出すボスがいた。たまに、こういうオーラを出しながらも別に大したことない会話をしてくるから怖い。とりあえず、そのダンディーなちょび髭は剃るべきだと思う。

 少し前も、その風貌と声から「今日、店に可愛いぬいぐるみがあって、思わず買ってしまったんだがどう思う?」と、似合わぬ質問をされ、ぬいぐるみを見せられたことがあった。正直、どう答えを返せばいいか分からない。さすがに相手がボスとはいえど「お似合いですよ」と言うのは俺のプライドが許さなかった。

「何かご用でしょうかボス?」

「何かご用でしょうかではない。むしろ、『何が起こっているのか把握していないのですかレッド?』と返したいところだ。今日はボスじゃなく、ロンドとレッドの仲で構わん。敬語も使わなくていい。むしろ使うな」

 今日は何か深刻な雰囲気だな。

「どういうことだ?」

「早速敬語を止めてくるか。それでこそレッドだ」

「冗談はいい」

「強気になったな……。しかし、そうか、知らないのか。俺が用意周到な人間でよかったなレッド。少し待て」

 ボスがそう言うと、何やらビデオデッキを用意している様子だ。どうやら、俺は今から何かしらの映像を見せられるらしい。正直、嫌な予感がする。大体何が映るか予想はできてしまった。

「これは、今朝早くから流れた映像だ。今、この世界はこの話題で持ちきりだろうな」

 そう前置きをしながら映像を流す準備をするボス。

「俺はレッドが出勤してくる前にすでにここにいる。そこで何をしているかと言われたら、テレビを見たりしてゆっくりとしているとしか言いようがない。これは、そんなときに偶然見たテレビの映像だ。俺は焦って録画したよ。途中からではあるが見た方が早いな」


「……」

 そこで流れていた映像は、ウキョウが全世界へ向けて俺とアオイの状況をばらまくような内容だった。いつ撮ったのか分からないが、その時の映像や、俺たちの顔写真まである。本当、隙がない。

 そして、ここでもウキョウは俺たちに情報を開示するつもりはないようで、俺に告げた事実を大げさに訴えかけている。どうやら、賞金や英雄の栄誉などの報酬もでるようだ。これはまずいな。報酬という名の欲望。そして、そこから生まれる正義感により、俺とアオイを討伐するような流れになることは間違いない。

 やってくれる。正直、この事実を告げられただけでもかなり精神がまいっているんだ。それに加えて、この追い打ちはいい状況とは到底言えない。ウキョウの野郎、俺たちの希望すら潰す気か? それとも、これでもまだ潰れないと考えているのか? 俺たちを買い被りすぎだぜくそったれ。

「率直に聞こう。本気か?」

「それはどういう意味でだ? 『本気で救えると思っているのか?』という意味なのか、『正気かお前?』という意味なのか」

「前者だ」

「それなら本気だ。冗談でそんな選択ができるはずがないだろう。世界を敵に回してでも、結果的にハッピーエンドで終わることができるのならば、その可能性が潰えるまで俺は諦めない」

「……」

 ボスがそこで会話を止め、ジッと俺の方を見てくる。おそらく、本気かどうか確かめているのだろう。確かめ方が古いし、サングラスのせいで目線が確認できないぞとは思ったが、俺も冗談を言っているつもりはない。

 相手がボスだとは認識してはいるが思いっきり睨み返そう。 こうなってしまっては、ボスの言うとおり、ボスとファミリーの関係ではない。今は、ロンドとレッドの関係だ。

「……本気のようだな。だが、ウキョウは底が見えないぞ?」

「!?」

 ボスの名前からサラッとウキョウという名が出た。いや、名前は全世界に配信されてはいたが、なんだこの知っている口ぶりは。ウキョウがウキョウならボスも何者だ?

「ウキョウを知っているのか!?」

「あぁ。この世界では科学者として相当な権威だ。裏では危ない研究をしているという噂も絶えないがな」

「他に何か知っていることは? どんなことでもいい!」

「……いや、特に詳しいことは知らん」

「そうか……」

 ウキョウはこの世界の有名人だったのか。それだけでも有益な情報だな。くそっ、どうして電気も水道も通っているのにテレビはなかったんだ。テレビを見ていれば、もっと早くにウキョウの正体に気付き、対策を練れていたかもしれないというのに。

 だが、こうなった以上、これからアオイの下へ帰るだけでも襲われたりするかもしれない。それならまだいいが、映像で俺たちの居場所はすでにばれているんだ。アオイが襲われていてもおかしくない。今すぐに戻らなければ……。

「すまん。今日でここを辞めなければならなくなった。本当に感謝している。ファミリーにもよろしく頼む」

「あぁ。それは分かっているが、もう少しだけ待ってくれ。文字通り救いの船を出してやる。これまで想像以上の成果を残し続けてくれたからな。俺はお前の味方だ。それくらいはさせてくれ。いまさら、このロンドを疑うこともないだろう?」

「……」

 救いの船? ボスに何ができるというのだ。それよりも俺は早く帰らなければならない。味方だと言ってくれるボスの言葉は本当にうれしいが、俺には今、時間がない。ファミリーたちに挨拶している時間もないんだ。分かってほしいところだな。

「俺はもう行く。本当に世話になった」

「だから、ちょっと待て。今から電話する時間をくれ」

「電話?」

「あぁ。電話だ。俺の娘の家に住まわせてくれるように頼む。心配するな。娘の居場所は俺たち以外だれも知らん。地図にも載っていないからな。引きこもり志望の娘を持つと、住居にも気を使うってものだ」

「……都合がよくないか? どうして、他人の俺にそこまでしてくれる。俺はそこまでの成果を挙げたか?」

「そうだな。今はとりあえず、本気の気持ちが伝わったからだと言っておこう。ここでどれだけ言葉を並べても真意は分からんものだ。俺の真意は、これからの人生の流れが示してくれるだろう」

「……すまない」

「気にするな。時間がないのだろう?」

「あぁ……」

 ボスが出してくれた救いの船。これは、俺の予想以上に温かい。そして、ボスが予想以上に温かい。ファミリーたちしか知らない場所ということは、ファミリーも俺の味方だということだ。本当に、俺はいい仕事場で働けていた。

「パパだ……今日は無理を頼みたい……あぁ、そうだ……嫌だと!? そこをなんとかパパの顔を立てると思って……あぁ、あぁ、遊んでくれるとも。いくらでも遊んでくれるぞ……よし、分かってくれたかパパは本当にうれしいぞ」

 いろいろと聞きたくない単語を聞いた気がするが、話をつけてくれたようだ。それにしても、まさかボスに娘がいるとは。そして、親バカだったとは。本当にボスは風貌と中身が一致していないと思う。男の俺が言うのもなんだが、可愛い要素が多分にある。

「了承はとれた」

 そう言うと、ボスが紙に文字と簡単な地図を書き入れる。どうやら、その場所への行き方のようだ。

「これを持っていけ。絶対に落としたりするなよ? それは、俺にとってどんな機密事項よりも大切なものだ」

「恩に着る」

「あぁ。生き抜けよレッド。どんな困難にぶち当たっても生き抜け。生きる力さえあれば、どれだけ希望の炎が小さかったとしても消えることはない」

「……肝に銘じておく」

 何度でも言おう。本当に俺はいい仕事場で働けていた。ここが裏稼業だろうとなんだろうと、最高の仕事場だった。まだ短い俺の人生の軌跡ではあるが、俺にとって忘れることのできない時間となった。これからどんなことがあっても、この職場での思い出を、きっと俺はしつこく思い出す。


 俺は仕事場を出て、一目散へアオイの下へ走った。走る途中、さまざまな暴言雑言が聞こえた気がするが、今はそんなもの関係ない。なにか街の人間どもがいつもよりも少ないようにも感じてしまう。勘違いだといいが、不安はぬぐえない。

 だが、ファミリーたちのおかげで少し気が楽になった。見たかウキョウ。すべてがお前の思い通りになるわけじゃない。お前は「完璧に思い通りになるシナリオなんてこの世には存在しない」と言ったが、本当にそのとおりだ。すべての人間がお前の操り人形なんかじゃない。俺はこの小さな希望を全力で使わせてもらう。地図にも載っていない家。つまり、お前も知る由のない場所だと考えていい。いや、そう考える。

 俺は諦めない。どれだけお前が追い込んできたとしても、俺は諦めてなどやらん。全力で生き抜きあがいてやる。ちょうど、ボスにありがたいお言葉をいただいたところだ。何度でも言おう。ウキョウ。俺は諦めない。

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