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14.宿命の決着

「さて、ようやく二人きりになれたな。恋人でもねえのにうれしい気分だぜ」

「あぁ。今から行われることは、感動の再会でもなんでもなく、血生臭い殴り合いだがな」

「俺のこの、お前を殺すってどうしようもなく不本意な感情も今日で終わるんだな。そう思えば、十分感動の再会なんだぜ?」

「自分の精神で終わらそうと考えたことはなかったのか?」

「考えても無理なものは無理なのさ。俺はそんなに強くねえよ。みんながみんな、そんなヒーローみたいな精神を持っていると思うな? 俺はお前を殺すしかねえんだ。それが最善の策だと、俺は結論を出したんだよ」

 フェイドは最後まで現実を見ようとはしないようだ。それも仕方ないことか。フェイドの言うとおり、みんながみんな前を向けるわけじゃない。だがなフェイド。俺は決して強いわけじゃないんだ。俺だって一度諦めた。ララの優しさに甘えて、俺は宿命から逃げたんだ。

 お前は、俺を強いと決めつけて逃げているだけだ。だが、それをいくら口で言っても無駄なことだろう。ならば、俺は拳を交えるしかない。結局これだ。俺はだれかを救えるほど強くなどない。ヴェルもお前も、俺は救えなかった。また、俺は拳で傷つけようとしている。

 だめだと感じたなら終わらせるしかない。空しいな。俺たちは無限に生きることができる。だが、何も成し遂げられていない。きっと、人間の一生程度では強くなることなどできないのだろう。だが、それが羨ましい。強くなることはできなくても、心の方から、弱い俺たちに最後を迎えさせてくれようと手を差し伸べてくれるのだから。

「フェイド。お前は、その選択に後悔はないか? 納得して俺を殺せるか?」

「……納得するんじゃねえ。するしかねえんだ。俺はそれもひとつの決断だと思うね。生き方くらい選ばせろよ。そんな何でも納得して……自信を持ってやってけたら、お前に牙なんて向けてるわけねえだろうが!! そろそろ分かれよ。お前の目にはどう映ってるか知らねえが、これでも覚悟してきてんだ」

 そうだな。お前はお前なりに自分と向き合って戦ってきたんだな。どうも、俺はきれいごとが好きらしい。自分に酔えるような、かっこつけられる道ばかり選んで、それを糧にして頑張って、希望の炎を消しきらずに結局こうしてここにいる。

 だが、お前はお前で泥にまみれて、宿命を受け入れることで希望の炎を消さずにこうしてここにいるんだな。

「すまなかった。生き方と死に方は自分で選ぶしかないからな。なら、俺も言っておこう。俺は簡単には死ねない身だが死に場所くらいは選びたい。そして、それはここじゃないんだ。だから、簡単には死なんぞ。その覚悟、全力で打ち破ろう」

「そうだよ。それでいいんだよ。俺は、そんなデッドを殺して自由になるんだ!!」

 フェイドが少しだけ笑みを見せた。それは、いつもの不器用な笑みではなく、本心からこぼれた笑みだろう。俺が言うのもおかしな話だが、それは俺を殺せるからではない。初めて俺がフェイドと真正面から向き合ったとフェイドは感じ取ったのだと思う。

 その気持ちはよく分かる。しょせん他人同士の俺たちだが、少しでも近づけたと思うとうれしいものだ。さらには、数千年も生きているこの身体だ。共有できる存在がいなかったのだろうな。フェイド。それは俺も同じだ。そういう意味では確かに感動の再会なのかもしれないな。


「……武器か」

「そう、拳銃だ。俺は自由だ。ちゃんと現代にも適応してるんだぜ」

 死神と呼ばれた俺に拳銃は通用しない。それはフェイドも分かっていることだとは思うが、これもひとつのプライドということか。俺は人のプライドを踏みにじることは好きじゃないが、無下にはできないな。

「今から戦うのはフェイドじゃなくて賞金稼ぎのジェインだ。たった数年の……俺たちからすれば短すぎる時間だけどよ、俺は今までの一生分以上にジェインとしての生活が好きだったんだ。だけど置いていく。そのためにちょっと意地張らせてくれよ」

 その言葉と同時に拳銃をぶっ放すフェイド。だが、俺には拳銃から発射される銃弾など止まっているように見える速度だ。しかし、この銃弾にはフェイドのジェインとしての思いが詰まっている。俺も、約束から逃げてサラやファミリーと過ごした人生は楽しかった。ヴェルのことに諦めがつくほどにな。だから、全力で付き合おう。

 銃弾をつかんで、フェイドに向けて思いっきり投げつける。拳銃から放たれた銃弾とは比べ物にならないほどの威力がある。

「いいねえ!」

 俺が投げつけた銃弾を、数発の拳銃から放たれた銃弾で弾いてかわす。俺はその隙に間合いを詰める。

「まだ終わんねえぜ!」

 俺が間合いを詰めると同時に素早く剣を取り出す。フェイドの剣の腕がどれほどのものかは知らないが、無駄なことに変わりはない。だが、それでもフェイドはジェインとして剣を振るってくるのだろう。敵同士ではあるが、なんと気持ちのいい。

「いくぜ。これが俺の、ジェインの、魂こめた一撃だ!!」

「ジェインの魂、存分に受け取らせてもらった」

「ありがてえ。ジェインも喜んでるぜ」

 フェイドの斬撃と俺の拳が交わりあう。フェイドの剣は、俺の拳に剣の強度が勝ることはなく、無残に砕け散った。だが、そんな状況に立ってもフェイドは満足そうだ。

 フェイドの中で気持ちの整理がついたのだろう。フェイドは、見事にジェインとして戦った。

「ジェインは弱かったかい?」

「いや、まさしく強敵だった」

「そうかい。そりゃ、うれしいね」

 その瞬間。フェイドの目付きが著しく変化する。この威圧を感じるのは久しぶりだな。だが、あの時の血走った目ではなく、真正面から俺を狙う強者の目だ。

 ここからが本当の勝負だな。ジェインではなくフェイドが相手となると、俺も油断してはいられない。あの時よりも数段強くなっているだろうしな。


「久しぶりデッド。ここからはフェイドが相手をするぜ」

「あぁ。久しぶりだな。その拳、鈍ってないか?」

「むしろ、さらに研ぎ澄まされてるぜ。ただ、お前を殺すためだけに磨いた拳だ。興奮するだろ?」

 その言葉と同時に間合いを詰められる。フェイドも間合いの詰めが鋭くなったな。これだけでも成長していることが分かる。

 そう考えると、俺とヴェルとフェイドの中で、一番努力しているのはフェイドなのかもしれないな。俺は宿命から逃げ、曲がりなりにも人間としての生活を過ごした。ヴェルは感情と感情がぶつかり合って深い眠りについた。だが、そんなときにもフェイドは俺を殺すという宿命を果たすために武を磨き続けた。本当、飽きずによくやるやつだ。

「ぐっ……」

 だめだ。戦闘に集中しないと流れを持っていかれる。それにしてもいい拳を放つようになったな。もう、迷いはないということか。

「どうした、俺が先制ヒットってのも気持ち悪い話だな」

「そうでもない。それだけお前が強くなったということだ」

「そんじゃ、この戦闘でもっともっと強くなってやるよ。そんでデッドを超えるんだ。俺はもう、お前をつかめる位置にいる!」

 俺たちは互いに一進一退の攻防を続けた。本当に真っすぐな気持ちだ。フェイドの拳ひとつひとつが重たいが、嫌な気は不思議としないな。

「……」

「……」

 俺たちは全身全霊で拳を交えた。俺はフェイドの拳を受けて、不思議な昂揚感を覚えた。全身からエネルギーがあふれてくるような感覚に陥っている。

 フェイドの拳は最後まで真っすぐだった。それが大きいのだと思う。俺の拳もフェイドに届いていただろうか。気持ちを乗せ合った殴り合いは、フェイドの宿命という名の心の闇を少しでも軽くすることはできただろうか。

 どちらにせよ、今、ここで立っているのは俺だ。身体の殴り合いは俺が制した。だが、これではヴェルの時とまるで同じだ。また、俺は傷つけてしまうだけで終わってしまうのだろうか。いつの時も、血に塗れた拳というものは切ないな。


「決着はついた。俺はエネドを倒しに行く」

 ここは、これ以上何も言わずに去ろう。勝負はついた。俺はもう、これ以上の血は見たくない。

 ……だが、簡単にはそうはさせてくれないようだ。まだ、フェイドの目は死んでいない。

「待てよ死神。まだあいつが足掻いてんだ。お前はまだお呼びじゃねえんだよ。行かせるわけにはいかねえな」

「……」

 ここで反応してしまえば、また俺はフェイドを傷つけなければならないことになる。ここは無視して先へ進むべきだな。フェイドの気持ちを踏みにじるようで悪いが、俺には守らなければならないものがある。

「待てって……弟がよ、足掻いてんだ。足りねえ力を振り絞って怪物に立ち向かってんだよ。そんなとこに水なんて差させてたまるか!」

「!?」

 フェイドが立ち上がり拳を構える。まだ、そんな力があるというのか。それに、これは宿命に呑まれた男の顔じゃない。何かを守るために拳を振るような、立派な男の顔だ。

「まだ行かせねえぞ。もう宿命なんて関係ねえ。どっかいっちまったよそんなもん。俺は今、生まれて初めて俺として拳を振るう。無視できるもんなら無視してみろ。死ぬまで立ちはだかってやるよ」

 温かい威圧だ。そうか。フェイドは今、宿命を乗り越えたんだな。きっかけが何であるかは俺には分からない。だが、実際に宿命を乗り越えたフェイドがここにいる。

 ならば、それに答えないわけにはいかないな。みんな、すまない。俺はまだそっちに行くことができないようだ。

「そうだ。俺の方を向け。そんで、もう少し俺に付き合えよ。なぁ、ナイト。半端者の意地を見せてやろうぜ」

「お前の気持ち、全力で受け止め、そして、全力で迎え撃とう」

 どこからその力があふれてくるのだろうか。今のフェイドの攻撃は、さっき全力で殴りあったそれと同等、いや、それ以上だ。一撃一撃に強く温かい思いがこもっている。自分のために振る拳ではなく、だれかのために振るう拳だということが伝わってくる。

「まだだ。まだいけるぜ。俺みたいな半端者にだって意地があんだよ!!」

「ぐっ……」

「俺は今、俺を超えたぜ。さぁ、次はお前の番だ。意地見せてみやがれ」

 今の攻撃は捉えることができなかった。強いな。俺が今まで戦っただれよりも強い。だが、それ以上に心地いい。だが、俺は負けるわけにはいかない。フェイドにも意地があるように俺にも守らなければならないものがある。こんなところで立ち止まるわけにはいかん!!


「……やっぱり死神は強えや。もう身体も動かねえ。さぁ、ひと思いに殺してくれ」

 地に倒れたフェイドが俺にそう告げる。殺すしか道はないのだろうか。俺はまた同じ過ちを繰り返すのか。救えないものは殺めるしかない。それは俺の自己満足でしかないのではないか。しょせん、きれいごとなのかもしれないが、俺はそんなきれいごとが通用する可能性も探したい。

「本当にそれしか道はないのか? お前はもう宿命を超えたんだ。また立ち上がることはできないのか?」

「……馬鹿野郎。死神のくせに弱えな」

 呆れたようにそう言うフェイド。立ち上がれると感じた男に立ち上がることはできないのかと聞くことは余計なお節介なのだろうか。

「お前さぁ、死ぬとしたらいつ死にたい?」

 唐突な質問だな。死ぬ時か……俺はたくさんの死を見てきた。だが、自分自身が死ぬことを考えてはいなかったな。それは、俺が不死だったせいもあるだろう。俺は長い時を生き過ぎて死の実感がなくなってしまった。

 俺は、ヴェルを失ったと感じたあのときから少しも成長していない。あれからの俺は、ララに、サラに、レッドに、ファミリーたちに……数えきれない仲間たちに支えられて生きてきた。そう、俺は頼り切っていたんだ。

 死ねなくなるということは成長が止まるということなのだろう。生物には寿命があるから、それまでにたくさんのことを学び、経験の糧とするのだろう。そして、それまでの学んできた経験を振り返って満足に死ぬのだろう……満足に、満足にか。

「……ここが消失地点だと決めたときだ。今さっき出た結論ではあるが、俺はそう答える」

「そうだろうが。お前自身が『死に場所くらいは自分で選びたい』とか言ってたんだ。もしかして、俺に言葉を返すために軽く言ってみたか?」

「……」

 そうなのかもしれない。死に場所を選びたいと言いながら死に場所を考えていなかった。簡単には死ねない身だからということに気を取られすぎて、大事なことを忘れていたな。

「分かってくれよ。俺は今なんだよ。だれよりも気を許せるお前を殺さなきゃならねえ羽目になって、それすら乗り越えて……そんで、だれよりも気を許せるお前にこうやって倒されたんだ」

 フェイドの熱い気持ちが伝わってくる。俺は、俺の示した道をフェイドに押し付けているのかもしれないな。

「俺は俺なりに真っすぐな気持ちで立ち向かったんだ。それくらい真っすぐに拳を振れたんだ。俺は今、初めて俺が好きなんだよ。俺だってただ死にたいわけじゃねえ。普通には死ねねえから、最後くらい葬られたいやつに身を預けたいんだ。俺の死に場所はここなんだよ」

 俺の死に場所か……ララからも同じことを言われたな。やはり俺は成長していない。また同じ過ちを繰り返そうとしていた。ここで起き上がれと手を差し伸べることは決して救うことじゃない。救うにもいろいろな形があるんだな。ここで俺がフェイドの命を奪うことでフェイドが救われるのなら、俺はいくらでもこの手を真っ赤に染めよう。それが俺の役目だ。


「ようやく決心固めたか。てかよ、どんだけ弱いんだよお前。ヒーローが俺みたいな半端者殺すためなんかに、涙なんか流すなよな。なんだよ。お前だって弱いんじゃねえか。もっと早く気付くべきだったな」

 俺は今泣いているのか。気付かなかったな。どうして泣いているのだろう。こんなときにララを思い出したからか、覚悟を決めたフェイドに心を揺さぶられているからか、フェイドを殺さなければならないという完全にしまい込むことができない気持ちか……自分ですら分からないが、俺は今泣いているのだろう。こういうときに相応しくないのかもしれないが許してほしい。俺は、涙の止め方を知らないんだ。

「俺はいつも言っていただろう。全力で自己暗示をかけているだけだとな」

「そんな言い方されても分かんねえって」

 フェイドの目の前にたどり着いた。俺は今から、この血まみれの男の心臓に拳を振りかざし、生命を奪う。これがフェイドのためだと分かっていても、手は震えてしまうものだ。もしかすると、俺は怖いのかもしれないな。自分の手で生命を奪ってしまうことが怖くて泣いているのかもしれない。

 やはり俺は弱いな。数千年も生きていながら、ひとつの生命を奪うことに怯えている。やはり、長生きするだけの人生に意味などないということか。

「敵同士だぜ俺たち? そういう湿っぽいのは止めようぜ。でも、そういうわけにもいかないみたいだから一言だけ別れの挨拶しとくよ。じゃあな……さよなら」

 さよならか。確かに今の段階ではそうなるのかもしれない。だが、広い目で見ればそれは違うかもしれない。

「お前はただあの世に行くだけだ。俺もそのうちそっちに行く。だから、厳密にはさよならじゃない」

「相変わらずまどろっこしいなぁ。じゃあ、なんて言うんだ?」

「さよならじゃない、『またな』だ。あの世でまた会おう。そして、そのときはここでのことは水に流して、静かに寄り添おう。そんなアフターストーリーも悪くないだろう?」

 フェイドは俺を殺す宿命に無理やり納得して覚悟を決めた。そして、それすらも乗り越えて俺に向けて拳を構えた。

 それに比べ、俺は何も覚悟ができていなかった。お前を救うことも、お前を殺すことも、すべて俺は自己暗示に逃げていて、自分自身の気持ちと向き合っていなかった。だが、ようやく覚悟ができたぞ。これが俺の、俺自身としての最大の答えだ。これで、ようやく俺もお前に向き合える。

「フェイド……またな」

 俺は拳の狙いをフェイドの心臓に定める。こんな状況だというのに今の俺なら寸分狂わず本気で振り下ろせる。これが、向き合えたということなら、俺は満足だ。


『うん……またな』


 この世からフェイドは去った。だが、俺は最後に見せたフェイドの笑みを忘れないだろう。フェイドの最後は、いつもの不器用な笑みではなく、満足感に満ちた、きれいな笑顔だった。

「次は俺の番だな。フェイド、お前のおかげで俺も決心がついた。俺も覚悟を決めて、けりをつけてくる」

 俺に休んでいる暇はない。まだこれで終わりじゃないんだ。この先ではサラとレッドが戦っている。あのエネドのことだ。ただでやられることはないだろう。もしも、サラとレッドに何かあったらと思うと、止まってはいられない。

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