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12.宿命の真実 Ⅱ

 あれからどれくらいの時が流れたのでしょうか。ふふっ、不死になると時間の感覚を忘れてしまいますね。いつの間にか文明は進化し、この世は古代時代と名付けられた。今ごろ、デッドは必死に僕たちを探しているのでしょうか。ですが、そう簡単には見つかりませんよ。定住している場所なんてありませんからね。物を食べる必要も睡眠をとる必要もない。不死というものは本当に便利です。ヴェルも人間の血さえ与えておけばおとなしいですからねえ。

 しかしながら、魔術の文化がなくなって、今の平和ボケした古代人の絶対人数は増加しました。嘆かわしいことです。無能と無能が生命を誕生させても、結局生まれるものは無能だというのに。

 まぁ、そのおかげではみ出され者たちをヴェルに与えながらこっそりと生きていくのは簡単になりました。無能はいつの時も有能の犠牲者です。当然のことですがね。

 ですが、次の段階にはいつ進めるのでしょうか。僕からすれば、まだここでヴェルに満足してもらっては困るのです。このままでは、ヴェルはただの僕の操り人形だ。束縛あっての傀儡では意味がないのですよ。世界を震撼させるような怪物になってもらうには、無能な人間にも怪物だと認識させるような迫力が必要です。このままではそれが足りない。そろそろどうにかしないといけませんね。

「ヴェル」

「血、くれるのか?」

「いいえ。少しお話がしたいのです」

「くれないお前に用ない」

「そう言わずに。あなたは僕が与えている人間の血だけで満足していますか?」

「満足してるぞ。血飲んだら安心して寝れる」

「本当に満足していますか?」

「そう言ってる。まだ話すか? 僕、お前と話したくない」

 これは困りましたねえ。僕は本格的に嫌われているようだ。きっと、本能の奥底にいるヴェルの影響でしょう。まぁ、仕方ないことですね。これで好かれていたらむしろおもしろくない。なので、これはこれでいいのですが、新たなステップに見向きもしてくれないというのはこちらとしても苦しいものがある。能力としては有能なものを持っていても、知能が足りていないとどうもペースを崩されてしまいますね。

 仕方ありません。僕も知能レベルを下げて考えましょう。強行突破です。本当は僕の一番嫌いな手ではありますが、たまにはシナリオを無理やり捻じ曲げてつなげるというのも悪くはないでしょう。ええ。そう思いこみましょう。僕も必死です。

「最後にひとつ質問します。もっとたくさんの人間の血を飲みたくはないですか?」

「!?」

「……悪い話ではないでしょう?」

「そんな人間の血あるのか? お前、あれが限界言った。あれはうそだったのか?」

「見つけたのですよ。もっと多くの血を飲める場所をね。浴びるように飲めますよ。この世界は魔力よりも血にあふれているのです」

「……」

 これは、今まで人間が多くいそうな場所に頑なに行かなかったのが功を奏しましたね。元々、ヴェルは山奥に住んでいたので、人間が数多く存在している事実を知りません。これが大きい。まぁ、僕としては不本意な方法に変わりないのですがね。

「お前、案内できるか?」

「ええ。いくらでも」

 これで世界は血に染まる。初めはそれほどの迫力はないと思いますが、数多くの人間の血をすする内に狂気に満ち溢れることを祈りましょう。そして、そこでようやくデッドが気付くわけです。楽しみだなぁ。強くなっているとうれしいですね。


「ひぃぃぃ! 怪物だぁ!」

「迎え撃て! 退治せよ!」

「血……たくさん。うれしい!」

「……あっという間ですかね。この調子ですと」

 やはりこれだけの数の血を見ると、本能の奥底に眠っているヴェルも完全に眠りにつきますか。これは、愚直目なしにいきいきしていらっしゃる。

 まだ怪物としての迫力はないですが、初めとしては上出来でしょう。この調子ですと、四、五つの町を血の海にすれば怪物になりそうですね。

「どうでした?」

「眠いぞ……だけど、満足。起きたら血、飲めるか?」

「ええ。起きるころには新しい血がたくさんです」

「僕、うれしい」

 ある意味、睡眠に入っているときがどちらでもない中間のヴェルなのかもしれないですね。睡眠に入ればヴェルなど無防備な少女です。しかし、人間では眠っているヴェルですら葬ることはできないでしょうけどね。今のヴェルの力を考えると、僕ですら葬れないでしょう。

 そう考えると、魔術なんてしょせん人間が作った遊び道具でしかなかったということですか。魔力というものを発見して浮かれていた代償ですね。いまや、魔術の価値なんて禁術と数少ない補助魔術くらいでしかない。禁術は本当にありがたいですけどね。まぁ、いまや僕しか使えないというのがもっとも素晴らしい点でしょう。

 人間なんて僕たちのエサでしかない。ですが、この世にはそれを変えられる男がいます。デッド、あなたはいつ現れるのでしょう。早くしないと無駄な血が流れ続けますよ。早く止めてご覧なさい。日々成長するこの怪物をね。

「血……起きたらごちそう!」

 二つ目。

「血……血!!」

 三つ目。

「血……あなたたちの血が欲しい。真っ赤で美味しい血、欲しい。もっと欲しい。足りない! 足りないの!!!!」

 ようやくですか。身体にピリピリと電撃が走るような重圧感。そして、この狂気に満ちた表情。そう、僕はこれを待っていた。

「血……すべてもらう。足りない。僕、血が足りない!」

「ええ。構いませんよ。血なんていくらでもありますから……ね?」

 これまたようやくですか。待ちわびましたよ。


『エネド。ヴェル……いや、血を欲する欲望の怪物。お前たちは無駄な命を消し過ぎた』


「お久しぶりです」

「……お前と話すことなど何もない。お前は無駄な命を奪い過ぎだ」

「あらあら、それはずいぶんな言い様ですね。確かに僕は無能の命はたくさん奪いましたよ。ですが、有能な命を奪った覚えはありませ……!?」

「しゃべるな下種め」

「がはっ!」

 なんという速度でしょう。僕が少しでもかわすのが遅ければ致命傷を負っていたかもしれません。まさか、かするだけでこの威力とは……。

 デッド、どれだけの成長を……。これは民衆の中に紛れてやり過ごしたほうがいいですね。もう、デッドはただの不死ではないということですか。不死なのに怪物を死に至らしめる力を持つ。さしずめ死神というところでしょう……。あなたは僕の予測を超えてくれる唯一の存在だ。僕では役不足ですね。死神には怪物です。

「邪魔する? ねえ? どうして邪魔する? 僕、血飲みたい。足りないの。血が、僕の身体に血が足りないの!!」

「……俺の拳で怪物を消し去ろう。そして、ヴェルを取り戻す。俺たちはもう軽く笑えないのかもしれない。どれだけ笑っても俺たちの笑顔は血塗られているだろうからな。だが、それでも笑おう。後ろ向きに生きていても死者の魂が返ってくるわけでも報われるわけでもない」

 えらく落ち着きましたね。一体、この間に何があったのでしょう。もしかすると時間を与えすぎたのかもしれませんね。悲しみや苦しみは成長の起爆剤とも言います。それをすべて昇華してここに立っているのだとすれば、デッドは僕の計画に支障をきたすほどに脅威だ。

 まさか、束縛も考えなければならないとは。あなたは、この短期間に二度、僕のプライドをずたずたにした。敵としてあっぱれというところでしょうか。

「邪魔する。消す!!」

「来い。全力で拳をぶつけよう。そして、全力でお前の心を救いだす!」

 正直な感想を述べると、ただただ素晴らしい。きっと、今もこれからも、彼らを超える生物など現れないでしょう。もし、新たな生物が生まれたとしても彼らには敵わないと断言できます。僕はものすごいものを生みだしてしまったのですね。さすが有能な僕だ。予想以上のものを作ってしまった。

 しかし、どちらも互角というのが功を奏しましたね……。もし、デッドが圧勝していたならば、今ここに僕はいないでしょう。先ほどの偶然かわせた攻撃といい、互角の今の状況といい、最近の僕は何かに救われすぎている。僕は僕として道を切り開いていきたいというのに、みじめでしょうがない気分だ。ですが、これもすべて僕の非力のせい。そうならば僕の自業自得だと納得できる。

 そうだ。僕が強くならなければならない。シナリオを考えないといけませんね。魔術師としての最強など、この怪物と死神の前では何の役にも立たない飾りだ。

「血……お前の血はいらないのに、なんでだ。僕、お前忘れられない。お前、なんだ!」

「消し飛べ怪物! そいつはヴェルの心だ。俺と一緒に過ごしてきたヴェルの気持ちだ。決してお前のものじゃない!」

「がっ……」

 決まったようですね。さすがですデッド。あなたは怪物を超えた。死神の名にふさわしい。

「……デッ……ド?」

「ヴェル! ヴェルなのか?」

「僕、悪い子……ごめんなさい」

「あぁ。お前は悪い子だ。たくさんの命を奪った悪い子だ」

「ごめん……ごめんね」

「だから、これからはそれを背負って生きよう。その上で笑うんだ。血塗られた笑顔で生きていくんだ。その覚悟がヴェルにはあるか?」

「……ごめん。僕、頭が悪いからよく分からない。でも、デッド言うことちゃんと理解したい。また、ちゃんと教えて、ヴェルに、教えて?」

「あぁ。たくさん教えてやる。俺はお前を見捨てなどしない。だから、生きよう。俺と一緒に、生きよう」

「うん。やっぱり、デッドの笑顔、僕、好き……」

「ヴェル……ヴェル!?」

 気を失いましたか。しかし、この状況で気を失うだけとは大した耐久力ですよ。死神が死神なら怪物は怪物ですね。

 ですが、どうやらデッドは気を失っただけということに気付いておられない様子。これは好機ですね。また僕に運が向きました。冷静さを欠き、致命傷レベルの傷を負っているデッドにならば、僕でも生き延びることができるかもしれません。


「僕の言った通りになりましたね。強大な力にはそれ以上に強大な力で制するしか道はありません」

「……それはお前が決めることじゃない」

 弱弱しい表情だ。あの、何をしても諦めないような強いデッドはどこへいったのでしょう。まぁ、仕方ないですね。今、デッドにとって希望が潰えたのですから。どれだけ強い人も、寸分の希望が無くなってしまうとこんなにもか弱い。

「ですが、結果はこれです。僕が決めたことではなくあなたが決めた道だ。現にあなたはヴェルを救えなかった。そうでしょう?」

「そうだな。俺の弱さゆえだ。俺は……俺たちは笑うことができなかった」

「ですが、あなたは歴史に残る英雄となるでしょう。怪物を打ち倒した救世主として」

「そんなものはいらん。俺は、ただヴェルと笑えればそれでよかったんだ。もう、叶わんことだが」

「……事実上、僕にはもう打つ手がない。敗者は去るとしましょう」

 そう言って僕がヴェルを抱えると、デッドは驚いたような仕草を取る。まだ、完全に折れたわけではないということですか。

「……ヴェルをどうするつもりだ?」

「今の僕に打つ手はありませんが、打つ手を作るために再生の魔術でも研究してみようかと思いまして。まだ諦めたくはないのでね」

「またヴェルをお前の自己満足に使うつもりか! させんぞ。もう二度と……ヴェルにそんな真似はさせん!」

「!?」

 立ち向かってきますか。無意識のうちにそういう風に誘導していたのかもしれませんね。僕も魔がさしているな。正直、立ち上がったデッドを見て、少し興奮を覚えてしまった。

 このためにヴェルとデッドの戦闘中の間に魔力を開放していてよかった。束縛もすでに練っているのですよ。助けたくても助けられない絶望を味わってもらいましょう。

「禁術、束縛!!」

「ぐっ……」

 どうです。どれだけあなたが意気込んでも禁術の前ではすべてが無になる。あなたやヴェルが武の結晶だとすれば、僕は知の結晶だ。あなた方の怪物的な力も、この束縛の手にかかれば問題ないのですよ。そう考えれば、僕はやはり非力などではない。僕はすべての面において有能だ……?

「負けん。俺は、いや、俺たちは、お前の禁術だとかいう腐ったものに負けてきた。こんな、だれも得しないものに負けたままでいられるか!」

「なん……ですと……」

 まさか、束縛状態でなお動いてくるとは……。恐ろしい話ですよ。さっき自信を取り戻したばかりなのに、また僕のプライドが折れそうになる。

 ですが、僕は魔術師最後の生き残りであり、最強の魔術師だ。そのなかの最高傑作である禁術が通じないとなると、僕の存在ごと否定された気になりますね。それはちょっと受け入れられる話じゃありません。決して僕は無能なんかじゃない。生物を手玉に取る最強の有能者だ。デッド、あなたが諦めないように、僕も諦めが悪い方のようです。僕は自分のため、あなたは人のためという大きな違いはありますがね。

 この束縛に、僕が現在温存しているほとんどの魔力をこめましょう。僕が魔術師を淘汰して魔術を衰退させたおかげで、まだ世界にはたくさんの魔力が存在している。僕はまたそれを集めましょう。これは決して無駄な消費などではありません。僕も心置きなく使えますよ。

「お前だけは許さんぞ。俺はお前に慈悲をかけるつもりも笑い合うつもりも一切ない。俺はただ、俺の拳でお前を打ち砕くだけだ」

「そうしてください。本気で憎悪をぶつけられるというのは、存外悪いものではないですから。こちらも本気で回避させていただきます。束縛……強化!!」

「お前……まだ……」

「ええ。僕はこういうセリフを漏らすのは好きではないのですが、言わせていただきます」

「……」

「僕を舐めるな死神!! あなたが僕を本気で打ち砕こうとしているように、僕も本気で生き延びようとしている。僕も必死だ」

 なんとかなりそうですね。しかし、これ以上対峙したくないほどに意識が飛びそうだ。いくら僕といえど、溜めている魔力のほとんどを使い切ってしまうのは自殺行為に近い。 魔力の使用は精神の使用に直結する。そして、精神を大幅に削られると、それは肉体に影響を及ぼします。いくら不死の力があるとはいえど、体力的な肉体ダメージは人間の時と変わらないようですね。気を付けなければ。

「僕を打ち砕きたければ、また僕を見つけてごらんなさい。僕は体制が整うまであなたから逃げ続けましょう。では、またいつかの時代で」

 デッドの目は死んでいない。まぁ、いつ立ち上がるかは知りませんがね。僕もこのままじゃ終わりませんよ。また何か新たなシナリオでも描いて、完璧にあなたの希望をなくしてみせます。

 またいつか会いましょう。そのときこそ、僕とデッド。どちらかが倒れるときかもしれませんね。


 ……ただ気を失っているだけかと思っていましたが、まったく目覚めません。まさか、僕が目測を誤って本当にお亡くなりに? いや、そんなはずはありません。ヴェルが何者か分からないという点はあるにしても、生物なのだから生きる器官はあるはずです。見たところそれは正常に機能しているはず。だとすれば何がおかしいというのでしょう。

「とりあえず今の機会に身体でも調べさせてもらいますか。何かヒントがあるかもしれないですしね」

 しかし、この空になりかけの魔力で使える魔法なんてたかが知れていますね。僕自身ももう少し休みたいところですが、一刻を争う事態だとすれば大変です。ここは僕も多少無理をしましょう。

「インバス!」

 ヴェルの状態を……!? これは、そもそもが人間の形態とは違いますね。いや、すでに文明が進化するほどに時代が流れているのですから当然なのですが、これはすごい構造だ。確かにこれならば永久に生き続けることも可能でしょう。不死いらずとはまさにこのこと。

 そして、こういう構造で生命を産むと、これほどの力が備わるということですか。素晴らしいですね。これはしっかりと僕の脳に刻み込んでおきましょう。無理もしてみるものですね。

 そして、肝心のヴェルの容態ですが……眠っていますね。これは、かなり深い眠りだ。当分起きることはないでしょう。血を欲するヴェルが身体力の怪物だとすれば、本体のヴェルは精神力の怪物というわけですか。さすが、デッドと暮らしてきただけある。まさか、圧倒的に奥に封じ込められていたヴェルの精神と、血を欲したヴェルの精神が異常な混ざり方をして考えるのを止めてしまったとはね。

 さて、どうするものか。とりあえずヴェルは、僕の魔力がある程度まで回復した後に魔術で保存しておくとして、それ以降の僕ですよ。何もしないというのもつまらないですし……そうですねえ。気分転換のために、食事を久しぶりにとってみましょうか。生物を食すのは僕のポリシーに反するので、食草でもいただくとしましょう。デッドから逃げるついでにね。

 そうと決まれば今日はとりあえず休みましょう。予想以上に疲れてしまいました。魔力を取り込む力もありません。


 まさか満足に行動するのに三日も時間を要してしまうとは。正直、ひとつの場所に三日も留まるなんてひやひやものでしたよ。いつ、デッドに見つけられるか分かったものではありませんからね。まぁ、まだ行動できる精神状況ではないとは思いますが、油断はいつのときも命取りですからね。注意しないと。

 さて、低級魔術ならある程度扱えるくらいまでに魔力は取り込めました。そろそろ動き出すとしますかねえ。

「ストレジ!」

 血を保管したときから思っていましたが、動かない物を小さな箱に納めて持ち運びできるようにするストレジは思いのほか便利な魔術ですね。低級魔術なんて何の役にも立たないと思っていましたが、下手な攻撃魔術よりもよっぽど役に立ちます。侮りがたしですね。

 さて、今からは気分転換です。軽い気持ちで食草をいただきましょう。しかしながら、人間はどうして無駄に生物を食そうとするのでしょうね。別に大量に食べなければならない作りにはなっていないはずなのに。一日三食なんてだれが決めたのでしょう。正直、一食で十分生きていけます。それも、生物の肉などではなく食草で十分ね。

 本当、人間の考えることは理解に苦しみますよ。それでありながら万物の王であろうとする。王になりたいならばまずは生き方を正すことを考えることですね。まぁ、無能な人間たちにその脳はないと思いますが。本当、嘆かわしい。

「……美味しいじゃないですか」

 久しぶりの食事というものは恐ろしいものですね。なんと美味しいのでしょうか。もし、肉や魚が食草以上に美味しいのだとしても、火で焼く肉や、さばいて食べる魚を食べる必要もないほどに美味しいじゃないですか。

 これは侮っていましたね。人間のころに食べていた食草よりも進化していると考えていいのでしょうか。もしくは、久しぶりの食事なので新鮮味があるのでしょうか。どちらにしても、定期的にいただいていきたいものです。

「もっと他に食べ方はないものでしょうか……他に?」

 そうですよ。他に食べ方がないのなら、僕自身が模索してみればいい。僕がだれかが作ったものを使うなど人間のときのみのことだ。僕はもう人間を超えたのです。おこぼれをもらうようではいけない。

「凍らせてみましょうか……いや、軽く乾燥させてみるというのも……色素を抜いてみるのもいいですね……」

 僕はいろいろな方法を試しました。そして、見つけたのです。最高の食草の食し方をね。これはもう単純なこと。単純なことが至高だったりもするのですね。これはいい教訓になりました。

「ファイア!」

 ふふっ。食草は軽くあぶるに限ります。この焦げがいい味をだすのですよ。しかし、いちいち魔術を使うのも魔力の無駄ですね。そういえば、古代人は機械という物を用いて料理というものをやっていましたね。機械の力を用いて火や水を使うことができるとか聞いたことがあります。

 恐ろしい話ですね。無能は無能なりに進んでいるということですか。魔術と変わらない力はすでに存在している。僕が魔術を衰退させたらまた新たな一手ですか。まぁ、魔術を生み出したくらいです。それを僕が利用……利用?

 ふむ。魔術はしょせん利用しただけですが、それは人間だったからです。今は無限の時間がある。そうですね。いいことを思いつきました。今度は僕が文化を昇華させてあげましょう。機械をより実用的に利用できるようにね。そうですねえ。これを『科学』と名付けましょう。自然の力を扱うということを無能な人間たちに教えてあげますよ。

 ちょうど僕にはヴェルの身体というサンプルがある。つまり、目的はどうやってヴェルの身体の構造を持った生命体を作り出そうかということに絞られます。そこのみに考えを絞ればいいのですから、方法は思いつくはずです。どれだけの時間を要するかは分かりませんがね。

 そこで一番の問題は、それを作るためには『ひとつの場所に留まらなくてはならない』ということ。これが一番厄介です。そのためには、なんとかしてデッドが動くことができないという状況を作らなければなりません。まずは、これを考えなければなりませんね。人間を超えてよかった。まだ、これだけ考える余地があるほど楽しい出来事がある。とても、人間の寿命なんかでは足りません。不死というものは本当に素晴らしい。


 とりあえず考えはまとまりましたが、少し時間を置かなければいけませんね。少々賭けにはなりますが、魔術文化の禁術のみを文献という形で世界に公表します。こうすることによって、無能な人間たちにあのときの金色の目をした男がおかしいということに気付かせる。そうすれば、デッドも普通に生活することができなくなり、僕を探すような状態ではなくなるはず。

 その代わり、人間の機械文化も発展を遂げるでしょうね。どういう形で発展を遂げるかは分かりませんが、もしかすると仇なすレベルまで昇華するということもありえます。

 しかし、相手は無能な人間だ。僕は、無能な人間のすべてよりもデッドを脅威だと認識している。ですので、頃合いを見計らって公表しましょう。

 人間から見れば、僕たちは人間の形をしている別生物だ。歳を取ることがないですからね。姿形が変わらないというものは人間にとっては恐怖の対象です。デッドにはまた悲劇を味わっていただきましょう。僕もいつまでも逃げているだけというわけにはいきませんのでね。

「……このような資料を私が発表してもよろしいのですか?」

「ええ。構いませんよ」

「あなたは一体?」

「僕ですか? 僕は名も姿もない存在です。つまり、この手柄はすべてあなたのものだ。あまり深く追及なさるとよろしくないことが起こると思うのですが、どうでしょうか? 黙って受け取っていただけるとうれしいのですがねえ」

「……分かりました。私が責任を持って発表させていただきます。あなたのおかげで、人間の歴史がさらに解明され、新たな向上を遂げるでしょう。せめて、お礼だけでも言わせてくだされ」

「お喜びいただけて幸いです。では、僕はこれで」

 こんな無能が人間の最大権力者とは本当に呆れますね。やはり、無能には無能の長がお似合いだ。

 ですが、僕も異常なる数の攻撃の力は認め改めますよ。僕は今から、無能の大軍を使った攻撃に頼るわけですからね。そういう意味では僕もお礼を言わなければならない。僕のシナリオにご協力いただきありがとうございますとね。

「救世主様をたまに見かけるが、どう考えても歳を取っておらん。わしがまだ青年のころにこの世界を救ってくださったんじゃ。こんなことあり得るはずがない!」

「これはあれだよ。救世主様は禁術とかいうやつを使用したんだ。ほら、不死になる禁術があるというじゃないか」

「それじゃあ、救世主様は呪われているということ? あら嫌だ。それじゃあ怪物と変わらないじゃない。死神だわ。救世主様も人間にとって脅威となる存在なのよ。このままにしておいてはいけないんじゃないかしら」

 本当、おもしろいくらいに信じこんでくれますね。そのおかげでもう一息です。世論が動いた以上、権力者が黙っているはずがありません。

 人間が他人を慈悲深く敬う生物だなんて、そんなのは人間をよく見せるためにうそを塗りたくっているにすぎない。結局、どんな大きなことをしても、人間という種族の脅威になりそうならば、簡単に手のひらを返すのですよ。

「その通り。我々はだまされていたのだ。怪物を倒し、救世主となったが、それもすべてはこの世界を手にするためなのだ! 不死という立場を利用して人間を死に陥れようとする救世主など存在せん。あいつはただ強いだけの死神だ。怪物を超えた死神。ただ、それだけにすぎん! だまされちゃならん。今こそ人間の力を合わせ、呪われし禁術者を、死神を退治するときがきたのだ!!」

 こうなってしまうのです。デッド。僕は人間なんて無能な生物は見限ってしまうべきだといつのときも思うのですよ。あなたはどうして見限らないのですか? あなたの力があれば人間なんて力で服従させられるでしょう。これもヴェルのためですか?

 そうじゃないはずです。ヴェルも人間じゃない。もし、ヴェルが正常に復活してあなたの下へ帰ったとしても、人間が牛耳るこの世界で満足に暮らすことはできないでしょう。

 デッド。今のあなたに味方はいない。あなたは世界中の人間から見放されてもまだ笑っていられますか? ヴェルがまたあなたに笑いかけてくれる保証もない。そんな状態で希望にすがれますか? あなたは、僕にまだ楽しみを与えてくれますか?


 さて、これで十分な時間は確保できました。早速いい場所を探して傀儡に生命を吹き込んであげなければ。

 しかし、世界というものは広いところです。時間を気にせず動けば、どこかに自分の望むような場所というものは見つかるものです。程よい広さに見つかりずらそうな人気のない場所。さらには作業できそうな道具までそろっていますよ。

 おそらく、怪物ヴェルの問題があったことで、恐怖に怯えながら逃げ出すように移動したのでしょうね。ここは気兼ねなく使わせていただきましょう。もしだれかが来ても葬ってしまえばいい。これだけの人間がいるなか、一人くらい減ったところでそれほどの騒ぎにはならないでしょうしね。

 まぁ、当分は魔力を溜めながら機械で外観を作る作業になりますね。その後、溜めた魔力を解放して最上級魔術の「ミラー」を使用し、ヴェルの組織をコピーする。それを機械に混ぜることで、ヴェルそっくりの構造をした傀儡が完成。しょせんはコピーですので、少し能力は半端になってしまうのが難点ですが……。

 ですが、これはさすがの僕も手に汗握りますね。ミラーを使用できる対象はひとつの組織につき一度までですから、一度間違えてしまうとシナリオ自体が崩れてしまうということに……それはなんとしてでも避けなければなりません。

 そして、最後は傀儡に生命を吹き込む作業。これが一番厄介ですね。これもまた大量の魔力を消費して魔魂を作らなければならない。さらには束縛を使う魔力も必要となると、どれだけの時間がかかるか想像もつきませんね。

 とりあえず、頭の中で予定の整理は終わりました。後は実行するのみです。僕は魔力を溜めることに専念するとしましょう。


 ……ようやく完成です。予想以上の時間がかかってしまいました。もう、古代時代は終わり、世界は中世という時代に入ってしまった。しかし、今ではデッドとヴェルの戦いが『古代の伝説』なんて呼び方をされて伝わっているのですね。そのおかげで、デッドは死神として忘れられることがない。これからも見放され続けるのでしょう。今ごろ何をしているのかは知りませんが、人間を滅ぼしていないところを見ると諦めてはいないとみていいのでしょうけど。

 それにしても、あそこで僕の魔力のほとんどを使い切ってしまったことが響きましたね。おまけに、僕が魔術師をすべて淘汰したことで、魔術師同士の魔力の供給ができなくなっている現状です。なので、魔力の取り込みがスムーズにいかない。まぁ、空にならないように余分に取っているせいでもあるのですがね。念には念をというやつです。

 さて、それでは生命を吹き込むとしましょうか。僕が科学で作った、死神殺し、フェイドという名の殺人鬼をね。

「ダブル束縛。対象フェイドの魔魂。『死神デッドを殺めたい衝動に駆られる。そして、僕を攻撃することはできない』ロック!!」

 ダブルで束縛をかけるのはさすがにつらいものがありますね。それも、こんな大ごとな束縛ですからなおさらです。ですが、束縛はこれだけの体力と魔力を消耗するのに、精神が束縛の魔力を超えると解かれてしまうという欠点がある。

 今から生まれてくるフェイドは精神が強くないとありがたいですね。解かれてしまうと、僕が殺されてしまうとも限りませんから。

「さぁ、生まれなさいフェイド。そして宿命に悩みながらデッドを殺めるのです。まぁ、できるとは思っていませんが、余興くらいにはなってくれるとありがたい」

「……」

 成功だ。目を開き、きょろきょろとした後起き上がる。魔魂の便利なところはある程度の情報は、さ迷う魔力が記憶しておいてくれることですね。このおかげでこちらが何かを教えたりする必要がなくなる。まぁ、いらないことまで記憶していたらと思うと怖かったりもしますが。

「おはようございますフェイド。僕はエネド。あなたの主人です」

「目を覚ました瞬間意味の分からない状況だな。俺はフェイドという名前なのか? そして、俺はお前の下僕なのか?」

「ええ。前者の質問は『そうです』と答えましょう。そして、後者の質問は『いいえ、そういうわけではありません』と答えます。僕たちは言うなれば仲間ですよ。死神デッドという男を討つためのね」

「……デッド? なんだ、その名前を聞いたら頭が痛むぞ。知らないはずなのに憎悪がわいてきやがる」

「そうでしょう。デッドは本当に憎悪がわくような生物なのです。今から詳しく説明しますよ。フェイドにはぜひデッドのことを詳しく知ってもらいたいですからね」

 僕はフェイドに『古代の伝説』を曲解して説明しました。デッドは世界を滅ぼすような思惑があって、ヴェルはそれの被害者だとね。そして、そんな悲劇のヒロインヴェルと友だちだった僕が、怪物と呼ばれてしまったヴェルの仇討ちのために死神デッドを探していると。

 彼はどうやら単純な思考のようです。これは功を奏しましたね。町を滅ぼして回るような悲劇のヒロインがどこにいるというのでしょう。いくら止むを得ない事情があったとしても、その本人が悲劇を引き起こしてしまっては同罪です。その段階でその人が同情されるはずはない。

 そのはずなのに、こうやって簡単に同情してやる気になってくれる。いやぁ、大成功だ。手の上で操るというものはとてもおもしろいお遊びです。

「俺が行ってやるよ。そんなやつを野放しにはできないもんな」

「いいのですか? 敵は死神ですよ」

「そんなの関係ねえよ。なんか知んねえけど、ものすごくデッドを殺したいんだ。それが頭に残り過ぎて、安心して生きられそうもない」

「しかし、どうやってデッドを?」

「ちょっと人間どもを襲う芝居でもすりゃでてきてくれるだろ。だって、ヒーローごっこしてるんだろ? そんなやつが見過ごすはずがねえ。偽善野郎は思いっきりはりきるからな」

「それは名案ですね」

「そうでもねえよ」

「では、お気をつけて」

「デッドの首を持って帰ってやるよ」

 頼もしいお言葉だ。しかし、無理でしょうね。相手は怪物状態のヴェルを倒した死神です。劣化したヴェルの組織を使った程度の生命体では敵いはしないでしょう。僕はただ、殺されないことを祈るばかりです。

 しかし、デッドはどういう行動を取るのでしょうね。ヴェル以外の強大な生命体を相手に無慈悲に殺してしまうのか。もしくはこのフェイドをも救ってしまうのか。さすがの僕でも予測がつきませんねえ。


 フェイドは見事に血みどろになって帰ってきました。しかし、目つきが尋常じゃないですね。明らかに僕に憎悪を向けていますよ。これは八つ当たりということでしょうか。それとも、また何か別の感情が生まれたのでしょうか。おそらく後者でしょうね。今にも僕に襲い掛かりそうな勢いだ。

「お前、俺にうそをついていたな?」

「なんのことでしょう。落ち着いてくださいフェイド」

「うるせえ。なんだよ。デッドは感じのいいやつだったじゃねえか。話も聞いてきたぜ。無駄に命を弄んでいるのはてめえじゃねえか。デッドもヴェルも絶望から這い上がろうと頑張ってるじゃねえか。ヴェルはお前に縛られてるだけだ。可哀想になぁ。デッドの話を聞いていたらよく分かったぜ。生物同士の出会いは気を付けましょうってな」

 まさか話し合って帰ってきたとは。ただ、これは戦闘終わりに行われたものには違いありませんね。おそらく、フェイドが何か言葉を漏らしたのでしょう。単純な分、いらないことまで言ってしまうタイプのようだ。これはこれで扱いが難しいな。さてさて、どうするものか。

「あなたはうそをつかれているのですよ。死神デッドを信用してはいけません。『偽善野郎は思いっきりはりきる』とあなたは言っていたじゃないですか」

「うるせえ。それはお前の言うデッドの印象だ。説得力が違うんだよ。お前とデッドじゃな。お前は何かを利用する事しか考えてねえ。そんな言葉に重みはねえ。だが、デッドは何かを背負って生きている。重みが違うんだよ。言葉の重みってのは、どんなものよりも納得できる説得力だ」

 説得力ですか。それは考えたことがありませんでしたね。どうやら、これは丸めこめそうもありませんねえ。まぁ、これはこれでおもしろいですが。

「ふふっ」

「何がおかしい?」

「そうですよ。あなたはただ僕に操られていただけだ。いや、これからもそれは変わりませんが」

「……お前、俺の身体にも宿命を刻み込んでやがるのか?」

「察しがいいですね。そうです。あなたは不思議に思いませんか? 今もあなたはデッドを認めながらも殺したい憎悪に駆られているはずだ」

「そういうことか。だから俺はこんなにあいつを……許せねえなぁ。こんなことして何になる? 何もならねえだろうよ」

「いいえ。僕の余興になります。僕が楽しめます。僕のシナリオが進みます。ほら、いくらでもありますよ」

「まずはお前から殺すぜ」

 恐ろしい顔です。いまにも僕を八つ裂きにしてしまいそうなほどにおぞましい。しかし、それは叶わないことですよ。あなたは単純な思考だ。ですが、それはデッドやヴェルほどではない。あなたは中途半端すぎます。そんな生物が束縛を破れるはずがない。どっちつかずは、いつの時も闇に呑み込まれる運命にあるのですよ。

 宿命の重さに潰されなさい。そして、デッドと共存したい心と、束縛によって生まれた殺したい心と戦いながら生きなさい。僕はそれを見て楽しみますよ。

「どういうことだ……どうしてお前を殴れねえ!」

「宿命とは恐ろしいですねえ。苦労したんですよ。本当にたくさんの魔力を使用したのです。宿命がひとつだなんて決まっていませんよ?」

 悔しそうな表情だ。フェイドは表情が豊かですね。見ていておもしろいですよ。あなたは僕から見て無能だ。ですが、楽しい無能です。言うなれば無能代表ですね。無能の希望なって僕を殺し、宿命から逃れられるでしょうか。

「……エネド、お前はいつか殺す」

「期待してしますよ」

「そうしとけ。俺は自由になる。宿命から逃れ、俺は笑いながら平穏に暮らすんだ。最後は笑顔。いい言葉だと思うぜ俺は」

 なんと不器用な笑顔でしょう。おそらく、傍から見て笑顔だとは気付いてもらえないほどですね。まぁ、フェイドが満足しているのなら今のところはいいとしましょう。

 それにしても、いい感じに駒が増えてきましたね。これは次の時代が勝負でしょうか。それまでにたくさんの魔力を溜めておかなければ。




「どうでしたか。これが僕たちの過去です。そして、次は現代になった今の状況ですね」

「ふざけた過去ね。あんたがどうしようもないお花畑野郎ということだけは分かったわ。何が有能と無能よ。今の話だとあんたが一番それを気にしてるじゃない。人間なんて興味がないと言いながら一番気にしてるじゃない」

 これは痛いところをつく。確かにそこは否定できませんね。ただ、人間は無能というのは事実です。その意見を変えるつもりは毛頭ありませんね。

 では、こちらも痛いところをつかせていただきましょうか。

「それはまたひどいお言葉で。親に対してそういう言葉遣いは使うものではありませんよ」

「親? 私がいつあんたの親になったのよ」

「ずっと前からですよ。あなたは僕の娘のヒカリです。紛れもない血のつながった家族です」

「……そんなわけ……」

「あるのですよ。僕は女を一人飼ってヒカリを産ませた! 当然、女は血に適応できずに死にましたけどね。どれだけ僕を憎んでも、僕たちは家族だ。他のだれもが成り変わることのできない正真正銘の家族です。不死の血が流れる家族なのですよ。その赤い瞳が何よりの証拠です。赤色の瞳は不死と人間の混血の証ですからね」

 ヒカリの顔が驚愕と絶望を帯びていく。いい顔です。いつでも思い出せるように僕の頭に焼き付けておきたくなるような素晴らしい表情だ。

「そして、あなたと中和剤が出会ったのは決して偶然ではありません。カラクリは簡単です。物心つかないところまで僕が育て、物心つくころに町に放任。生き続けられるように手回ししながらヒカリの成長を見続けるのは楽しかったなぁ! そして、ヒカリが成熟したころに、僕が作った中和剤を配置すればシナリオの完成だ。彼も、半端者の割には十分頑張ってくれました」

 ふふっ。少し取り乱してしまいました。それにしても、こんなにうまくいくとは思いませんでしたね。

 ヴェルと同じ要領でフェイドの組織から彼を作りだし、そこにあらかじめ保存しておいた有能な僕の血を混ぜる。どうやら、古代と現代では血の作りが多少変化しているようでしてね、苦労しましたよ。ヴェルが目覚めないわけだ。お目当ての血がなかったのですからね。

 しかし、それも彼が補ってくれました。本気で世界の癌を落ち着ける中和剤になった気でいて、それは実はただヴェルの成長を促しているだけ。結果的には僕のためとなる。気分よく敵に塩を送らせるというのは楽しい余興でしたよ。おかげでヴェルは力を取り戻し、僕の養分となるのですから。

「……どうしてヴェルは私の体内にいるの? それも、ふざけた束縛の力かしら?」

「さすが僕の娘。強い精神力をお持ちで。聞きたいことは山ほどあるはずなのに、今必要な情報を聞き出そうなんて僕好みだ」

「娘なんて言わないで! 虫唾が走るわ」

「つれないなぁ。まぁ、ご名答ですよ。ストレジと束縛を組み合わせて細工させていただきました」

「今、私が死んだら困るんじゃない? 死んでやるわ」

「どうぞご自由に。もう、あなたの役割は終わっています。あなたは僕の光になってくれました。本当、親として感謝していますよ」

「私って本当に役立たずだわ。死んで役に立つこともできないなんてね」

「もう一度言いましょう。僕の……」

「しゃべらないで! 私はあんたの言葉なんて耳にもいれたくないわ」

「ふふっ。本当、つれないなぁ」

 さて、いつの間にかいい時間が経過しているじゃないですか。もう少しで僕は世界の王になれます。ヴェルの力と僕の知能。これさえあれば魔術も技術も死神も必要ない。世界唯一の力を持つことができる。シナリオの最後は気分よくハッピーエンドを迎えられそうだ。

 デッドも『最後は笑顔』だと言っていましたね。本当にそのとおりかもしれません。僕は、いますでに笑顔がこぼれそうなのですから。

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