第三章 11.宿命の真実 Ⅰ
最終章です。ここまでお読みいただき、ありがとうございますヽ(*´∀`)ノ
「準備ができました。何か異変があれば頼みますよフェイド」
「……分かってる。御託はいいから早くしろよ。俺は自分が宿命を背負っている分、人が無闇に道具として扱われるのを見ていると助けたくなるんだ。俺にとっちゃ、お姫様は立派に戦った勇敢なお姫様だよ。お前からしたら道具にすぎないとしてもな」
「そうですね。ヒカリには本当に頑張ってもらいました。まさに、僕にとっての希望の光になってくれたわけだ」
「俺だったらそんな光は早々に閉ざすね」
「おや、そんなフェイドも僕からすれば立派な光ですよ」
「けっ。うるせえよ。早くしろ」
「本当、つれませんねえ」
いよいよ僕が世界を手にする時が来ました。長かったですよ。大気中に存在する魔力もほとんどない今、タイミングはここしかありませんでした。動きを封じるだけの束縛をかけるだけでも数百年を要しましたからね。長い長い計画でした。
しかし、本当に中和剤はよくやってくれました。ヴェルを封じ込めたヒカリという器の気持ちを不自由なくさせることで、ヴェルの成長は大きく早まった。まさか数か月でヴェルが力を取り戻すところにまで成長させてくれるとは。さすがは僕の血が混ざっているだけあって有能だ。
僕のシナリオは予定以上の成果をあげている。後は、ヴェルを僕が取り込むだけ。それだけで、僕は世界の王として君臨できる。
「……」
ヴェルも、動けない状態で科学の力を使われれば眠るのですね。科学を作ったのが僕とはいえ、人間の文化の発達は恐ろしい。僕の作った科学をここまで成長させたわけですからね。
人間はすでに世の中にあふれる空想劇のキャラクターたちの力に届いている。でも、何よりも恐ろしいのは人間は、それだけの力を持ち合わせているということに気付いていないこと。今の技術には魔術でも敵わないのかもしれませんね。
ですが、僕はそれをどちらも利用する。古代が生んだ魔術と僕が生んだ科学。この二つを極めれば僕は世界の王となれると確信した。そして、その集大成が今、完成しようとしている。興奮が止まらないなぁ。僕は、今から最強になるのですから。
「……ここは……!? ウキョウ!!」
「目覚めましたか。おめでとうございます。あなたの身体からヴェルがいなくなりますよ。そこでおとなしくしておいてくれればの話ですけどね」
「……話が見えないわね。それに、動こうと思っても動けない状況下にある私に対して、その言葉は馬鹿にしているとしか思えないわ」
「そんなことはありませんよ。僕はあなたに感謝しているのです。ですから、ここでひとつ昔話をお聞かせしましょう。僕がヴェルを取り込む時間、暇なものでしてね。いろいろと分かることもあると思いますよ」
「昔話? あなたに昔を語るほどの歴史があるとは思えないわね。私とそう年齢も変わらない見た目じゃない」
「そうですね。見た目はそうです。ですが、僕は人生の大先輩ですよ。この現代に生きるだれよりもね」
「……わけがわからない狂言を今から聞かされるというわけね」
「そう思っていただいても結構です。聞いた後に同じ言葉がでるかは別として」
思い出すなぁ。もう数千年以上も前のことになりますか。デッドにヴェルにフェイド。本当にいい時代でした。だけど、ヒカリはそれを知らない。ロンドがデッドだという事実も、ヒカリとヴェルが別物だという事実も、ジェインがフェイドだという事実も、レッドがただの中和剤だという存在でしかないということも……そして、自分の本名がヒカリということも知らない。何も知らないというのは傍から見るとなんておもしろいんでしょう。
そして、有り余った事実を一気に伝えるというのはさらにおもしろい。最後の余興としては最高ですねえ。
始まりはまだ魔術が盛んな時代。あのころはまだ時代を表する言葉もありませんでしたから、最古代時代とでもしておきましょうか。その時代に僕は生まれました。つまり、僕の正体は最古代時代の魔術師です。魔術は便利なものですよ。便利すぎて、今の世には伝えずに情報を最低限に抑えさせていただきました。当然、僕がですけどね。
「エネド。お前は天才だよ。同期のなかでは魔術史始まって以来だというぜ。お前ならその若さでたどり着けるかもな」
「ええ。そのつもりですよ。僕はただの魔術に興味はありませんから。お目当ては魔術師になったときからすでにひとつです」
「さすが、俺たちとは違うなお前は」
魔術のなかでも特別とされている魔術……禁術。これは僕を震えさせるのには十分なものでした。僕が魔術師を志したときから、それしか見ていなかったほどにね。僕はそのために覚える必要のない魔術をたくさん覚えましたよ。当然、今ではそのほとんどを使うことはありません。大気に存在する残り少ない魔力の無駄ですからね。今思えば、無能な魔術師たちは本当に魔力の無駄遣いをしてくれました。僕がどうにかしていなければ今ごろ魔力は完全に枯れていただろうなぁ。
まずは禁術の説明からしましょうか。禁術には三種の魔術があり、それを『不死』『束縛』『調律』と言います。
不死は意味そのままに不死身になり、身体の成長も全盛期の状態で止まります。といっても、身体が再起不能になれば死にますけどね。不死身といっても、全盛期以上に歳を取ることがなくなるだけ。単純な話、血が変わるのですよ。人間とは別の血にね。デッドはこの血を呪いだと言いますが、僕は素晴らしいものだと思うのですがね。人間を超えた新たな生物の基礎となり得るものだというのに、彼は本当に贅沢なお人だ。
束縛は、僕がもっとも得意としている禁術です。この禁術がなければ僕は今ごろここでこんなことを企んではいなかったでしょうね。束縛はいろいろな用途があります。名の通り相手をその場から動けなくしたり、宿命の鎖を縛り付けたりね。まぁ、そこは後で詳しくお話しますよ。嫌というほどでてくる禁術ですからね。
そして、最後の調律。これは正直、僕も扱えない禁術です。条件は満たしているはずなんですよ。しかし、使えない。この世で調律を使えた魔術師はいないでしょうね。もはや理論のみ可能という、おとぎ話よりも不思議な魔術です。どのような能力か気にはなりますが、一生分かることはないと考えています。
ここまでが魔術の正体。そして、ここからが本番の昔話です。僕は禁術を完成させるために実験台を用意しろという命を受けました。そのときに見つけたんですよ。デッドとヴェルをね……。
「不死の実験台ですか。それは、適当な人間では成立しないのですか?」
「そうだ。数多くの人間を使ってきたが、みな血に適応できずに死んでいった。つまり、血に適応できる特別な人間が必要なのだ。それをお前に探してきてもらいたい」
「分かりました。確かめ方などはおありなのですか?」
「それが分かっていれば苦労はしていない。お前の判断に任せよう」
「……承知のままに」
これだから無能は困りますねえ。部下に命令するにせよ、最低限の情報を確立させてからにすべきでしょう。これで失敗したら、責められるのは僕だ。まぁ、構いませんがね。上が無能だと分かっているというのは僕としては安心だ。難易度はできるかぎり簡単な方がいいに決まっていますからね。
しかし、どうしましょうか。特別な人間と言われても、何が特別なのかも分からないと動きようがない。とりあえず世界を回って、何か特別な力を感じる人間を探すしかないか。無能の尻拭いというものは悲しい仕事ですね。まぁ、魔力の無駄遣いを止めようと考えただけでも大きな進歩でしょうか。
「また来る! ばれないように気をつけろ!」
「……」
これは不思議な匂いだ。これも何かのお導きなのかもしれませんね。偶然、本当に偶然入った森のなかで、僕と同い年ぐらいの青年が「ばれないように気をつけろ!」なんて言葉を使ってだれかとお別れをしている。
これはおかしいですねえ。こんな森のなかで……ふふっ。これは早くもお目当てを見つけたかもしれません。少し取り入ってみますか。
「お待ちくださいそこの青年」
「!?」
えらく驚いていますね。これはやはり何かあると考えていいでしょう。
「このような場所でどうしたのですか? だれかと会話をしていたようですが」
「……何もない。どこのだれかは知らないが、関係のないことだ」
「それは冷たいお言葉ですねえ。確かこっちの方から声がしたような気がするなぁ」
「待て! お前は一体何者だ。ちょっと怪しすぎるぞ」
「それはお互い様じゃないですか。この状況で、どちらが怪しいかは明白だと思いますがねえ」
「……何が目的かは知らないが、別におもしろいものは何もない」
「こんな場所でこっそりとだれかと会っているのがおもしろくないと?」
「そうだ。さぁ、一緒に森を出よう。それで終わりだ」
いいですねえ。頑なに譲らないところが、さらに何かあるのだろうという欲を誘う。僕にこの状況を見られた時点で勝負はついているんだ。無視するか暴力で解決すれば早い話なのに、優しい青年ですねえ。それがさらにいい。僕は決めましたよ。実験台のターゲットはこの優しい青年と、森のなかにいる人には会わせられない『何か』。おもしろい組み合わせだ。
しかし、そろそろ展開が動いて欲しいものですね。そうだ。ちょっと遊んでみましょう。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」
「何を!」
さて、この青年と強い信頼関係が結ばれているのなら、何らかの反応があるはずです。
「デッドどうした!!」
「出てくるなヴェル!」
くくく……ほらね。思わず僕の顔が笑顔で緩んでしまいますよ。いけないなぁ。本当に怪しい人だと思われてしまうじゃないか。それにしても……。
「ふふっ……くくく……」
なんだ。僕は会わせられない何かを見て興奮を覚えてしまっている。どうやらその何かは女性のようだ。かといって、別に女性に興奮しているわけではありません。僕も、まだ成熟していない少女に興奮する趣味はないですからねえ。
しかし、これはもう気が合うとか性の対象だとかそういう問題の話ではない。僕は今、人間ではない何かを見ている。こんな無能な種族よりも、もっと強大でもっと崇高な、そんな存在だ。もったいないですね。こんなところで終わらせるには本当にもったいない。僕のエサとしては最大級だ。
「お前何者だ。お前の目的は何だ!」
おやおや、いきなり敵意剥き出しですね。
「簡単なことですよ。あなたたちをいただきます」
「帰れ。お前のような意味の分からんやつに構いたくはない」
「それは聞けない要求です」
いいです。いいですよ。そういう強気な姿勢は僕は嫌いじゃない。しかし、これを見て同じことが言えますかねえ。特に、この青年は強気とはいえ見たところ普通の人間。いつまで強気な姿勢を保ってくれるか楽しみなところです。
「マジックブリット!」
「ぐっ……魔術?」
「どうしました? 立たないと僕にいただかれてしまいますよ。それとも、この程度の魔術も防げませんか?」
「どうして魔術師がこんなところに……」
「こちらにもいろいろあるのですよ。まぁ、それも……!?」
なんだこの威圧感は。僕が冷や汗など、らしくもない。味わったこともない感触ですね。もしかすると、これは……そうだとすれば最高だ。僕は最高の体験をしている。
「デッドいじめるな……デッドは僕の大切な友だち!!」
「ぐがっ!!」
早い。僕が目で追えなかった。なんという戦闘力でしょう。最高の体験どころか、これ以上にない体験だ。僕は今、一撃を食らい地に倒れている。この僕が、魔術師で最高の魔術師と呼ばれているこの僕が。それも、力の揺れがぶれている。ということはまだ成長途中だということ。
これが意味することはとても大きい。もしかすると、僕は最強になれるかもしれませんねえ。それがいつになるかは分からない。しかし、すべてがうまくいけば僕はきっと最強になれる。完璧に思い通りになるシナリオを作ろうじゃありませんか。ないならば作ればいい。そうすれば僕は最強だ。
「エナジーブレード。僕は自然形態を司る魔力のすべてを扱えます。そして、それをいきなりすべて扱うとはどういうことか……僕は本気だということです。僕のために、あなたたちの人生をいただきます」
……しょせん僕は人間だということですね。本気を出して成長途中の怪物を倒すので精一杯。ですが、それでいい。僕のこの体はしょせん傀儡だ。倒せたというこの結果が何よりも大事なのです。さぁ、いきましょう。こんなに早く動けるとは思っていませんでしたが、これで僕の計画は始まる。
「ただいま戻りました」
「早かったなエネド。成果は? と言っても、その傷つき具合からして期待はできるな」
「ええ。上々も上々です」
「……俺には普通の青年と少女に見えるが」
やっぱり無能ですねえ。青年はまだしも少女は特別だ。
「実はお願いが」
「なんだ?」
「この二人に禁術を施すのを僕に任せてくれませんか?」
「ついにやる気になってくれたか!! お前はもっとも信頼できる魔術師だ。早速部屋を用意しようじゃないか」
「ありがとうございます」
よし、これでもうこの二人は僕の思いのままだ。なんだか怖いなぁ。上手く行き過ぎて怖いですよ。
「……」
「お目覚めですか青年。いや、デッドと呼んだ方がよろしいですかね」
「ここはどこだ……ヴェルに何をした!」
「少々痛めつけただけじゃないですか。別にそれ以外に何もしていないですよ。いや、動けないように魔力をこめた手枷と足枷はつけていますけどね。ちなみにデッドの手枷足枷は魔力を使っていないですよ。魔力の無駄遣いは好まないので」
「……何が目的だ。俺たちがお前に何かしたか?」
「そこは問題じゃないんですよねえ。ただ、あなた方が僕の目に留まってしまったというだけですよ。それだけで人生なんて大きく変わってしまうものです。だから正直にお答えください。ヴェルとはいったい何者ですか?」
「……それで答えると思うか?」
「マジックブリット!」
「ぐっ!」
「さぁ、正直にお答えください。ヴェルとはいったい何者ですか?」
「……暴力でしか解決できないか? 芸がないな……」
「マジックブリット!!」
「……」
強いお人だ。結局、気絶するまで魔術を使用してしまう羽目になった。意地になるのはよくありませんね。これこそ魔力の無駄遣いだ。僕も無能にはなりたくないので強く反省しなければ。
さて、お次はヴェル本人に聞いてみましょう。おそらく答えないと思いますがね。まぁ、それはそれでいいのですが。こんなものはただの余興でしかありませんからねえ。
「お前!! デッドに何した!!」
あらあら、手枷と足枷を大きく鳴らしながらお目覚めですか。なんと元気のいい。これはどうやら相当な信頼をお持ちのようですね。さらに都合がいい。
「率直に聞きましょう。答えないとこの場でデッドを殺します」
「殺すだめ! どうしてそんなことする」
「ヴェルのせいですよ。あなたの強大な力は時に周りに迷惑もかける。それだけですよ。さぁ、次は僕の番です。あなたはいったい何者ですか?」
「分からない。僕は何者分からない。だけど、デッドは受け入れてくれた。こんな僕に言葉教えてくれた。優しくしてくれた。だからデッドいじめるな!」
何者か分からないですか。普通ならば冗談だと捉えて拷問してでも吐き出させるのが定石なのでしょうが、僕はそんなことはしない。
ヴェルがうそを言っていないことが僕には伝わりましたからね。拷問はするだけ無駄のようです。となれば、話は早い。手っ取り早く計画を進めましょう。それには魔力がたくさん必要だ。この程度の魔力量で禁術を二種類試すとなると、使い終えたころには気を失っているでしょう。それはいけない。力を与えてコントロールできなければ意味がありませんからね。
さて、動きますか。ヴェルにやられた傷も気にならなくなってきましたしね。
「分かりました。今日のところは何もしないでおきましょう。では、ごゆっくりお休みください」
「どうしたエネド。禁術はもう試したのか?」
「今から試すところですよ。ですので、ちょっと魔力をいただきますね」
「何をするエネド! ……反乱か? ここは魔術師の本拠地だぞ。いくらお前とはいえ早まり過ぎではないか? 今なら見逃してやらんこともないぞ?」
「ご忠告どうも。しかし、僕は無能に命令されることが何よりも嫌いなんだ。つまり、あなたが早まり過ぎだというのなら、それは今がそういう時期だということ。こうなるのも運命だったんですねえ」
「な……何をわけの分からんことを!」
「この世界に生存する生物なんて、少数の有能がいればいい。無能は正直、世界のゴミなのですよ。子どものころ『ゴミ掃除はしっかりしなさい』って言われましたよね? 僕は今からその言葉通りにゴミを掃除するだけです」
「くっ……。言わせておけば。ただではすまんぞエネド!!」
うるさいサイレンだ。これだから無能は困ります。数を集めて囲えばそれで済むと考えている。それで済むなら生きるのに苦労はしませんよ。無能が無能同士固まりあって偉そうにしておけばいいのですから。絶対数は無能の方が多いですからね。
「教科書通りにしか魔術を学ぼうとしなかった無能どもが何人集まろうと同じことです。あなた方が禁術の無駄な実験をしていたときに、僕は魔術を磨いていた。利益のない動きなんて無駄なんですよ。本当に、無駄な魔力が使用されました」
こんなやつらが牛耳る世界だから、僕みたいな有能な存在はこの世界で生きるのに困る。
「どうせあなたたち無能は、魔力が無限に湧いてきているとでも思っているのでしょうが、そんなことはありません。魔力には限りがあります。これは、魔力への探求を怠って、魔力の流れを読もうともしなかった証拠だ。そんな無能どもが、僕に強気で対抗? ふざけていますね。淘汰せねばなりません。ゴミはこの世から淘汰せねば!」
本当、ここで消費される魔力ですら勿体ない。
「エナジーブレード。せめて、魔力となって貢献なさい」
「……」
場は血まみれ。今の僕の魔力量なら、禁術の数回くらいはこなせますね。そう。これが正しい形なんだ。無能は有能の養分になるべきで、彼らは十分に役目を果たした。
これで準備は整いました。後は僕の自由だ。僕がしくじれば僕の力不足。僕が成功すれば僕がそれだけ有能だったということ。これが一番楽でいい。だれかの上や下について、だれかに評価を下し、下されて生きていくなど、僕には耐えられない。僕と共存できるのはつまるところ僕しかいないんだ。だれの人生が幸せであろうと不幸であろうと僕は知らない。だから、デッドとヴェルに容赦はしません。 しかし、今日のところは休ませてあげましょう。僕は僕でやることがありますからね。
「ふう」
自分の部屋に帰ってくるのもいつ振りでしょう。本当、無能たちに奪われた時間はとてつもないものです。一秒だって渡したくはないというのに、人間という生物は平等すぎる。どうして初めから無能を軽く陥れるほどの力の差を身に付けさせてはくれなかったのでしょう。同じ生物でも、個体の格によって身体能力を変化させても罰は当たらなかったはずです。
人間を作った者は意地悪だなぁ。平等になんてしてしまうから、部屋を片付ける程度のゴミを掃除するだけでも疲れてしまう。本当、不便なものです。
ですが、それも今日で終わりです。僕は今日で人間を止める。歳を重ねるごとに古く寂れていく血なんて僕にはいりません。不死の血こそ僕に相応しい……いや、僕の血は人間としての血としても貴重なものですね。有能な血はいくらあっても足りないものだ。
「そうだ。記念に人間としての僕の血を残しておきましょう。僕の血は有能ですからね。どこかで使う機会があるかもしれない」
かなり気分が悪くなるかもしれませんが、これも必要な行動です。
「テイク。対象は僕自身、認証完了。僕の身体から血を取り出しなさい」
やっぱり僕の血はきれいだ。血を見るだけでも僕は有能だということが分かる。この血がなくなってしまうというのも悲しい話ですねえ。無能な血は世界中にあふれているというのに、本当に人間を作った者は効率が悪い生み方をしたものだ。
しかし、ただ失くしはしませんよ。有能な血が少ないというのなら僕が伝え続けてあげましょう。
「ストレジ。僕の血を保存せよ」
おっと、気分が少し……僕としたことが、少し血を抜きすぎてしまった。ですが、これで準備は整いました。後は人間を止めるだけです。本当、楽しみですねえ。
「不死の血よ、僕に馴染みなさい。禁術、不死!!」
これが禁術ですか……。血が変わっていくのが分かる。僕は今、人間を捨てている。順応しないはずがない。有能なこの僕が、不死の血に見放されるはずがないんだ。
「……ふふっ、ははは。僕は今、人間を止めた。もう、僕は無能と同じ立ち位置にいない」
愉快だ。本当に愉快な一日でした。僕は睡眠もとる必要がなくなった。そういえばお腹も減らないな。生きるために生物を消費し、一日の多くを活動停止で過ごす人間など、どれだけ欠陥な生物であったかが一夜で分かりましたよ。本当に愉快な気分です。
さて、愉快な気分のまま計画を進めるとしましょうか。デッドとヴェルは人間としての最後の一日をどのように過ごしたのでしょう。まぁ、ヴェルに関しては人間かどうかも定かではありませんが。
でも、どちらも気が気ではないでしょうねえ。僕が見る限り彼らは無能ではない。だからこそ、あの無能どものように簡単にはこの世を去らせませんよ。精一杯動いてもらいます。僕の道具としてね。
「いかがお過ごしですか……あら」
僕がデッドとヴェルを捕らえている部屋のドアを開けると、なんと彼らは眠りについていました。おそらく励まし合ったのでしょう。
彼らの信頼関係は本当にすごいのですね。お互いのことを信頼し合って、ない希望を抱いて。僕だったら考えられない発想ですねえ。ですが、彼らは今からその信頼関係に悩まされることを知らない。おもしろいなぁ。今から事を起こす側としては、起こされる側が何も知らないという状況は本当におもしろい。
「起きてくださいヴェル。幸せの時間のおしまいです」
僕はヴェルを思いっきり蹴る。そうすると、鈍い声とともにヴェルは目を覚ます。初めは寝ぼけており、その顔は少し安心味を帯びている。ですが、徐々に意識がはっきりしてくると僕の方を見る。そして、その顔は憎しみの顔になってギッと僕を睨むんだ。
いいですねえ。その強気の姿勢は本当にいい。デッドも同じような反応を示すんでしょうねえ。試してみましょう。
「起きてくださいデッド。幸せの時間のおしまいです」
「やめろ! デッドに何する!」
ほら、やはりそうだ。本当に僕好みですよあなたたちは。
「今からあなた方には実験台になってもらいます。もしかすると悲惨な人生になるでしょう。ですが、それで開ける人生もあるかもしれない。どちらにせよ、僕は楽しめますがね」
「実験台? 何をふざけたことを言っている。俺たちは何があっても屈しんぞ。最後は俺たちが笑ってやる」
「そうだぞ。デッドいる! 僕安心! だから負けない!!」
「本当、僕好みですよ。では、いきます」
まずは魔力の開放。普通の束縛も使ったことがないのに、いきなり変異的な束縛を使う状況になってしまうとは厄介なものです。ここで失敗すれば僕はただの笑いものだ。それこそデッドが最後に笑うことになるでしょう。
ですが、僕は失敗しない。ここで失敗するようなら僕も無能と変わらないですからね。僕は有能だ。だから失敗しない。不死の禁術だって練れたのです。束縛が練れないことはない。
「束縛。対象ヴェル。『ヴェルは人間の血を飲まないと極度の興奮状態になってしまう』ロック!」
「……なんだ。頭痛い。デッド。頭痛いよ……」
「ヴェル! お前、ヴェルに何をした。何をしたんだ!!」
「……黙ってください。僕は今、集中しているのです」
「痛い……助けてデッド。僕、僕じゃなくなる」
「……黙っていられるか。ヴェルが苦しんでいる。なのに俺が何もできない? そんなことあってたまるか。ヴェルが助けてと言っている。俺はそれに全力で答える。お前の思い通りになどさせん!」
「……なっ!」
「ヴェルに何をした。俺はお前を許さん!」
「ぐっ!!」
いい拳ですね……まさか、手枷と足枷を破ってくるとは。これは、デッドを舐めていたのかもしれません。意識がもうろうとしますよ。
ですが、少しばかり力を出し切るのが遅かったようですね。もう、僕の束縛は完了している。本当、少しの差ですよ。もう少し拳が届くのが早ければ、僕はここで朽ちていたかもしれない。これですよ。この刺激が僕は欲しかった。無能とでは味わえないこの刺激をねえ!
「デッド……」
「大丈夫かヴェル。今手枷と足枷を……ヴェル?」
あらあら、まさか自分で手枷と足枷を外せてしまうとは。デッドのとは違い、僕の魔力を授けた手枷と足枷をね。これは思わぬ収穫です。本能を解放したヴェルの力は僕の比ではない。僕が手を加えることもなく完成していたのですね。世界を震撼させるほどの怪物が今、僕の目の前にいる。
「僕、どうしたんだろう。デッド無事でうれしい。僕、逃げられるうれしい。だけど、おかしい。僕、僕じゃなくなる」
「どうしたヴェル。お前……ヴェルに何をした?」
「ちょっとした制約をつけさせていただきました。言葉を変えれば宿命を背負わせました。簡単な制約ではありますが、呪われたように重たい宿命をね」
さて、この強烈な信頼関係が崩れるとき、デッドはどのように動くのでしょうか。気になりますねえ。
「宿命……!?」
「どうしたんだろ。血が……血が欲しいんだ。デッド。僕、デッドの血が欲しくてたまらないんだ」
「なっ! ヴェル。どうして!」
「これが宿命ですよデッド。初めての獲物なので少々手荒くされるかもしれませんが、我慢して飲まれてください。もう、仲良しこよしの関係は終わったのです。あなたはもうヴェルの獲物。いや、敵になるかもしれませんねえ」
「血が……やめろ僕。どうしてデッド傷つける! こんなに優しくしてくれるデッドどうして傷つける!」
それでもヴェルはデッドを攻撃するのを止めない。本当にすごい効き目ですね。さすが禁術と呼ばれるほどの魔術だ。
これは僕好みの魔術ですね。たった少しの制約で信頼関係なんてたやすく崩れる。くくく……なんとおもしろいのでしょう。
いつまでデッドは持つでしょうか。これでデッドがヴェルを攻撃すれば僕としては残念な展開になりますが、そんなことはないでしょう。まだ状況も飲みこめていないなか、涙を流してもがきながら苦しむヴェルに攻撃できるほど、デッドは弱くないとみました。
「……ヴェル。俺の血を飲め。それでお前が救われるなら、俺は構わん」
「血……血!」
やはりそうなりましたか。いい光景だ。どちらかに制約がつけられたとしても、その信頼関係は崩れない。自らを省みず他人の命を尊重できる人間。僕は嫌いじゃないですよ。理解はできそうもないですけどね。
それにしても、ヴェルはうれしそうに血をすする。元々、あまり知能が発達していなかったのでしょう。こんなにすぐに染まってくれるとは思ってもいませんでした。このとき、デッドとヴェルはどのような心境なのでしょう。考えただけでもぞくぞくしますね。しかし、これで終わらせはしません。
「落ち着いたかヴェル?」
「デッド……ごめん……僕、デッドにひどいことした」
「気にするな。これはお前の意志じゃない。すべてはあいつがしでかしたことだ。少しの希望でも残されているなら、俺はお前を見捨てん。だから安心しろ。最後は笑うんだ」
「うん……ヴェル笑う……デッドも笑う……」
「そうだ。ほら、笑ってみろ」
「うん。ヴェル笑う」
「いい笑顔だ。その笑顔を忘れるな。最後はその笑顔で笑い合うんだ」
「うん。ありがとうデッド。僕、安心したらなんだか眠たく……」
美しい光景ですね。小さな希望に寄りすがりながら精一杯の空元気で励まし合う。今日もあんなに安心して寝ていたわけです。デッドには生物を安心させるほどの強さがあるのでしょう。
そして、新たな発見だ。ヴェルは血を満足するまで飲めば睡眠に入ってしまう。これは不都合ですね。うまく使える方法を考えておかなければ……。やはり僕に都合のいいことばかりは起こってくれませんか。
さて、仕上げはデッドですね。先ほどはいい拳をもらいましたが、ヴェルにやられて傷だらけのデッドならば心配はないでしょう。
「いやぁ、美しい光景でした」
「黙れ。お前は俺にとって許されないことをしすぎた。言葉を交わすのも腹立たしい」
「それは残念です。僕はあなたのことを気に入っているのですが」
「俺は、生まれて初めてこれだけ何かを憎めたぞ」
「それはまた残念です。とりあえず、名前だけでも憶えていただきたい。僕はエネド。残念ながらあなたの敵です」
「憶えたくもないが嫌でも頭に残ってしまうな」
「もしかして、実は気に入ってくれました?」
「黙れ」
「そうですね。そろそろ本題に参りましょう。人間を止める気はありませんか?」
「……わけが分からないな」
「そうでしょうね。要は、こういうことですよ。禁術、不死!」
さすがに禁術を連続で使うのは、魔力量が十分に溜まっているとはいえ身に堪えますね……しかし、今はその苦しみなど気にもなりません。
「な……何を!」
「人間を止めるのです。不死となって血を呪うのです。そうすれば、ヴェルはあなたの血をすすることを止めますよ。同時に、興味もなくすかもしれませんが」
「どういう……血が……変わって」
「そうです。これで、あなたも僕と同じ立ち位置です。これでいい。これで世界はおもしろくなります」
「待て……ヴェルを連れてどこへ行く!」
「ヴェルにはもっと血の虜になってもらわなくてはならないのですよ。自我が崩壊するほどにね」
僕は興奮を隠せない。僕はもう、戻れない。これから後悔するも笑みをこぼすも僕の自業自得となる。わざわざデッドを不死にして自分を追いこんで、そして最後は僕が笑うんだ。生きていく上で信頼関係なんてものはまったく必要ないですが、敵は必要なのですよ。僕の刺激という渇きを潤してくれる敵がね。
それがあなただデッド。あなたは何があってもヴェルを見捨てないでしょう。だからこそ僕の敵に値する。
絶対に諦めないで下さいよ。僕を幻滅させるような行動をとらないことを期待しています。
さて、次は血の掃除ですね。禁術を連続で使用した身としては、これ以上の行動は気分が悪くなるだけなのですが、仕方ないことです。
しかし、大量の血ですね。なのに、世界から見ればちっぽけな無能たちが少し消えただけ。不思議な話ですね。僕が大量だと思っているこの血の量は、世界からすれば極少量。世界の広大さを感じますよ。
「ストレジ!」
とりあえず、血は魔術で収納しておきましょう。後で部屋を赤一色にしなければいけませんからね。血は生命の源です。簡単に用済みにしてしまうには少々勿体ない。
さて、鼻歌でも歌いながらヴェルの目覚めと血の飢えを待ちましょう。次にヴェルが血に飢えたとき、ヴェルの自我は崩壊する。そうなる前にデッドは僕の前に現れることはできるでしょうか。無理やり友人を血に飢えた怪物に変えられて、なおかつ自分も人間を止めさせられて……この絶対的に不利な状況から立ち上がったならば、彼は本当に素晴らしい。
「ヴェル。あなたはいい人に見つけられましたね。ただ、そこで運を使い果たしてしまった。きっと、それだけのことです」
「……ここ、どこだ……! お前、デッドどうした。デッドに何した!」
ようやく目覚めましたか。どうやら、これは予想以上に長い睡眠時間を要するようだ。正直、デッドが現れるのではないかと少しひやひやしていましたよ。僕の力では、僕に拳を浴びせたときのデッドに勝てないでしょうからね。あの力を冷静にコントロールされなどしたらたまったものじゃない。それは、食らった僕が一番よく感じています。
僕もこれ以上魔力の無駄遣いはしたくないので、束縛は使いたくない。いや、彼を束縛で屈服させるのが嫌なんでしょうね。それは僕のプライドが許さない。まぁ、まだ立ち向かってこれるような体力と思考には至っていないようなので一安心というところでしょうか。
「見て分かりませんか。赤い部屋です。何よりも生命を感じる色に囲まれた素敵なお部屋」
「……デッドどうした!!」
「デッドはきっと助けに来てくれますよ。あなたがそれを受け入れるかどうかは別ですが」
「何言ってる……血?」
「そう、血です。あなたの大好きな人間の血ですよ! 好きなだけお飲みなさい。あなたを壊してしまうほどの生命を身に宿して、怪物になってしまいなさい」
血は生命の色。僕はすごく素敵な色だと思います。ですが、生命もあふれると毒になる。神秘的ですねえ。薬にも毒にもなる血という存在は本当に奥が深い。だからこそ、どんな生物も血には抗えない。動物も、人間も、そして人間を止めた僕でさえも。当然それは、未確認生物であるヴェルにも言えること。血は強大です。生物を狂わせるほどにね。
「血……また、僕、僕じゃなくなる。どうしてだろう。うれしい。心はうれしくないはずなのに、うれしい」
「……」
「この血、僕の物?」
「ええ。あなたのものです。どうぞご自由に」
「これ、僕の血……だれにも渡さない。これ、僕の血」
「ええ。そうですよ。あなたの血です。破滅に導く濃い赤ですよ」
始まりましたか。意外と早かったですね。おそらく、知能があまり発達していないことが原因でしょう。それにしても、いい表情をなさいますねえ。まさに憑りつかれた怪物のような顔だ。何かを欲し、その欲した物のためだけに人生をささげる。それも強大な力を持っています。これを怪物と呼ばずして何と呼ぶのでしょう。欲求のためだけに動く生物というものは何よりも恐ろしい。
この調子ですと自我の崩壊も間近ですねえ。これだけうまくいきすぎるのもおもしろくないところではありますが、仕方ないでしょう。だれも血には抗えない。
「……ル!」
遠くの方から声が聞こえる。あらあら、ようやく体力が回復し、動く決心をしたようですね。
「ヴェル! 無事か!」
「遅かったじゃないですかデッド」
「エネド……ヴェルはどうした?」
「おや、名前を憶えてくださったようで」
「黙れ。ヴェルはどうした?」
「……そこにいらっしゃいますよ」
『血……渡さない。僕、血……渡さない。お前の血、好みじゃない……お前、僕の邪魔する?』
「ヴェル……だよな?」
遅かった。あなたは遅かったのですよ。もう、希望は潰えました。ヴェルの自我は崩壊し、今はもう血を欲する怪物と化している。今のヴェルにあなたの声が届くことはないでしょう。
「血、まだたくさんある。僕、満足しない。邪魔するな」
「ヴェル。俺だ、デッドだ! 目を覚ませヴェル!」
「邪魔するな! 僕、血飲む。それが生きる喜び」
「……エネド、まさかお前、さらに束縛を……」
「いいえ。僕はただ血を提供しただけです。部屋一面を埋め尽くす量の血をね」
「……ヴェル! 俺の血を飲め! 満足するまで飲んでいいぞ。俺は大丈夫だ。大丈夫だから……そんな苦しそうな顔をするな。俺がついてる」
デッド。あなたはまだ笑うのですね。ヴェルがあなたを見失っても、あなたはヴェルを離さない。しかし、無駄なのですよ。ヴェルが欲しているのは人間の血であって僕たち不死の血ではありません。そういう意味では呪いと呼んでもいいのかもしれませんねえ。人間にとって、もう僕たちは人間の傀儡を身にまとった別の生物です。
こうやって、怪物を作ってみると実感しますよ。人間を超えることができたという事実をね。
ですが、あなたは諦めないのでしょう。無理だと分かっても、まだ何か希望を宿して笑うのでしょう。本当、僕とは対照的だ。ある意味世界でもっとも気が合わないかもしれません。だからこそ僕はあなたに惹かれてしまっているのかもしれないですけどね。
「……いらない。僕、その血嫌いだ」
「昨日飲んだじゃないか。安心して眠ってくれたじゃないか……負けるなヴェル! 生きる力さえあれば、どれだけ希望の炎が小さかったとしても消えることはない!!」
「お前、僕の邪魔する。許さない!」
ヴェルはデッドの身体を強靭な力で傷つけ続けました。望んでいない戦いを仕組むというのはおもしろいですね。どちらも本意ではないのですから。
ヴェルは、自我を崩壊させたといっても基軸は僕のかけた束縛によるもの。奥底にヴェル本来のヴェルは潜んでいます。だからでしょうねえ、デッドを傷つけるヴェルの表情は苦しそうだ。対するデッドはヴェルの攻撃をすべて受け入れている。あれだけ傷ついた後だというのに、救えませんね。ですが、ヴェルを安心させようと笑顔をやめない。悲しそうで苦しそうな笑顔ですがね。
僕は、そんな笑顔を作るくらいならば笑わない方がいいと考えます。本意からの笑顔ではない笑顔など安心するはずがないではないですか。まぁ、彼にそんなことを言っても無駄なのでしょうけど。地に倒れるまでそれを続けた彼にはね。
「どうですか? 変わり果てたヴェルを見た印象は」
「……変わり果てたなどと勝手に決めるな。ヴェルは苦しそうだ。まだ、染まりきってはいない」
「僕にはそんな風には見えませんが……まぁ、いいでしょう。ここでデッドに忠告です」
「……」
「僕は近いうちにヴェルを外へ向けます」
「お前……!!」
「ええ。世界は大混乱でしょう。『なんだこの怪物は!』となること請け合いです」
「ヴェルが何をした。どうしてヴェルが世界の敵になる必要がある。そんな必要どこにもないだろう!」
「ヴェルが強大な力を持ちすぎたのです。血の飢えも含めてね。僕にも血の限界がある。それは外の人間たちに供給してもらわなければならない。当然ですよね。自然の摂理です」
「させんぞ……」
「あなたにヴェルを止める力はない。止めたいならば強くなるしかない。ヴェルよりも強い力を持って、ヴェルを打ち倒すしかないのですよ」
「それはお前の作った道だ」
「そうです。ですが、それしか道はありません。なので、口を動かす前に出直してきなさい」
「俺は諦めんぞ。ヴェルをヴェルに戻して、最後に笑う」
「……」
そう言って、デッドは僕たちの前から姿を消しました。さて、次は僕が苦しむ番だ。予定通りに血を欲する怪物になってくれたのはありがたいですが、少々扱いに困りますね。ここにある血も、そう長くはもたない。かといって、すぐに外に出してしまうのもおもしろくありません。時間も与えずに押し切ってしまうというのは、僕の流儀に反しますからね。プライドが許してくれそうもない。
とりあえず、死んでも害がなさそうなはみ出され者たちをエサにでもしますか。ばれないようにこっそりとやるのはなんだかみっともないですが、仕方ありません。
「ひぃぃぃ。やめてくれ。俺が何をしたというんだ!」
「何もしていませんよ。むしろ重要な役目を与えるのです。人間の寿命を延ばすという役割をね。人間全体を考えるならば、少しの犠牲は仕方がない。当然でしょう」
「血……新たな血! いただきます」
無駄に寿命や餓死で死ぬのならば、世界のために役立てた方が本人も幸せでしょう。ですが、無能なはみ出され者には分からないですよね。無能だから、自分本位の視点でしか物事を捉えることができない。
ですが、僕のおかげでこの無能なはみ出され者たちは役に立つことができます。人のためなんてそんな小さなものではなく、世界のためという重要なものをね。
我ながらいい案を思いついたものだ。これで、デッドに時間を与えることができます。両方に利を与える。なんと素晴らしいことでしょう。