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第一章 1.忌み嫌われし存在

来年の電撃小説大賞に向けた経験値にしたいので、よろしければ、お読みいただいた後に感想や批評をお書きになってくださると非常にうれしく思います。

当然、無理にとは言いません。お読みいただくだけでも、俺からすればうれしきことですので。

第一章 出生不明


 目覚めたそこは、見知らぬ街のゴミ捨て場だった。冗談ではなく、本当に見知らぬ街だ。街歩く人間どもは俺をじろじろと眺めてくるが、だれも声をかけようとしない。それもそのはずだ。俺の判断が正しければ、街の人間から見た俺は、普段見かけない浮浪者にしか見えないだろう。俺から見ても、こいつらは全員見知らぬ街の人間どもだ。この段階で助け合いは絶たれたと考えていい。

 となれば、まずは状況把握だな。とりあえず冷静に身体を眺めてみよう。どうやら外傷はないようだな。痛めつけられた痕もないし、特別服が汚れているわけでもない。

 ん? そうなると俺は浮浪者には見られていないのではないか。そうなると、この街の人間どもが薄情なだけということになる。本当、人間の助け合い精神とは上っ面でしかないな。

 ……ちがうちがう。俺はそんなことを考えている場合ではないんだ。なぜ、こんな見知らぬ街で倒れているのかという状況把握をしなければならないというのに……。どうやら、俺の頭は困った作りになっているようだな。

 だが、分かったこともある。俺は、意識を失ったり失わされたりしてこんなところで倒れているわけではない。そして、さらに大きな問題が訪れていることに気が付いてしまった。無駄に頭を働かせてみるものだと思ったね。


 まず考える点は、「なぜこんな見知らぬ街のゴミ捨て場で倒れているのか」ということではなく、「俺自身の存在」についてのようだ。よくよく自分のことを考えてみたら、俺は自分の名前すら分からない。さっき、何気なく身体を眺めていたが、こんな身体を俺は知らない。

 さらに不思議なのは、この世界にあふれている物ならばある程度の知識は備わっているというのに、俺に関する情報のみが何もないということ。人生の初めとしては摩訶不思議すぎると思うのだがな。俺は、自分のことを記憶喪失者だと断定していいのだろうか……。

 過去にどうやって育ってきたのか、なぜ今ここに存在できているのか。そして、そんな奇怪な状況に陥っているのに、なぜこの世界の言語を話せ、冷静に思考できているのか……。疑問を挙げればキリがないが、思考を働かせても解決する問題ではなさそうだ。とりあえず、腰を上げて動いてみるか。


「きれいな街じゃないか」

 ほどよい賑わいと空気を循環させてくれそうな美しい自然に囲まれているきれいな街。きれいな街とはいいものだな。街を歩くだけで晴れやかな気持ちになれる。だが、きれいな街と、その街に住む人間どもの人間性は比例しないようだ。

 今、俺の瞳には、このきれいな街に似つかわしくない汚れた情景が飛び込んできている。世の中のすべての出来事は奇跡のような確立の巡り会わせだということが本当によく分かるな。たかがひとつの街のこんな狭い裏道で、数人の人間どもが寄ってたかって一人の人間に暴力を浴びせている。こんな、だれも気付かないほんの小さな場所で、こいつらはこんな大きなことをしでかしている。

 今、俺自身の情報が何もないなかで、初めて俺の身体に情報が書き込まれた。どうやら、俺はこういう現場を見過ごせない気質らしい。別に偽善者になりたいわけでもないし、これをきっかけに有名になって慕われたいわけでもない。ただ、俺は奇跡のような確率でこういう状況に巡り合って、そして、そんな状況が俺にとって大いに不愉快なだけだ。


「さぁ、そこまでだ。人間のなかでも最下級のゴミども」

 ゴミどもが一斉にこちらを向く。ゴミ五つの掃除か。本当、こんなきれいな街だと、ゴミというものは悪い意味で際立ってしまうな。

「なんだお前?」

 いいじゃないか。ゴミに相応しい返しだ。これで、上品に「おや、私たちに歯向かおうというお馬鹿さんはどなたですか?」なんて返されたら少しは臆するところだが、どうやらその心配もないようで安心した。

「それはこっちのセリフだ。普通に考えて、『何をしているんだお前ら!』と言われるのは、お前らのようなゴミどもだと思うが?」

「けっ、よそ者かよ。知らねえなら仕方ねえなぁ!!」

 唐突に笑い出すゴミども。どういう笑いだこれは。どこにおもしろい要素があったというのだ。もしかして、複数人に対して一人で挑みにきたのをバカにされたか……それとも、バカな偽善者だと思われたか……。どちらにしても仕方ないことではあるが、どうやら今回は『よそ者』という言葉がキーワードらしい。よそ者差別はよくないと思うね。本当、こんなきれいな街だというのに、ゴミはそれを霞ませる。

「どういうことだ?」

「知らないなら教えてやるよ。こいつはなぁ、呪われてんだよ。家族もいねえし、身分を証明するデータもねえ。こいつは、ここに生まれた証拠ってのが一切ねえんだ。いわゆる出生不明だな。なんでかこいつはこの世にいやがるんだ。小せえころからこの街に住みつきやがって、気味が悪いったらありゃしねえ。だからこうやって忌み嫌って暴力を振るってやってるのさ。こんな気味の悪いやつはこの街に居てほしくねえっていう、俺たち市民の熱い感情を拳に込めてなぁ。言葉を変えれば、そうだな……ゴミ掃除ってところだ!!」

「……」

「なっ、兄ちゃんも気持ち悪いと思うだろ? ほら、こいつを街から追い出すために手伝ってくれよ。『悪霊退散! 悪霊退散!』って念じながら殴るんだ」

 そうか。ゴミどもからすれば、出生不明の段階で呪われし存在になってしまうのか。そんなことで忌み嫌って、正義を振りかざしている気になって。こんな広い世界でこんな狭い視野を持ち、正義という名の醜い鉄拳を振りかざす。救えない話だな。

「そうだな。ゴミ掃除をしよう。よそ者で、しかも出生不明の身としては、お前らと俺のゴミの感覚はどうやら食い違ってしまったようだがな」


「……」

 またひとつ俺の身体に情報が書き込まれた。どうやら、俺は喧嘩の腕は高いらしい。正直、五人を相手にして返り討ちにできる自信はなかったのだが、自分自身で驚くくらい相手の動きを捉えることができた。もしかすると、俺は格闘技の世界王者だったのかもしれないな。俺にはひとつの傷もないのに、地には傷だらけのゴミどもが倒れている。

 さて、これで少しは醜い正義も落ち着くことだろう。「あいつをいじめたら、謎の格闘技世界王者に殴り倒されるぞ!」なんていう噂が広がってな。本当は、出生不明に似つかわしい、身体が見えないほどにフードを深くかぶっているこの人間に興味があるのだが、俺も人のことに構っていられる状況ではない。ここは何も言わず立ち去ろう。

「待って!」

 うーん……まぁ、そうなるか。そして、ここでまたひとつ大きな発見だ。声質からして、この人間は女性のようだ。

「大丈夫かお嬢さん? 痛めつけられて立てないようなら、目的地までおんぶでもしようか?」

「その必要はないわお兄さん。まずはお礼を言わせて。助けてくれてありがとう」

 フードを脱いで彼女は俺に礼を言う。どうやら、礼儀をわきまえているお嬢さんのようだ。本当、何を基準に呪いなんて称号を与えるのか。人間が怖がるものすべてを呪いにして……臆病にもほどがあるな。

 しかし、何の問題もないかのように立ち上がるとは思わなかった。平静を装ってはいるが、正直驚いている。フードの中身は赤髪ショートの若い女性だった。だが、顔には今までどれだけ悲惨な暴力を受けたのかが一目で分かるほどのアザの数々。顔でこれなのだから、身体もアザだらけに違いない。さっきは冗談で「おんぶしようか?」と尋ねたが、本当におんぶしてあげたくなるほど痛々しい。

「いや、これは俺の自己満足だから気にする必要はない。それにしても、本当に大丈夫か? その傷ではこの場から動けないと思うのだが」

「大丈夫よ。慣れてるから」

 慣れていいものではないだろう。癖になってるなら別だが、そういうわけでもなさそうだしな。

「それより、聞きたいことがあるわ」

「なんだ?」

「あなたも、自分の出生が分からないの?」

 予想できていた範囲の質問だな。そういえば、あのゴミども掃除するときにチラッと口走ったような気がする。ちゃんと人の言葉に耳を傾けていたとは、いい子じゃないか。

「あぁ。俺に関しては、出生はおろか、今、自分がどんな顔なのかも認識できていない。これも何かの縁だし聞いておこう。俺の顔の特徴は?」

「まさか私より情報が少ない人間がいるとは思わなかったわ。これも何かの縁だし、汚くてもよければ鏡でも貸してあげようかしら?」

「いい返しだとは思うが、それはちょっと怖いな。とりあえずお嬢さんの口から聞かせてもらおうか」


 一気に俺の身体に情報が書き込まれたことに喜びを隠せない。どうやら、俺は長身の細身らしい。青色の瞳で、ぼさぼさの金髪と白肌なのに、少し不潔な無精ひげが奇妙にマッチしているというお言葉もいただいた。とりあえず鏡も見せてもらった。自分で言うのも恥ずかしいが、なかなかいけているじゃないか。

 だが、本題はここからだ。どうやら、俺たち二人の出生不明の共通点は、この世に生まれたときの情報がひとつもないということ。だれから生まれたのかも分からないし、身分を証明するデータもない。ここまでは共通の不明だ。

 だが、ここでひとつ食い違いが生まれる。このお嬢さんには、最低でも十五年の時をこの街で過ごしてきたという証がある。新年を迎える際に行われる『新年祭』を十五回経験しているというのだから間違いない情報だ。そして、初めて物心という意識を持ったのは子どものころだというのは間違いないようで、まだ若い女性だということも判明している。つまり、出生不明とはいえど、ほとんどの時間をこの世と意識を共有しながら過ごしてきたということ。どうやって物心がつくまで赤子のころを生き抜き、意識を持ったのかは不明に違いないが、明らかにお嬢さんよりも年齢が上な見た目をしている俺よりは情報量が豊富だ。ますます自分という存在が不明確になる。

 これも広い世界で偶然にも出会ってしまった小さな奇跡だ。何かの縁だと思っていろいろと踏み込ませてもらおう。

「唐突だが聞かせてもらおう。お嬢さん、お名前は?」

「あると思う?」

「いや、あるはずがないとは思うが、そろそろ仮名であっても呼んでいい頃合いじゃないかと思ってね」

 雑な言い方をしてしまったとは思ったものの、お嬢さんは理解を示してくれたようだ。引かれたらどうしようかと思ったが、いいお嬢さんのようで本当に安心した。

「そうね。私は自分のことをアオイと呼んでいるわ。理由も単純よ。『赤色の瞳をしているけれど名前はアオイです』って感じの、ちょっとしたシャレでつけたの。忌み嫌われし呪われた存在としてしか認識されてこなかったから、こんな名前の付け方をしたのだけれど、いざ披露するとなると恥ずかしいわね」

 少しはにかみながら頬を赤らめるアオイ。正直、ちょっと可愛いなと思ってしまったのは俺の胸に留めておこう。だが、冗談抜きで良い名ではないか。

「アオイか。認識した。じゃあ、次は俺の名だな。早速ではあるが名づけてもらおうか」

 アオイが「えっ?」といった表情で俺の方を見る。いい顔だ。また俺の身体に情報が書き込まれた。俺は案外無茶振りが好きなようだ。そして、そんな無茶振りに乗っかってくれる人はもっと大好きだ。「何言ってんのこの人」みたいな表情をしながらも、ちゃんと考えてくれている。

 いよいよ俺に名前がつくとなるとワクワクと同時にドキドキするな。案外、自分自身に関する出生が不明というのは悪いものではないのかもしれない。俺にはその気持ちが正確かは分からないが、今の俺は『物心がついたばかりの、すべてが初体験の子ども』のような感覚なのではないだろうか。どんなささいな状況の変化であっても、今の俺にはとても心地良かったり不愉快だったり、感情の変化が大振りだ。

「……レッドよ。あなたの名前はレッド」

「ほぅ。それはまたどうして?」

「申し訳ないけど、今、私は私のボキャブラリーのなさに嘆いているところだわ。原理はアオイとまったく同じ。瞳がアオイからレッド。初めはアカイって付けようとしたけど、それよりかはレッドの方が男らしいでしょ? ブルーよりアオイ。アカイよりレッドよ。それくらいしか思いつかなかったわ」

「いいじゃないか。俺は気に入ったぞ。今日から俺はレッドと名乗ることにしよう。共通意識を共有できる人間と出会え、名前も手に入れることはできるとは、これを一般的に幸先がいいスタートと言うのだろうな」

 そんな俺の言葉に、軽く安堵の表情を見せるアオイ。もしかすると、本当にいい人間と巡り合えたのかもしれないな。これはもうひとつ、今後のために踏み込ませてもらお……。

「ねえレッド。ちょっと無茶な質問を構わないかしら」

 なんだ。先に質問の先約が入ってしまったか。まぁ、構わない。俺ばかり質問するのはフェアではないしな。

「あぁ。こっちは散々無茶な注文をしたからな。遠慮なく質問してくれ」

「……」

 なかなか質問を言い出さない。どうやら、アオイは緊張しているようだ。そんな言いにくいことを俺はこれから言われるのか? もし、これで「さっきから気持ち悪いので消えてください」なんて爆弾を投げかけられたら俺はどう答えればいいのだろうか。それに、気持ち悪いと思われていた人間に付けてもらった名前を使っていくのもおかしな話だ。どうか、悪い方向にことが働くような質問は勘弁していただきたいものだな。

「……もしよかったら手を組まないかしら? 私にとっても、同じような境遇のレッドにならいろいろと話せることも頼れることもあると思うの。何よりも、私もこのまま忌み嫌われて暴力を振るわれ続けていたくはないわ。捉え方によってはあなたを利用するような言い方になってしまったけど、本当にそんな気はなくて……。ただ、私も私のことをもっと知りたい。それはレッドも同じことだと思うから」

「……」

 こういうときに不器用な質問を投げかけてくれるじゃないか。だが、どうやらその質問は、俺にとって何よりも正確に心臓を射抜く質問で、同時にビンゴでもあった。俺も、アオイに同じような質問を投げかけようと思っていた。理由もさほど変わらない。俺も俺のことをもっと知りたいと感じたからだ。そして、アオイとならそれを共有できると思った。 きっと、それも利用の一種なのだろうとは思う。だけど、生物同士の関わり合いなんてそんなものなのではないだろうか。互いが自分のために相手を利用して高め合っていければ、それが一番素晴らしいことなのではないだろうか。

 俺は、あえてそのことはアオイには伏せる。アオイの「そんな気はなくて」という言葉を安易に踏みにじりたくはないからだ。おそらく、ここら辺は理論では到達できない感情なのだと思う。そこに触れるほど、俺も無茶振りが好きではない。

「こちらこそそう願いたいと思っていた。正直、『一人で自分を知っていくのとかどうすればいいんだ』とびくびくしていたところだ。ここは、出生不明という点でも、人生の年長者という点でも先輩のアオイを頼ろうと思う」

「……えっ! あっ、あっ……ありがとう!!」

 その瞬間、アオイの表情がパッと明るくなった。俺は、こんないい表情もできるのかと心が温かくなった。が、それと同時に、これは激しいキャラ崩壊でもあると思った。『身体が見えないほどにフードを深くかぶっている忌み嫌われし女性』にマッチしている、少し恥ずかしがり屋でクールな女性だったというのに、これは明らかに感情型の、少しドジな元気っ子である。

 一体、どれが本当のアオイなのだろう。まぁ、それを今の段階で見極められてしまうというのも面白みのない話か。今後のアオイに期待しよう。

「あぁ……よろしくアオイ」

「……ええっ。こちらこそレッド」

 クールなアオイに戻った。いや、戻したというべきか。これはこれで面白い二面性を垣間見えたな。それも含めて幸先のいいスタートだ。

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