短編は『感想欄』によって完成する。
普段はエッセイ書きの筆者であるが、たまに小説も書く。
小説はエッセイと違い、あまり感想がつかない。
そのため、これまで気付けなかったことだが、小説もやはり「読者からの感想」によって、陰影がつく。特に短編の場合、「語られなかった部分」への読者からの言及が面白い。
読者との対話の中で「作品内容との整合性」を持たせるための回答を「即興」で行っていると「作者自身も意識していなかった部分」の肉付けが成されていく。
(これは直接、作品に加筆してもいい部分じゃないか?)―― そんなことも頭にもたげる。
エッセイの場合、最初から「論点」が存在する。
ゆえに、予め「やわらかい部分」を用意し、読者が噛みつくのを待つ。
論は、対比があってこそ完成する。
ここでいう対比とは、想定読者による反論である。
尖ったエッセイの投稿では、初めからそれを期待して書いている部分がある。「カウンターへのカウンター」を生のサンプルとして、第三者に見せることによって「論の補強」を行う。―― 稀に素晴らしい反論があると、それはそれで美しい。
―― で、小説である。
これまで大して波風の立たない、エンタメ短編を投稿してきた。だが、今回はちょっと「解釈の分かれそうなオチ」の作品を投下。―― すると意外に良い反応が出た。
投稿当初は、なろうではウケないだろうと高を括っていたが、ジワジワとポイントを重ね、筆者としては稀な1000ptを超える短編となった。
そして、面白いのが感想欄だ。
女主人公でありながら、おそらくは男性読者による感想と疑問が並び、それに答えているうちに「あれ、この部分は作中でも、サボらずに書いておいた方が良かったか?」などと思わされてみたり。
毎回、ワンアイデアと冒頭のシーンだけを決め、後は自動筆記のように思いつくままに書くので、こういった「読者による補強」は、非常にありがたい。
筆者は、一度筆を止めると、その作品を投げる傾向にある。そのため、書く時は一気に、が基本。ガス欠になる直前に強引に仕上げる。ゆえに、短編であっても常に「ダイジェスト版」のような仕上がりとなる。
だが、今回のように投稿後、読者側からの肉付けが成されるのであれば、加筆修正した「完全版」を書くことも出来るのかもしれない、と色気。
ただし、これにはひとつ難がある。
短編で感想をもらおうと思ったら、それなりの数のユーザーに読まれなければ、感想ももらえないというジレンマだ。
とりあえず、これからはわざと「少し引っかかりのあるオチ」の作品を書いていくべきか。こういった「経験」を積むのを狙いとして。




