犯人役に転生したので事件を起こさず暮らしていたら、別の転生者が容疑者になっていました
俺が転生したのは、乙女ゲームの世界——ではなかった。
推理ゲームだった。しかも俺の役どころは、第三話の犯人である。
転生して最初にやったのは、原作の事件を起こさないことだった。第三話では俺——カイルが元婚約者を毒殺する筋書きになっている。動機は「婚約破棄の恨み」。
馬鹿馬鹿しい。前世の俺はただのサラリーマンだ。恨みで人を殺すほど暇じゃない。
婚約者のエリーゼとは穏便に話し合って円満に解消した。毒も買ってない。殺意もない。おかげで第三話のイベントは不発に終わり、俺は平和に暮らしている。
犯人が事件を起こさなければ、推理ゲームは始まらない。
探偵役の騎士団長リヒトも暇そうにしている。世界は平和だ。万事解決。
——のはずだったのだが。
◇
「きゃっ! リヒト様! まあ、こんなところで奇遇ですわ!」
街の広場で、やたら芝居がかった声が聞こえた。
見ると、金髪巻き毛の令嬢が、リヒトの前で胸に手を当ててポーズを取っている。
ミレーヌ。最近この街に現れた女だ。
俺は一目で分かった。——こいつ、転生者だ。
行動が不自然すぎる。貴族なのにやたらとリヒトに絡む。会話の端々に現代知識が混じる。そして何より、俺と目が合った時に「あ、モブキャラだ」という顔をした。
間違いない。この女、ここが乙女ゲームの世界だと思っている。
リヒトを攻略対象だと思っているのだ。
……いや。ここ、推理ゲームなんだが。
◇
最初は他人事だと思って見ていた。
だが、ミレーヌの「好感度イベント」は日を追うごとにエスカレートしていった。
——第一の事件。「偶然の出会い」イベント。
ミレーヌは三日連続で同じ時間、同じ場所で「偶然」リヒトに遭遇した。
乙女ゲームなら「運命の出会い」だろう。だがここは推理ゲームだ。
リヒトの反応はこうだった。
「……部下に報告。同一人物が三日連続で私の行動パターンを把握している。尾行の可能性。要警戒」
好感度じゃなくて警戒度が上がってるんだよ。
——第二の事件。「ラブレター」イベント。
ミレーヌは薔薇の香りを染み込ませた手紙を、リヒトの執務室に密かに届けた。封筒にはハートの封蝋シール。
乙女ゲームなら「ときめきポイント加算」だろう。
リヒトの反応はこうだった。
「差出人不明の手紙。香りで毒物を隠している可能性あり。筆跡鑑定と成分分析に回せ」
ラブレターが鑑定に回された。薔薇の香りは「毒物を隠す手口」として捜査ファイルに記録された。
ミレーヌ、お前の好感度は今マイナスだと思う。
——第三の事件。「月夜の密会」イベント。
これが致命的だった。
ミレーヌは小さなメモをリヒトに渡した。『今夜、月の見える庭でお待ちしています』。
乙女ゲームなら告白イベント前夜だ。ミレーヌはドレスを着替え、髪を整え、庭で待っていた。
リヒトは来た。——部下六名を連れて。
「不審な呼び出しには護衛を同伴するのが規定です。何かご用件は?」
ミレーヌの顔が凍りついた。
「え……なぜ、お一人でいらっしゃらなかったのですか……?」
「一人で来る理由がありません。暗所での単独行動は危険です」
リヒトは完全に「現場検証」のつもりで来ていた。部下が庭の茂みをライトで照らし始めた時、ミレーヌが泣きそうな顔をしていたのが見えた。
俺は木の陰から全部見ていた。
もう見てられない。
◇
そして、俺が一番恐れていた事態が起きた。
リヒトが俺のところに来た。
「カイル。近々、君について話を聞きたい」
「……何のことでしょう」
「最近、不審な行動を繰り返している女がいる。調べたところ、君の元婚約者の周辺に接触した形跡がある。——彼女は君の協力者ではないか?」
ミレーヌのせいで、俺が第三話の犯人として捜査対象に浮上しかけている。
おい、ミレーヌ。お前の恋愛イベントのせいで、俺の穏やかな日常が崩壊しかけてるんだが。
◇
翌日、俺はミレーヌを呼び出した。
「単刀直入に言う。あんた、ジャンルを間違えてる」
「……は?」
「ここは乙女ゲームじゃない。推理ゲームだ」
ミレーヌの目が点になった。
「あんたがやってるのは好感度イベントじゃなくて、容疑者ムーブだ。偶然の出会いは尾行疑惑。ラブレターは脅迫状。夜の密会は証拠隠滅の密会。——全部、捜査ファイルに記録されてる」
「う……うそ……」
「嘘じゃない。しかもあんたの行動のせいで、俺まで共犯を疑われてる。俺は第三話の犯人役なんだ。頼むから、これ以上探偵の仕事を増やさないでくれ」
ミレーヌは顔を真っ赤にして崩れ落ちた。
◇
その足で、俺はリヒトの執務室に向かった。
「リヒト団長。あの女——ミレーヌは犯人でも共犯でもありません」
「根拠は?」
「三つあります」
俺は前世で培った推理小説の知識を総動員した。
「第一に、真犯人なら尾行を三日連続同じ時間にやりません。バレたいのかという話です。第二に、脅迫状に薔薇の香りをつける犯人はいません。あれは恋文の常套手段です。第三に、犯人が証拠隠滅するなら、わざわざ相手を呼び出したりしません。一人でやります」
リヒトが黙った。
「つまりあの女は——犯罪者ではなく、ただの恋する令嬢だと?」
「そういうことです」
「……なるほど。君の推理は筋が通っている。だが、なぜそこまで分かる?」
「推理小説が好きなもので」
リヒトが初めて、ほんの少しだけ笑った。
犯人役が探偵に推理を教えている。我ながら、とんでもない状況だ。
◇
事態は収まった。ミレーヌの捜査ファイルは「恋愛案件」として棚上げされた。
ミレーヌ本人は恥ずかしさのあまり三日間引きこもったらしいが、まあ、それは知らない。
俺はお見合い斡旋所のベンチに座って、穏やかな午後の陽射しを浴びていた。
犯人役の転生者。事件を起こさないのが、俺なりの正義。
でもまさか、犯人が探偵に推理を教える日が来るとは思わなかったな。
——ん?
斡旋所の入り口から、ミレーヌがこちらを見ている。目が合った。顔が赤い。
嫌な予感がする。
「……あの、カイル様。推理に詳しいって本当ですか? あの、私、リヒト様と普通にお話ししたいだけなんですけど、どうすれば容疑者じゃなくなりますか……?」
俺は天を仰いだ。
犯人役が恋愛コンサルまでやる羽目になるのか。
この推理ゲーム、難易度設定おかしくないか。




