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元動物園の飼育員、ダンジョン産の魔物を引き取ってのんびり暮らす 〜ダンジョンが出現した世界の魔物保護施設経営〜  作者: ヲワ・おわり


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第8話 夜の見回り

懐中電灯の光が飼育室の床を切り取る。奥から、青白い光がぼんやりと揺れていた。


 悟は懐中電灯を手に取り、飼育室の扉を開けた。夜の見回りの習慣は動物園のころからある。別に深刻な事情があるわけではない。体が勝手に動く、というだけのことだ。施設の電気を落としてから一時間が過ぎていた。


 まずリンのとまり木を確認する。羽を体に巻きつけて、首を胴体に埋めるようにして眠っていた。寒い夜の鳥の定番の姿勢だ。懐中電灯の光が当たっても目を開けない。熟睡している。


「いい子だな」


 声が届いたかどうかもわからないが、悟はそう言った。とまり木のそばに食べかけの果実が残っている。明朝に片づけよう、とノートに頭の中で書いておく。


 次は水槽だ。エコゾルスライムが青みがかった光を放ちながら、ゆったりと揺れている。先月引き取ったゲル状の魔物で、水槽の中で自活できる珍しい種だ。眠っているのかどうか、悟には正直よくわからない。だが揺れ方が一定で、水質の値も安定している。問題はない。


 棚の上を懐中電灯で照らすと、三つの目がぼんやりと光を返してきた。


 ムクだ。


 触手を少しだけ広げて、それから縮めた。


「起きてたんですか」


 反応がない。ただ三つの目がこちらを見ている。夜行性なのかどうか、この個体については記録が少ない。夜中に棚から降りているところを見たことは一度もないが、起きていることは何度かある。悟の気配に反応しているのか、それとも単純に夜の方が覚醒しやすい体質なのか。


 ムクはのろのろと触手を一本伸ばして、悟の腕にそっと乗せた。


「……ついてきますか」


 触手を引き戻すことなく、ムクはするすると棚から降りてきた。壁を伝い、床まで下りる。懐中電灯の光をゆっくりと追うように動く。


 悟は少し歩調を遅くして、ムクが追いやすくした。


 廊下を抜けて裏庭へ出る戸口の前、ガッシュのスペースをのぞいた。プレート状の突起を持つ丸い体が、藁の敷き詰められた床の上で大きな塊になっていた。完全に動かない。ガッシュはいつも深く眠る。雨の日でも、外でにぎやかな音がしても、起きている様子がない。悟が近づいても気づかないことが多い。


「よく眠れてるな」


 ガッシュの鼻先が少し動いた。気づいているのか、夢を見ているのか。


 奥の保温スペースへ向かった。


 レグが先に気づいて首を持ち上げた。「ふるる」と鼻を鳴らす。


「見回りですよ」


 レグは特に動かず、首を下ろした。その腹のそばに、もう一つの丸まった塊がある。幼体ドレイクだ。孵化から二ヶ月近くが経って、体の大きさは少しずつ増している。鱗の色も薄いオレンジからはっきりした橙に変わりつつある。今夜もレグのそばで丸まって眠っていた。


 悟はしゃがんで幼体の呼吸を確認した。体温も触れてみる。問題ない。


 レグが横目でこちらを見ている。邪魔するな、という視線ではない。確認するなら確認していい、という感じだ。


「わかってますよ」


 悟は立ち上がった。後ろでムクが壁を少しだけ這い上がり、幼体を上から確認するように見ていた。夜の番をするつもりなのかどうかは不明だが、邪魔はしていない。


 見回りを終えて、悟は事務机に戻った。


 引き出しから記録ノートを出す。今日の日付を書いて、各個体の状態を順番に書き下す。リン・睡眠良好。スライム・水質安定。ムク・夜間活動確認、悟に追随。ガッシュ・熟睡。レグ・幼体ドレイクそばで就寝、正常。


 書いていると、ムクが机の縁に這い上がってきた。ノートの上に触手をのせようとするのを、悟は軽く横にどかした。


「邪魔ですよ」


 ムクは少し引いてから、また近づいてきた。ノートではなく悟の腕のそばに触手を置く。それ以上は動かない。


 邪魔したいわけではないらしい。ただ、いたいのだろう。


 悟はそのままにして、ノートを続けた。


 各個体の状態を書き終えてから、最後の行に少し考えてペンを走らせた。


「来月は丘ダンの更新時期。季節の変わり目と重なる。例年より逸脱数が増える可能性あり。受け入れ枠と環境の確認を早めにしておくこと」


 ペンを置いて、悟は少し背をもたせかけた。


 窓の外が静かだ。夜の東楠市は交通量も少ない。遠くで列車の音がして、消える。


 こうして部屋を見ると、各魔物がそれぞれの「自分の場所」に収まっている。リンはとまり木。ガッシュは藁の上。レグは保温スペースの定位置。ムクは棚か、夜は悟のそばか。スライムは水槽の中。


 施設を始めたころは、毎晩どこかで何かが起きていた。新しい個体が来るたびに、縄張りの確認か、夜鳴きか、飛び出しかがあった。今はそれがない。


 ここが普通の場所になったんだな、こいつらにとっては。


 悟はそう思ってから、少し可笑しくなった。「普通の場所」というのも変な言い方だが、そう言う他に言葉が浮かばない。定着した、という感じがする。各個体がここを「居る場所」として認識している。


 悟はこういう時間が好きだった。見回りが終わって、記録を書いて、魔物たちが眠っている音だけが聞こえる時間。別に何もない。ただ、在る。


 ムクがするりと動いて、悟の肘のそばに落ち着いた。三つの目が薄く光っている。眠っているのか起きているのかよくわからないが、とにかくそこにいる。


「夜番、ありがとうございます」


 悟は電気を落として、ノートを引き出しに戻した。


 翌朝、悟がいつも通り裏庭に出ると、ガッシュのスペースの隅、藁の奥まったところの土が不自然に盛り上がっているのに気づいた。


 昨夜の見回りでは気づかなかった。


 土の盛り上がりは小さな丘のような形で、三ヶ所に分かれていた。


 悟はしゃがんで、慎重に一ヶ所だけ少し掘ってみた。


 固いものに触れた。丸い。

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