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元動物園の飼育員、ダンジョン産の魔物を引き取ってのんびり暮らす 〜ダンジョンが出現した世界の魔物保護施設経営〜  作者: ヲワ・おわり


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第36話 白石さんの提案書

「具体的には、緊急時の魔物対応専門家リストに悟さんを加えること、施設との情報共有体制の整備、の二点です」


 白石は書類を一枚テーブルに置いた。内部の文書らしく、管理局のロゴが入っている。びっしりと文章が並んでいた。


「正式な提出書類です。一応、見ておいてほしくて」


 悟は受け取って、目を通した。白石が書いた文章はわかりやすかった。現状の問題点、提案の内容、期待できる効果。その順番に整理されていた。どこかの書類のように引き伸ばされた感じがなく、必要なことだけが書いてあった。


「承認されたんですか」


「まだです」


 白石が少し間を置いた。


「反対意見もあります。正直なところ、多いです」


---


 リンが部屋の隅から出てきた。


 白石のそばまで歩いてきて、脚の甲のあたりに頭をすり寄せた。白石が「また来てくれた」と小声で言いながら、少し体をかがめた。前回来たとき、一度だけ近くで鳴いていた。今日は自分から近づいていった。慣れた、ということだろう。


「反対意見は、どういう内容ですか」


 悟が聞いた。


「大きく二つあります。一つは、民間の飼育施設を公的なリストに加えることへの懸念です。もう一つは、魔物の飼育そのものへの姿勢ですね。まだ整備されていない分野だという理由で、前例を作ることを慎重に考えるべきだという意見が強い」


「なるほど」


「悟さんを個人的に否定しているわけではないです。ただ、仕組みとして動かすには実績と時間の両方が必要で……正直、今の段階では難しい部分があります」


 白石がそこで一度言葉を止めた。それからもう少し続けた。


「それでも提出したのは、言わないよりは言った方がいいと思ったからです。今すぐ動かなくても、記録として残ります」


 悟は書類をテーブルに戻した。


「認可されなくても、やることは変わらないですよ」


 白石が悟を見た。


 少しの間、何も言わなかった。


 それからゆっくりと笑った。


---


「そういうお答えが来ると思っていました」


「そうですか」


「ええ。でも、それを聞いて少し楽になりました」


 白石がお茶を一口飲んだ。リンがまだそばにいた。時々、白石の足の方を向いてから、また悟の方に向く。どちらも気になっているようだった。


「白石さんが動いてくれているのはありがたいです」


「え?」


「ちゃんと思っているので、一応言っておこうと思って」


 白石が少し目を瞬かせた。


「悟さんが感謝を言葉にするのは珍しいですね」


「そうですか。そういうものは言わないと伝わらないと思って」


「……そうですね」と白石が言った。「ありがとうございます。やってよかったと思います」


 白石が書類をしまいながら、窓の外を見た。施設の中庭が見える。ガッシュが日向で横になっていた。目を細めて、呑気に日光浴をしている。


「提案が通っても通らなくても、こうやって来てもいいですか。経過報告という形で」


「どうぞ」


「仕事抜きで、というわけにはいかないですが」


「それでもどうぞ」


---


 白石が帰り支度を始めたとき、リンがもう一度だけ近づいて鳴いた。高くない、短い声だった。白石が笑いながら「また来ます」とリンに向かって小声で言った。


 悟はその様子を見ていた。リンが人に懐くのは珍しくはないが、白石に対しては特に早かった。なぜかはわからない。においの相性か、声の高さか、靴音の感じか。理由を特定するのは難しいが、悪いことではなかった。白石が来るたびに、リンが少しずつ迎えに行く距離が縮まっている気がした。


 白石が靴を履いて、書類をまとめて、扉に手をかけた。


「そういえば」と白石が言った。「久保田さんのBランク昇格試験は来月だそうですね」


 悟は少し止まった。


「そうなんですか」


「ご存じなかった?」


「直接は聞いていないですね」


 白石が扉の前に立ったまま、少し考えるような顔をした。


「本人から、私に話してきたんですよ。管理局に何か用があったわけでもないのに……なんで私に、とはちょっと思ったんですが」


「そうですか」


「悟さんに話しやすくしてほしかったのかもしれないですね」


 白石が少し笑った。悟は返事をしなかった。


 扉が閉まった。


---


 事務所に一人残った。


 リンが悟の足元に来て、鳴いた。


「そうですか」


 悟はそう言いながら、記録ノートを開いた。今日の欄に書いた。白石来訪。提案書、内部審議中。反対意見あり、承認未定。継続報告の予定あり。


 久保田のことは、どこに書けばいいかわからなかった。


 試験があるなら、受かってほしいと思うし、落ちても落ちたで話を聞けばいいとも思う。久保田が話しにくそうにしているなら、向こうが話すときまで待てばいい。それでいい。そういうものだ、と悟は思った。白石が間に立ってくれたのは、そういうことが必要だと判断したからだろう。それはそれで、ありがたかった。


 悟はノートを閉じて、窓の外を見た。ガッシュはまだ日向にいた。日がかたむいて、影が長くなりかけていた。レグがどこかから出てきて、ガッシュの近くでとぐろを巻き始めた。


 今日は、静かな一日だった。それがちょうどよかった。

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