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元動物園の飼育員、ダンジョン産の魔物を引き取ってのんびり暮らす 〜ダンジョンが出現した世界の魔物保護施設経営〜  作者: ヲワ・おわり


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第24話 三人の協議

「怪我が治れば、落ち着きます」


 悟は現場から少し離れた場所に移って、白石と久保田を見た。リーダーが「少し話し合ってきてください」と言い残していった。周囲の雑草が風に揺れている。遠くでアームドビアがまだ動いているのが、草越しにわかる。


「処置してから施設で預かれます。ただし、接近する人間が必要です」


 白石が手帳を開いた。ペンを持つ手が少し固い。


「駆除チームは動かします。その間に悟さんに接近してもらう、ということですか」


「そうなります」


「万が一の場合は」


「僕の判断ミスということになりますね」


 悟は淡々と言った。白石が一瞬ペンを止めた。久保田が小さく息を吐いた。


「……そこは、もう少し悩んでほしいんですが」と久保田が言った。


「悩んでますよ。でも今確認できることを確認してから話すべきだと思ったので」


「確認できること?」


「映像で見た限り、右後ろ脚への体重負荷が乱れていました。深い損傷があるか、それに近い状態だと思います。傷を抱えた個体が攻撃的になるのは、不安からくる防衛行動です。痛みの原因を取り除けば、状態は変わる。傷の処置が先です」


 白石がペンを走らせた。しばらく書き続けてから、顔を上げた。


「接近できると判断されていますか」


「難しいとは思っています。ただ不可能ではないと判断しています」


「その根拠は」


「映像で確認した行動パターンと、草の束を見せると落ち着く習性です。第十七号での観察データが複数あります。痛みで興奮している状態でも、食餌刺激に反応する個体は多い。今回もその可能性はあります」


 白石が一度目を閉じた。それから開いて、また手帳に書いた。何を書いているのか悟には見えないが、書く量が多い。


「処置後、施設への移送は可能ですか」


「施設に搬入できれば、改めて診察して必要な処置を続けられます。ただし搬入前に脚の状態を直接確認してから判断します」


「搬入に使える車両は管理局で手配します」


「内側に干し草を敷いてほしいです。量と種類は後で連絡します」


 白石がうなずきながら書いた。事務的な人だと思った。でも事務的であることで、今この場が成立している気もした。


---


「俺、護衛として横についてていいですか」


 久保田が言った。声が少しだけ固い。


「久保田さんが来たら、魔物が余計警戒します」


「それはわかってるんですが」


「待っていてください」


「でも万が一のとき、俺が何もできないじゃないですか」


 久保田が足元を見た。悔しさを飲み込もうとしているのが、表情の端に出ていた。悟はその顔を見てから、視線を少し外した。


「アームドビアの前に人間が複数いたら、どうなると思いますか」


「……警戒する」


「今一番大事なのは、あいつに余計な刺激を与えないことです。人数は少ない方がいい。それだけの話です」


「……そうっすね」


 久保田が顔を上げた。やはり納得しきった顔ではないが、言葉は出てこなかった。久保田は口をへの字にして、腕を組んだ。何かを言いかけて、飲み込んだのが見えた。


 それでも従ってくれる。悟はその点については、久保田を信頼していた。


---


「少し待ってもらえますか」


 白石がそう言って、少しの間その場を離れた。自販機の方に歩いていく。二人がその後ろ姿を見ていると、やがてペットボトルを三本抱えて戻ってきた。


「よかったら」


 緑茶が一本ずつ配られた。久保田が受け取りながら、少し間を置いてから言った。


「こんな状況でお茶ですか」


「水分は必要です」


「それはそうですが、なんか」


「なんか?」


「いや、ありがとうございます。いただきます」


 久保田が蓋を開けた。悟も開けた。白石が手帳にまた何かを書き込みながら、ペットボトルに口をつけた。


 三人しばらく黙っていた。遠くでアームドビアの動く気配がする。風が草を揺らして、また静かになった。


 悟はお茶を飲んだ。久保田がまた草の方を見た。白石が書き続けた。


「了解しました」


 白石が手帳から顔を上げた。声が少し落ち着いている。


「ただし、私が直接上司に報告します。個人の判断ではなく、管理局が承認した対応として記録に残します」


「……それは」


「悟さんを守るためでもあります」


 白石の言い方は事務的だった。でもその事務的さの向こうに、何かがある気がした。悟は少し考えてから、うなずいた。


「わかりました」


「準備は今日中に確認します。動けるのは明日の朝になります」


「わかりました」


「では明日の朝、現地集合でお願いします」


 白石が立ち上がった。ペットボトルを持ったまま、また携帯を取り出して電話をかけ始めた。少し離れた場所で、低い声で話している。久保田がその背中を見てから悟に向き直った。


「白石さん、さっきの発言、悟さんを守ろうとしてましたよね」


「そう聞こえました」


「なんか、意外でしたね」


「そうですか」


「もっとお役所っぽい人かと思ってたんで」


 悟は何も言わなかった。久保田がもう一口お茶を飲んで、空を見た。


---


 夜、悟は施設に戻ってから、記録帳を開いた。


 アームドビアの項目のページに、昨日書いた観察メモがある。今日の日付を書き足した。「明日、接近試みる予定。状態確認のため」。


 レグが膝に乗ってきた。いつもより体をくっつけてくる気がする。


「何か感じてますか」


 レグが目を細めた。答えない。


 悟はペンを置いて、ページをもう一度見た。


 できる。たぶん。


 「たぶん」は専門家として使うべき言葉ではないが、正直に言えばそうだ。でも不可能とは思っていない。


 翌朝、久保田が施設の入口で待っていた。早い。施設の前で腕を組んで、少し寒そうにしている。


 悟が外に出ると、久保田が顔を上げた。


「行ってらっしゃい」


 一言だけ言った。声が固い。ちゃんと笑っていない。


「すぐ戻ります」


 悟はそれだけ答えて、車に乗り込んだ。

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