第20話 組合の話
「最近、探索者組合が悟さんのこと、興味持ってるらしいんですよ」
久保田がそう続けた。ガッシュの掘る音が後ろで続いている。
「何で?」
「魔物のことをよく知っている人間として、組合のデータベースに情報提供してほしいらしくて。最近、組合の方でも魔物の行動記録とか生態データを集め始めてるんですよ。探索者向けの安全情報として整備したいって話で」
悟は腕を組んだ。探索者組合は東楠市に支部がある。ダンジョン対応の中核を担う組織で、悟自身もダンジョン近辺での魔物の緊急対応を頼まれたことが何度かある。とはいえ、正式な関係を持ったことはなかった。
「どこからそういう話が来てるんですか」
「組合の中に、情報収集の担当がいるんですよ。田中さんていう人なんですけど。その人が悟さんのことを調べてたみたいで、僕のところにも連絡が来て」
「久保田さんに来たんですか」
「僕が悟さんと付き合いが深いって知ってたみたいで。橋渡しをお願いできないかって。僕でよければ、って返事したんですが」
久保田がやや得意げな表情をした。こういう橋渡しの話を持ってくる時、久保田はいつも少し嬉しそうにする。悪気があるわけではないし、久保田が動いてくれることで助かっている部分もある。
「そういう話は直接来ないと判断できないですね」
「ですよね」と久保田がうなずいた。「でも前向きに考えてもらえますか」
「話を聞いてから判断します」
「そりゃそうか」
「だから田中さんを紹介してもいいですか、って聞こうと思って来たんです」
「どうぞ」
「来てもらっていいですか。施設に」
「こちらで話した方がわかりやすいですから。魔物を直接見てもらえた方が話が早いことも多いですし」
久保田が「やった」と小声で言った。
「やったって何ですか」
「いや、なんか僕が間に入ればうまくいくと思うんですよね、こういう話。悟さんと組合が直接話してもかみ合わない気がして。悟さん、あんまり組合の人と話すの得意じゃないでしょ」
「普通ですよ」
「普通じゃないですよ。去年の区の聞き取りの時、担当者が一時間の予定で来て十五分で終わったって言ってたじゃないですか」
「必要なことは全部答えました」
「それはそうなんですが」
久保田が苦笑いした。悟は特に否定しなかった。話が短くなるのは意図的ではないが、言いたいことは言っている。それで問題があったことはない。
「田中さんに、今月中に日程を調整してもらいます」と久保田は言って、ガッシュをもう一度見た。「ガッシュ、ほんとに元気になりましたね。壁、かなり削れてますよ」
「わかってます。後で埋めます」
「毎回埋めてるんですか」
「毎回掘られます」
「それ、いたちごっこじゃないですか」
「普通ですよ。猪型は掘るのが好きな種類なので。ストレス解消にもなってるみたいですし、やめさせる必要もないと思っています」
「なるほど」と久保田は言ったが、あまり納得した顔ではなかった。それでも、ガッシュが壁を掘る様子をしばらく眺めていた。
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夕方になって、久保田が帰った後、悟は縁側に出た。
施設の南側、小さな縁側がある。元々の建物から残っているもので、木が古くなっているが腐ってはいない。ここに座って夕方の施設を見るのが、悟の習慣になっていた。
お茶を持ってきて、縁側の端に腰かけた。
レグがすぐに来た。悟の膝の上に前足をかけて、それからのっそりと乗り上げた。重い。
「あなた、太ってないですか」
レグが鼻を鳴らした。気にしていないらしい。そのまま丸まって尻尾を膝に乗せた。体温が膝から伝わってくる。
夕暮れの光が施設に入ってきていた。ムクが水槽の縁で色を変えている。夕暮れの光に反応しているのか、橙から赤、赤から濃い紫へとゆっくり変わっていく。見ていると飽きない。夕方のムクは特に変化が多い。光の角度が変わるたびに体の色が変わる。
ガッシュが今日の掘り作業を終えたのか、飼育スペースの奥で大人しくなっていた。リンは止まり木で羽を畳んでいる。
悟はお茶を飲みながら、ぼんやり考えた。
探索者組合。以前問い合わせが来た大学の研究者。田所さん。子供たち。そして来月は、組合の田中という人間が来る。
施設を始めた最初の頃は、本当に静かだった。久保田が来て、魔物が増えて、それだけだった。大学の研究者から問い合わせが来るなんて思っていなかったし、区の窓口を経由して苦情が来るとも思っていなかった。今は、関わりを持つ人間が少しずつ増えている。悪いことではない。ただ、いつの間にかそうなっていた。
「なんか忙しくなってきたな」
誰に言うわけでもなく、声に出した。
レグが耳を一回動かした。
「あなたはのんびりしてていいですよ」
ムクが水槽の外まで触腕を伸ばして、暮れていく空の方を向いた。体の色がゆっくりと濃い青になった。
風が来て、縁側の木が少し鳴った。悟はもう一口お茶を飲んだ。慣れですよ、と思った。きっとこれも、時間がたてば普通になる。
翌朝、スマートフォンが鳴った。
「悟さん、久保田です。ちょっと大変なことになって。丘ダンジョンで大型魔物の逸脱が起きたらしいんですよ。Bランク相当だって」
悟は手に持っていた草の束を置いた。
「今どこですか」
「組合に向かってます。詳細はまだわからないんですけど、悟さんに連絡しておいた方がいいかと思って」
「わかりました」
電話を切って、悟は窓の外を一度見た。丘の方角に、まだ何も見えない。だが、「まだ」という感覚があった。




