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元動物園の飼育員、ダンジョン産の魔物を引き取ってのんびり暮らす 〜ダンジョンが出現した世界の魔物保護施設経営〜  作者: ヲワ・おわり


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第15話 書類というもの

封書の中に入っていたのは三枚の紙だった。


 一枚目が通知書。「施設状況報告書を三十日以内に提出のこと」。二枚目と三枚目が書式で、表と裏でぴったり六ページある。悟はテーブルにそれを広げて、一度全体を読んだ。読み終えてから、また一ページ目に戻った。


 ガッシュがどこからか来て、テーブルの端に顎を乗せた。書類と悟を交互に見ている。


「邪魔ですよ」


 ガッシュは動かなかった。


 悟はガッシュの顎の横に書類を置いて、ペンを取った。


 施設名、代表者名、所在地、設立年月日。ここまでは問題ない。飼育個体の種別・頭数・取得経緯。これも記録が揃っているので書ける。一時預かりの記録も対応できる。施設の設備概要も書ける。


 五ページ目に来たところで、悟はペンを止めた。


「施設の法的分類」という欄がある。


 選択肢が四つ並んでいる。ペット販売業。動物取扱業(展示)。動物取扱業(保護施設)。その他。その他を選ぶと「詳細記入欄」に自由記述が必要になる。


 何を書けばいいのかが、わからない。


 ペット販売は違う。金銭のやり取りを前提にした業態ではない。動物取扱業の展示も微妙だ。見せるために飼育しているわけではない。保護施設は近いが、来る魔物の大半は一時預かりだ。引き取りを前提にしている。保護目的とは少し意味が違う。その他に何かを書くとしても、どう書けばいいのかがわからない。


 ガッシュが書類に鼻先を近づけた。悟がそっと遠ざけた。ガッシュはまた顎をテーブルに乗せた。今度は書類の上に直接だ。重みで紙が少し折れた。


「そこに乗らないでください」


 ガッシュは目を細めた。動く気はないらしい。


 悟は紙をガッシュの下からそっと引き抜いて、諦めて隣の椅子に移動した。


 昼過ぎに久保田に電話した。


「書類ですか」と久保田は言った。「管理局からの」


「そうです。法的分類っていう欄で詰まっています」


「うわ、それは難しそうですね……」と久保田は言ってから少し間を置いた。「俺、書類は全部苦手ですよ。確定申告もギリギリだし。というか毎回ギリギリで、今年は延滞しかけて」


「そういう話ではなくて」


「あー、すみません。えーと、書き方を相談できる人、ですか。俺には全然思い当たらないんですが」


「そうですか」


「……あ。白石さんに連絡してみたらどうですか」


「管理局に相談するのは変じゃないですか」


「でも、白石さんって前に来たとき感じよかったじゃないですか。融通きかなさそうに見えて、意外とちゃんと話聞いてくれる人だなって思ったんです。管理局の人間ではあるんですけど、個人として動いてくれそうな気がして」


「久保田の勘ですか」


「まあ勘ですね。でも俺の勘はわりと当たるほうですよ」


 久保田の勘がどの程度あてになるのかはわからなかった。ただ、他に手がないのも事実だ。


「わかりました」


「役に立てなくてすみません。書類は本当に俺には無理なんで。でも白石さんなら大丈夫だと思います」


「わかってます」


 電話を切ってから、悟は手帳を開いた。白石奈々の連絡先は最初の訪問のときに交換した名刺に書いてある番号だ。


「まもの預かり所の神崎です。以前来訪していただいた際にいただいた番号に失礼します」


「ああ、神崎さん」と白石の声は電話越しでも落ち着いていた。「どうされましたか」


「管理局から施設状況報告書の提出通知が来まして。書式の書き方について確認したいことがあるんですが、相談できますか」


 少しの間があった。電話口の向こうで何かを確認しているのかもしれない。


「書式ですね。一度確認します。折り返してよいですか」


「はい」


 電話は短く終わった。


 悟は書類を見た。ガッシュがテーブルの横で今度は寝転んでいた。足を投げ出して、完全にお腹を出している。邪魔なのか邪魔でないのかよくわからない距離で、すっかりくつろいでいる。


「そこで寝ると朝の掃除の邪魔になります」


 ガッシュは目を閉じた。聞こえていないか、聞こえていても関係ないかのどちらかだ。


 悟は書類を折り畳んで封筒に戻した。書けるところは書いた。残るのは五ページ目の空白だけだ。


 白石からの折り返しは夕方になった。


「お待たせしました。書式を確認しました」


「ありがとうございます」


「書き方についてご説明することはできます。ただ、担当外の私がお伝えする形になりますので、非公式の扱いになります。それでよければ、来週そちらに伺いますが」


 声は平静だ。「非公式になります」という言葉をわざわざ最初に挟んできた。配慮だとわかった。管理局の職員として動くわけではなく、個人の裁量で来てくれるということだ。


「お願いできますか」


「はい。日程は改めてご連絡します」


「わかりました。よろしくお願いします」


 一拍あって、白石が言った。「施設、続いているんですね」。それだけだった。


 電話を切ってから、悟は短くメモを書いた。「白石氏・来週来訪予定。書類の件」。


 夜、施設の見回りをしながら、悟は少しだけ考えた。白石が「非公式で」と言った。わざわざそう断ったということは、来ること自体に何らかの判断が必要だったということだろう。職員として動けない部分を、個人の裁量でカバーしてくれている。押しつけがましくなく、ただ来てくれるという。それから最後の「続いているんですね」という一言。何の感情だったのかは判断しかねるが、悪い言葉ではなかった。


 まあ、助かりますよ。


 悟は電気を消しながら呟いた。


 翌朝も通常通りの世話から始まった。レグに布団を剥がされた。ガッシュの幼体が裏庭で草を食んでいた。ムクが棚の上から朝の目線を向けていた。リンがとまり木で羽を整えていた。クロマスライムが窓の朝日を受けて今日は青だった。


 悟は給餌の順番を組み直しながら、フリースを手に取った。


「まあ来てくれるなら助かる」

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