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元動物園の飼育員、ダンジョン産の魔物を引き取ってのんびり暮らす 〜ダンジョンが出現した世界の魔物保護施設経営〜  作者: ヲワ・おわり


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第14話 色が変わる魔物

久保田が来たのは昼前だった。いつものようにフラッとした感じで、片手に小さな布袋を提げている。


「悟さん、ちょっといいですか」


「どうぞ」


 悟はガッシュの幼体に補食用の草束を刻んでいた手を止めずに言った。久保田が袋を提げたまま施設の中に入ってきた。


「仲間から頼まれちゃって」


「何を」


「これです」


 久保田が袋の口を開けて、中から小瓶を取り出した。高さ十センチほどの、蓋付きのガラス瓶だ。中に何かが入っている。透明ではなく、うっすら青みがかった色に見えた。生き物の気配がある。


「スライムですか」


「クロマスライム、って言うらしいですよ。仲間が丘ダン十二層で拾ったんですけど、自分じゃ飼えないって。部屋が狭いのと、あと職場の近くに住んでるんで、何かあったときが怖いって言って」


「何かというのは」


「わかんないけど、スライムって滲み出てくるイメージじゃないですか。見た目も普通と違うし、ちょっと不安だって」


 悟は手を拭いてから、小瓶を受け取った。手の中で傾けると、中身がゆっくりと揺れた。スライム状の何かが、瓶の形に沿って動いている。色は青から緑にじわりと変わった。


「光に反応してるんですよ、って仲間も言ってました」


 久保田は一歩ぶんだけ距離を置いたまま、首を伸ばして覗き込んだ。近づくわけでも逃げるわけでもない、中途半端な距離だ。


「なんか綺麗ですね」


「普通ですよ、光感応型は。寄生型かどうかを確認してから判断しますが、見た目は問題なさそうです」


「そうなんですか」


「本で調べてみますけど、たぶん大丈夫です」


 悟は小瓶をカウンターに置いた。日が差し込む窓の近くに。瓶の中のスライムがゆっくりと黄色に変わり始めた。久保田がまた首を伸ばした。


「本当に変わる。面白いですね」


「草食ってるガッシュの幼体の方が面白くないですか」


「それはもう慣れました」と久保田は言ったが、スライムから目を離さなかった。


 しばらくして、久保田は「仕事あるんで」と言って手を振り、帰っていった。


 昼を過ぎてから、悟は棚から専門書を二冊取り出した。魔物図鑑の増補版と、ダンジョン産スライム類の生態についての薄い冊子だ。クロマスライムの項目を探して読む。


 光感応色素を持ち、外光の波長によって体色が変化する。寄生型ではなく独立個体として生存する。食性は魔素吸収型で、ダンジョン外でも一定期間の生存が可能。魔素の補充方法は記述がないが、ダンジョン産鉱石を近くに置くことで代替できるという報告があった。毒性記録なし。接触による感染なし。


「寄生型じゃない。普通のスライム扱いでいいですね」


 声に出しても、誰も聞いていない。久保田はもう帰っていた。


 レグが窓の外から戻ってきて、小瓶に気づいた。じりじりと近づいて、瓶の前で首を伸ばした。スライムが反応してオレンジ色に変わった。レグが驚いて一歩下がる。スライムが今度は赤になった。レグがまた近づく。色が変わる。また近づく。


「遊んでるんですか、あなたは」


 レグは振り返りもしなかった。ふるる、と鳴いて、また首を伸ばした。スライムが紫になった。レグが満足したように一度離れて、しかしまたすぐに戻ってきた。


 しばらくそれを見てから、悟は記録用のノートを開いた。「クロマスライム・一個体・久保田亮経由預かり・光感応型・寄生型でないことを確認」と書いた。毒性なし、の一行も加えた。


 夕方近く、施設の電話が鳴った。


「まもの預かり所、さとるです」


「突然失礼します。東洋技術大学の野島と申します。魔物行動学の研究をしているものです。クロマスライムをお預かりとのことで、ご連絡いたしました」


 落ち着いた声だが、少し早口だった。興奮が滲んでいる。


「どこで聞いたんですか」


「探索者のコミュニティで情報が流れていまして。施設名も出ていたものですから、直接ご連絡してしまいました。もしご迷惑でしたら申し訳ありません」


「迷惑ではないです」と悟は言った。「どういったご用件ですか」


「ぜひ観察させていただきたいんです。クロマスライムは光感応色素の組成が非常に特殊で、ダンジョン外での観察例がほとんどないんです。写真だけでも共有していただくことはできますか。研究資料として」


「写真だけでしたら対応が難しいです」


「……と、おっしゃいますと」


「写真は共有の判断基準が難しいので。実物を直接見てもらう分には問題ありません。施設に来ていただければ」


 また少しの間があった。


「ぜひ伺わせてください。いつ頃がよろしいでしょうか」


「今月中でしたらだいたい空いています。連絡してもらえれば対応します」


「ありがとうございます。後ほどメールでご連絡してもよろしいですか」


「はい」


 悟は電話番号を手帳に書き留めた。野島、東洋技術大学、魔物行動学。


 電話を切ってから、窓の外をしばらく見た。


 情報が出ている。探索者のコミュニティに、施設名まで含めて。久保田の仲間が話したのかもしれないし、以前から別の経路で流れていたのかもしれない。いずれにせよ、施設の存在を知っている人間が増えているということだ。


 悪いことではない。ただ、知られていく速度が自分の想定より早い可能性はある。


 まあ、慣れですよ。


 悟は手帳を閉じた。


 カウンターの上で、クロマスライムが夕日を受けて深い橙色に変わっていた。レグがまた瓶に近づいている。スライムが今度は赤になった。レグが鼻を寄せる。赤が濃くなる。「くぅ」とレグが小さく鳴いた。満足しているのか戸惑っているのか、判断がつかない。


 ふるる、とまた鳴いた。


 翌朝、悟が施設のポストを確認しに行くと、封書が一通入っていた。差出人のところに「東楠市ダンジョン管理局」とある。

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