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元動物園の飼育員、ダンジョン産の魔物を引き取ってのんびり暮らす 〜ダンジョンが出現した世界の魔物保護施設経営〜  作者: ヲワ・おわり


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第13話 段階的に、少しずつ

午後の二時ごろに松田が来た。


 久保田はいなかった。一人だった。施設の外の柵の前に立って、中を見ていた。悟が気づいたのは、ガッシュに夕方前の補給食を持っていこうとしたときだ。廊下から外を見ると、柵の外側に黒いジャージの男が見えた。


 悟はそのまま外に出た。


「こんにちは」


「あ、こんにちは」と松田が言った。「言ったとおり外から見てます」


「はい」


 それだけ言って、悟は補給食をガッシュの方へ持っていった。ガッシュが近づいてきた。ゆっくりとした足取りで、悟の手から葉を取って食べ始めた。


 松田が柵の外から黙ってそれを見ていた。


 施設の軒先でリンがとまり木に止まっていた。松田の方をちらりと見下ろして、それからすぐにそっぽを向いた。関心はないらしい。


 悟は特に何も言わなかった。松田の方も特に何も言わなかった。ガッシュが食べ終わって、のんびりと奥へ歩いていった。


 しばらくして、松田が声を出した。


「そのタコみたいなの、色が変わるんですね」


 ムクが水槽から出て、屋外スペースの端の岩の上に乗っていた。日当たりがいい場所を好むらしく、天気がいい日はたまにここに来る。今の体の色は薄いベージュだ。


「感情で変わるんですよ」と悟は言った。「今は落ち着いた色です」


「落ち着いてる色があるんですか」


「赤くなるときは興奮か警戒。黒くなるときは強い威嚇。今みたいなベージュが一番穏やかなときです」


 松田がムクをじっと見た。ムクは日を浴びながら動かない。触腕が岩の表面に広がっている。


「ちょっと面白いですね」と松田が言った。「色で気持ちがわかるの」


「便利ですよ」


 松田が少しだけ動いた。柵の前から、柵の開いている出入り口の方へ歩いた。開口部の手前で止まった。内側を見た。


 悟は何も言わなかった。


 松田が一歩、内側に踏み込んだ。それだけだった。さらに進まずに、その場に立ったまま岩の上のムクを見た。


 ムクが松田の方に触腕を向けた。


 松田が固まった。


 ムクが体色を変えた。ベージュから少し橙色に近い色に。が、赤にはならなかった。松田を観察しているらしく、触腕が微妙に動いた。一本が松田の方向に真っすぐ伸びた。


「……来ますか」


「どうですかね。気が向いたら来るかもしれません」


「気が向いたら、ってことはこっちには来ないかもしれないですか」


「そうですね」


 ムクがしばらくじっとしていた。松田も動かなかった。


 それから、ムクは触腕を引いた。体の向きを変えて、岩の反対側を向いた。太陽の向きに合わせた動きのように見えた。


「……行った」


 松田が低い声で息をついた。


 悟はうなずいた。


「威嚇しなかったですね」


「さっき松田さんが入ってきたとき、赤くなりませんでした。ちょっと興味があったんじゃないですかね」


「威嚇と興味って区別あるんですか」


「色が違います。赤から黒が威嚇。今みたいな橙が混じる感じは観察寄りだと思います。たぶん」


「たぶん、なんですか」


「まだ記録が少ないので」


「興味、か」


「飽きたんだと思います」


 松田が柵の内側から外を見るような位置に立った。ムクが岩の上で再び動かない。


 そこでレグが廊下の扉から出てきた。


 悟に気づいて近づいてきた。それから松田の方を見た。明らかに近づこうとする雰囲気があった。


「レグ、今日は控えて」


 レグが悟を見た。悟がもう一度「控えて」と言うと、レグはその場に座った。それ以上松田に近づかなかった。尻尾の先だけがかすかに動いていた。


 松田が「抑えられるんですね」と言った。


「たまにはちゃんと聞きます」


「たまにはって、聞かないこともあるんですか」


「ありますよ。普通に」


 松田がレグを遠目に見た。レグはじっとしているが、松田から視線を外さない。


「久保田さんって、ここに何回も来てるんですか」


「そうですね。数回は来てますよ」


「なんか慣れてる感じだった」と松田が言った。それから少し間を置いた。「あのタコ、また色変わりましたよ」


 ムクが岩の上でわずかに体色を変えていた。ベージュから、明るい橙が少し混じったような色になっている。夕方の光の具合もあるかもしれないが、いつもより少し温かみのある色だ。


「珍しい色ですね」と悟は言った。


「どういう気持ちなんですか」


「わかりません。記録にない色です」


 松田がムクを見たまま少し笑った。「わからないんすか」


「生き物なので、全部はわかりませんよ」


「なんか、それはそうですね」


 松田がもう一度ムクを見てから、出入り口の方へ戻った。


「今日はこのくらいにします」


「はい」


「また来てもいいですか」


「どうぞ」


 松田が帰っていった。レグが悟の横に来た。「ふるる」と鳴いた。


「抑えましたよ、今日は」


 レグは特に喜んでいるようでもなかった。ただ悟のそばを並んで歩いた。岩の上ではムクがまだ同じ体勢で日を浴びていた。あの橙色の混じった体色は、松田が帰ってからも少し続いていた。何を考えているのかは相変わらずわからないが、今日は落ち着いた時間だったのだろうと悟は思った。


 夕方になって、悟は事務室に入って記録ノートを開いた。今日の観察内容を書いていく。ムクの色変化、松田の来訪と行動の変化、レグの制止への反応。


 ページが埋まっていった。


 記録を書き終えて、悟はスマホを確認した。


 メールが一件来ていた。


 差出人は野島。野島は管理局ではなく、魔物関連の情報を集めている独立系の研究者で、以前に一度だけやりとりがあった。


 件名:確認したいことがあります。


 本文を開いた。


 「クロマスライムを預かっているという噂を聞きましたが、本当ですか」。


 悟はしばらくスマホを持ったまま動かなかった。


 クロマスライム。エコゾルスライムとは別の種だ。どこからその情報が出たのか、見当がつかない。

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