第1話 今日もいつもの朝
毎日
07:10 / 12:10 / 17:10 / 19:10 / 21:10
に5話投稿
70話で完結予定です
よろしくお願いします
朝七時。レグが悟の顔を舐めた。
「わかった、起きる」
布団を剥いで起き上がると、橙色の鱗に包まれた生き物がその場でくるりと一回転した。うれしい時にこれをやる。毎朝のことなので悟はもう慣れているが、鱗が布団に引っかかるたびに毛玉ができるのが少し悩みだった。
ウォームドレイク、通称ドレイク系の魔物。成体でも中型犬くらいの大きさしかないが、朝の挨拶だけは毎回全力だ。名前はレグ。施設に一番最初に来た住人で、今年で付き合いが二年半になる。
神崎悟、三十八歳。まもの預かり所「さとる」の経営者にして唯一の飼育員。
もともとは市営の動物園に勤めていた。爬虫類担当で十五年。廃園が決まったとき、転職という選択肢もあったが、それよりも「新しい形で生き物に関わる仕事」を選んだ。ダンジョン出現後の世の中、魔物の保護施設というのは誰もやっていなかった。
「レグ、順番」
声をかけると、レグは大人しく一歩引いた。
棚の上ではムクがこちらを見ている。テンタキュラスモールという小型のタコ型魔物で、つぶらな目が三つ横に並んでいる。吸盤で天井や壁を自在に動き回れる癖に、朝はこの棚の定位置から動かない。
「おはよう」
触手を一本だけ持ち上げた。挨拶なのかどうかはよくわからない。ただ悟がそう解釈することにしているので、それでいいと思っている。
洗顔と着替えを済ませ、悟は施設の裏庭へ出た。東楠市の十月はまだ肌寒さが中途半端で、フリース一枚でちょうどいい。
裏庭の一角、プレート状の突起をびっしり生やした猪型の魔物が、草を黙々と食んでいた。アームドボアのガッシュだ。全長一メートル二十センチほどある。六ヶ月前に第17号ダンジョン付近を彷徨っているところを引き取った。草食性で、見た目の武骨さとは裏腹に温和な性格をしている。
「今日も食べてるな」
ガッシュは顔を上げず、もしゃもしゃと草を続けた。
飼育室の奥では、リンがとまり木の上で羽を整えていた。半透明の羽がほんのりと光を帯びるフェアリーバード亜種。事故回収協力の際に引き取った経緯があり、施設のなかで一番空気を読む魔物だった。悟が近づくと、歌うような鳴き声で答えた。
「いい朝だな」
各魔物の給餌を終えたころ、スマートフォンが鳴った。
「神崎さん、久保田です。今いいですか」
探索者の久保田亮。二十七歳で、第17号ダンジョンを主に潜っているCランク探索者だ。縁あって施設の常連になって久しい。
「どうぞ」
「昨日の夜、仲間がドレイク系を一匹取り逃がしたって話なんですけど。今朝、施設の近くの路地で目撃されたって通報があって」
「場所は」
「北側の自販機の脇です。探索者が近づくと火花を飛ばすんで、誰も手が出せなくて。神崎さん呼んでいいですかって、仲間に言われたんですよね」
「行きます」
悟はリードと手袋を手に取り、施設を出た。
五分歩いた路地の奥に、それはいた。
ウォームドレイク。若い個体で、おそらく一歳にも満たない。鱗の色がまだ薄い橙で、体の細さからしても成体には程遠い。壁際に身を縮め、尻尾を地面に押しつけて固まっている。
「取り逃がしたって聞いてましたけど、怪我してますね」
後ろ足の付け根に打撲の痕があった。ダンジョン内で何かに衝突したか、倒されかけたか。
「触れますか」と久保田が後ろから訊いた。
「ちょっと待って」
悟はしゃがんだ。地面に近い目線のまま、動かない。三十秒。一分。相手の目が「敵か」から「なんだこいつ」に変わるのを待つ。体温計を出してさりげなく地面に置く。視線を外さず、急かさない。
やがてドレイクが口を閉じた。牙が引っ込んだ。
「よし」
ゆっくり手を伸ばした。手袋越しに喉元に触れると、体温の低さが伝わってきた。保温が要る。
「怯えてるだけですよ。攻撃性はそんなに高くない」
「怯えてるだけって……さっきまで火花飛ばしてたんですけど」
「それが怯えてる証拠です。体温も下がってる。早く動かした方がいい」
ドレイクは悟の腕に抱かれた瞬間、一度だけ強く暴れた。が、悟は動じなかった。固定したまま、喉元を一定のリズムで撫でる。押さえつけるのではなく、ただそこにいるだけという感じで。
五秒後、ドレイクは力を抜いた。
「……すごいですね、相変わらず」
「慣れですよ」
施設に戻って状態を確認した。骨に異常はなく、打撲と脱水と軽い体温低下。水分補給と保温環境の整備。それだけでよかった。
夕方になる頃、新入りのドレイクはケージから出て施設をうろうろし始めた。好奇心が戻ってきた証拠だ。しばらくしてリンのとまり木の前で立ち止まり、次にガッシュの前を通り、それからレグのそばに行って座った。
レグはわずかに目を細めた後、鼻先を軽く当てた。許可、ということだろう。
「古参に挨拶できたな」
悟はノートに今日の記録を書きながら、ふと思った。
名前、考えないとな。
その夜遅く、部屋に戻ると布団のなかに温かいものが潜り込んでいた。橙色の鱗だった。
ケージの扉を開けっぱなしにしていたか、と思ったが、まあいいか、とそのまま横になった。体温が低いなら暖かい方がいいし、慣れていない場所で一人で眠るよりはここの方がいいだろう。
隣でレグが「ふるる」と鼻を鳴らした。自分の場所に来るなよ、と言いたいのかもしれない。
それでも追い払いはしなかった。
名前は明日考えよう。悟はそう思いながら目を閉じた。




