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◆4 オーロラと熱狂の舞台

 青い企業区のドームを抜けてタクシーはそれまでよりも長く、肌寒さを覚えるトンネルに突入する。

 タクシーはどんどん並走する車体が増えていき、徒歩で歩く神話生物たちの姿も増えてきた。

 喧騒に湧くその姿は工場街の粗野なミ=ゴも企業区のキチンと凝り固まった印象のミ=ゴも互いに共通の趣味に親しく語り合い、目標を同じくするもの同士だということを思わせる。

 このトンネルを通過する全ての神話生物が、たった一つの試合を見るために、一つの場所へ集うのだ。


「あっ、ハンクさん見えましたよ!

あれが、冥王星最大の生体建築物ユゴス・リングです!」


「ほぁぁ……こりゃあ、凄えな!!」


 トンネルを抜けた先に見えたのはミ=ゴの地底都市から解放された暗黒にして極寒の地表だった、整理された石造りの大通りと真空の外気を透明なバイオフィルムで隔て、常夜の空をオーロラと発光粘菌胞子の光で照らされた虹色の巨大な生体トンネルの先に大きく仕切られたキノコ型ドームが聳え立っていた。


「あんな薄そうな壁で大丈夫なのか?」


「見た目に反してあのバイオフィルム、ガンマ線バーストでも破けないそうですよ?」


 冥王星の静寂なる真空にそのキノコ型のドームを晒すユゴス・リングは、ミ=ゴの生体科学技術のみならず深淵協和社やヴォイド=シンジケートなどの他星系魔術さえも織り込んだ守りを誇り、外部の絶対零度に近い冷気と内部の熱を完全に遮断する結界でもある。

 実際に、そのドーム外苑や大通りを守るバイオフィルムの内側は冥王星中のミ=ゴや神話生物たちの熱狂に湧き立ち、その熱量はむしろ暑苦しい。

 タクシーを降りるやタイヤとなっていた粘液上の生物も会場へ向かい、彼らを含めた大量の神話生物の波の中へヘレナはハンクの腕を引っ張り進む。


「早く、席埋まっちゃいますよ?」


「待てってうわベタベタする、ハロウィンのシブヤシティかよここは」


 人外の波をかき分けてヘレナは予約した席に手をつくと、客席に備え付けられたホロスクリーンを起動。望遠でリングの様子を見れるようにする仕組みだ。



『さてさてやって参りました第3990回冥王星ボクシングタイトルマッチ!極寒の系外準惑星で寒さに震えながら労働に従事してきた皆ァ、待ってたかなぁ!?

実況はわたくし工場街の天才児ヴェル=クンちゃんと』


『知恵の古き書庫より、星辰の深淵を越えて馳せ参じた古きもの、企業区の賢者エル=トスが、君らにこの放送を捧げん。

近年のユゴスにて沸き立つボクシングのブームとミ=ゴの熱狂は、年々テレパシー共鳴装置の輝度を高め、予測不能なる変数を生み出しておる……

これは、わが長き永劫の叡智を漁り尽くしても、かつて見たことなき現象なり。』


 ユゴス・リングの天蓋を満たし舞い散る発光粘菌胞子がスクリーンを投影し、そこにヴェルともう一人樽のような威容をもつ異形が蝕枝の肘らしき部分をデスクに突きながら映り込む。

 威厳を感じる言葉使いに尊大な知恵を感じさせるエルは快活なヴェルと対照的にも見えるが、ヴェルは物怖じることなくエルが揺らめかせる頭部の星型の器官を指さしながら言う。


『エルちゃん今日もご機嫌だねぇ、そんなにセンサー振って今日は何かのお祭り?』


『これは祈りの所作なり。

わが身もまた、地球の文明が呼び起こせしこの狂気に技術的興味を抑えきれぬのだよ

実に興味深い、宇宙の外苑にまします混沌と調和の神々もまたこの熱狂に祝福をもたらさんことを』


『『いあ!いあああ!!!』』


「HAHA,いいノリじゃねえか。アーメン!」


 エルの言葉とともに、会場の労働階級ミ=ゴ達が熱狂の声援とともに天を仰ぎ祈りをささげるようなしぐさをする。

 ヘレナは祈る神がいないのかとりあえず声を上げるのみだが、ハンクは熱狂と信仰が混在する異様なこの場の空気にアラバマ州での試合を思い起こし、地球の神に祈りを捧げる。

 会場の祈りを受けたモニター外の発光粘菌の輝度が増し、声援とともに黄土色と紫色に輝く波紋が撒きおこる。


『いあ、いあ!それでは今夜の熱狂を神々に捧げる暗黒の戦士たちをご紹介しましょう!

黒コーナーからはこのお方、深淵協和社より遣わされたダゴンの使途

パンチの方向を偏在性で切り替える次元旋回パンチの使い手、クタル=イゴン!』


 ヴェルが言うや全体がピンク色だったリングの片側が黒く発色を変え、その先の通路から蛸のような頭を持った筋骨隆々な男が飛び出してくる。

 彼こそがクタル=イゴン、ダゴンなる神の遣わした戦士なのだろう。

 観客に量の拳を合わせながら威嚇するように吠えるさまは猛獣という言葉のみで形容できるものではないが、彼自身もパフォーマンスというものをわきまえているのだろう。

 ミ=ゴの群衆に混ざる魚のような頭をした少年が手を振る姿を見つけるや否や、咆哮を止めて彼に手を振って返した。

 続いてエルが戦士の登場を続けて促す。


『白コーナーに来るは全身之叡智の結晶、ノイズ=コンツェルンの誇りしミ=ゴ屈指の戦士其の銘を冥王星史に刻みしチャンピオン、ヌガー・クトゥン!』


 エルの紹介によってリングの白く染まった側から現れたのは、銀色の甲殻の上に同色と青いラインをあしらったローブに身を包んだ人型のシルエットだった。

 しかし、そのスーツは人型ではなく分類でいえば甲殻類型。

 黒い遮光バイザーに覆われた頭部から複眼の鋭い視線がクタルを刺すように赤く光ると、ローブを脱ぎ去ってリングサイドに立つ女性人型スーツのミ=ゴに投げ渡しながら無駄のないフォームで駆け出し

 リングのロープを一足に飛び越え空中で一回転すると、カシュンと軽い音を立てて着地する。

 ヌガー・クトゥンは不気味な静寂を以て敵を威圧する戦士なのだ。

 両者の対面によって、会場は再び強い熱狂のテレパシーに包まれる。


「……へえ?」


 ハンクの肩が服の上からでもわかる程オレンジに輝く、一目見てハンクは理解したのだ。

 この二名の神話生物は、地球上のボクシングでは到底測りえないほどの『ボクサー』である事を。

 その認識は正気定義摩擦を超えて、その本質を捉えても耐えうるものであった。


挿絵(By みてみん)


『それでは両者、レフェリーの指示を受けていただきましょう』


 ヴェルの言葉とともに、三つの口吻をシルクハットをかぶった虫がクスクスと笑いながら飛来し、両者にルールの確認を促す。


『ルール遵守は絶対、脳幹破壊行為は原則禁止、拳と触手で語り合うように

では両者、混沌と秩序の神々に祈りを!!』


『いあ、いあ、くとるぅふたぐん……にゃる、しゅたん、にゃる、がしゃんな……いあ、おーじん』


『……』


 まず自らの祈る神、続いて審判の促す神々に対して順序を持ち唱えるクタルの祈りに反し、ヌガーは沈黙で静かに祈る。

 その静寂はその機械然とした見た目も相まって、初見のハンクにはまるで本物のロボットだったのかと疑いを抱いてしまうほどだったが……


『いや、あいつは……』


カーーーーーーーーン


「……っ、がぁっ!?」



 ゴングの音が鳴り響く、乾いた音とともに瞬間クタルの頭が90度回転した。

 ヌガーのパンチがゴングの瞬間から目にも留まらない速さでクタルの顎を貫いたからだ。

 よろめいたクタルは、倒れようとした体を踏みとどまらせて首を振り、テレパシーでの詠唱を始める。


『ぶるるっ!!いぐないい、いぐないい、つふるとぅくんがぁ……ふんっ!!』


 瞬間、右肩を大きく下げて放った高速高質量の拳が虹色の幻影をたたえて三つに分裂する!

 ヌガーは赤い瞳を瞬かせるとその拳の一つをあえて真正面からバイザーで受ける、すると他二つの拳は蜃気楼のように霧散した。

 会場に『Tentacle Storm! Igon Reigns!!』の声援とともに紫色の胞子が輝き舞い飛ぶ!!


『あーーーっと、決まったぁ!!クタル選手自慢の秘儀、次元旋回パンチだぁ!!』


『Hmgggg……相変わらず見事な神業としか言いようのない技である。魔術は試合において科学技術によるアプローチと異なる派手な物理干渉が利点となるが、半面儀式の手順と詠唱、星辰の位置さえも影響し一歩間違えれば術式の逆流が脳を破壊しかねない危険行為となる。当然ボクシングには向かない技術体系だが、クタル=イゴンはそれを努力と能力のみで一手に圧縮、己が必殺の拳へと昇華しておる』


 エルの解説の最中でも、二人は鋭いジャブを応酬しあい互いをけん制する。

 そのさなか、ヌガーの赤い瞳がチカチチチと高速で明滅しクタルの周囲を観測する!


『前方に魔術の予兆と思われる量子揺らぎを検知、発生確率準、ストレート、アッパー、左フック、三手の可能性分岐と予想』


 ヌガーのバイザーの中でサポート電脳が演算終了を宣言すると、彼はテレパシーをクタルに飛ばす。


『努力など関係ない、技術は……』


 言いかけたヌガーに電脳の予想した三つの拳が迫る、がしかし!!


『個人の努力を、凌駕するっ……!』


 ギュル、とクタルの目の前でヌガーが不自然に一回転し、ストレートの拳を回避する。

 すると他二つの拳は蜃気楼となって消え去り、クタルは驚愕の表情を浮かべる。


 ドドドッ ドゴッ!!と、クタルのボディに三発、頬に一発の拳がほぼ同時に入る。


「がぁっ……はっ……ぐぇ……」


 数秒、クタルは苦悶の表情のまま、息を吸い込むこともできずに硬直し……そのままリングに轟音とともに沈んでしまった。

 一瞬の静寂の後に、カンカンカンカンカンとゴングが乱打され、会場は青い胞子をまき散らしながら爆発的なテレパシーと肉声の歓声に包まれる!!


『Code Crush! Nugga's Edge!』


『Code Crush! Nugga's Edge!』


『Code Crush! Nugga's Edge!』


『き、輝度120%を突破!!信じられなぁい、一瞬でカタがついちゃったあ!?

何なんだ最後の乱打の威力はぁーーーー!?』


『視覚素子を会場に同期し、事の詳細を再現して進ぜよう』


 一瞬の勝負に理解が追い付かず困惑するヴェルに、エルが触腕の一つをデスクのソケットに差し込んでデータを共有する。

 すると会場の各モニターが、別の視点から二度目の次元旋回パンチを受けるヌガーの様子をスローモーションで再生する。

 ヌガーは迫るクタルの拳を前に前進、同時に彼の腹部がモゾりと動き出す。


『あっ……!!甲殻類なんだからサブアームついてんのか!!』



 しまった、と言わんばかりにヴェルが片目をパンと抑えて叫ぶ。

 そう、ヌガーの腹部には人型のシルエットを維持するためにクロスして収納してあるサブアームがあったのだ。

 それがインパクトの直前に先端を光らせてヌガーの前進を回転させる勢いをつけるように旋回。

 ヌガーの不自然な一回転と一瞬の連続ジャブはこれが原因であったとわかる。


『っそーぅ☆ これがわが社の誇る隠しツゥール仮想質量増幅サブアーム!に、装着者の霊的資質に関わらず高次元をも観測できる最新電脳カトヴレパスも搭載しておりまぁす

んこれさえあればぁ、まさに変幻自在の旋回性能と圧倒的攻撃力のフェイントを両立し

ンフィニッシュブロウと同時に高威力のジャブを叩きつけられぇーる

わが社ノイズコンツェルンの新規格甲殻スーツ、シリウス665Xは現在価格なんとたったの660CF、お近くのノイズコンツェルン直営店ゴーゴーミ=ゴにてアップグレード可能

お財布の心配の要らない機能限定版のシリウス665mも230CFでアップグレード可能!これであなたもぉわが社の技術理念のぉ~虜ぉ☆……実に素晴らしき技術であるな技術は』



 突然胡散臭い口調に豹変したエルに、硬直してそれを見ていたヴェル。

 最後の一言を不満げないつもの口調で言うと、エルは手元にあったカンペらしき紙切れをその辺に捨て去った。


『さっすがエルちゃん、読まされてる部分がわかりやすぅい……雇われもたいへんだねぇ?』



『召喚主は選ぶべし、我は学ばせていただいた。

しかし此度の試合もまた実に興味深かったのであるな。再び星辰が揃いしとき、次なる試合にて再びの狂乱の渦を共に観測しようぞ』


『実況は私ヴェル=クンちゃんとエル=トスちゃんでお送りいたしました〜次回の試合をお楽しみにねぇ〜?』




 試合が終わり、苦しそうに腹を押さえながらゆっくりと立ち上がるクタル。

 客席からリングサイドへ、涙目で駆け寄る半魚人の少年の頭を撫でて控え室へ戻る。

 クタルの背中に哀愁が漂うのを見送るハンクは、周囲で帰っていく観客を見る。


『良いなぁーシリウス665X、俺もCF貯めてアップグレードしようかななぁ』


『バカいえお前の稼ぎと散財癖じゃ貯めるまでにアザトースが起きちまうよ』


 宣伝されていたヌガーのスーツに興味を抱く労働階級の若者ミ=ゴ……


『うっ、うっ、クタルぅぅあいつだって頑張ってたんだ、ヌガーの野郎!!』


『お前が泣いてどうすんだよ、再起を待とう!我々のクタルはあんなことじゃへこたれねぇ……!!』


 クタルの健闘に涙する半魚人や蛸頭の異星人。

 そんな光景を開いていく客席から眺めながら、ハンクは肉声で呟く。


「……やっぱりよぉ、あんなもんはボクシングじゃねぇ」


「……っ」


 ヘレナはハンクが再起を拒否するのではと緊張の黄色を髪に浮かべるが、ハンクの肩は真紅に染まり輝いていた。

 しかしテレパシー共振装置による色よりも明白に、ハンクの顔に浮かんでいたのは失望でも怒りでもない。


……闘志であった。


「努力を凌駕する技術だとぉ?

面白え、蟹星人……そのベルト、蟹鋏で剥ぎ取ってやる!!」


「……!!それじゃあ!」


 歓喜に髪をピンクに染めたヘレナの問いに、ハンクは「応!」と拳を打ち鳴らし応える。


「俺は出場するぜ、トレーニングでも肉体改造でもなんでも受けてやるよ!

あ、でも肩以上はやめろよあいつみてぇな全身メカ人間にはなりたくねえからな?」


 勇ましく言っておいて即怯えるハンクに、ヘレナは喜びの涙を拭いながら笑っていう。


「そんなことする気も予算もありませんよ、あなたの肩それでも我が社の最高級品なんですよ?」


「……あぁ?」『てけり、り!』


 ヘレナの言葉を受けて、ハンクは嫌な予感に顔を顰める。

 同時にハンクは『自分の肩が』奇妙な声で鳴くのを確かに聞いた。


「あなたの肩に埋め込まれた生体パーツはショゴス製生体補助OS搭載義肢アルタイルです、これから相棒としてよろしく!ですって」


 まるで顎に鋭いフックを喰らったかのように、ハンクの脳は狂気に揺らされた。


「…………あーーーーーーーーーーーー。」


「は、ハンクさーーーん!?」


 肩にいつの間にか化け物を埋め込まれていた、そのショックは折角闘志に燃え上がっていたハンクの正気を折り曲げる。

 正気をノックアウトされたハンクは唸るようにして涎を垂らしながらリングサイドの観客席に沈んだのだった。


次回:シャワーシーンからトレーニングまで

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