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冥王星のリング  作者: EMM
2/12

◆1 『異界』の目覚め


「……ッは」


 死んでいた体が息を吹き返した瞬間かのように目を覚ます。

 その比喩が間違っていないかのように、ハンクの意識は断絶による虚無を味わっていた。

 息は荒く酸素を取り込み、脳に必死に巡らせるように血流が激しく、鼓動の音がうるさい。

 ハンクが見渡す周りは真っ黒に輝く黒曜石のような質感の壁、ハンクはその中央に立てられた手術台のような机の上に寝かされていた。

 部屋の端から天井に伝い生えるキノコのようなものが放つ淡いオレンジの光がハンクの視界をかろうじて保っていた。

 するとその菌糸がスルスルと白い新たなラインを生やし、これも光り始めたことで部屋を満たす明かりを増す。

 自然に光量が増えたことでハンクはこれが一種の照明装置だと気づいた。


『いや、生え伸びる照明なんて何だよ、聞いたこともねぇ……』


 ハンクが一人自分の思考に反論していると、チラリとハンクの視界の端—―右肩のあたりに緑色の光が見えた。

 いや、右肩そのものが僅かに緑色の光を明滅させ、それはすぐに黄色い光に代わる。


「あ?何だこれ、俺の肩が電飾にでもなっちまったって……あ?」


 ハンクは光る肩に、それだけではない違和感を感じぐるりと肩を回してみる。


「痛く……ねぇ?」


 ハンクがそういった瞬間だった、黒曜石の壁にドアほどの大きさの四角い亀裂が走り

プシウ、と気圧の変化を表す風の音を鳴らしながら開く。

 それは明らかに自然の現象や見た目通りの石造りの文明の産物ではなく、もっと近代的な文明人の産物に見えた。

 扉の向こうに感じる気配にハンクは身構え、怒気を込めて威嚇する。


「何者だてめぇ、人を攫ってクリスマスツリーにでも飾ろうって、の、か?」


 その先からのそりと身を乗り出した存在を視認した瞬間、ハンクは驚愕に全身を硬直させ威嚇の声も途切れてしまった。

 何故なら、その姿があまりにも……


「っば、化け物……うぉあああっ!?」


 その存在を化け物と形容することを誰が咎められようか。

 ドアから入ってきた存在に、全うな生き物の頭部といえるものは存在せず、甲殻類のような体の胴体からそれに代わるように延びる複数のそれは先端をゼンマイのように渦巻にくねらせてかろうじて頭のシルエットを形作っているにすぎず、目鼻口の類は存在しない。

 その姿はそれだけで、地球上のいかなる動植物とも共通の要素も何もない醜悪な異界の生命であることを明らかに示していた。



『落ち着いて、ハンク・グリフィン。私はあなたの敵では――』


「うわ、うわ、うわ、喋るな化け物!! ここは地獄か畜生、短い余生だったなぁおい!ひいいぃぃっ」


 化け物は頭部らしき器官の先端に青い光を灯しながら、ハンクの脳内に直接発音するような奇妙な交信手段によって声らしきものを発する。

 ハンクは余計に混乱した。目の前の化け物は知性まで持つのか、この声らしきものはなんだ、自分の頭の中に直接響くのはなんだ、自分がおかしくなったのか—―化け物に対する疑問がすべて言葉にならない悲鳴となり、ハンクは半狂乱で手術台からずり落ちて化け物の反対側の壁によりかかる。

 するとその壁もまた同じように亀裂が走り扉を形成して開く、そこから現れたのはハンクの身の丈を超える巨体であり、それは白い体毛に身を包んだ類人猿のような怪物であった。


「……おうまいがっ……」


 反射的にハンクの口が神に祈る言葉を口にするが、そのニュアンスはむしろ絶望そのものだ。

 それはテレビのUMA特集で見たイエティのようであり、しかしその顔はハンクに向けられると口を開いた。


「こら、ヘレナ!! そのスーツのままで地球人を起こすなっつったろ!!

その甲殻類型スーツは地球の生物しか知らん知的生命体には刺激が強すぎる、正気定義摩擦で発狂しちまうぞ!!」


 イエティが、まるで頑固な老人のごとき権幕を浮かべて化け物に怒鳴る。

 イエティの言うように、ハンクの脳は目の前の現実を受け入れられずに、もはや悲鳴を上げることすらできないほどに疲弊しきっていた。


「かっ……神様っ……これは、何の冗談だ……ひひ、ひ」


 ハンクはもはやそれまで築き上げてきた常識が崩れ落ち、足元が空洞になったような感覚にまで苛まれていた。

 目には涙を浮かべ、鍛え上げた筋肉は委縮し、壁にしなだれかかったハンクは空虚な笑い声をあげることしかできなくなっていた。

 そんな状態のハンクを目のない顔で見て、化け物は慌てたように頭を下げると自分が入ってきた扉の向こうに隠れる。


『ごっ、ごめんなさいっ!!今着替えるから……きゃあ!』


 化け物は扉の向こうから頭に響く声で言うが、その悲鳴とともにガシャンという衝撃音が扉の向こうで響く。

 おそらくは何かに躓いたのだろう。はたから見ていれば化け物が相当慌てていることが予想できるが、ハンクは疲弊した頭でその向こうで何が起こっているのかという想像を全力で拒否することしかできない。


「……な、何だよ。何だってんだ……よ?」


 数秒の沈黙の後、化け物が消えた扉から現れたものを見てハンクの視線はくぎ付けになった。

 崩れ落ちた感覚だった足元が、急激に戻ってくるように感じた。


『ど、どうでしょうか?』


 それは、恥じらいをたたえた少女のような声を相変わらずハンクの脳内に響かせる。

 細い体に存在を主張する女性的なふくらみをもったシルエット、素肌の上にピッチリとした白磁色の光沢をもった機械的スーツを纏った格好

 肩まで届く長い髪は人間のそれとは違った不思議な質感だが、その色は青から黄色、そして赤へと変わり、不思議なくらい直感的にその色が彼女の感情を表しているものだという理解ができる。


『わ……私の姿、地球人に見えますか?』


 その言動から、その美少女が先の化け物と文脈的に理解できてしまう。

 しかしハンクの理性は急激に復活し、その事実を認めてしまっても尚目の前の少女は美しいとそう感じてしまう。

 化け物としても、この格好には不慣れなのだろう。

 人間のそれと変わらない顔を朱に染めて、モジモジと気恥ずかしそうに女性的シルエットそのままの体をよじらせる美少女=化け物の姿は

 正直に言ってしまえば、ハンクの好みに直撃していた。


挿絵(By みてみん)


「どうでぇ、ワシの設計した人間型バイオスーツは美しいだろう」


「うわっ」


 化け物に見とれていたハンクは、豊かな白い顎髭に手を当てて感慨深そうに声をかけるイエティに驚くが

確かに彼は不思議なほど落ち着きを取り戻していたのだった。



『お、お話を聞いて……貰えますか?』


 金の瞳を羞恥に潤ませて尋ねる化け物にハンクはうぐ、と言葉に詰まるが……返答する。


「とりあえず、その頭に直接響く声どうにかしてくんねえか?あと、トイレって地獄にもある?」





「そ、粗茶ですが……」


 人型になった化け物が、黒曜石らしきテーブルの上に鉛色の液体の満たされたグラスを置く。

 グラスは「てけり・り」と鳴き声を上げながら、側面から一つだけ浮かび上がる泡のように眼球を生成しそれがハンクを「早く飲め」と言わんばかりに威圧してるように見えてしまい、ハンクは湧き上がる吐き気をなんとか抑えて目を逸らす。


 最初に目覚めた部屋からは別の部屋に移されたが、ハンクから見れば移動した意味がわからないほど変わり映えしない光景だった。


『何だよこの窓のない黒曜石じみた部屋はよぉ、色が白けれりゃ精神病棟じゃねぇか

 部屋の配置は中央に3人が周りに座って丁度いいテーブルと椅子。面談室に見えなくもねぇが……』


 と、そこまで現状を考え直していたハンクは自分の逃避しがちな思考に思わず


『3人?馬鹿言え、人間は俺一人だろうが

さっきは真逆の衝撃で持ち直したが、あの姉ちゃんの本質は化け物だし……このイエティは何だよ怖えよなんか喋れよ!』


「応、自己紹介がまだだったな

ワシはアルバート=ウィル、そこのヘレナと同じミ=ゴっつう……あんたから言わしてみれば宇宙人ってやつだな」


 ハンクが心の中で呟いたことにそのまま答えたイエティことアルバートに、ハンクの肩がビクリと震えて右肩が黄色に輝く。


「へ、へええ宇宙人と来たか。宇宙じゃこんなシンプルすぎる装飾が流行ってんの?」


『心読めんのかよ!!やばいやばいナム=ミョー=ホーレンゲキョー……何だっけ?』


 心の中でかつて日本での試合時に寺観光した際に聞き齧ったお経を唱え始めるハンクを制止するようにヘレナが口を開き、ぎこちない様子で喋り始める。


「お、落ち着いてください……それは私たちが心が読めるのではなく、あなたの肩の修復ついでに追加したテレパシーの送受信装置が起動しているんです

私たち本来のコミュニケーション、母国語のようなものはテレパシーなので

不快でしたら、あとで止める方法をお教えします」



 肩の修復。


 ヘレナがさりげなく発したその言葉に、それまで怯えを隠せないでいたハンクの表情が引き締まり、右肩の黄色い輝きがオレンジ、赤へと変わる。

 その様子にアルバートは太く長い腕をハンクとヘレナの間にヌッと挟む。

 瞬間、ハンクはヘレナに掴み掛かろうとしていたがアルバートに止められようと逆にその毛並みの一房を乱暴に掴み、その腕を下げてヘレナを睨みつけていた。


「……っ!?」


 ヘレナはアルバートに遅れてハンクの右肩の赤い輝きに気づくが、それよりもまずハンクの発する威圧に押され、身をすくませるように後ずさる。


「ありがとう、とでも言わせてえのかお前らは?

事後承諾って言われてもノーセンキューだゼンマイ星人、お前らにはわからねえかもしれねえがこの肩は……」


「ジャック・ハリソンとの繋がりでもあったんだろ?」


 アルバートの言葉に、ハンクの睨みはヘレナからアルバートへ移る。

 アルバートは腕を掴むハンクを振り解くと、ゆっくりと椅子から立ち上がってハンクに向き直り両手を地に突いて床に腰を下ろし、頭を下げた。


「あんたの肩を治したのはヘレナだが、コイツの腕を見込んだワシの指示だ

ヘレナは知らねえでやった、どうか許してやってくれ」


「あ、アルバート……!」


 ヘレナへの許しを乞うアルバートに、彼のいうように困惑を見せるヘレナ。

 だが彼女はアルバートと同じようにハンクに土下座する。


「わ、私も肩のことに関して詳しいことは知りませんでした……でも、事は急を要するんです!

ハンク・グリフィン様、地球の英雄チャンプ!」


「な、何なんだよ一体?」


 理解を超えた技術力を持ち、地球人の誇りを嘲笑うかの如き所業を行った二人の宇宙人の突然の土下座に、ハンクは戸惑い赤く光る肩が黄色く変わる。


「私たちトライスクラップ社の命運をかけて、再び……この冥王星のボクシングで魂を燃やしてください!!」


 ヘレナの言葉と共に、黒曜石で埋め尽くされた壁の一部がガラスのように透き通り、外界の熱狂的な声が壁を貫通して聞こえてくるようになる。


 この部屋とは規模の違う黒い居壁に囲まれた大都市ひとつ分の閉鎖空間に立ち並ぶ黒曜石の建物の数々、街灯のように伸びる光るキノコらしきものにオレンジに照らされた異界の街並み。


 街を囲うドーム状の壁には四角く切り取るような光源不明のモニターが浮かび、そこにはハンクのよく知るボクシングと思しきリングに異形の生命体らが覇を競って争うかの如く触手や剛腕を振るう様が映し出されていた。


 気が狂うかと思った、常識が悲鳴を上げた、足元が再びグラグラと揺らめいた。

 しかしこの熱には見覚えがあった、発光キノコから巻き上がる粉が更に光り輝く視覚的情景には見た覚えはないはずの既視感があった。

 外から響く、画面内の怪物共に充てられたそれであろう未知の言語の声援は、それでもその熱狂が、魂の震えが、狂乱が、何を意味しているかをハンクは魂で理解できてしまった!


「ボクシング……だと?」


 ハンクの胸の鼓動がその時、確かに再び熱を取り戻した。


次回:デート開始

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