第一章:海の記憶
海の音で目が覚めた。
波が引くたびに、記憶も少しずつ削れていく。そういう感覚だった。
思考がうまくまとまらない。指の間の砂の質感だけが異常にリアルだ。だから、俺は思った。
──また夢か。
でも、もしこれが夢じゃなかったら?
そのとき俺は……どこにいる?
頭を持ち上げると、遠くに砦のような建物が見えた。異国の城。鉄と石の混合物のような色をしていた。
兵士のような男たちが俺を引きずっていく。彼らの手の感触も本物のように硬かった。
俺はすでにポケットの中を探っていた。
あった。独楽。
だが、ここで回してはならない。
「現実か夢か」を確かめることが、必ずしも幸せにつながるとは限らない。
だから俺は、何も言わずに連れていかれるままになった
【面会】
部屋の奥には老人が座っていた。年老いた日本人。サイトー。
この顔を、俺は知っていた。
だが彼がこの姿をしていたことは、なかったはずだ。つまり、これは――
「久しいな、コブ」
懐かしさと、なにか説明のつかない恐怖が混ざる声だった。
「夢を見ているのかもしれないと思ったことは?」
俺は頷いた。何度もだ。
現実を信じたくて、でも何度も壊された。
夢の中で死ぬときの方が、ずっと現実味がある日もあった。
「これはどれくらい深い夢だ?」
俺は問う。問いながら、何を恐れているのか自分でもわからなくなる。
現実を疑うこと自体が、今や常態になっていた。
だが――次の波が打ち寄せるとき、思考はふたたび暗闇に沈んだ