おもちゃの剣4/銅の剣4
「スイ、そう強張るでない。筋肉を弛緩せよ。」
迫りくる四足の剣士を前に、王敬はそう言った。
「あわわ」
「朕に全てを預けてみせよ。」
「う、うん」
スイは「ひゅっ」と言って口から空気を抜いた。金属の蔓で肉体を支えられていなければ、液体のように地面に崩れていただろう。力が抜けた。──瞬間。
「わあっ」
何かに引っ張られるようにして、スイの身体は三千代の前へ躍り出た。スイの体中に張り巡らされた王敬の緑青が生物的に脈を打つ。外付けの神経であり、血管であり、筋肉であり、骨である。スイの肉体は、土曜の電車の時のように、また昨日の鐘楼の時のように、王敬によって操作された。
いつの間にかすぐそこまで迫っていた、牙で作られた剣──獣笛の剣の刃を、銅剣が受け止める。スイの身体は右膝を突いて屈んでいた。地面に突き刺すように縦に立てた銅の剣の青い刃に、地面と平行に走る獣笛の剣の白い刃がかち合った。二つの剣は十字を描いた。
スイの右腕に這う緑青の蔓がドクンと流動する。腕は前方に半円を描き、銅剣は獣笛の剣とその剣士を吹き飛ばした。
「スイ。どうだ? 動いてみたが。そなたは平気か?」
鐘楼での戦いの後、スイの体表には赤い紋が現れた。全身を縄で縛ったような感じだ。すぐに消えたが、三千代は心配し、そのことで王敬を少し咎めた。そして王敬は今後、スイの身体を無理に動かさないことを誓わされたのだった。
「平気。ありが──」
スイが礼を言い終えるよりも前に、二撃目が飛んできた。王敬も、対応するためにスイの身体を動かす。剣と剣は何度もぶつかり、火花を生んだ。
獣笛の剣は何度か、三千代の方にも向けられた。三千代の武器──ドンキはおもちゃであり、プラスチック製の鍔で敵の剣を受け止めることはできない。そのため三千代は回避に徹した。機を窺い攻撃に転じようとしたが、剣同士の決闘の勝利条件を満たす箇所にドンキを当てることは難しかった。すなわち、顔面、喉、腹、手である。
獣笛の剣は、剣士の口に咥えられている。顔面にドンキを当てようとして迫り合いになれば、おもちゃに過ぎぬこちらが負けるに決まっている。同様の理由で喉を狙うのもリスクが高いし、そもそも不殺のもと戦うことになっている三千代に、相手の喉を狙うという、相手を傷つけかねない選択肢はなかった。剣士が獣のように四足で動くものだから、地面に密着している手と腹を狙うことも難易度が高い。
獣──野生動物を相手に戦う難しさ。当然だ。剣道では人間としか戦わないのだから。
「くうっ」
三千代が頭を下げる。頭上を、高く跳躍した獣が通過していった。獣はそのまま、左後ろで構えていたスイと王敬へと突っ込んでゆく。
「(避ける一方っていうのはなかなか厳しい……。でも、少なくともスイの方は安心かな。オーケーが別世界ではとても強い剣だったってのは、本当らしい)」
王敬が“別世界”の世界観を紹介するときに何度も言っていた、“名剣”。その強さは本物らしい。王敬の緑青を使った戦いは非常に安定しており、スイにはかすり傷の一つさえ付く気配がない。今も、踊るような動きで獣笛の剣を受け流し、獣のような剣士を転ばせた。
だん、と地面を強く蹴って獣笛の剣士は体勢を直す。
ひゅーーう、うろろろろ。
笛の音が乱れている。見ると、獣笛の剣士の肩が上下している。息が切れてきたようだ。
「む。敵方にいささか疲弊の色が見える。この機を逃さず、攻めるぞ。三千代、スイ殿、王敬殿。」
「そうだね──」
三千代がドンキの切っ先を上へ向け、構える。すると、それを見てか、獣笛の剣士は建物の壁へ向かって走り出した。二度後ろの足が地面に着く頃には、獣は壁に前足を引っ掛けていた。この場所に大きな影を落とす、高い高い建物だ。獣は空を見上げながら、壁を蹴って駆け上る。やはり動物の中でも特にネコ科の動物のように見える。
「朕が征こう。」
王敬はそう言って、壁の方に歩み寄った。既に獣笛の剣士は建物の頂点、屋上からこちらを見下ろしている。また、登場時のような、落下を使った攻撃をする気だろうか。考えに結論を出すよりも先に、王敬を握りしめたスイの身体は壁に到達した。
スイは何も喋らない。王敬とテレパシーで繋がっているのだから、王敬のやろうとしていることも分かっているのだろう。三千代も見守ることにした。
スイは剣を握っていない方の手──左手を振って壁を叩いた。ビンタしたような形だ。すると、彼女の緑青を纏った手の触れた箇所から、蜘蛛の巣のように緑青が拡がった。生きているような動きだが、生物と異なるのはその展開の速さである。物理現象のような、化学反応のような速度で、緑青の網は広がった。あっという間に壁一面を覆う。
「すごっ。」三千代が声を上げる。「よく私が勝てたよ……」
「鐘楼では、スイの意思と身体が朕の緑青を拒んだからの。十二分に存分に力を発揮することが出来ずにおったのだ。それを抜きにしても、三千代殿と慟哭殿は強いがの。」
スイは跳躍した。スポーツ万能の三千代にも劣らぬ、高いジャンプだった。そのままスイは、青い蜘蛛の巣の張った壁にくっ付いた。ゴムでできた人形のようにくっ付いた後、壁の上で立ってみせた。スイは、壁と垂直に立っていた。長い黒髪だけが重力に従って、真下を向いていた。
「おお……」
そして、そのまま走り出した。
「三千代よ!」ドンキが叫ぶ。「小生らも追うぞ! あちらに螺旋を描く階段が見える!」
ドンキは「あちら」と言うが、それだけでは分からないので三千代はきょろきょろあたりを見渡す。
「あれか……!」
下にいては落下攻撃の餌食になってしまうだろう。三千代も、獣笛の剣士とスイに続き、建物の上を目指すことにした。
三千代は飛ぶような速さで階段を駆け上った。
「ごめんなさい!」
屋上へ続く、格子で出来た扉を蹴とばす。がいぃぃん。ものすごい音がした。
「これ、ホントに半径10メートルより向こうに漏れてないんだよね……?」
「知らぬ。」
屋上では、獣笛の剣と王敬が鍔迫り合いをしていた。
「スイ! 大丈夫!?」
獣笛の剣士は立って、力強くスイの両肩を抑えていた。しかしスイは全身緑青の鎧で覆われている。爪が食い込んだりはしないだろう。
「私は全然平気。今、獣笛の剣士さんを抑え込んでるから、今のうちに……!」
「分かった!」
三千代はスイのもとへ駆け寄った。
よく見ると、獣笛の剣士の服に、青い蔓が走っている。王敬の緑青はこの世界の人間の肉体に絡めるには時間がかかるが、それ以外には容易く浸食することができる。獣笛の剣士の纏っていた白い制服は、今や青銅でできた甲冑のようだった。
「バームクーヘンが如く銅錆を塗り重ねてやる。どうである、重かろう。」
ひゅーう、うろう、うろう。
「失礼します……」
三千代は、スイの肩の上に乗っている、獣のような筋の走った手の甲にそっとドンキを当てた。
ひゅうるっ。
最後に間の抜けた音を出しながら、牙でできた剣が剣士の口から落ちた。からん、からんと音を立てて地面で踊り、それも次第に静かになってゆく。
剣士の方も魂が抜けたように、膝から屋上の床に崩れた。そのまま顔面から前へ倒れそうになるのを、三千代が咄嗟に助ける。ドンキを放り捨て、空いた両手で抱き支えた。
「ふう。なんとか……勝てたのかな?」
三千代はスイの方を見た。
「みたいだね」
スイの身体に複雑に絡みついていた緑青の蔓がしゅるしゅると手の方へ縮んでゆく。そして王敬の柄の部分に完全に吸収されてしまった。
「今更だが、此の剣の力が分かった。」王敬が言った。
王敬の声は、接触していなければ人間には聞こえない。かれの声を代弁するためにスイは口を開いた。
「その剣──獣笛の剣の、力が分かったよ。」
三千代は目を右上の宙に向ける。
「んん? 音のドームを作ることと、剣士を獣のようにする、の2つじゃないの?」
「いや。そうなんだけど、2つ目……獣のようにするって方。」スイが、王敬の発言を補足するように話す。「それはどういうことか。獣のようになるっていうのは、何も身体能力の話だけじゃなかったんだよ」
「それはどういう……」
三千代は、腕に抱えている女子高生らしき人間を見た。口元から血が垂れている。覗き込むと、歯茎が血にまみれていた。恐らく獣笛の剣を、ものすごい力で咬んでいたためだ。
スイが、三千代の腕のあたりを見る。
「獣のようになるっていうのは、人間らしい高度な思考能力が奪われるってことじゃなかった。確かにそこのお姉さんの立ち振る舞いは、四足歩行をしたり、動物的だったけど。さっき獣笛の剣とオーケーが鍔で迫って膠着していたとき……その人の思考が流れ込んできた」
剣と人間の間に開通するテレパシー。女子高生の思考は、獣笛の剣と王敬を伝って、スイの中へ流れたのだった。
「どうだったの?」
「うん……。恐怖の一色だったよ。その人の頭の中。」スイはゆっくりと話す。「心の中で“コワイ”としか言ってなかった。……私らを倒すためにここにやって来たんじゃない。何か“コワイ”ものから逃げてきたんだ。逃亡のための線の上に、たまたま、私たちがいた」
獣笛の剣は、屋上の床に横たわったままだ。王敬とは違って、ひとりでに動くような剣ではないらしい。
屋上にはカラスの鳴き声がよく聞こえてきた。向こうからは行き交う車の音もする。海の方からは風の吹く音がする。獣笛の剣の一つ目の力──音のドームは、戦いが終わったその刻から、つまり、とっくに、消えている。
「音のドームと、もう一つ。」スイは言う。「獣笛の剣の力……それは、剣士を獣にすること。特に、感情の増幅だよ。動物は一度恐怖すると、逃げることしか考えない。」
「だから、私たちとかち合った時、ずっとこっちの様子を窺ってたのか。何かから、逃げてくる途中だったから」
「そういうことだと思う。」スイが頷く。
「この人が怖がってたのって……」
三千代の肩に、スイが手を乗せた。
「はい。これ。ドンキ」
「ありがとう」
スイから差し出されたドンキを、右の脇に挟む。
「もがふご。」ドンキの声はくぐもった。
「剣士の恐怖するもの。」王敬の声が、スイと触れていることで三千代にも聞こえるようになる。「より強い剣と剣士であろうなあ。」
「強い剣……“名剣”?」
スイは、もう一度頷く。
「“名剣”かどうかは分からないけれど。強い剣から逃げてきた可能性は高いだろうね。私とオーケーはそう考える。私らは、直接そのお姉さんの思考を見たからねー」
「(おい。目を覚ましたようだぞ。)」
ドンキが言った。
「え? ……あ!」
三千代の腕の中で、確かに彼女が目を覚ましていた。獣笛の剣士だった彼女が。
三千代の顔を確認し、彼女は身体を強張らせた。目を大きく見開き、叫ぶ。
「ガァァーーッ!」
「うわぁっ!」
三千代は驚いたが、腕の力は緩めなかった。腕の中の彼女に、まだ獣の性質が残っていることは明らかだった。暴れないようにぎゅっと強く抱きしめる。しかし、恐怖で混乱している獣への対応がこれでいいのかは分からない。
「どっ、どうしよう」
三千代はスイの方を見るが、ふるふると首を横に振るばかりだ。スイもまた突然のことに混乱してしまっていた。
獣笛の剣による音のドームは、既に消えている。このまま哮声を響かせ続ければ、人が集まってくるかもしれない。
幸い三千代の方が力があったので、暴れる彼女を抑え込む分にはなんとかなっていたが、その取っ組み合いのせいで三千代の脇からドンキが落ちてしまった。
「小生に任せい。」
ドンキはそう言い、
────
音楽を流し始めた。
「な……に、これ?」スイが顔を下に向けて尋ねる。
「ネコ科の獣が心安らぐ調べにてある。これを聴かせれば、その猛き虎も、いくぶんかは鎮まろう。」
「あ、ほんとだ。」三千代は身体の力を緩めて、そう言った。
見ると、腕の中で獣は段々と静かになっている。
「助かったよ、ドンキ。」三千代は笑顔を見せる。「なんかドンキって、動物を手なずけるのは上手いなあ」
「ふ。良い侍は、獣に好かれるものよ。」
「お姉さん。落ち着いてきましたか?」
スイが話しかける。
王敬は板状にして服の中に隠した。この状況で剣を見せたら、また彼女が怖がるかもしれないと考えたのだ。
「ここ、どこ……」
「建物の名前は知りませんけど、高い建物の屋上です。」今度は三千代が答える。
「なんで私、こんなとこに」
スイと三千代は顔を見合わせて、頷いた。三千代はゆっくりと、彼女を支えていた手から力を抜く。
「手、離しますね。ここで何があったか、説明します」
三千代の説明を聞き終え、女子高生は震える手で口元を隠した。
「そんな……」
三千代は、彼女が何かから逃げてここへ来たこと、パニック状態にあった彼女が自分たちと戦ったこと、そして三千代たちが勝つことで彼女を無力化したことを説明した。なぜ剣の勝負で、傷つけられたわけでもないのに負けた方が無力化するのか……これについても、別世界という世界観と、そこからこの世界に送られてきた剣というもについて軽く説明した。
説明する必要があった。
そう。彼女は、獣笛の剣から、別世界のことや剣のことについて、何も聞かされていなかったのだ。
スイがぽりぽりと頬をかく。
「信じられないと思いますけど」
「ううん。嫌でも信じるわ。だって、」
女子高生は、床に落ちている、穴ぼこまみれの奇妙な形をした、白い剣を見た。笛のようなそれは、動物の牙のようであり、やはり何よりも剣であった。柄の部分には、血が付着している。彼女がそこを強く噛んでいたために付いたものだった。
「まあ、そうですよねー。あるんですもんね、そこに実物が」
「ええ。それに、話を聞いたところあなたも持っているんでしょう?」
「私のは王敬っていう、銅の剣ですねー」
スイは腰のあたりに意識をやった。金属板の冷たさを感じる。服のウエストの部分に王敬を挿しているのだ。
「おうけー?」
「王敬。剣の名前です」
「名前があるのね、剣って」
女子高生は向こうの床を見た。獣笛の剣がいる。
「あれにも、名前があるのかしら」
「いや、多分無い、ですねー。名前を持っているのは、別世界の剣の中でも“名剣”と呼ばれる、特に強い、ごく一部の剣に限られてるっぽいです」
「うぬ。」
王敬が満足そうに言った。スイにしか触れていないため、当然声はスイにしか伝わっていない。
女子高生は三千代の方を見る。
「それじゃ、あなたの持っているそのオモチャみたいな剣──ええと、ドンキ?──も、“名剣”ってやつなのかしら」
「小生をドンキと呼ぶ輩が多くなってきたことよ。ああ、不愉快! よいか、今一度申す。小生の名は慟哭風纏。風を纏い義の為に哭く、正義の剣なり。」
「ドーコクフーテンって、なんか語感がドンキホーテに似てるから……。それに、ドンキに売ってそうな、オモチャだし。」
そう言って、ぴん、とドンキの刃を指で弾いた。
「ええい、三千代、やめい。」
それから、三千代は手をぱたぱたと振る。握られているドンキも一緒に揺れた。
「あっ、コレは“名剣”でもなんでもないですよ。コレはただのこの世界のおもちゃです。刃がビニールでできてるから、剣の勝負で相手を傷つけずに済むかなって思って、使ってます」
「だから、私はその剣の勝負とやらに負けたのに、傷一つついてないのね」
女子高生はそう言った後、頭を下げた。
「私に剣を向けられて……きっと二人とも危険だったはずなのに……私の暴走を、私を傷つけることなく止めてくれてありがとう」
三千代はぱたぱたと両手を振って、彼女に顔を上げるよう促す。
「そんな。だって、不可抗力だったんでしょう。」三千代は続ける。「何があったか、詳しく話してくれませんか」
女子高生は顔を上げる。
「……そうね。」彼女は、ぽつりぽつりと、二人の中学生へ向けて語り出した。「六限目に体育の授業があって、その帰りに、剣を拾ったのだけど……。剣を拾った瞬間、急速に自分の中で感情と欲求が肥大していったの。その時の私で言うと、空腹感への苛立ちよ。猛烈にご飯が食べたくなって、自分より弱い動物を殺して食べなければと思ったわ」
「感情の肥大……増幅!」
三千代は声を上げた。スイから聞いた推察の通りだ。それは獣笛の剣が剣士に与える効果だった。
女子高生はこくりと頷く。
「それで、私は町中を走り回ったの。思考は落ち着いていたし、情報もいつも通りの速度と精度で処理できていたわ。知性と理性はそのまま、感情と欲求の存在だけが動物のように大きくなっていった……不気味な感覚だった」
しばらく、三千代とスイの二人は女子高生の話を聞いた。
彼女は剣を手に取った瞬間に“獣”になってしまい、食欲を満たすため、肉を狩に街中を疾走し始めた。剣を腰のあたりに挿し、四足で地面を蹴る。猫のような視力と脚力で街を駆けていると、そこらを行き交う人々がのろまな草食動物のように感じられた。
このままでは己の食欲のために人間を殺しかねない、と思った彼女は動物的感情に抗おうとした。今なら容易く繰り出せそうな“暴力”を、理性で抑え込もうとした。人気の無い公園へ全力疾走し、横に積まれた土管の裏で木の幹をひっかき続けることにした。がりがりがりがりと木に爪を立てていると、いくらか感情が変質し、食欲に従った攻撃的なものではなくなっていった。
そうしているうちに、木を爪でひっかくという行動がやけに気持ちよくなってきて、いつの間にか「腰に挿している剣をさっさと捨てる」という選択を忘れてしまった。自身の異常な行動の原因が、全て腰の剣にあると気づきながらも、それを自分から遠ざけることができなかったのだ。爪をがりがりするということがあまりにも気持ち良すぎるために!
そこに……
「現れたの」
女子高生は震える声で言った。
中学生二人は、ごくりと唾を喉に押し込む。三千代が話の続きを促す。
「な、なにがですか」
「剣よ。きっと、あなたたちの言っていた“名剣”ってやつ。ああ、ああっ。全部思い出したわ。そいつは、恐ろしく強くて、私に……身体を持たない寄生虫 を植え付けようとしたの。だから私は逃げ出した……」
奇妙なワードが登場したことに二人は反応した。
「その、寄生虫って何ですか?」三千代が尋ねる。
しかし女子高生は目を閉じる。
「ごめんなさい、動物的な直感の話よ。正体は分からない。けど、あれは、寄生虫と形容するようなものよ」
「そう、ですか……」
「ごめんなさい。……とにかく、私はあの剣から逃げたの。そして、一目散に逃げている最中に、あなた達とかち合った。それで、パニックになって攻撃してしまったのね」
スイがゆっくりと口を開く。
「その剣の名前は……なんて言いました?」
「そう……ね。名前があったわね。名前が、あったの。その剣には。……だからきっと、“名剣”というやつなのね。だから、あんなに強かったのね。」まくし立てるように言った。
深く息を吸い、彼女は、
「イオン。」ぽそりとつぶやいた。「その剣の名前は、イオン。新雪のように真っ白な……真っ白な、銀の剣よ」
「イオン? はて、ジャスコのことか。このような鄙びた地にも構えているものだったとはなあ。」
三千代はため息をつく。
「ドンキ、そっちのイオンじゃないよ。」そしてムッと眉を寄せた。「それに! この街に……はないかもしれないけど、隣町まで行けば大きいデパートくらいあるんだから」
ハッとして、手を額に持ってくる。拭ってみせたが、汗は一つもなかった。屋上には風がよく拭いた。汗はとっくに乾いていたのだ。
「ごめん、ふざけてる場合じゃないね。ともかく、そのイオンって剣について調べてみようか」
「うん、そーだね。」スイは頷き、それから横を向く。「あっ。そうだ。あの獣笛の剣はどうしよー」
剣士の方とばかり話してしまっていたが、剣もずっとそこにあるままだった。
全身に穴を開けている、笛のような剣。獣笛の剣。
三千代は、さっきまでその剣を口に咥えていた者の顔を、もう一度見た。
「説明した通り、剣は、剣でないと止めることができません。私たちはこの世界に送られてきた剣たちを探し出し、その危険性を確かめようと思っているんです」
「剣と……戦おうっていうの?」
「そうです。特に、もし“剣”という力を持ってしまったために暴れまわるような人間がいたら、止めないといけない」
三千代の台詞に続くように、スイが口を開く。
「なにも人間側の意思で暴れるとは限らないからねー。お姉さんみたいに、剣の影響で暴れざるを得なくなってしまったり、剣に人間が操られてしまうこともあるから……」
三人は、獣笛の剣のところまで歩み寄った。
三千代は言う。
「この剣は、危ないです。人間の意思と関係なく、誰が使っても危ない剣です。だから……」
女子高生は落ち着いた声で言う。
「分かってるわ。壊す、のね」
「はい」
「何も、そんな申し訳ない声で返事することないでしょう。」彼女がにこりと笑うと、茶色い髪が揺れた。「三千代ちゃん、だっけ。私とこの剣は、出会って一日も経ってない。せいぜい数時間。そもそも私の物ではないし、やっぱり愛着なんてないわ」
「……」
「それに、この世界にとって危険なもののようだし。何より、説明してもらった“別世界”のルールだと、剣に勝った者に従うのがルールじゃない。だから、壊しましょう。この剣を」
「分かりました」
「この子、強すぎるから……向こうの世界でも危ないから、この世界に送られてきたのよね。そう考えるとちょっとかわいそうだけど、仕方ないわ」
「スイ。」三千代が静かな声で、スイを呼ぶ。
ドンキでは、動物の骨でできたこの剣を折ることはできない。
スイは手を後ろに回し、腰のあたりから剣を引き抜いた。剣は剣の形になっていた。まだ高い太陽の光を上から下へ流す、煌々と赤い、銅の剣だ。
「この剣を壊すのだな。」
王敬の、外には漏れぬ声に、スイは返事をする。
「うん」
スイの右腕に青い蔓が幾本も走る。
三千代がふと横を見ると、茶髪の彼女は目を閉じていた。悲しんでいる様子ではないが、決して喜んでいたり怒っていたりしている様子もない。複雑な表情だ。人間に特有の複雑な感情が、そのまま表面化している……そんな表情だ。
彼女が口を開けたとき、赤かった体液が既に固まって赤黒くなっているのが見えた。歯茎から流れた血液が凝固したのだ。三千代は、戦いからもうそんなに時間が経ったのか、と思った。
「さようなら」開けた口で彼女は言う。「名前も知らないけれど」
それを聞き、三千代の脇から、ドンキが声を出す。
「さらばだ、強き剣よ。」
三千代も続くことにした。声には出さないが、
「(さようなら)」
銅の剣が振り下ろされる。
牙から生まれた剣は砕け、塵となって消えた。