銅の剣 下
土曜日の電車での戦いの後、何も起こらず日曜日、祝日の月曜日が過ぎていった。ずっと家にいたのだから何か起きてもらっても困るので、平穏に過ごせて良かったといったところだが。
「ふああ」
あくびと共に起床。火曜日。今日から学校が始まる。
スイの通う翔仰第一中学校はここから徒歩で十数分離れたところにある。丁度、海への距離と同じくらいだ。ベッドの上から、窓のカーテンをスライドする。海が見えた。ここから学校と同じ距離にある、海だ。
海を見ると、海で拾ったものを思い出す。王敬の方を見る。今は手を触れていないから、かれの声は聞こえない。いつもはそんなことしていないのだが、今日は気まぐれで挨拶をしてみる。
机の上の青い銅板に触れる。銅剣・王敬が自身の周囲を錆で覆って銅板に変形しているのだ。
「おはよ~」
「お早う、スイ。」
「うん~」言うことはそれくらいしかなかったのだけど。「じゃあご飯食べてくるから~」
朝食を済ませた後、自分の部屋に戻って身支度をする。
夏服は外気と触れる肌の面積が広くて好きだ。しかしそれだけでは誤魔化せないほどくそ暑いこの季節のことはそこまで好きではない。それでも、冬が来たら今の季節が恋しくなるのだろうなあという予感はあった。今から考えていても仕方ないのだけど。
「オーケー。学校に行ってくるから~」
「そうか。随分、眠たそうであるな。」
「随分眠たいからね~」
王敬の隣に積んである本類に手を伸ばし、ぽいぽいと通学鞄に放り込む。机の上に置かれてあったということは、昨日の自分が用意してくれたものということであり、つまり今日の授業にいるものなのだろう。昨日の自分を信じ、大して確認もせずに全部を鞄に詰め込んだ。
そこでまたまどろんでくる。ベッドの上にいたままだったのがよくない。鞄を膝にかかえ、うとうと頭が沈む。
銅板と化した王敬も一緒に抱えていれば、テレパシーで起こしてくれたかもしれない。
しかしあいにく、そうはしていないので、ごく自然に眠りの世界に入門してしまう。短い間だったが、夢を見た。起きる頃には完全に内容を忘れているような抽象的で荒唐無稽な夢だ。
世界の中心で黄色い渦が上空に向かって上昇してゆくといったイメージのところで、夢は途絶えた。外の音に起こされたようだった。
「(あれ、眠っちゃってた。夢を見てたよ~な。どんな夢だったか……)」
口元によだれが垂れていないか、手の甲でごしごし拭いて確かめる。
スイを起こしたのはインターホンの音らしかった。
「あ、みっちょんが来てるのか」
みっちょん。スイの友人・三千代のことだ。
朝、ときどき家に寄ってくれるので、そういう日は一緒に登校することにしている。頑張って眠たい目をこすって立ち上がる。
やけに鞄が重い気がした。机の上のものをぽいぽいテキトーにぶち込んだので当然である。この時鞄には、前に三千代と寄った百円ショップで買ったイルカのスクイーズやら小五のとき作ったブンブンゴマやら、全く中学には必要のないものまで大量に入っていたのだ。しかし特に気にした様子もなく、重たい鞄を肩から通す。部屋から出て、階段を下りる。
「おはよ~~」スイの声は眠たそうなままで、
「おはよー」対照的に三千代の声ははっきりしていた。
「ふあぁ。最近部活はどうなの?」
「部活って、私は帰宅部だよ」
「言わせるなよぅ。みっちょん、運動神経がいいから部活の助っ人に引っ張りダコじゃまいか。最近は本業……帰宅部の方に入れ込んでたようだけど、一昨日の土曜は剣道部に付き合わされてたろー」
「ああ、うん。土曜日に遊ぶってお誘い、断っちゃってごめんね。剣道は……久しぶりだったけど、楽しかったよ。あ、ただ、」
「うん」
「ひとり、恐ろしく強い子がいて。その子には勝てなかったなあ……。ああいうのが県大会とか全国大会に進むんだろうなー」
「へぇ。なんて子なの」
「ええとね、」
学校に着く。
今日の時間割の話になった。スイと三千代はクラスが違う。そのため時間割も異なる。スイのクラスでは一限目から理科が始まる。三千代のところでは国語。
そういえば、今日の理科は座学ではなくて実験だった。この学校のどこにそんな資金があったのか分からないが、今年は酸化銀の還元反応を調べる実験ができることになったらしく、先生も「これはめちゃくちゃラッキーなことなんですよ」と鼻息を荒くして言っていた。スイとしても楽しみだ。科学部でだって、こんなにコストの高い実験を行ったことはない。
実験にあたって、生徒側に何か用意するものは特にない。ただ、確かルーズリーフと筆記用具くらいは持って来いと言っていた気はする。
スイは今朝のことを思い出す。机の上にあったものをテキトーに鞄に詰め込んできてしまった。はたして、ルーズリーフは入っているだろうか。三千代との会話を続けたままに、肩から腕を伝って鞄を腹の前に回す。
ジッパーを引いて鞄を開く。
塾の名前がでかでかと入っている青いクリアファイルが目に飛び込んだ。塾に通っているわけではない。年に一度ほど家のポストに投函される、入塾勧誘のチラシについてくるものだ。みな、塾情報の載っているチラシと入塾のために必要なハガキはさっさと捨てて、おまけでついてくるクリアファイルと消しゴムだけとっておく。スイも例にもれずそうしている。このクリアファイルにはいつも数枚のルーズリーフを入れている。これがあるということは、よかった、ルーズリーフを忘れずに持ってこれたらしい。
ファイルの隣に発行時期のばらばらなゲッサン、ヤンジャン、アニメディア、BRUTAS、こち亀のコンビニコミックが並び、残りのスペースは笛ラムネについてくるおまけのおもちゃ、ダイコクドラッグのポイントカード、やけに立方体の石、小さい瓶に入ったオレンジのスライム、などなどで雑多に溢れている。そんな中で、ひとつマズいものを見つけた。その瞬間「あ!」と叫びそうになったが、語尾を伸ばして誤魔化す。
「あ~っ」
「どうしたの?」
「みっちょん……ルーズリーフ持ってる?」
「え? ないなあ、今。ノートのページを数枚千切るくらいはできるけど」
「ごめん! お願い!一限目、理科の、実験の授業だったや」
「ああ」
スイはルーズリーフを忘れて慌てた、かのように振る舞った。ルーズリーフならクリアファイルの中にあるのは述べた通りだ。
鞄の中に入っていたマズいもの。それに手をあてる。三千代がノートのページを千切ってくれている間に、バレないように。
「(オーケー! ごめん、投げ入れちゃってた~?)」
そう、錆に包まれた銅板が入っていた。王敬だ。これでは鞄は重いわけだ。
「ああ、いや。いい。学校とやらに興味はあったからな。」
スイへとテレパシーが流される。
「(そう? ごめんね)」
一応、王敬を外に近い位置へ移動させておく。王敬のテレパシーは布越しでも聞くことができる。
「はい、これくらいでいい?」
「ありがとぉー!!」
三千代から数枚のページを受け取る。それらを掲げて、ぶんぶん手を振りながら三千代と別れる。
貰った紙は折り畳み、鞄の中に放り込んだ。
しっかりジッパーを閉じて、肩にかけ直す。脇腹のあたりに鞄越しにごつごつとした感触が当たる。銅の板だ。これで、自然に王敬とテレパシーを通わせることができる。
三千代と別れてから、教室まで少し歩く。多少の人間とすれ違う。しかし王敬は特に反応することがない。王敬は人間に慣れている。土曜日、電車でもそうだった。当然だ。“別世界”の方でずっと人間と共に生きてきたのだから。今更、人間、程度では驚きも強い興味を持ちもしないだろう。それよか一昨日の日曜日にテレビで見せた鯨やシャチの映像の方に興味を示していた。
日曜日に何もすることがなかったので、スイは昼からずっと部屋のテレビでNHKの自然ドキュメンタリー番組を見ていた。そのとき王敬を抱えていた。テレビを見るにしても誰かと話していたかったのだ。身体が触れている間は、王敬と視覚を共有している。テレビに鯨など巨大な海洋生物が映るたび、王敬の興奮した様がテレパシーで伝わってきた。
“別世界”の方でも、海や、海に棲む巨大な生命に対する畏怖のような概念はあるらしく、それは長く人間と共に過ごす剣にも移る感情であるらしい。だから、電車でも飽きることなく海を見たがっていたのか。
学校に行くときだったり、スイが出かけるときは、カーテンを開けて窓に王敬を立てかける。スイの視界を借りれないので、ただ微かな波の音を感じるくらいしかできないわけだが、一日ずっとそうしても飽きないらしい。実際、スイに拾われるまではずっと海の波音を聞いて過ごしていたようだし。傍目からだと金属板が窓にもたれかかっているだけにしか見えないはずなのだけど、スイにはその様が、何かを待っている犬か愛玩動物かなにかに見えることさえあった。
そういうわけで、学校に連れてきたことについて、申し訳なく思うのだった。学校でおもむろに鞄から銅板を取り出すことなどできない。今日一日は、鞄の中で過ごしてもらうことになる。そこからでは波の音も風の音も聞こえづらいだろう。
「(じゃあ。私は理科室に授業に行ってくるから)」
王敬の入った鞄を机の隣のフックにかける。
何事もなく一限目が終わった。
いや、何事もない、というのはもしかすると正確ではなかった。後から聞いた話だと、一限目の頃、校庭に鹿が迷い込んでいたらしい。それを聞いてスイは、三千代と関係があるかもしれない、と直感的に思った。校庭に爆速で駆けて行った三千代の姿が思い出される。
しかしそのことを本人に尋ねることはついに放課後まで叶わなかった。どの休み時間にクラスへ行っても三千代は席にいなかったのだ。昼休み、弁当を持って行ってみても、この時間席を外しているという旨のメモが一枚残されているだけだった。三千代を抜きに学校で昼食を済ませるのは、久しぶりのことだった。
「(はー、つまんない~)」
三千代の姿を思い浮かべる。彼女は暇なわけではない。あまり自分以外の友人とつるんでいるところは見かけないが、自分以外に友人がいないわけではないだろう。それに何より、運動部の助っ人として引っ張りだこなのだ。
もしかして今日教室に三千代が居なかったのは、どこか運動部に呼び出されていたからかもしれない。そういえば去年も一昨年も、この時期は忙しそうにしていた。なんでもスポーツというのは夏に大会が密集するものらしく、バスケ部もサッカー部も剣道部も弓道部も陸上部もどこもかしこも、三千代には、自分のとこのスポーツ大会に出て欲しがる。
スイは思う。
「(って思うんだ)」
そしてそのことを、本人に確かめたいのだが本人はこの場にいない。だから机のフックにかかった鞄に太ももをくっつける。王敬に心の声を読ませる。
「(ねえオーケーはどう思う?)」
「知らぬに決まっているだろうが。しかし、そなたがそのミッチョンという人物に入れ込んでいるのは分かった。さぞ、長い付き合いなのだろうな。」
「(うん。幼稚園から一緒でね~。この前の石マルシェも、ホントはその子を誘って一緒に行きたかったんだけど~)」
「しかしその部活とやらに手を貸していたため、来れなかったと。」
「(そうなんだよ~。友人が人気者ってのも困ったもんだよマッタク)」
ミートボールを口に放り込む。
「まあ良かったではないか、結果としては、来なくての。あの日、電車で謎の剣が暴れておったのだからな」
「(それは、そうだね。正義感の強い子だから、その子の前でオーケー──銅剣なんて振るってたら、きっと警察に出頭するよう勧められてたかもね。)」言ってから、念を押すように、「(オーケーの所持は銃刀法違反なんだからね。)」と付け加えた。
心の声を読んでもらうというのは楽なものだ。ミートボールを咀嚼しながらでもお話ができる。しかし王敬の返事までは僅かな間があった。それから、
「いや。そういう意味で、言ったのではないのだが。」
スイは首をかしげ、長い黒髪を揺らした。
「(え? ミッチョンにオーケーを見せたらまずい、ってことでしょ?)」
「違う。」王敬は、スイの発言が心底理解できぬといった態度だ。「警察という権威の話をしているのではない。剣そのものの危険性だ。その子は普通の小娘であろう。そなたには朕がいるからいいものの、もしあの場に居たらその子には危険が及んでいたのではないか、と言っておるのだ。剣は容易にこの世界の動物の肉を裂くのだろう。危険ではないか。ゆえに、いなくて良かったなと言っておる。」
「(ああ……そうか、そうだね。)」
そういえばそうだった。といったカンジにスイは小さく頷く。幾度と歯で切断され欠片と欠片と欠片になったミートボールが、喉を転げ落ちる。スイには、三千代があの剣に傷つけられるシーンが想像できなかった。あれくらいの剣、あれくらいの暴力、三千代ならすいすい避けられそうだったからだ。
「そんなに、動けるのか。その娘は。」
王敬が言った。スイとテレパシーが通っている状態だ。思考は全て筒抜けになっているのだった。別にそれを気にするスイでもなかったが。
「(ああ。うん。めちゃめちゃ運動神経がいいんだよ)」
「それでいて、今は剣道をしていると。」
「(最近は剣道部の手伝いが多いねー。まあここ一週間は、また別の何かで忙しかったようだけど)」
「そうか。」
それきり王敬は黙った。スイから話すことも尽きてきた頃だったので、そこまで気にならなかったが。アスパラガスを口に入れる。
上の歯と下の歯ががちっと噛み合い、アスパラを両断した。ふと、三千代の身体が剣で割かれている様を思い浮かべてしまい、気分を悪くした。
今日は科学部の活動がある日だったが、スイは休む気でいた。王敬を持って学校に長居はできない。
科学部、パソコン部はそれぞれ火曜日、水曜日……週に一回ずつしか活動日のない、緩いクラブだ。しかし夏休み明けに文化祭を控えている関係で、この時期だけはやや活発になる。展示物を作成しなければならない。
そのため無断で休むというのは少し憚られた。一瞬だけ部室に顔を出して、今日は家の都合で休む旨を伝えよう。この時期ならまだきっと受け入れられるし、それ以上追求はされないはずだ。
放課後。
旧棟と呼ばれる、今使われている校舎とは別の建物。その一室が科学部の部室となっていた。
「んばんわー」
「こんばんはって時間帯でもないですよ、先輩。こんばんは」
後輩が一人来ていた。二年生の男子である。そして次期部長でもある。
「あれ。一人? 部長は?」
部長は、三年男子。スイとも三千代ともクラスは異なる。生徒会にも属しているので、もしかすると彼はそっちの活動で忙しいのかもしれない。
「部長なら生徒会の役員会議かなんかで遅れるって言ってましたよ」
「あ、やっぱりそうなの。あのね~今日家の用事で早く帰らないといけなくて」
「分かりました。伝えておきます」
「ごめんね。こんな時期に」
「あ、そうだ。部長からも伝言っていうか、ありますよ。多分今日直接伝えるつもりだったと思いますが」
「なに?」
「学校に余計なものもってくるな、だそうです」
「(多分漫画とか雑誌とかおもちゃのこと言ってるんだろうけど、今聞かされるとドキッとするな~)」とか思いつつ、「あ~気を付ける」
「しかし、暑いね~」
「ですね。科学部にもエアコン付けてもらえるよう、かけあってくださいよ」
「私にそんなコネないよ……。部長に頼んで~。私からも頼んでる~って」
部室はクソ暑かった。4台のがたがたの扇風機を「強」でフル稼働させているが、熱風が身体の汗を吹き飛ばすだけでなんの解決にもならないほど、暑い。
部長の、「カタブツ」という言葉ををそのまま3Dプリンターで出力したみたいな顔面を思い出す。真四角のフチをした黒い眼鏡をかけ、デコを広く見せる七三分けの顔面。生徒会では書記の役をしている。書記。ピッタリである。当中学では一年の二学期から生徒会に立候補ができるのだけど、彼は確かキッチリ、一年二学期から生徒会に入っていた。それから二年生、三年生、ずっと書記を続けている。組織内に序列があるわけではないが、第三者から見ればなんとなく上から会長、副会長、広報、会計、書記の順になっているように感じる。実際副会長・会長は二年二学期からでないと就くことができず、まさに上級役員というカンジがある。我が科学部部長はなぜ会長を目指さないのか、せめて副会長になってみないのか、三年に上がってすぐのときに部室で聞いたことがある。するとべらべら止まることなく、現会長のすばらしさを演説してみせた。
生徒会会長は一年二学期から会計の役に就き、二年に上がると共に副会長に、二学期から会長になった。三年一学期の今、引き続き会長を担当しているわけである。あだ名は「会長」。女子である。
スイは、会長の素晴らしさについて語る書記、もとい科学部部長の話をそのときは流し聞きした。
しかし何度も繰り返し出てくるフレーズがあると、いくらテキトーに耳の穴を開けているだけでも、何度も耳穴を突いてくるその言葉はこびりつくというものだ。そんなわけで、スイは会長について、「規律に厳格なお方だ」という印象を完全に抱いた。もしかしたら科学部部長がスイのかばんの中の小宇宙的がらくた群を咎めようとしたのも、会長の影響かもしれない。ふとスイは思った。
そして思った次の瞬間、思い出したように汗腺が冷や汗を噴いた。銅の剣を学校に持ち込んでいるのがバレたら、ヤバすぎる。三千代にバレるよりも、きっとヤバい。警察に出頭を勧められるよりもマズい事態になる。つまり、退学に。
いくら会長といえどそんな権限はないのだが、スイはこのときクソみたいな暑さのせいもあって、なんだか変な方向に思考が誇張されていた。
ともかく、今日はとっとと学校を去ろう。そして今日から、「明日の学校の準備」はしっかりしよう。机の上に散らばったものをガーッと鞄の中に入れないように。
日は依然として高く、そして輝き、全てを熱している。額に溜まった汗を拭おうと、手の甲を頭に近づける。髪がフライパンの如く熱くなっている。黒色は熱を集めやすい。翔仰第一中学では数年前から、夏季の帽子の着用が認められている。明日から、ツバの広い帽子を装着しよう。そう決めた。
三千代は特に外に出る機会も多い。彼女にも帽子を勧めよう。
そう思った。そのとき──
キィイーーィイィーーーーーーーンンッ!!!!
鼓膜を搔っ切るような嫌な音が、旧棟に響いた。
「うるっ、」耳を塞ぐ。「さ~~っ!」
が、すぐに鳴りやんだ。
なんだったんだろう今のは。
「なに~、今の~」
つい、王敬に尋ねるような口ぶりになってしまった。王敬に分かっているわけがない。
「朕が知るわけないであろう。だが、相当高い音であったな。」
「そう、そうだね。相当高い音だった。どっかで聞いたことあるよーな」
やはり会話はいい。会話は脳が刺激される。だから疑問符を相手に投げかけるだけでも、結構忘れていたことを思い出せたり、最適解といかずとも70点くらいの解答をパッと閃いたりするものだ。そんなわけで、「ああ、」スイは、「思い出した。」
「あれだ。近所のごつごつばあさんの」
ごつごつばあさんとは、スイの家の近くに住む中年のふとましい女性である。接頭の「ごつごつ」は当然いい意味ではない。広大な顔面が分厚い皮膚で岩のように硬質化しているのが見ただけで分かるのだ。これは完全な偏見でしかないのだが、なぜこんな岩みたいな顔面をしているかについて近隣のガキたちは「その性格の悪さのせいだろう」と決めつけていた。顔面の様相と性格の良し悪しに相関があるわけがない。が、それはそれとして、ごつごつばあさんは、確かに性格が悪かった。めたくそに悪かった。
いかように性格が悪いかというと、これが典型的で、「子供嫌い」なのである。まあ大人も老人も嫌っている様子だが、とにもかくにも子供を特に嫌っている。そんなばあさんの家に近づくと、軒先から怪音が鳴るようになっている。呪いのたぐいではない。テクノロジーのたぐいである。つまり、人間を感知するとモスキート音をけたたましく響かせる悪趣味な機械が、軒先に取り付けられているのだった。
モスキート音。かんたんに言うと、けっこうな高周波音のことだ。若い人には聞こえ、歳を取ると聞こえなくなる。そして聞こえる人にとっては不快な音。ごつごつばあさんは、このモスキート音をガキ避けとして活用しているのだった。そんなことをしなくとも、ここらのガキはだれもばあさんの家には近づこうともしないのだが、モスキート音は「いちげんさん」なガキを追い払う役割はしっかり果たしていた。一度ごつごつばあさんに遭うかあの怪音響くきったねえ家を見たものは、もう誰も、招待されたってあそこに近づこうとはしない。
そういうわけで、さっきの「キィイーーィイィーーーーーーーンン」という音は、モスキート音なのだった。
「モスキート音だ」
といったぐあいのことを、スイは思った。思ったということは、太ももに触れている鞄の布の先にいる、王敬にもそのことは伝わった。
「ははあ。ごつごつばあさん。そんな怪人がそなたの近所におったのか。」
「うん。……ってそれは今どうでもいいよ~。問題は、モスキート音の方だねえ」
スイはさっきの怪音を心の中でリピートする。
「こんな場所で、あんな大きなモスキート音。なんで鳴ったんだろう?」
ただまあ、この学校の教師は年寄りが多い。旧棟にある部活の顧問なんて特にその割合が高く、ジジババ率は日本の米の国内自給率にも迫るものがあった。だからこの一軒で教師陣が乗り込んでくることはないだろう。
だが、生徒がいる。多くの生徒にとって「本棟じゃないなんか古くて汚い方の棟」という印象しかないであろう旧棟だが、弱小部活に属するそこそこの数の生徒がいる。その全ての生徒に、あの音は聞こえただろう。ちょっとした騒ぎになりそうな予感があった。
廊下を見渡すと、やはりいくらかの生徒が室から頭を出してきょろきょろ周辺を確認していた。うち一人と目が合う。言葉こそ交わさないが、互いに「いやーさっきの音なんだったんでしょうねー」みたいな顔をして、ぺこりと頭を下げてみせた。
その次の瞬間である──
りーーん、ごーーん。
りーーん、ごーーん。
りーーん、ごーーん。
りーーん、ごーーん。
これが何の音かは、こっちは、王敬との会話を介さずともすぐに解答が脳裏に浮かんだ。一度も聞いたことはなかったが、何の音か、すぐに分かった。
「うそっ!」
相当うるさかったが、つい耳を塞ぐのを忘れていた。というか、聞いとかないと損だとさえ思った。だってこれが初めて聞くときだったのだ。珍しい音だった。
鐘だ。
鐘の音が鳴っている。
旧棟4階にある大鐘が。
鳴っている。
「なんで!?」
これは流石にほぼ全ての人種に聞こえる音だった。老若男女関係ない。絶対に騒ぎになる。
「うわっ」
廊下には、多くの生徒が躍り出ていた。人間が集まって生む「ざわざわ」という擬音が、それより大きな鐘の音にかき消される。「うっそ」「初めて聞いた」「やばっ」「なんで」スイの心の音とそっくりそのまま同じざわめきを、みんなが言っていた。
これは。このくそ大きな音は、間違いなく本棟の方にも聞こえている。教師陣が黙っていないだろう。スイは思った。そして、自分のやったことではないのに、冷や汗が止まらなかった。
しかし、職員室では実際のところ、そこまで騒ぎになっていなかった。偶然にもこの瞬間、職員室には野生のイタチが侵入して駆けまわっていた。その対処に追われ、教師たちは鐘の音など聞こえないに等しかった。
本当にまずいのは生徒会の方だった。まず書記が気づく。遠くでくぐもった「りおんごおん」という音が鳴っている。科学部で部長をしていることとは関係ないかもしれないが、彼は物の反響音に人一倍敏感だった。すぐ、隣に座っている会長に知らせる。ぴくりと眉を上げ、会長は微笑した。光の反射で、長い髪が新雪のように白く輝いて見える。会長は立ち上がる。すらり。風が肩から落ちて、髪を一瞬扇のように広げる。
「ちょっと様子を見てくるね」
書記と副会長に目を配る。その二人は一年生二学期の最初から共に生徒会で働いてきた、会長にとって信頼のできる人物だったのだ。「少し頼んだよ」
生徒会室の扉を開ける。鐘の響く音がよく聞こえる。
「なるほど確かに旧棟の大鐘だね」
生徒会会長は、旧棟に向かって歩き出した。
そんなことをスイが知るわけもない。
どこのバカが鐘を鳴らしたのか、そのツラを拝んでやりたい気持ちもないわけではなかったが、今鐘楼に近づいてその姿を目撃されてしまっては、自分が犯人と勘違いされる可能性がある。何より、鞄の中の王敬をさっさと家に戻さなければならなかった。
「帰るよ」
王敬に言う。王敬がこれを肯定しない理由はなかった。なので、
「待つのだ。」
王敬がそう言ったのにスイは驚いた。
「どうして? ここにいたら怪しまれる。先生に目をつけられたら、もしかすると王敬の存在もバレるかもしれない」
スイの言い分は全く間違っていない。わざわざ口に出すのさえあほらしい。スイは「こんなことわざわざ言わせないでよ」と思ったし、そう思ったことが王敬に伝わるのも承知の上だった。
「いや。」王敬は静かに告げる。「朕と同種の気配がする。剣がいるぞ。この近くに。」
鐘の音は止んでいた。
「そんなことが分かるの?」
スイは冷静に努める。
「うむ。まだ“会話”ができる距離にはないが、いることは感じ取れる。間違いない。」
「でも、土曜日は……」
土曜日、電車内でスイと王敬は剣に襲われた。洗剤で汚されたどぶ川のような色合いの剣だ。そのときは他の乗客が騒ぐまで、王敬が剣の存在に気づいている様子はなかった。
「土星の日か。」土曜日のことだ。「あのときは確かに、朕はどぶ剣の存在に気づくことはできなかった。それは、あの剣の力のせいだ。」
どぶ剣は、刀身を透明化させる特別な力を持っていた。誰の目からも姿が見えなくなる。恐らくその力のために、誰にもバレることなく電車内に侵入することができたのだろう。
「そうだ。そして。透明化とは視覚情報におけるものだけではなかった。――人間には、なんとなく近くに居る己以外の人間の気配を察知する能力があるであろう? 剣もまた近くの剣の存在を感知できるのだ。互いにな。正確には少々違うが、ま、第六感とでも言っておこう。――その第六感上でも存在感を消す力こそ、あの剣の本領だった。」
「なる、ほど?」
「初回がむしろレアケース、いやそれどころか例外とでもいうべきか。あれは例外的なケースだった。普通、剣は近くに剣が居ると、分かるものなのだ。」
スイは鞄から水筒を取り出し、がぶがぶと水をかぶった。緊張のせいか喉が渇く。鞄の中では、王敬が本来の形で待機していた。つまり、赤い銅の剣の形をして。
「オーケー……」
「うむ。」
口には出していない、スイの心の声。スイは自分が「部外者ではない」ことを、嚙み締めるように自覚していた。「別世界」から送られてきた、“名剣”を筆頭とする“強い剣”たち。剣は危険で、剣から人々を守るためには、剣をもってして対抗しなければならない。スイは剣の保持者なのだ。近くに剣がいて、そいつから学校の人びとを守るためには、
「私が、戦うべきかな?」
「そなたが決めろ。朕は強いが、ひとりでには自由に動けぬ、剣に過ぎぬ。だが剣士がその手に握るのなら、応えるのみ。」
「私は……」剣士じゃない。
「知っておる。」
テレパシーは布越しに触れるよりも、やはり直で触っている方がクリアに伝わる。鞄の中に白い手を突っ込んで、スイは王敬の柄を握った。その瞬間より、王敬の声は良く聞こえるようになった。
「そなたはひとりで戦うこともできぬ、矮小な部類の人に過ぎぬ。小娘に過ぎぬ。――だが朕を手にする間は、れっきとした剣士だ。」
スイは自身の右腕、肩のあたりに左手人差し指をとんとんとくっ付けた。“許可”だった。王敬が応えるように次の瞬間、きっちりそのラインまで、青い蔓が昇って絡みついた。
「ねえ。タイミングから考えて、やっぱり剣は、四階の……鐘楼にいるのかな」
「さあ。どうであろうな。だがこれから人が集まるのはあそこではないのか。」
確かにそうだ。騒音があると人はその音源をひと目見に行きたくなるものだ。現に廊下にいたいくらかの生徒が、階段の方を興味深そうに眺めていた。仮に大鐘を鳴らした者が剣の所有者で、その周りに人が集ったのなら、かなりまずい。ハッとしてスイは駆け出す。
階段をがんがんと上る。他の人も大鐘に惹かれているといっても、どこか躊躇があった。そんな中をスイは全力で駆けているのだ。皆、こいつすごいな、と言いたげな顔でスイのことを見つめる。急ぎ慣れていないのでスイのダッシュは下手だった。普段運動していない奴の動きだった。特に、片方の手を鞄に突っ込んだ状態で走っているのだから、不自然だった。
走りながら、スイは四階の様子をイメージする。あまり立ち入る場所でもないのでその外観はほとんど忘却されているが、とにかく埃っぽい場所であるのは確かだ。そして、ああそうだった、あまりセキュリティが厳重でなかった気がする。大鐘の持つ厳かさというか、気安く触れちゃダメ感によってのみ、誰も近づかない治安が保たれていたのかもしれない。
四階に着く。
「こほっ、けほっ、」
やはり埃っぽい。廊下の端に密集している。小さなダンブルウィードみたいな、西部劇でよく転がってる枯草みたいな、塊になって転がっているものも見受けられる。煤っぽい窓から差す光には無数の塵が照らし出されて、天の川みたいになっている。
旧棟四階には部室として使用されているものがない。そもそも部屋が少ない。ゆえに扉も少ない。だからちょっとした扉でも目立つ。向こうに、小豆色の小さな扉が見えた。鐘楼に続く扉だ。地味な色のくせに、他に何も無いものだから変に目立つ。
スイは一歩、一歩、早歩きで向かった。
扉の前には、黄色いテープが落ちていた。「立ち入り禁止」と何度も書かれている。しかし地に落ちては意味を成さない。
扉には錠がかけられていなかった。簡単に開いた。
「う、」扉の向こうに、「そ……」三千代がいた。「みっちょん……?」
三千代は、鐘から垂れるつり手を握り締めて、こちらを仰天の顔で見た。両者間を沈黙が走る。
スイが鐘楼を訪れたのは初めてのことだった。想像していたよりも狭い。多目的トイレくらいだろうか。扉を開けた位置から一歩も動いていないのだが、スイとの距離は3歩分もなかった。
「なに、してるの?」
尋ねてみたはいいが、三千代が何をしているのかは自明であった。大鐘を鳴らしたのだ。犯人は彼女らしかった。だから相手が答える前に質問の内容が更新される。スイは再度聞く。
「なんでこんなことしたの?」
悪人を咎めるというよりは、正直ほっとしている節があった。三千代のことだ。彼女は無意味にこんなようなことをする人間ではない。再び三千代の方を見る。もはや一抹の不安すらなかった。
「まさかみっちょんだったとはね~」
「べ、弁解をさせて」
三千代は本当に申し訳なさそうに言った。想像もつかないが、その弁解はきっと納得できるものなのだろうな、とスイは思った。
「分かった、分かった~。聞くよ~弁解。」と言ってから思い出す。大鐘を鳴らした犯人が判明したのはいいが、今はそれどころではない。「あっ、違う違う。待ってみっちょん。今この近くに──」
剣がいる。しかしそんなことを言っても分かってもらえないであろうと考え、スイは、「近くに刃物を持った不審者が現れたらしい」とでも言おうとしていた。
三千代は鐘楼の床に落ちていた何かを拾い上げようとしていた。スイは先の台詞を言いながらも、その様を見つめていた。床に落ちているなにか。扉を開けた瞬間目の端に捉えたが、すぐに三千代の方を向いたためあまり気にしてはいなかった。しかしどうもその落とし物が三千代の言おうとしている「弁解」そのものらしい。スイは、今では三千代の右手にむんずと掴まれているソレをまじまじと見た。
「(おもちゃ?……の……剣?!)」
「その、信じられないと思うけど。最近海辺を歩いてたら剣を拾って。あ、まあ見ての通りおもちゃなんだけど。おもちゃの剣ね。これが、喋って──」
そこまで言って、三千代の声は遮られることになる。スイが抜刀したからだ。赤い銅剣が残光を描いて走った。一閃し切って満足そうに止まり、びぃぃんと細かく振動している。スイは全く反応できないでいた。
「なっ……!」
自分の腕が急に動かされて何事かと思った。剣の切っ先で夕日の方を指すようなポーズになって宙をつついているいるのを見てやっと、自分の腕を王敬が操ったのだと知る。スイは叫ぶ。
「ちょっと、オーケー!」
「こいつが、剣か。」冷徹なテレパシーだった。
「違う!」反射的に応える。
しかしその確証はなかった。「別世界」より送られてきた剣。その中には「どぶ川の色をした剣」すらあるのだ、「おもちゃのような剣」があっても不思議ではない。だからスイの反射的反論は、根拠のあるものではなく、希望でしかなかった。まさかスイが自分と同じ剣の保持者だとは、思いたくなかったのだ。
それからハッとして三千代の方を見る。三千代は半身を捻って一歩後ろに下がっていた。スイから見て右の頬に、赤い直線が引かれている。どうやら三千代は、先の王敬の一閃を紙一重で躱したようだった。流石だった。しかし顔には強い混乱の色が見えている。
信じられないが、スイは、自身の握る銅剣で友人を傷つけたことになる。叫ぶ。
「王敬! やめろ! この子の持っているのは、お前の言う剣じゃない!」
王敬を手から離そうとする。
しかし、離れない。
「なっ!」
「やはり戦いはいいなあ。スイよ。朕は前のどぶ川剣との戦いから思っていた。朕はこの世界で何をしようか。そうだ。朕以外の剣を滅ぼして回ろうではないか。」
「なんでっ!」剣が手から離れない!
「なんで? ――なぜ、か。そなたも、剣で仲間が傷つくのは見たくないのであろう。朕も、剣や名剣を悉く滅ぼして朕のみを最強の一本にしてみたくなったのだ! 利害関係は一致しているではないか! 朕が剣としての力を貸す、そなたも剣士として肉体を貸せ!」
「そんなことをっ」聞いてるんじゃない! なぜ、王敬が、己の腕から離れなくなった!?
「丁度良かった。実はな。朕は前の世界のときから、その他の名剣たちと戦いたくて仕方がなかったのだ。しかし国はそれを許してくれぬのでな。はぁははあ。この世界なら存分に――」
「くそおっ!」
言っている間にも、王敬は幾度となく三千代へ向けて振るわれた。腕だけではない。踏み込み、かがみ、跳躍し、踊るように、スイの肉体は斬撃を繰り出した。うち二度ほど、刃は三千代の衣服に到達し、そこに荒々しい裂け目を作った。スイは、自身の身体を何者かに操られているようだった。
「止まれぇーーっ!!」
四肢にあらん限りの力を込めると、動きが鈍くなった。冷却される物体のように次第に、そして急速に鈍り、ついに静止した。
「どうした。そなたが先ほど朕を手に取ったとき、そなた自身が許したのではないか。朕に身体を委ねることを。」
スイは体中に這う金属の冷たさを感じた。
王敬は錆の蔓を絡ませて、スイの手、そして腕に完全に癒着していた。
なら三千代から離れるしかない。そう思いスイは、後退しようとした。しかしそれも叶わなかった。足が思うように動かないのだ。もはや、首より上だけが動く。スイはおじぎをするようにして自分の体を見た。半袖に隠されていない腕、スカートの先の脚に、青い蔓が見えた。きっと服の下にも同様に、びっしりと蔓が巡らされているであろうことをスイは直感した。スイの体は、王敬に支配されていた。
「や、め……!」
「どう……したの? スイ」
三千代が、切れた頬を抑えながらこちらに話しかけてきた。
スイの体では、2つの意思が拮抗していた。王敬は目の前の少女を切り刻み、その手に握られたおもちゃの剣を斃そうとしている。対して、そうはさせまいと、スイが踏みとどまっているのだ。そのためスイの体は今、小刻みに震えるだけで、それ以上微動だにできていない。スイは喚く。
「三千代!」
「はっ、はい!」
「信じられないと思うけど! 私も剣を拾った! 剣は、三千代の手にしている剣を敵とみなして! 打ちのめそうとしている!」この説明で果たして伝わるのか。「逃げて!」
一瞬気が緩む。僅かな緩みだったが、王敬はその隙にスイの体のコントロールを再び奪った。スイの腕が鞭のようにしなり、王敬は今一度、一筋の斬撃となった。
「きゃあ!」
スイが叫んだ。人体には想定されていない、荒々しい挙動。腕が千切れそうな感覚に襲われる。
顎を引いて三千代は屈んだ。ふわりと逆立った髪の先を、剣が撫でる。回避行動でしかなかったかもしれないが、スイにはそれが首肯のようにも見えた。
次に縦に振り下ろされた唐竹割りを、三千代は横に抜ける。そのままスイの背中へ回り込み、扉に手をかける。とにかくまずはこの狭い鐘楼から出ねばならなかった。
がちん!
扉が開かない!
「ぐっ!」
扉には、緑青が……青い、銅の錆が、蜘蛛の巣のように張っていた。
「なんだこれ!」
後ろからスイの声が飛ぶ。
「開かないの!?」三千代が返事する前に続けざまに、「きっと、銅の錆だ! 錆で固定されているの!?」
肉体の運動を停止させようと力むスイの意思と、殺戮的挙動を繰り出そうとする王敬の意思が衝突して、スイの身体は不自然な動きをしていた。動物のような激しさを見せたかと思ったら、びたりと静止したり、しかし静止は長く続かず結局狂ったように剣が振るわれる。
三千代の手に握られていた剣が叫ぶ。
「どうした、三千代よ!? 魔女か!? 魔女なのか!?」
「るっさいっ! ドンキ!」
ここでスイは、三千代の持っている剣の名前を知る。ドンキという、おもちゃのような剣。喋る剣。ただし王敬のようなテレパシーではない。現実世界にこだまする人工音声だ。
声を荒げ、三千代が振り返った。銅剣がこちらの腹を薙ごうとそこまで迫っていた。一歩引いて避けようとするが、すぐ後ろの扉に背中をぶつける。風に膨らんだ制服に銅剣が走り、制服はそのまま横に裂かれた。へそのあたりだ。今のは本当にギリギリの回避だった。
三千代は手にしているおもちゃを放り投げようとした。まだ状況は飲み込めていないが、緊急事態であることは理解できていた。そんな場面に、おもちゃの剣は相応しくなかった。手を空けたかった。おもちゃの剣よりは素手の方が役に立つ。
三千代が何をしようとしているかを理解し、スイが叫ぶ。
「待って!」
もはやスイの身体は完全に王敬に支配されていた。人間が剣を握っているはずなのに、むしろ剣が人間を掌握していた。スイはぶんぶん銅剣を振っているがそれは、剣に振らされているのだった。それでもスイは、唯一自由に動かせる首より上から、発話を続ける。
「その剣を捨てないで!」
三千代は、上半身を捻り、肩から流すように王敬の一撃を逃がす。肉体に充分な筋肉がないためだろうか、そのままよろけて、スイは前方に転げそうになる。それを、手の銅剣を床に突き刺すことで杖のようにし、防いだ。
次の瞬間には姿勢を正し、銅剣は傀儡の胸の前に構えられていた。突きが、レーザーのように飛ばされる。そのままいけば三千代の眼球を貫き頭蓋骨の穴から脳漿を破壊していただろう。しかしこれも三千代は避ける。頭部のあった位置にたなびく短髪が、ぶちぶちと代わりに壊された。
三千代は、伸ばされたスイの腕を見た。植物の根のように、青い筋がそこを網羅している。なるほどスイは今、何者かに操られているのか、と三千代は直感で理解した。そして、スイの腕がバタフライナイフのように折りたたまれて繰り出される斬撃を、これもまた屈んで避ける。
三千代は惜しそうな顔をした。本当は、伸び切ったスイの腕を掴んで拘束したかった。しかしスイが「その剣を捨てないで」と言うものだから、三千代はドンキを捨てるタイミングを逃し、利き手が塞がっていたのだ。
「どうしろと!」
「それで私を倒すの!」
「おもちゃの剣で!? んな無茶な!」
スイの言葉の意味が、三千代には理解できなかった。おもちゃの剣で友人をやっつける。そんなの、二つの意味で無理だ。おもちゃ──それもぷにぷにのビニール質のもの──で、人は倒せない。それよりもまず大前提、友人を傷つけるなんてことは三千代にはできなかった。
三千代は手に持っていたおもちゃの剣──ドンキ──慟哭風纏──を、とりあえず、口に咥えることにした。剣を捨ててはだめ、しかし剣を握っていては手が塞がる。手が塞がっていては暴走するスイを止められない。
「おおおっ!? そなた、小生を口に咥えたのか! 小生は剣であり、骨ではないのだぞ!? そも、そなたは犬畜生ではないのだぞ!?」
大声を出すドンキを、三千代は無視した。構っていられない。
しかしスイと王敬は一瞬動きを緩めた。喋る剣に驚いたのだ。その隙を突き、三千代は、スイの両手首を掴んだ。そのまま勢いをつけ、鐘楼の壁に押さえつける。スイは背中から壁にぶつかった。三千代はそのまま下に押し込むようにする。三千代とスイは、一緒に、崩れるようにして床に脚をつけた。
「む、魔女! 」
おもちゃの剣は、喚き散らす。三千代は、「コイツが事態を一層ややこしくしている」と感じた。そしてそれは正解だった。
三千代はスイを睨む。説明を要求するつもりで。
両手首を掴まれており、脚も、上から三千代の太ももによって押さえつけられているため、スイは動くことができない。片やスポーツ万能少女、片やインドア派の科学部部員なのである。身体能力の差は歴然だ。スイは三千代の目を見る。そして即座に、目と鼻の先の三千代に説明すべきことを吐いた。
「聞いて。」スイは震える口を一度強く噛みしめてから、「私はこの剣に操られてる。剣は三千代の剣と戦おうとしてる。戦いは勝敗が決するまで終わらない。だから、三千代がその剣で私を──」
スイの身体が強く、跳ねるように震えた。王敬が三千代を振りほどこうと、スイの身体をそうさせたらしい。華奢なスイの身体からは信じられないような力だった。反射的に三千代は手と脚に力を込める。なんとか封じ込めることができた。
もし今のスイの身体の暴発を封じることができていなかったら、きっと返す刀で三千代は絶命していただろう。
「う……」
三千代の脳内に、“声”が流れ込んでくる。
「朕は王敬である。別世界より来た“名剣”が一本である。剣士よ、そしてその剣よ。名をなんという。」
王敬のテレパシーが、スイの体に触れている三千代にも伝わってきたのだ。
しかし三千代は口にドンキを加えているため、喋ることができない。返答ができない。ただ驚く顔面を見せるだけである。その表情もまた、スイの視覚を通じて王敬に伝わる。
主人の代わりにおもちゃの剣──ドンキが答える。王敬のテレパシーは、三千代の身体を媒体に、ドンキにも伝わったていたのだ。
「小生か? 小生の名は、慟哭風纏。こちらの小娘は小生の主人、三千代なり。」
人工音声がきんきん耳を打つ。三千代に「ドンキ」と呼ばれていた、おもちゃのような剣。正式名称を「慟哭風纏」というらしい。しかしスイには「ドンキ」の方がしっくりした。なぜなら、ドンキに売ってる安っぽいおもちゃのような見た目をしているからだ。
一瞬の沈黙。その後、王敬が爆発のように笑った。
「ははぁはっ。そこの剣、名前を持っているのか! やはり、“名剣”だった! しかし聞いたことのない! 朕の知らぬ“名剣”だ!」
慟哭風纏、もといドンキが返す。
「そなたは王敬と申すのか。なぜ小生らを攻撃する。そこの魔女に操られておるのか?」
「いいや。違う。朕がこやつを操っているのだ。」
「なに。――なぜ。」
「なぜ? なぜ、と問われてもなあ。」王敬は慟哭風纏をからかうように答える。「そなたも名剣なら、考えることであろう? どの剣にもひと触れで勝ってしまう名剣に生まれてしまい――誰に対しても全力を出せぬまま、力ばかりを恐れられ、この誇りの無いくだらない世界に送られてきたのだ。退屈で仕方がないではないか。ならせめて。あちらの世界では禁じられていた――名剣同士の決闘がやりたい。きっと朕のような名剣が全力を出して勝負出来るのは、同格である名剣に対してのみであろう。殺ってみたくて仕方がなかったのだ!」一拍、その後、「ゆえに、やるのだ!」
三千代の口に咥えられているおもちゃの剣は、「別世界」より送られてきたものではない。ただやかましいAIと無駄に多い機能が搭載されているだけの、おもちゃだ。
「小生は確かに名剣も名剣なり。しかし言っている意味が分からぬ。――あちらの世界? はて、知らぬ。――あッ。ははあ。分かったぞ。そなた、いわゆる中二病というやつか。」
「(それはお前だ!)」と三千代は思った。
彼女は気づいていた。ドンキはただのおもちゃで中二病だ。しかし──この王敬なんて大層な名を持つ銅の剣は、正真正銘の、剣だ。こっちは“本物”だ。それもただ金属を溶かして鋳って打ったものではない。きっと漫画や小説に登場するような、フィクションな、ファンタジーな世界でしか見ないような代物のはずだ。エクスカリバーだとかレーヴァテインだとかロトの剣だとか、そいうった類のものだ。とにかく、いうなれば、“本物”の、“何か”だ。
「その認識で、問題ない。剣士ミッチョン――もといミンチョよ。」
今も、当然のように心を読まれた。
しかし心を読まれるのなら話は早い。ドンキを口に咥えていようが三千代は喋れるということになる。三千代は心で喋ってみる。
「(おまえは、スイを操って、何をするつもりだ)」
「この世界の人間は、著しく知能が低いのか? 今述べた通りであろうが。朕以外の“名剣”とその所有剣士を殺すのだ。己の最強の証明のために。スイはそのための、朕の従者に過ぎぬ。」
やはりそれは、三千代には意味の分からない説明だった。ただ、かろうじて分かるのは……“名剣”とは、この世界における普通名詞のそれとはまた異なる意味を持っているらしいこと。それと、“名剣”は複数存在し、「別世界」から「この世界」に送られてきたものであること。
では一体どれだけの数を、誰が、何の為に?なんてことを考えている暇は今、ない。
まずは目前の親友・スイをどう救うか、それだけを考える必要がある。三千代は手に力を込めようとした。瞬間、スイの顔が歪む。身体能力の高い三千代が力いっぱい掴んでいるのは、華奢な少女なのだ。痛まないはずがなかった。
「ふいっ」
「構わないで! 私の身体を、そうやって、強く、抑えて、いて……!」
もどかしさから、三千代は四肢の代わりに、口に力を集めた。がきっ。三千代の生えそろった歯が、ドンキの原色の真っ赤な柄を軋ませる。
「これっ! 小生を噛むな!」
両者は向かい合っているといっても、体位の関係で、三千代の顔はスイよりやや上に位置する。ぽた、ぽた。三千代の鼻の先から垂れた汗の粒が、スイの頬に落ちる。
膠着状態、だ……。
「はは。膠着状態などではない。」王敬がそれはそれは嬉しそうに言うのだった。「ジリ貧だ。」
「(どういう、ことだ)」
「腕を見てみよ」
三千代はハッとして自身の腕を見る。スイの手首を強く掴む、褐色の手と腕。そこに青い筋が走っている。浮き出た血管という意味ではない。
「なるほどこの世界の人間はやはり、一方的に錆で支配することが易しくないようである。」
三千代の腕は、金属の篭手を巻いたように硬くなって動かない。
「あちらの世界の剣士ならば、鎧袖一触、一瞬で青銅像にして終えるのだがなあ。こちらの人間は勝手が異なるらしい。が、どうも時間さえかければ。――ほうら、分からぬか。朕の緑青がそなたの肉を浸食しておるぞ。」
王敬は饒舌だった。
「ミンチョ。そなたは、電車で戦った大男と異なり、意志のある人間で、合意も貰っていない人間だったからな――それに意志もなかなか強固な方だ。ゆえに時間がかかったのだろう。しかし支配までもう――秒読みである。」王敬は一笑してみせた。「そなたの身体はそろそろ朕のものとなる。」
スイ同様、王敬の支配が、徐々に三千代の身体に及んでいた。
「う、」既に手首に違和感がある。皮膚の下をミミズが這っているような。
「このままそなたの身体全身を、朕の錆が蝕む。一切の自由を奪う。そして、そなたを床に固定し、スイとそなたの接着面となっている錆を崩壊させ、切り離す。動けぬそなたの顔面を、スイが、景気よく勢いよく薙ぐ。そなたの口の“名剣”ごと破壊する。この鳥の糞にまみれた床に、そなたの脳漿が拡がる。そなたの負けだ。」
ドンキ以上におしゃべりな剣だ。三千代は、眼球をぎょろりと左に向ける。スイの手の先に握られた真っ赤な剣が、まだ高い太陽の光を浴びて煌々と煌めいている。
「ふははあ。こう、べらべら喋りたくもなるであろう。なんせ勝ちを確信しているのだから。――慟哭風纏といったか。“名剣”とはこうも弱いのか? 朕以外の“名剣”とはこんな程度であるのか? 勝負に勝つのはいいが、にしても、やや、興ざめだな。剣の相手よりも、楽しかったのはむしろ――剣士。剣士の方は、動きが悪くなかった。」
王敬は、嘲笑するように三千代を褒めた。
言い終わる頃には、三千代の身体からほとんどの自由が奪われていた。感覚で理解する。手、腕、脇の下を通って胴へ、そして鼠径部の輪郭から、大腿、脚、足、足の指、爪と肉の狭間にまでも……金属の蠟が縦横無尽にへばりつき、固まっている。三千代は造花の気持ちになった。身体がもはや、動かない。
ただ、首より上だけは錆の束縛が及ばなかった。王敬の能力の仕様だろうか。が、しかしそれが何になる。首より上だけで何ができる。命乞いか、文句でも垂れてみるか? いや、それも口に咥えたおもちゃの剣が邪魔をするので叶わない。
ドンキの柄に、その主人の唾が伝う。
「なんて悪いやつだ。我が主、三千代よ! 小生の秘められし力を使え!」
ドンキが叫んだ。もはや三千代も、スイもこのおもちゃの剣の妄言に耳を貸さなかった。
しかし意外なことに──
王敬だけは、これに警戒をした。
王敬だけが未だ、少女の口に咥えられているソレを“名剣”と信じて疑わない。
王敬のいた「別世界」には様々な剣がいた。イネ科植物に代表される、植物を用いて作られる「模擬刀」を除くと、剣の形をしたものは全て「剣」として扱われる。「剣」には全て、人を殺す力がある。ニッケルの剣、硝子の剣、クラゲの骨の剣、猿の牙の剣、隕鉄の剣、、永久凍土の剣、陽炎の剣、蜃気楼の剣、腐敗した動物の肉の剣、堕落した夜空の剣、灰の剣、七支の剣、一振三刺の剣、木星の第五衛星の剣……洗剤の浮くどぶ川の剣。無数の剣。そのうちの一振りに、ビニールとプラスチックで作られたおもちゃのような剣があっても不思議ではない。そしてそれが“名剣”の一本であってもまた不思議ではない。なにも戦争という華やかな表舞台に出ている分だけしか“名剣”がないわけではない。王敬が知っているのは自身を除いてたった2本。その2本だって、片方はどのような剣なのか詳しく知らない。自身の知らぬだけで“名剣”が他に数本、居ても可笑しくはない。というよりそう考えるのが自然。そして。自身の前に居る剣は、名を持っている。慟哭風纏と名乗った剣。“名を持つ剣”と書いて“名剣”。であれば慟哭風纏はやはり名剣の一本であると考えるのが────
名を持つ剣は、叫んだ。
「唸れ! 風! 廻り嵐となって雷を此処に呼べ! 風よ 星よ 命よ 海よ 花よ 春よ 嵐よ、空とその向こうの暗き宇宙よ! 小生と其の主人、今一対の神となるのを祝福せよ! 慟哭しろ――」
少女二人はこれを聞かない、どころか、片方はその妄言を遮るようにして叫ぶ。スイだ。
「三千代! 私の剣に、剣で勝って! でないとこの戦いは終わらない!」
汗がびっしり噴いて、表皮に纏わる青い網の目に溜まる。そしてもう片方の少女も似たように声を荒げる。
「ごおやっへ!」
「その剣で私の顔を打って! 剣で相手の顔を打つ──それが決闘の勝敗条件だから!」
スイの言葉を、訳も分からぬまま、三千代は了解した。と同時に、彼女の口元のおもちゃは、意味不明な呪文の後に続く必殺技名を叫び終えた。
「――割空明転雷!!」
当然、何も起こらない。しかし──王敬は、一瞬だが、思考をそちらに集中させた。
王敬は、自身の知る僅かふたつの“名剣”の片方──良く知らぬ方──雷を使うらしい剣のことを、思い出していた。北で一番大きな国の、王の持つ剣だ。どのような剣なのかはついに彼の家族にさえも知られなかったと言われ、当然、王敬も知ることはなかった。そもそも北の国は王敬のいた国と敵対関係にあった。だが、その “名剣”が雷か電撃を操る力を持っていることだけは風の噂に聞いていたのだった。まさか、かの剣は、目前のこれだったのか? 王敬はそう考え、自身を守るため、刀身に分厚い緑青の鎧を形成した。一瞬のことだった。恐らく銅の鎧の展開は、雷速を超える速度で行われた。
しかし、先にも言った通り、「割空明転雷」などという必殺技は慟哭風纏から放たれることはなかった。なぜなら慟哭風纏──ドンキは、おもちゃの剣に過ぎないからだ。まさか、その強力さのため恐れられ「別世界」から追放された“名剣”……などでは、決してなかったからだ。必殺技なんてものはどこにもないのだ。そんな機能はおもちゃに必要ない。
しかし今となってはどうでもいい。いずれにせよ──王敬は自分を守るため、決闘において貴重な「一瞬」を使ってしまった。それは、「隙」となった。それが全てだ。この僅かな「隙」に──
三千代は、首を横に振った。
戦争映画で手榴弾のピンを口で引き抜くときのそれと同じ動きで、勢いをつけて、軽く。
口から伸びる、三千代から見て二時の方角を指していたドンキは、空間を切り裂いて横にスライドされる。そして空気でぱんぱんになっている安っぽいビニール製の刃を、前方にあるスイの顔面に当てた。
ぺちんっ。
「いたっ」
瞬間、少女に纏わりついていた緑青は音を立てて崩れ落ちた。短く、「ばりん」に近い「ばきん」の音で崩れ、ぱらぱら鐘楼の床に落ちた。青い錆の欠片が鳥の白い糞の上に散らばって、カビたチーズのような模様を作った。
「勝っ…………た……。」スイは、ため息を吐き出すようにして言った。「三千代が、勝った」
少女二人は、同時に、溶けるようにして床に崩れた。うち褐色の方は、口を大きく開き、咥えていたおもちゃの剣を床に落とす。鍔の部分に付いている青い瞳、カメラのレンズが汚い鐘楼の床を接写する。ブルーチーズみたいな床。
「これ、ミンチョ。小生を、かようなバッチイ床に落とすな。それとそなたの唾は今すぐ、丹念に洗うように。石鹸を使ってな。小生は完全防水だから安心せよ。」
うるさい。
三千代は床を見た。青い錆の欠片が、すうっと消えていく。空気に溶けていくようなかんじだ。
「はー、はー、はぁー……。オーケーが、負けを認めた」
スイが言った。三千代も頷く。
「はあっ、はぁっ……説明してもらうからね、これ……」
「私もみっちょんに説明してもらいたいんだけど、」スイは、「はぁー、はぁー」、肩で息をしたまま、床に落ちているおもちゃの剣を指さす。「あれは何?」
少女らは、剣を拾った。一人は、銅の剣を。一人は、おもちゃの剣を。どちらもやかましい、うるさい剣だ。