剣と剣士たち
「未だだ! 未だ、戦は終わってはおらぬ! 聞けば、この国には鈍色の山なるものがあるようだが、小生思い出したのだ。くすんだ山に住まうという悪しきケダモノの神の伝承を。およそ、あれは並みの人間で対抗できるものではない。あるいは、小生がごとき豪剣でもあらぬ限り……! そこでだ三千代よ。我々は来るべき最終決戦に先んじて、禁断の宝玉を手に入れねばなるまい。実は小生の鍔の部分にはその真紫の宝玉を嵌め込むための孔がある。それによる紫電の覚醒を急がねばなるまい。分かるな? その宝玉があると謳われているのが──」
「はいはい……」
ドンキだけは、未だ──そしていつも通り、己の妄想の中で何か強大な敵と戦っていたり、あるいはかつての武勇伝を飽きることなく三千代へ向かって吐き散らしていた。
そしてドンキ以外は、平穏で代わり映えしない日常へと戻っていった。
といっても、全てが元通りというわけではない。
当然、かれら──スイ、米噛、鈴鉢、百合烏賊たち剣士──の傍には、剣があった。
剣たちは、この世界に残ることを選んだ。
流星群の降る日の夜に行われた戦いで、百合烏賊は三千代に敗れた。それによって「全世界の停電」などという物騒なことを願うことはなくなった。しかしその時点で“理想の実”の効果は持続していた。つまりまだ願い事自体はできるのだ。
三千代たちはまず異音に話を伺った。話を伺って分かったが、どうやらかれはもう「別世界へのゲート」を願ったりはしていなかった。一体どういった心境の変化がかれにあったのか、あるいは最初からそのつもりなどなかったのを自分たちが勝手に勘違いしていただけなのか、三千代たちには分からなかった。ともかくこれで、別世界で大殺戮が起きることもなくなった。
ただ、それはそれとして剣たちはどうするのか。もし元いた世界──別世界──に帰りたいというのなら、「別世界へのゲート」と願うのではなく、たとえば「元主人の手元へと通じるどこでもドア」とでも願えば、それは叶っただろう。三千代たちは海辺ですやすや気を失っている元・傀儡剣士たちから剣を取り上げると、一本一本と対話して回った。
その結果が、「この世界に残る」だった。理由は様々で、「強い剣のいなくなった向こうの世界に帰っても面白くない」だとか「元主人に捨てられたことでいじけちゃった」だとか。ともかく剣たちは、この世界に残ることを選んだ。四本の“名剣”も同じ答えだった。
しかし銃刀法のあるこの国で果たしてどこに、こんな大量の剣を匿うというのか。姿を変えたり消えたりできる剣はまだしも、そうでない剣もいくつかある。どうしようか。悩んでいると、これも異音によって解決してしまった。
魂の話を思い出してもらいたい。魂とは形状のことであり、剣と人間の間でテレパシーが通じるのは魂の形状が似通っているからである。つまるところそれは共振であり共鳴。もっとつまるところ魂とはすなわち、波形の問題なのである。異音の電気操作により、この波形を少し「削る」。魂の形状を少しだけ変形させてしまうのである。これにより、「剣」は「極めて剣っぽい何か」へと変換された。
「異音、きみそんな力があったの?」
「あるぜ。」
これによって、なんともデタラメな話だが、誰が見ても剣たちのことを「これは剣だ」と認識することはなくなった。そういうわけで十数本の「極めて剣っぽい何か」たちは、まとめてスイの家で保管されることとなった。そこには当然、銅の、剣……っぽいものである王敬と、二枚舌の、剣……っぽいものもいる。
特筆すべきことといえば、これくらいだろうか。
そうだ。戦いといえば、受験があった。
世界を賭けて戦った後に受験生に残されている課題といえば、受験である。
百合烏賊は町を出て県の南にある進学校を目指している。国立大学医学部への進学率が良いらしく、医者を目指す百合烏賊の一歩目の目標となっている。まだ何の医者になるかは決まっていないようだ。外科か循環器科か、あるいは別の科かもしれない。いずれにせよ、自身が引き起こした騒動のことを深く悔い、人生の限り誰かの役に立つことで反省を示したいと思っているようだ。勿論、その心底には第一に詩音への想いがある。
スイは相変わらず順調だった。三千代と志望校が異なることを寂しがっているが、互いに町を出るところの学校でもない。家も近いので、そう疎遠になることもないだろう。
三千代は、土日はスイと百合烏賊がつきっきりで勉強を見てくれることもあり、少しずつ成績を伸ばしている。それと……なんとか左手で文字が書けるようになってきたところだ。電動のものにかえた義手も、調子がいい。しかし流石に以前のような運動は難しい。少なくとも、高校に入っても運動部の助っ人に出るというのはできそうにない。
「高校、か……」
公立高校の受験まであと四半期。思えば、ドンキを拾ってから別世界の剣たちとの戦いを終わらせるまでにかかったのも、丁度それくらいだ。
ところでドンキだが。いつもは侍口調で中二病的な妄言をまき散らすばかりだが、それはそれとして高度なAIが備わっている。そのため別に一般社会の常識的世間話も可能だ。例えば、
「三千代、そなた既に入る部活は決めているのか?」
「ん……。迷うねー」
三千代はシャーペンを机におくと、義手を使って肘をついた。それから、窓辺に立てかけてあるおもちゃの剣を見つめる。
「地球防衛部はどうだ?」
「ないよ、そんなの」
ため息を吐くように笑うと、三千代はお茶を入れるために立ち上がった。
おしまい。




