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白銀の剣 中

 夜。

 私は電話を手に取った。

 ビデオ通話だ。

 彼女のアカウントにかけると、彼女はすぐに出た。

「スイ」

 私は彼女の名を呼んだ。

「みっちょん……」

「さっき、会長に──百合烏賊(ユリイカ)に、会ったよ」

「え!?」

 スイは随分と驚いている。当然か。スイも二枚舌の剣から、百合烏賊と()(オン)が全ての黒幕だと聞いているのだから。百合烏賊はいわば、ここ数か月私たちを取り巻いている“物語”の、“ラスボス”なのだから。

 そんな百合烏賊と私がさっき会った、というのだから。

「……いや、会った、じゃないな。彼女が会いに来てくれたんだ。私に」

「は!!?」

 私は、スイにさっきあった事を話す。全て……といえるかは分からない。何かを──、百合烏賊は私に、彼女がとても大切にしている何かを、話の中で見せてくれた気がする。そういった部分を省いて、私はスイにさっき百合烏賊と話した事を話す。

「二枚舌の剣は、百合烏賊たちの目的が『別世界へのゲートを開くこと』だと言っていたよね?」

「うん、そー言ってた……」

 スイは、私の確認に首肯と短い言葉で答えた。

「違ったのか?」

 通話画面の外から、男の声が聞こえた。私は、その声の主を知っている。

「違わないよ。ただ、目的はそれだけじゃなかった」

 私は気にせずに話を続ける。

 画面の中で、スイが画角を動かした。先ほどの声の主が映る。二枚舌の剣。私の右腕を斬り落とした異界の剣が、そこにはあった。

「何。」二枚舌の剣は言う。「おっかしィなァ。大盗賊の相棒である俺が調べても、そこまでしか分からなかったんだぜ?」

「きっと、いくら調べたって分からなかったと思うよ。百合烏賊の心の中を覗きでもしない限りね……」

 私は、百合烏賊が“双想(そうぞう)の実”に何を願うつもりなのかを話した。

 全世界の停電。

 全世界を停電させ、世界のどこからでも満天の星空が見えるようにすること。

 それが、百合烏賊の──彼女の、ただひとつの願い。

「(一人の少女を──詩音ちゃんを、弔うための願い)」


 スイはチャットルームに鈴鉢(すずはち)米噛(まいかみ)を招き入れた。

「鈴鉢ちゃん、米噛さん。……力を貸してくれませんか?」

 四分割された画面の右下と左下に映る、かれらに向けて。私とスイは話す。“傀儡剣士”と“身体を持たない寄生虫”、“白銀の剣・()(オン)”について。“双想(そうぞう)の実”について。そして、百合烏賊について。

「全世界の、停電……」

 米噛さんは、口を手で押さえながらそう漏らした。

「そうです。彼女は、双想の実を使ってそれを実現させようとしている……」

「たとえ一時間に満たない時間だったとしても、そんな規模で停電が起きたら……とんでもないことになるよ……!」

 スイは、私よりもずっと賢い。きっと、もし全世界が停電したらどうなってしまうのか、色々な可能性が思い浮かんでいるのだろう。

 それだけじゃない。

 スイは、自宅の部屋からビデオ通話をかけていた。彼女の膝の上には、布でくるまれた板らしきものが乗っている。きっとオーケーだ。他にも、コストコが米噛さんの影の中にいて、ららぽが鈴鉢ちゃんの体に纏わりついている。この通話は、それぞれの人間の「剣」もまた聞いている。

 そうだ。私は──私だけはおもちゃの剣っていう例外だけれど──私たちは、この数か月間、それぞれ、「剣」と関わってきた。読んで字のごとく、「剣」と心を通わせてきた。

「百合烏賊だけじゃない。」私は言う。「異音の願いも、私は止めたい。もし異音の願いが叶えられてしまったら──」

 別世界へのゲートが開き、百合烏賊と異音が集めた剣が一斉に、一国に集中する。世界の戦力の均衡は崩れ、一方的な殺戮という名の戦争が始まる。

 それは、あくまでもこの世界には関係の無い、別世界でのこと。でも、だからといって知ってしまった以上、無視したくはなかった。何より、私たちの友人である「剣」たちの故郷が破壊されるのを、見過ごせるわけがない。

 だから。

「──だから、どうか、力を貸してほしいです」

 私は頭を下げた。

 一体何秒か、数えていなかったが、目を強くつぶって、めいっぱい頭を下げた。

「三千代さん」

 米噛さんの声。

 私は顔を上げて画面を見る。私の隣で、一瞬遅れてスイも顔を上げた様子が見えた。そうか……スイも、頭を下げていたんだ。

「僕の力でよければ、いくらでも貸すよ」

「米噛さん……!」

「……君たちはずっと戦っていたんだね。僕がクロを見失ったあの朝も、クロを探してくれた。いつも誰かのために戦っていたんだ。僕も、そうしよう。──君たちと、世界と、そしてコストコたちの生まれた世界のために、戦わせてくれ」

 私は礼を言おうとしたが、それよりも先に米噛さんは頭を下げた。

 いや、床を見ている、のか。

 米噛さんは床に向かって、

「コストコ。もう一度だけお前を、剣として使わせてくれ」

 と言った。とても小さな声で。

 “影”から返事があったのだろう。数秒後、米噛さんは更に小さな声で、

「……ありがとう」

 とだけ言った。

「三千代さん。スイさん。私も一緒の気持ちです。人死ぬんなんて嫌やし、多分、ららぽは、私の友達やから……。……やから、ららぽの世界で人が死ぬんも、嫌です」

「とーぜん、私もね! ……ね、オーケー?」

 鈴鉢ちゃんとスイが続いた。

 私は、無意識に自分の左手が動いていることに気づいた。今は無い右腕のあたりを、掴もうとして、宙を掴み損ねた。米噛さんは、鈴鉢ちゃんは、そしてスイは。私が戦いの中で腕を失ったと知っている。それほど危険な戦いだと知っている。その上で、協力してくれると言っている。三人の勇気がどれほど大きいことだろう。

「みんな、ありがとうございます」


「あの……」

「鈴鉢ちゃん」

 鈴鉢ちゃんが小さく手を挙げていた。

「はい。その百合烏賊さん……と戦うとき、スタンスはどうすればええんやろ」

「スタンス?」

 遠慮がちな声だ。

「三千代さんは、これまでドンキ君を使うて戦ってきた。それは、相手を傷つけへんために」

「そうだね」

「でも、今回は難しいんやないでしょうか。相手を傷つけないで戦う、やなんて」

「うん……」

 正しい。

 今まで傀儡剣士と戦っていたときは、まずスイと王敬が相手の動きを止め、そして私とドンキで小突いて勝負を終わらせる。こういった流れだった。

 ビニール風船で小突かれて人体が傷つくことなんてない。しかし面、喉、胴、小手を取れば勝負には勝って終わる。「この世界の人間」と「別世界の剣」の持つ条理の差を利用した、平和的な戦いとなる。

 しかし……

 安全神話は打ち破られた。私が右腕を斬られたことで。

 覚悟は、しているつもりだった。それでも失った四肢は、今の医療技術をもってしてもそう簡単に戻るものではない。

 今後一生に痕を残す痛み。

 それを負うかもしれない戦い。

 私たち()にとってだけのことではない。百合烏賊にとっても、そうであるはずだ。今度の戦いは、“名剣”と“名剣”がぶつかり合う。お互い、無傷で済むことはないだろう。お互い、手加減して勝てる相手ではないのだから。

 そんなとき、「相手を傷つけないように戦う」ことはできない。

 でも、だからって、「相手を殺す気で戦う」ことを──私が、できるのだろうか。そして、そんなことを、今画面の向こうにいる皆に強いることは、決してできない。

「二枚舌の剣」

 私は、スイのいる画面右上へ呼びかけた。

「おう。」

 と声。それから、スイが、画面の外から二枚舌の剣を持ってきた。二枚舌の剣は鍔のあたりから生えている長い舌をれろれろと動かしている。

 米噛さんは初めて見るだろうから驚くかな……と思ったが、そんなことはなかった。一切動じず、

「こんな剣もいるのか」

 ぽつりと呟いただけだった。米噛さんって、なんというかいつも胆力がすごいなあ。剣を拾って一番最初にその状況に慣れたのは、この人なんじゃないかと思う。

 いや、それよりも。

 私は二枚舌の剣に聞きたいことがある。

「二枚舌の剣と、君とペアだった斬髪斬首の剣。それ以外に、百合烏賊のもとに、“名剣”相手にダメージを狙えそうな剣はいた?」

「あーー、ま――いねえんじゃねえか。だからこそ俺とアイツが、実験的な存在であるマネキン剣士に選ばれたわけだしよ」

「了解」

 私は、二枚舌の剣の言葉を受け取って、米噛さんと鈴鉢ちゃんの方を見る。

「百合烏賊のもとには、百合烏賊以外に“名剣”相手にやり合える存在はないと思います。それでも、別世界へのゲートに入れるための剣がたくさん集まっている」

 私は続ける。

「きっと彼女の周りを、たくさんの傀儡剣士が囲っているはずです。そいつらと戦うのを、鈴鉢ちゃんと米噛さんにお願いしたい……」

「えっ、それやと……」

 鈴鉢ちゃんがピンと目を張る。

 私はそれに頷いて応える。それから、スイの方を見る。スイの目は真っ直ぐに私を見据えている。

「私とスイで、百合烏賊に臨もうと思う。いい? スイ──」

「トーゼン! そのつもりだよ!」

「ありがとう。」

 頭を下げる。

 顔を上げる。

「鈴鉢ちゃんとららぽ、米噛さんとコストコなら、傀儡剣士相手に傷つけられたりしないと思っても、いいですか?」

「うん。心配ないよ」

 米噛さんがにこりと笑った。

 鈴鉢ちゃんも首を縦に振って、肯定を示した。

 私も笑顔で応じる。

「ありがとうございます。信じさせてもらいます」

「コストコは、僕の感情に応じてその刃の姿を──鋭さを、変える。あの時は随分と(いびつ)な棘を見せてしまったね」

 米噛さんが言っているのは、あの映画館でのことだ。友人だった黒猫を殺されてしまった悲しみと憎しみ、あるいはもっとたくさんの感情が混ぜこぜになってできた暗黒。あのとき米噛さんの暗黒から生み出されたコストコの刃は、確かにとても攻撃的で歪だった。

「でも、今度はきっとそうならないと約束してみせる」

 そう言って、米噛さんは屈んだ。そして、影から──黒い鉄の巨剣を引き抜いた。

 かつん。

 床を小突く音。

 瞬間、そこから無数の黒い針が生えた。とても細い針で、よく見ると少し揺れている。相当な細さなのだろう。まるで、髪の毛みたいだ。

「心を凪いでいれば、こんな芸当もできる。これで相手の顔でも喉でも撫でてやれば、問題ないだろう? きっと誰も傷つけず、勝てる」

「はい! 米噛さん!」

「私も……ららぽを使いこなしてみせます。もう誰も、傷つけたくないから」

「鈴鉢ちゃん……」

 彼女は人一倍、「自分が誰かを傷つけてしまう」ことを恐れている様子だった。一体何があったのかは分からない。しかし画面越しでも、今、彼女の肩が小さく震えているのは分かった。彼女はとても恐れている。自分が傷つくことよりも、自分が誰かを傷つけてしまうことを。

「鈴鉢ちゃん。」スイの声。「鈴鉢ちゃんは、とても優しい子だよ」

「え?」

「鈴鉢ちゃんは、ららぽの力を使うことが、怖いんだよね?」

「そう、やと思う」

「でも、あのとき、みっちょんと男の子を助けてくれた。自分も怖かったのに、助けてくれた。鈴鉢ちゃんは優しい子だよ。だから、大丈夫……! きっと、誰も傷つけやしないよ!」

「スイさん。……はい。…………はい……!」

「そうだ、しばらくは私とオーケーを相手に練習してみようよ! オーケーは防御が得意だから、間違っても私が傷つくことないし」

 スイは私に目線を送った。私も賛成だ。鈴鉢ちゃんはスイ相手になら気兼ねなくららぽを振るう練習ができるだろうし、スイも鈴鉢ちゃんの動きから学ぶことは多いだろう。

 そう、練習すればいい。

 時間はまだある

 何も、明日、戦うわけじゃないんだ。


 何も明日戦うわけじゃない。

 この世界に「双想の実」が送られてくるのは、数週間後。百合烏賊の言葉を信じるのなら、そのはずだ。

 でも、数週間って何週間後?

 何時何分に、どこに?

 いつまでに百合烏賊を止めないといけないの?

 分からない。

 分からなくてもやれることはある。例えば、変わらずに傀儡剣士と戦うこと。百合烏賊と異音は、傀儡剣士をこの町と隣町のいたるところに配置して、他の所持者から剣を奪い取っている。きっと町をうろつけばいつかは傀儡剣士と出会えるだろう。そいつらを倒すだけでも、相手の戦力と異音の目的達成率を下げることになる。

 でもそれが根本的な解決にはならないのは、あまりに明白だった。

 なにより傀儡剣士は基本的に無関係の人間を傷つけはしないようにされている。ならば、今は目先の傀儡剣士と戦うよりも、対・百合烏賊戦を見据えてそれぞれ剣を鍛えた方がいいかもしれない。

「私もそう思う。」スイが言う。「でも、それこそ、百合烏賊をいつまでに止めないといけないかの目途が立たないと、完全に空回りしちゃう」

 そうだ。

「その、二枚舌の剣……は、どうして双想の実のことを知っていたんだ?」

「米噛……豪頭怒号の主か。俺は元世界で、スベスタという怪盗の剣だった。あいつは主に絵をターゲットにしていたが、それ以外も伝説級の秘宝については一通り調べていたのさ」

「じゃあ、双想の実ってのは」

「ああ。伝説級の秘宝さ。それこそ、“万国共通条約”でこの世界へと投棄しちまうことになるほどのな」

「……」

 米噛さんと二枚舌の剣の会話を、私は黙って聞いていた。

 以前、オーケーから聞いた喩えを思い出す。「“名剣”はこの世界でいう核兵器のようなもの」……世界を揺るがすような存在。それほどまでに危険なものが、この世界に捨てられてくる。 “名剣”。そして、“双想の実”……。

 米噛さんはまだ二枚舌の剣と話を続けていた。

「今、影の中にいるコストコに聞いてみた。コストコは大国の大統領秘書に仕えていたから、何か知ってるんじゃないと思ったのだけれど」

「ふーん、どうだったんだよ。」

「名前を聞いたことがある。……それだけだった。それ以上のことは、何も知らないって」

 沈黙が流れる。

 現状、双想の実について知っているのは、二枚舌の剣が教えてくれたことと、百合烏賊が病室で話したことが全てということになる。あまりに情報が少ない。

「名前知ってるだけ、奇跡だぜ。世界から秘匿されていた存在だからな。」

 二枚舌の剣が言った。

 名前を知っている「だけ」。私の考えは少し違う。

「でも、名前()知っていた」

 皆の顔が、前を向く。向こうの画面から見て、私の方を向いている。

 私は続ける。

「ここに集まっているのは、“名剣”たちだ。大統領秘書の剣に、大美術館門番の剣、それに……最も戦場に出ていた、世界で一番有名な剣。コストコ、ららぽ、オーケー。それらが集まってる」

「……うん」

 スイの頷き。

 私は続ける。

「きっと、みんな何かは知ってるはずだよ。別世界で一番の秘密について、何かは。それをかき集めるの。情報の断片を出し合って、繋げる。そこから導くんだ……! きっと、何かが見えるはず」

「そんな都合よくいくのかな……」

 スイが珍しく、私を否定した。いやいつも論理的に思考するスイだからこそ、珍しく提案した私の、案の粗がすぐに見えてしまうのだろう。

 でも私は続ける。

「分からない。でも、やってみる価値はある! みんなで知ってる情報出し合ってそれを繋げる、って、一見ありふれた提案だけど。そんなことで解決するなら『世界で一番の秘密』なんてとっくに暴かれてるだろって思うかもしれないけれど。でも、違うでしょう?」

「え?」

「ただのなんかが集まったわけじゃない。ここに集まっているのは、“名剣”なんだから。今まで“名剣”が集まったことなんて、ほとんどなかったんでしょう? ましてや、集まってから、話し合うだなんて! だから、この話し合いには──情報の出し合いには、きっと、何かを見つける力があるはずだよ!」

「あ……」

 そのとき、小さな声。

 見ると、鈴鉢ちゃんが口を開けていた。

 私はその様子を見守っていた。

 皆、黙って、鈴鉢ちゃんを見つめていた。

 鈴鉢ちゃんは、言う。

「あの、ららぽが、いっこだけ、秘宝について知っとるって──」


ららぽの知るたったひとつだけの秘宝。


『創造主肖像画』


 その秘宝の名が鈴鉢ちゃんの口を介して言われたとき。

「はん……。」

 二枚舌の剣は不機嫌そうだった。

「二枚舌君、どうかしたの?」

「どうかしたもなにも、俺の主人は──大怪盗スベスタは、秘宝『創造主肖像画』を盗もうとして捕まった」

 スイの問いに、衝撃的な答えが返って来た。

 そうだったのか。

 スイは続けて問う。

「ん? じゃあ、二枚舌の剣も、その『創造主肖像画』について知ってるの?」

「それこそ名前くらいしか知らなかった。いくらスベスタが調べてもな。“双想の実”についてはもう少し詳しく知れたわけだが、それもほとんど偶然の産物だからな」

「そっか……」

「でも、螺落宝刀のやつは、俺より知ってんだろうぜ。……ま、知ってたところで、それが双想の実とどう繋がるかは分かんねえけどよ」

 二枚舌の剣は投げやりだ。

 気持ちは分かるが、私は鈴鉢ちゃんとららぽに話の続きを促す。

「ららぽは、何て?」

「はい。ええと……ららぽも、一度主人の目を介してチラッとその絵を見ただけらしいんやけど……」

 ららぽいわく。

 それは、絵。

 巨大な絵。

 巨大な、鯨のお腹みたいに巨大な、キャンバス。

 質感的には油絵っぽかったが、なにぶんチラッと見ただけなので詳しいことは分からない。

 それよりも重要なのは何が描かれているかだろう。

 世界の「秘宝」として、全ての国から中立の立場となる大美術館の最奥に保管されるほどの、世界の秘密が、そこには描かれているのだ。

「それは──人間やったと」

「人間……。まあ、肖像画だし、そりゃそう、なのかなあ?」

「あ、三千代さん。訂正です。正確には、姿は人間、やけど……」

「だけど?」

「そのサイズが異常やったらしいです。でっかいキャンバスに、胸より上しか収まらんくらいの、でっかい姿が描かれとったって……」

「それは少し、おかしいんじゃない? だってそもそもキャンバスが巨大なんでしょ? だったらその中に描かれる人間も巨大なはずだ」

 絵には、「巨大な人間が描かれていた」んじゃなくて。「人間を巨大に描いていた」のではないか。私はそう思ったのだが──

「いや、多分ほんまにでかい人間なんです!」

 鈴鉢ちゃんが、それなりに強い語気で反論した。

 私は少し驚いてしまった。

「それは、どうして」

「だって──」鈴鉢ちゃんは言った。「その巨大な人間の隣に、剣を持った人間が等身大で描かれとったから……」

「分かった。きっと、そうなんだね」

 私は頷く。

 それが、二枚舌の剣の主人だった怪盗が、命を賭けて盗もうとした絵の正体──。

 たしかに、人間よりもずっと巨大な、人間のような姿を存在……というと、なんとも“創造主”っぽい。

「こんな感じかな?」

 米噛さんが、紙を掲げていた。

 B4のコピー用紙に、濃い鉛筆で絵が描かれている。

 画面をズームすると、米噛さんが描いた絵がよく見えた。

 中央にでかでかと、人間のような生物の上半身像。その右隣に、剣を持った人間が立っている。こうなると構図的には左が少し寂しい気がした。

「あ!」 鈴鉢ちゃんの声。「そんな感じやったらしいです!」

「よかったよ」

「それで、左!」

「ああ、左。中央に創造主?っぽいのがいて、右に剣を持った人間。確かに左が少し寂しいよね?」

「左は、創造主の左手です! 赤い……さくらんぼのような果実をつまんだ、おっきい左手が描かれていた!」

 鈴鉢ちゃんは興奮した様子で叫んだ。

「はは。ドンピシャかよ」

 二枚舌の剣が、スイのいる画面からそう漏らした。

 どうやら私たちは「双想の実」の正体に一歩、近づいた。


「安直かもしれないけど、その『創造主肖像画』に描かれていた実、双想の実とめちゃくちゃ関係がありそーだね」

 スイの言葉に私は頷く。

 そうだ。直接関係なくとも、それらしい情報から無理矢理こじつけてでも、「双想の実」について迫ろうとしなければいけない。

「他に、“双想の実”とか“秘宝”について知っていることや、耳に挟んだこと、どんどん出し合っていこう……!」

 それは。

 闇の中を進んでいるような作業だった。

 私たちは──主に“名剣”たちだが──知っている情報を出し合った。

 剣たちの元いた世界について、私は初めて知ることが様々あった。

 別世界はやはり別世界なのだと知った。

 この世界にはないものがたくさんあった。

 この世界にあるものがたくさんなかった。

 別世界の果物や、植物、地理、風土、歴史、伝説、様々なことを話し合った。

 闇の中に刃物を入れるような感覚だった。カオスな情報の集合体に一刀一刀、切り込みが入れられていく。そのたびに闇の輪郭が浮き彫りになり、どんどん真実に近づいていっている感覚があった。そうして私たちが「推論」で出した「真実」は。勘違いかもしれないけれど、信じたくなる形をしていた。


 “双想(そうぞう)の実”

 稲穂を編み上げて作ったような霊木に、千年に一度、夕暮れのような深緋(こきあけ)と、夜明けのような淡黄(たんこう)の、さくらんぼのように(ふた)つ並んで実る、林檎ほどの大きさの、酸っぱい果実。

 そして──────


「“双想の実”については、これだけ分かれば充分かな?」

「そうだね、みっちょん。思ったよりも大きな物体っぽいし、この世界に送られてきたら双想の実はすぐに認識できそうだよ」

 スイの言葉が心強い。

 双想の実がどのような見た目なのかは大体見当がついた。しかし、いつ、どこに、送られてくるのか。それがまだ分からない。百合烏賊よりも先に見つけ出して処理する。それが最善。剣を交えずに百合烏賊の願いを阻止する。

 きっと、明日から百合烏賊は学校に来ない。

 なんとなく、分かる。

 色々理由っぽいものも挙げようと思えば挙げられるし、スイならもっと道理の適った理由を基にその結論を導けるのだろうけど。でも、やっぱり「なんとなく」という言葉がしっくり来る。なんとなく、明日から百合烏賊は学校に来ない気がする。

 そもそも、仮に明日百合烏賊が学校に行ったり、あるいは町を歩いていても、私たちから関わることは避けるべきだと思う。

 スイも米噛さんも鈴鉢ちゃんも、“名剣”の使い手だ。並みの剣に負けることはないと思う。

 でも相手も──百合烏賊もまた、“名剣”の使い手。

 初めてとなる“名剣”同士の戦いは、あまりに未知数だった。できれば万全の状態で臨みたい。

 私たちは、百合烏賊がこの世界に送られてきた“双想の実”を食べにいくそのとき、戦おうと思う。

 それが、みんなで出した結論。

 だからやっぱり、双想の実がいつどこに送られてくるのかを特定しないといけない。

「海の近くではないのか? 小生らが流れ着いたあの場所と同じ、な。」

 ドンキが言った。

 ドンキはさっきまでの“秘宝”情報の出し合いと“双想の実”の姿特定の話し合いの中でも散々、中二病的妄言を連発していた。厄介なことにオーケーやららぽが妙にこのドンキの妄言を尊重するせいで、話し合いがかなり滞ったりもした。

 だから、今度のもドンキの妄言に過ぎないと思った。

「ふふふ……そうか、そうであったか。すなわち、異界より此の世へと物体を転送する理とは――時間の座標と空間の座標、その交点にこそ在るというわけよ!」

「ドンキ──」

 ドンキの暴走を止めようとする私の声が、スイに遮られる。

「待って。ドンキ君の考え、ちょっと、なんか思いつきそう」

「ええ……?」

「だって、そうじゃない? 今までずっと不思議だった。どうして剣が──“名剣”が、この町とその隣の町にだけ送られてくるのか」

「それはそうだけど……」

「みっちょんも、考えてみて。名剣は元世界に数本しかない。そのうち、四本がきっとこの町の海の近くで拾われている。多分、四本が数本の全てなんだよ。そう考えると()()()()()()|……!」

「しっくり?」

「うん! 剣たちがこの町に送られてきたのは、当然、偶然じゃない。多分、別世界からこの世界に物体を転送する条件に合っていたから。この町の、条件らしいものっていえば……私には、海と、それと座標くらいしか思いつかない」

 座標。

 この町の座標……。

 スイは続ける。

「こんな特徴的な座標だもの! だってここは……日本の標準時子午線の通る町だから!」

「あ……」

 時間の座標と、空間の座標が、交わるところ。たしかに、「ぽい」。転送技術を運用する際になんか重要なところになりそう「ぽい」カンジだ。

 そう思うと、どんどん、そうとしか思えなくなってきた。

 数週間、ってことは少なくとも一週間は、まだ考える時間がある。直感的に思い浮かべた「この町の海辺」を結論としてここで思考放棄するわけじゃない。まだまだ考えるつもりだ。でも……

「(この町の海辺)」

 そこは。

「(私とドンキ、スイとオーケー、米噛さんとコストコが出会った場所)」

 そして。

「(鈴鉢ちゃんだって、隣町の最も西端の海辺でららぽと出会った)」

 そうだ。

「(私たちは、揃ってあそこで剣を拾った)」

 あそこに行けば、また何かが起きるのかもしれない。今度の私たちは、起きる前に止めるために行くのだけれど。


「あとは、百合烏賊さんが現れるとき……この世界に双想の実が転送されるときがいつか、だけなんかな……」

 鈴鉢ちゃんは白い手を口にあけ、うーん、と唸って考えている。

「そうだね。あとはそれだけ、特定したい」

 私はそう言ったけれど、実はほとんど確信している考えを持っている。

「スイさん、鈴鉢さん。剣を拾ったのはいつだった?」

「え、私は……オーケーを拾ったのは……確か──」

 みんなが話し合っている。やはり、みんなと私では、“名剣”を拾った者とそうでない者という違いがある。別世界からの転送物を拾った経験のあるみんなを中心に話し合いが進んでいる。

「……そうか。僕も、コストコを拾ったのは七月の上旬、放課後のことだった。時期は似ているけれど、時間帯は少し違うみたいだね」

「はい。特に私は、ららぽ拾ったの早朝やったから。でも、剣らがこっちの世界に送られてきたんはほぼ同じタイミング、なんやし……」

 みんなの話し合いが少し落ち着いたタイミングで、私は切り出す。

「それについてだけど、時間帯は夜だと思うんだ」

 画面のみんなと目が合う。

 私の手元には、一冊の文庫本と、一冊の児童書がある。児童書はあるページを開いている。小さなお墓の傍に佇む老人。老人の見上げる星空。

「一緒に戦ってくれるって言ってくれたみんなに、戦う相手に肩を入れるようなことになってしまうかもしれないけれど……」

 けれど、

「聞いてほしいことがある」

「……」

「百合烏賊のこと。百合烏賊は、全世界の停電を願う。なんでそんなこと願うのか、私は百合烏賊から聞いた。でもそのことをみんなには話してない。……話せない」

「……」

「多分、彼女は私だけに教えるつもりで話してくれたことだから。……まあその場にいたドンキも聞いちゃったんだけど」

「うむ。小生は聞いてしまったな。」

「うん。だから、詳しいことは話せないんだけど。……百合烏賊がその願いを望む理由から考えて、彼女が双想の実を食べるのは、夜になると思う」

 百合烏賊が全世界の停電を望むのは、東京からでも満天の星が見えるようにするため。彼女なりに詩音ちゃんを弔うため。だから日本時間で夜である必要がある。

 もっと言うと、それは、

「多分、深夜。深夜から夜明けにかけての間。……多分、十月の二十一日が二十二日になるとき」

「ちょ、ちょっと、みっちょん! 急にそんなに具体的なこと……!」

「スイ。今日から大体二週間後の十月二十一日深夜。何がある?」

「え、何って……」

「スイなら、知ってるハズ」

「え……? あ、流星群。──オリオン座流星群?」

「そう。多分、百合烏賊はその日に、双想の実を食べる。その日その時間に、全世界を停電させるつもりだ」

 私は言葉にしていて確信した。

 間違いない。

「もしその日よりも前の日に双想の実がこの世界に送られてきても、百合烏賊が手に入れても、すぐには食べない。オリオン座流星群の降る時間帯を待つはずだよ」

 児童書の開かれたページに書かれた絵。小さなお墓の傍に佇む老人。老人の見上げる星空。無数の星の散らばる夜の宙を切り裂く、無数の流星群。

 百合烏賊は、この瞬間を──この絵に描かれた通りの瞬間を、詩音ちゃんに見せたいはずだから。


 幸運にも、オーケーもコストコもららぽも、気配を隠すことのできる剣だ。自ら出向くようなことさえなければ、百合烏賊と接触することもないだろう。それも踏まえて、誰か一人を統率に置いてその人の指示に従って過ごすより、各自の判断で残り二週間を迎えようということになった。スイはなんと鈴鉢ちゃんのいる隣町に乗り込むことになった。家に泊らせてもらうのだと。

「私としても、スイさんが傍におってくれた方が心強いです」

 とのことだった。

 それよりも二人とも気にしていたのは、私のことだった。私のことを気にしてくれていた。

「みっちょん。行ってもいいんだよね?」

「うん。鈴鉢ちゃんの家さえよければ、そうしてよ」

「でも、みっちょんを一人にしても……」

「平気だよ。百合烏賊が私を闇討ちするような真似は、絶対しないはず」

 スイは元々、私の傍につくことを主張していた。でも私はひとりで平気だと、それをつっぱねた。夕の会話から、百合烏賊が私を襲いに来るとは思えなかった。「やったら、」と鈴鉢ちゃんがスイを招いたのだった。鈴鉢ちゃんはまだ、ららぽの力のコントロールに不安がある。防護性能に優れるオーケーとスイ相手なら、いい戦闘練習ができるだろう。

 指針が決まってきた。

「あ、もう夜も八時」

 そろそろ病院で通話するのはやめにしないと。

 挨拶を済ませ、今日は解散となった。

 米噛さんが抜け、鈴鉢ちゃんが抜けた。

 通話画面にはスイだけが残っている。

「スイ」

「はーい」

「今日は……いや、今日も。いままでも、これからも、ありがとう」

「な、なにー。急に……」

「いい機会だからね。じゃあ、今日のところは、バイバイ」

「うん……バイバイ……」

「あ、そうだ。二枚舌の剣、いる?」

 通話を切ろうと画面を操作していたスイの手が止まる。

「ええ? いるけど? ほらー」

 スイは画面外から、綺麗な装飾を纏った短剣を持ってきた。鍔の部分から垂れたピンクの長い舌。二枚舌の剣。

「二枚舌の剣」

「なんだ、三千代(ミンチョ)さんよ」

 ドンキのつけたあだ名も随分、剣たちの間に浸透してしまったものだ。

「あのね。二枚舌の剣も、ありがとう」

「……」

「君のおかげで、私たちはここに来れた」

 ここ。病室。という意味ではない。世界の危機と、そして百合烏賊の──友人の、暴走を止める一歩手前、という意味で「ここ」だ。私たちは二枚舌の剣でここに来れた。あと一歩踏み出して、世界の危機も、友人の暴走も、止めてみせる。それが私の想いであり、二枚舌の剣への感謝だった。

「……俺は、お前の腕を斬り飛ばした。この世界の人間の肉体を斬ることの残酷さは、俺の元いた世界のそれとは比べものにならない」

 二枚舌の剣はゆっくりと喋った。

「あー、まあ、めっちゃ痛いし、簡単に再生はしないね」

「女子供を傷つけるのは、悪いことだ」

「そうだね。でも君の意思でやったことじゃないでしょ」

 それは、斬髪斬首の剣というもの意思。なにより、おもちゃの剣で戦場にしゃしゃり出た私の意思も、私が腕を失った理由のはずだ。半分は自分のせいだ。

「しかし……なぜ、俺のことを信じる」

 二枚舌の剣は、夏場の大型犬のように、舌をでろんと無気力に垂らしている。

「だって、あのとき、」 モールでの戦いのとき。 「協力してくれるって言ったじゃんか」

「そりゃそうだが……それはつまり、あの土壇場で斬髪斬首のヤツや百合烏賊たちを裏切ったってことだぜ?」

「うん。そういうことになるか」

「あの土壇場で裏切っちまうような剣だ。今度はお前らも裏切っちまうかもな」

「でも、協力してくれるって言った。だったら、今から疑うよりも、信じたいよ」

 二枚舌の剣は、ため息をつく。器用な剣だ。

「お前は優しい優しい言われて育ってきたんだろうが、俺からしたら……甘い、だな」

「いいよ、それで」

 私としても、優しいと言われるよりも、そうズバッと言ってもらえる方が、むずがゆくない。

「えー、みっちょんは本当に優しいんだから」

「……あ、ありがとうね、スイ」

 恥ずかしい。私はごまかすように、

「そ、そうだ。私は、なんで君があそこで斬髪斬首の剣を裏切ったか知りたい」

「……」

「二枚舌?」

「ま、あいつが嫌いだったからさ。簡単に言えばな」

 二枚舌の剣は続ける。

「斬髪斬首の剣。……螺落宝刀に敗れた俺たちは、その場で処されたわけじゃない。秘宝級の窃盗は未遂でも一発死刑だ」

 秘宝級。きっと向こうの世界では「秘宝」という言葉にとても重い意味があるのだろう。そう。「名剣」のように。窃盗の未遂でも死刑になってしまうほどの、重い意味が。

「それで」

 私は続きを促す。

「斬髪斬首の剣は、俺の主人の首を斬り刎ねたのさ。首は喉を通る。切断面からは、あの醜い悲鳴が上がった。だから俺は、斬髪斬首の剣が嫌いだった」

「……」

「だから、裏切った。だって、主人の仇だぜ」

「……」

「ここにいる“名剣”たちがどうだか知らねえけどな……剣っていうのは、主人のことが結構好きなものさ。大体は一生付き合うことになんだからよ……」



通話画面からスイが抜けた。

通話が切れた。



それから、二週間が経った。



机の上から──

私は剣を拾った。

おもちゃの剣を。

そして、立ち上がった。

「行こう」

「応!」

私に拾われた剣が、そう答えた。




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