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黄金の剣 8

「何を言っておるのだそなた!」ドンキが叫んだ。「見損なったぞ! 友を見捨てるとは!」

 ひゅん。マネキン剣士が斬髪斬首の剣を振るった。三千代は首を斜めに倒して紙一重で死を回避する。

「うん。言い方が悪かった。──スイ。私、この戦いから抜けた方()いい?」

 それだけで、スイには全てが分かった。

 こくりと頷く。

 三千代はそれを満足そうに見つめた。

「ありがとう──」

 三千代は後ろを向いたまま、戦闘のあった場所から素早く去った。

「スイ殿まで……! 一体、どうしたと言うのだ!? 小生はまだまだ戦えるぞ!」

「足手まといなんだよ、基本的に、私たちはね」

 諭すように、三千代は言った。

 マネキン剣士に三千代を追うつもりはない様子だ。

 スイ、そして、王敬が、戦地に残された。

「戦ってみて分かった」

「何――何が、分かったと抜かす。バカ三千代(ミンチョ)。」

「あのマネキンは、やっぱりマネキンでしかない」

「は? そんなの、ひと目見れば分かるわい。それに、だからと友を見捨てて良い理由にはならぬ!」

 ドンキは叫び続ける。三千代はマネキン剣士とスイの立つところから充分位置を取ると、立ち止まった。そこは鈴鉢の隣だった。

「聞いてってば。」三千代はドンキに言い聞かせる。「やっぱり剣が剣を操るなんて、どうしても信じきれなかったんだ。馬鹿げてるけど、もしかしたら中に人間が入ってて操ってるんじゃないかって。……けど、実際に戦ったとき、あのマネキンから血の巡りみたいなものを感じなかった」

「何ぞ、それ。」

「人間味、みたいなことかな。……傀儡剣士は一時的に意思を奪われている状態だけど、戦ってると、戦ってる相手は人間なんだなって感じるときがあるんだよ。上手く説明できないけれど。でも、あのマネキンは違った。正真正銘ただのマネキンだ」

「ふん。それが、なぜスイ殿を見捨てる理由になる。」

「スイ──それときっとオーケーも──怖がってたから」

「何を。」

「私を傷つけちゃわないかって」

 そこで、鈴鉢がこちらを向いた。

 三千代は構わず、ドンキに続ける。その目の先では、しゃんと立つスイと、床を斬って鳴かせているマネキン剣士。

「本当は、オーケーの強さはあんなものじゃない。でもいつもの戦いだと力をセーブしてるんだ。本気を出すと、傀儡剣士の人を殺してしまうからね。……きっと“名剣”っていうのはそれくらい強大なものなんだ」

「その王敬殿に、小生は勝利したわけだがな。」

 旧校舎四階、鐘楼(しょうろう)での戦い。王敬に操られていたスイに、三千代たちは辛勝した。思えば、三千代にとって全ての始まりは、あそこだった。

「……あれも、やっぱりスイが怖がってたからだよ。スイが私を傷つけまいと、オーケーの支配に抗っていた。だから弱かったんだ。といっても、首の皮一枚で勝ったんだけどね」

「ふむ、そうだったか?」

「そう。だからもし、敵の人間を破壊しないように気を遣うという()がなければ……スイとオーケーは、どんな剣にも負けないはずだよ。」三千代はニッと笑って、「そして今回の敵は人間じゃない」


「今回の敵は人間ではない、ということか。」

 王敬が言った。

「そうだねえー……! みっちょんは、そう言いたかったんだと思う」

「では、相手の肉体を破壊してもよいのだな?」

「マネキン職人の人には申し訳ないけれどね!」

 スイは、切っ先をマネキンに向けた。

 瞬間。

 王敬は蒼天の色に全身を染めた。完全で完璧な緑青(ろくしょう)に身を包んだのだ。その姿は芸術品でしかなかった。

 そして、スイもまた。王敬の柄から伝播された緑青を、首より下の全身に絡めている。さながら、ブロンズの女神像だ。

 マネキン剣士が、斬髪斬首の剣を振った。王敬がそれに合わせにいく。2つの剣は衝突し、凄まじい轟音をモールに響かせた。

 2つの剣は弾かれ合った。

 炸裂する衝撃波。

 その時、衝撃波の風に乗るように、王敬から緑青が伸びた。幾何学模様を空気に描き、無数の触手となって、空間に咲き乱れた。

 さながら毎フレーム全く違う構造に変形するジャングルジムだ。あっという間にマネキン剣士を絡めとった。マネキン剣士は斬髪斬首の剣を振るって緑青の檻を次々裂いていった。その度に上がる、無数の悲鳴。しかし、無限の緑青を前に脱出は不可能だった。

「すごい……圧倒的や……」

 遠巻きに見ている鈴鉢が言った。

「もっと早く、こうさせてあげればよかったね」

 その隣で三千代が頬をかく。

「決めよう! オーケー!」

 スイが叫ぶ。

「あい分かった!」

 スイは王敬を構え、マネキンの腹部めがけて突こうとした。

 マネキン剣士は緑青の檻の中、ついに身動きが取れなくなった。その間に緑青はマネキンの表面に直接伝播し、錆で固めていた。スイの突きはそのまま何事もなく直撃すると思われた。


「ぎゃあああああああ!!」


 だから、突如として鳴り響いた()()()()()()()()()に、スイは驚かされた。

 三千代と鈴鉢の立つ距離でも耳を塞ぎたくなるほどの、大きな悲鳴。ゼロ距離で聞かされたスイはひとたまりもなかった。

 悲鳴は長く、粘り気をもって、鼓膜にべたりと張り付いて剥がれない。スイの聴覚は塗りつぶされ、他のどんな音も彼女には届かなかった。

「スイ。おい――スイ!」

 しかしテレパシーは別だ。テレパシーとは音ではなく心の波。王敬のテレパシーがスイを気絶から引き留めた。

「(オーケー……?)」

「気が付いたか。退くぞ……!」

 ふあ、と花びらを散らせるように、マネキンを絡めとっていた緑青が消えてゆく。スイはすぐさまマネキンから距離を取った。

「スイ!」

 三千代の声がようやく聞こえるようになった。スイはにこりと笑い、自分は大丈夫であることを示す。耳の奥がまだ、キーンとしている。

 汗で、黒く長い髪が首の周りに引っ付いている。

 顔を上げる。

 ひと目見て分かった。

 マネキンは、緑青によって動けなくなる直前、剣をマネキン()()に向けていたのだ。そしてマネキンは、自身の剣で、自身の顔を斬った。本来のっぺらぼうだったはずのすべすべの顔に、横一文字、スッパリと切れ込みが入っている。まるで、化物の口だった。そこから、あの人間のような悲鳴を上げたのだ。

「どうしてさっさと負けないのよォ!」

 金切り声が上がった。先ほどの悲鳴と同じ声質。何も信じることをやめてしまった若い女。そんなイメージの声だった。

「しゃべった……?」

 しゃべったのだ。信じられないが、マネキンが喋ったのだった。

「ねェ、()()()! もっと上手に(あたし)を使いなさいよォ! 負けそうじゃないのォ!!」

 そう言って、マネキンは、右手に握った長剣で、己の頭頂部に刺さっているもう一本の剣の柄をつついた。

 どうすることもできない雰囲気があった。

「(()()()?)」スイには、マネキンの口から出たその言葉がひっかかっていた。「(それがあの頭に刺さってる剣の名前?)」

「二枚舌の剣、か。はて、どこかで聞いたことのある気もするのう。」

「(知ってるの? オーケー!?)」

「ような気もするだけである。」

 マネキンの頭頂部に刺さっている剣。

 それは「二枚舌の剣」といった。

 元いた世界では、ある大犯罪者に仕えていた。

 世にも珍しい──喋る剣、である。

「うるせえよォ、()()()()! だからオメエみたいなガキと組みたかなかったんだ!」

 マネキンの頭頂部。突き刺さっている剣の(つば)からピンクの舌がだらんと垂れ、そう()()()。テレパシーではない。声を出して、言ったのである。その声は、スイにも三千代にも鈴鉢にも、聞こえていた。


 そこには二本の「喋る剣」があった。

 一本はマネキンの右手、「斬髪斬首の剣」。マネキンに口を作り、喋っている。

 一本はマネキンの頭頂、「二枚舌の剣」。剣から直接口が生え、舌を垂らす。


「喋った?」

 三千代は驚かずにはいられなかった。

「なにを驚いておる、三千代(ミンチョ)。喋る剣など、もはや珍しくなかろう。小生だって、王敬殿だって、喋るではないか。」

「いや、うん。なんか、それとは違うっていうか……」

 ドンキはともかく。王敬や螺落、米噛の持つ豪頭、ほか別世界からやってきた剣も、人間と会話ができる。でもそれはテレパシーだ。人間や動物みたいに、声帯を持って、発声器官を揺らして「声」を出しているわけではない。

 しかし、目前の奇妙な剣は、舌を出し、れろれろと動かし、まるで人間みたいに、「声」を出している。

「だいたい、オメエの(ちから)はクソうるさくてかなわねえよォ! その紛い物の口で金切り声ブチ撒けんのォやめろや!」

 頭頂部の剣──二枚舌の剣というらしい──は、右手に握られた長剣に文句を言っているようだった。

 しかも止まらない。

「あとな! 今、この人形を操作してんのは俺だァ! 勝手にテメエの意思、流し込んでんじゃねえよ、斬髪斬首!」

 そこでようやく、今マネキンに握られている長剣が「斬髪斬首の剣」というのだと、三千代たちは知った。

 二枚舌の剣。そして、斬髪斬首の剣。それが、かれらの名前だった。

「なによ、なによ! ……もういい、(あたし)がコントロールに回るから」

 マネキンは口をぱくぱく動かしそう言うと、右腕を振り上げた。そしてそのまま長剣──斬髪斬首の剣──を、己の頭に上から突き立てた。そして、横に並んで刺さっているもう一本を引き抜いた。

 剣が、入れ替わった。今、マネキンの手には短剣──二枚舌の剣──が収められた。マネキンはぶんぶんと短剣を振り回す。口がぱくぱく動いている。

「ふん。私はそんなに甘くない。全員、殺す。」

 物騒な台詞を言い終えると、たーん、と床を蹴って高く跳び上がった。衣服が次々に外れてゆく。王敬の緑青攻撃の中で、マネキンの着ていたものはぼろぼろになっていたようだ。

 マネキン、あるいはマネキンを操る斬髪斬首の剣は、自身のボディがすっ裸になったことを微塵も気にする様子はない。

「死ィねェえええ!」

 叫びながら落ちてくるマネキン。

 スイは目を見張った。実際、スイがすることはほとんどなかった。身体の操作は、王敬に任せていた。スポーツ経験もほとんどなく、運動の不得意な自分が動くよりも、王敬が緑青で操作してくれた方が、よく動ける。傀儡剣士との戦いのシーンでスイはいつもこうして、三千代に劣らぬ動きを見せていたのだった。それでもスイにもやることはある。読んで字のごとく、目を見張ることである。目を背けないこと、と言い換えることもできよう。

 王敬はスイと五感を共有している。王敬はスイの目を通して外界を見ているのだ。スイが相手の姿をしっかり捉えているから、王敬は自身を存分に振るうことができるのだった。

「(頼んだよ……オーケー!)」

「うむ。任せるがよい。」

 王敬はスイの身体を借り、自身を最も美しい軌道で振るった。下から上へと振り上げられる、二枚舌の剣を真正面から迎え撃つための一撃。

 重力が乗っている分、上から落ちてくる二枚舌の剣のポジションの方が有利であるはずだが、それでも“名剣”である王敬には敵わないだろう。

 2つの剣が衝突した。

 そしてスイはその場から動じず、マネキンの方が吹き飛ばされた。王敬が競り勝った。

 吹き飛ばされた先で、マネキンは飛び跳ねるように立ち上がる。

「……馬鹿に使われる方は溜まったもんじゃねえや。」

 マネキンの右手で、二枚舌の剣が言った。鍔から垂れる長い舌が揺れている。

「はァ!? (あたし)が悪いってゆーのォ!?」

 マネキンの口がぱくぱく動いた。斬髪斬首の剣、とやらが言ったらしい。

「ああ、そうさ、オメエが悪いのさ。相手は“名剣”王敬だぜ? ハナから勝ち目は針の穴だ。」

「うるっさいわね! 分かってるわよ!」

「ならどうして、最初俺を手にしていたとき、不用心に“斬首の構え”を見せた?」

「あれは……」

 二人、いや二本の声はとても大きかった。三千代たちにもしっかり聞こえた。「斬首の構え」という言葉が出た。きっと、最初に三千代たちの前で静止していたときの構えのことだろう。

「もう、次に“アレ”をしても警戒して近づいてきやしねえだろ。数少ない勝ち筋だったってのによォ。」

「あァもォ! 二枚舌! あなたの減らず口には我慢ならないわ! 黙って目前の敵を切り裂きなさい!」

 ずっとこの調子で言い争っている。なんだかんだ息が合っている……というわけでもなく。二本の剣は本当に、本当に険悪な仲のようだった。

 特に、斬髪斬首の剣はもはや止まらない様子だ。「ばか」とか「あほ」とか「ドジ」とか子供みたいな語彙で、相方である二枚舌の剣を罵倒している。しまいには、

「第一ね! 勝ち筋ならまだあるじゃないの! “私の構え”がなくとも、“貴方の力”があればまだ!」

 そう言うと、マネキンはスイへと突っ込んでいった。右手の中で二枚舌の剣は「そういうことを不用心に言うなっつってんだよ」と思った。

 マネキンとスイが、二枚舌の剣と王敬が、再びぶつかり合った。


 少し離れたところで、三千代は考えていた。

「(“貴方の”)」 斬髪斬首の剣が言った言葉。「(──“二枚舌の剣”の、“力”?)」

 強い剣は、特別な力を持つ。別世界からこの世界に送られてきた剣は、漏れなくそういった剣だ。あの二枚舌の剣とやらも、特別な力を持っているのは間違いない。三千代はそれを「舌を出して喋れること」だと思っていたが、よく考えたらそれは特別であっても強くはない……のではないだろうか?

 だとすれば、二枚舌の剣の力は、別にあるのか?

 いや、あったとして、それは“勝ち筋”なのか?

 基本的に別世界で“名剣”という扱いにあった剣と、その他では、強さに大きな開きがある。それは、この二か月で十分に理解した。何度も王敬から話を聞き、何度も傀儡剣士と戦い、また米噛と豪頭と話す中で、充分に。それだけ三千代は「剣」について真剣に向き合ってきた。

 “名剣”以外の剣がどのような力を持とうが、それらに負けないから“名剣”は“名剣”なのだ。……なのでは、ないのか?

「(分からない……)」

「下剋上の力か。――面白い! おい三千代(ミンチョ)! やはり小生もそなたも戦いに混じるべきぞ! あの者、スイ殿と王敬殿を相手に勝算を持っているようだ!」

「ドンキ……。」果たして何が正解なのか。「ドンキの言うことも一理ある、ね……!」

 真っ赤なプラスチックの柄を、きゅっと握る。

 目の先で、2つの剣が揺らぎ、ぶつかり、火花を散らし、それを刀身に映して光沢を放っている。あそこで繰り広げられているのは真剣と真剣の勝負だ。今までの傀儡剣士との戦いもその通りではあったのだが、今度のは一層その度合いが強かった。おもちゃの剣を握り締めた自分の、出る幕などあるのだろうか?

 いや、悩んでいる暇はない。もし僅かでもスイが傷つく可能性があるのなら──スイが死ぬ可能性があるのなら、自分がここでじっとしているわけにはいかない。最悪弾避けにでも何でもなってやる。

 脚に、グッ、と力がこもる。

「三千代さん!」

 そこで服の裾を引っ張られた。

 思い切り引っ張られたわけではなく、なんとも申し訳なさそうなか弱い力で。

 見ると、鈴鉢だった。

 三千代はほとんど一歩目を踏み出していたので、勢いを止められずにこけそうになった。踏みつけられた床が、だん!と音を立てる。三千代は止まる。

「す、鈴鉢ちゃん?」

「あの……ららぽが、あの剣のこと、知っとるって」

 言うやいなや、鈴鉢は三千代の手首を掴んだ。ドンキの握られている右手首だ。

三千代(ミンチョ)さん。」

「は、はい」

(わたくし)、二枚舌の剣を知っていましたわ。思い出したのです。そして――その“力”も」

「!?」

 テレパシーというものは、肉声よりも、情報の圧縮率が高い。螺落のテレパシーは一瞬にして、その隅々までが三千代へと伝えられた。

「二枚舌の剣。あれは、そう――」

 世紀の大怪盗・スベスタの相棒。

 スベスタは、世界中から様々な絵を盗んだ。絵の保管されている建造物の正面に、紳士的な便箋に描かれた予告状を突き刺すと、必ずその4日後に絵を盗みだした。誰も彼を止めることはできなかった。最終的に彼はその生涯で、芸術的価値の認められた絵のうちの1パーセント以上を盗んだとされている。彼の最後のターゲットは、螺落の仕える世界中央永世中立大美術館の最奥に飾られている──いや、秘匿されている──『創造主自画像』だった。それまで彼の盗んできた全ての作品よりも厳重に守られている。彼が怪盗行為中に剣を抜いたのはそれが初めてであり、また怪盗行為に失敗したのもそれが初めてだった。スベスタは、“名剣”螺落宝刀を握った番人に敗北した。

「(そのときの、その、スベスタさん?が使ってた剣が……?)」

「ええ。二枚舌の剣。大嘘つきの大怪盗に相応しい剣ね。」

「(すごそうな剣なのは分かったけど、でもららぽは勝ったんだよね?)」

「正直、辛勝でしたわ。なんせ、私の使用者の脚が斬り落とされたんですもの。」

 向こうの世界では、脚を斬られても剣の勝敗には関係がない。脚を斬り落とされてもすぐに生えてくる。しかし、“名剣”の使用者の身体に刃が届いたということは、その剣は“名剣”に迫る強さをもっていたということだった。

「(早く、スイに教えてあげないと! 二枚舌の剣の力は!?)」

「“二枚目の刃”、ですわ。」

 螺落は続ける。

 “二枚目の刃”とは──

 つまりは舌である。あの、鍔からべろんと垂れさがって振られる度にぶるぶる揺れている、舌。あの舌が二枚目の刃なのだ。 「二枚舌の剣」は見事な装飾の施された美しい剣である。王敬を縄文弥生の祭事用の剣だとすると、二枚舌の剣は中世西洋王族の城に飾られている宝剣のような見た目である。それだけに、鍔から生えた舌が場違いで、浮いていて、間抜けに見えた。そこに惑わされる。二枚舌の剣と対峙した者は、小ぶりで美麗な刃に気を取られ、“舌”という第二の刃を甘く見る。しかしその面白おかしい“舌”こそが──真に危うき刃なのである。

 螺落は以上のことをテレパシーで伝えた。

 三千代は叫ぶ。

「スイ! 二枚舌の剣の──ベロに気を付けて! そっちが本命の“刃”なんだ!」


 二枚舌の剣は驚いていた。なぜ、自分の力の正体を知っている者がいる。驚き、一瞬後には冷静になった。冷静に思考を巡らせる。

 分かった。

 最初に刃を交えたあの金の剣。あれが「螺落宝刀」であることに気づいた。かつて大美術館で戦い敗れた相手だ。

「くそっ!」

 今まで気がつかなかった自分に腹が立った。

 一方で、なぜ自分が気づかなかったのか、その理由も分かった。あのやたらと色の白い少女が使う様が、かつて自分が戦ったときの様子と随分違っていたからだ。白色の少女が何を考えて螺落を振るっているのかは理解できないが、なぜか螺落の“力”を使おうとしていない。それでは、イメージが結びつかないわけだ。二枚舌の剣は、大美術館番人という剣士の腕と技によってではなく、螺落の“力”を前に敗れたのだから。

「王敬に加えて、螺落宝刀がいんのかよ!? どうなってんだこいつらは!」

 鍔から生えた長い舌がれろれろと動き、そう言い放った。

「……」

 斬髪斬首の剣は沈黙していた。マネキン人形の紛い物の瞳を通して、視界には王敬とそれを振るう少女が見えている。先ほどのお仲間の声を聞いたせいか、一層警戒を強めた表情を見せている。斬り甲斐のある黒い長髪に、斬り甲斐のある白い首筋。さっさと切り殺してやりたい気分が高まる。

 このまま激動に駆られて、右手に握る二枚舌の剣をぶんぶん振り回したい。できれば自分の──斬髪斬首の剣自身の──刃を肉に通してやりたいが、この際こだわらない。気に喰わないが相棒となっている二枚舌の剣で、目前の人間の髪と首を斬りたい。

 二枚舌の剣は、そんな斬髪斬首の剣のことを「ヒステリックで感情任せのバカ」といつも馬鹿にしているが、実のところ斬髪斬首の剣も任務と感情を天秤にかけて前者を優先する程度のことはできる。そんなわけで斬髪斬首の剣は、自身の感情を押し殺し、この場を勝利するための冷静な提案を()()に伝えることにした。

「(ね……)」

 無論、周囲には聞こえぬように、テレパシーで。

「(あんだよ。)」二枚舌の剣もテレパシーで応じる。

「(貴方ことを知っている者がいるようだし……いや、ううん、元々――元々、正攻法で名剣二振り相手に勝つのは無理だわ)」

「(じゃ、どうしてえんだよ)」

「(あそこの褐色の少女、人質にしましょ!)」

 動かぬマネキンの瞳は、少し離れた場所に立つ褐色の少女を──三千代を、視界の端で捉えていた。

「(……あのガキが手にしていたのはおもちゃの剣。なぜ名剣所持者たちとつるんでんのかは知らねえが、きっと俺たちの任務とは無関係だぞ。)」

 二枚舌の剣たちの任務。自身と同じように、向こうの世界からこの世界に送られてきた剣を集めることである。

「(それが?)」

 斬首の剣は気にもしない様子だった。その間も二枚舌の剣と王敬は凄まじいスピードでギャンギャンとぶつかり合っている。

「(それが……ってオメエ。無関係な者を巻き込むことになるって言ってんだ。この世界の人間は随分簡単に死にそうだぜ?)」

「(ええ。それが?)」

「(……あのガキの隣には、螺落宝刀を持ったガキが立ってる。“黄金の剣”とやりあうつもりかよ。)」

「(だぁいじょうぶよ、二枚舌。貴方のことを知っている様子だったけれど、()()()()()()()()()()()()みたいだしね!)」

 二枚舌は「反対だ」と答えようとしたが、その時には既に、斬髪斬首の剣の操るマネキンは跳んでいた。三千代へ向かって、跳んでいた。

「チッ。」

 二枚目の刃は舌を打った。




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