黄金の剣 7
剣を拾った。
黄金に輝く剣だ。
はじめ、それが剣だとは気が付かなかった。
「なんやろ、これ……」
町の海の、西の端の浜。
鈴鉢はこの日、姉とゴミ拾いに来ていた。
海辺のビーチが観光名所となっているこの町だが、隣町に近づく西に行くにつれて、人の気は少なくなってくる。
鶏が先か、卵が先か、でしかない。町の西側の人気がないのは、宿が少ないからだ。しかし宿が少ないのは、人気がないからである。
とにかくそういうわけで、その日の朝も人が少なかった。しかしこれから夏を迎える時期だった。この町に住む幼い子たちは、夏休みに入ると、人の少ないこっちの海辺に遊びに来る。そんなとき、酔っ払いが捨てていったガラスを踏んで怪我でもしたら大変だ。だから、住民で協力してゴミを拾おうということになっていた。多くの家庭では、お小遣いをやることで子供たちにゴミ拾いの協力をさせていた。
鈴鉢は、砂浜に斜めに刺さっている、金色の棒を見つけた。
早朝は日が低く、皮膚の弱い鈴鉢でも軽快に動き回ることができた。また、金属っぽい金色の棒も、日光で熱されることなく、拾いやすかった。
「ほんまの金なんかな」
そんなわけがない、と心底で思いつつもわくわくしながら、それを引き抜く。
結果から言うと、それは本物の金だった。そして剣だった。それは螺落宝刀だった。
鈴鉢が掴んだのは、剣の柄の部分だった。
剣が突き刺さっていた砂は柔らかく、するりと抜けた。あまりにも滑らかに抜けた。
「うわっ!」
問題はその後だ。
勢いよく引き抜かれた黄金の剣は、伸びた。
鞭のようにしなって、光線のように真っ直ぐ、どこまでも伸びた。
そう──“黄金の剣”・螺落宝刀の力。それは。「変形」と言うよりももっと適切な表現がある。それは、「延展」。
金という金属は、変形しやすい。特に、「熱」によって。螺落宝刀の持つ力「延展」とはつまり、熱によってスルリと伸びること。使用者の体温を利用し、瞬時に刀身を伸ばし、遠くのものを斬ることだった。
鈴鉢が螺落を引き抜いたとき、少女の白い手は、どきどきとわくわくによって微熱を帯びていた。だから螺落は「延展」を起こした。
空気ごと切り裂くような鋭さで、10メートル離れたところに立っていて木を切り倒した。ずずん、と音を立て、木は斜めに両断された。
そして。
木の下には。
木陰には。
彼女の姉がいた。
幼い頃からいつも一緒に遊んでくれた、優しい姉。美しい黒髪と、可愛くも精悍な顔立ちの姉。髪と肌の色でいじめられた自分を助けてくれた、強い姉。剣道という言葉とその意味を教えてくれた、師匠のような姉。
そんな姉が──
「お姉ちゃん!」
巨木に潰されようとしている。
「──お姉ちゃんっ!!」
二度目の叫びに、姉は気づいてくれた。ひょうと背中を下げ、そのまま滑るように右に転がる。人体の動きから発生した小さな気流に乗って、黒髪が舞い上がる。たなびく髪が、倒れゆく木の幹に僅かにかすった。
鈴鉢が駆け寄る。短く切り整えられた白い髪が、くらげみたいに膨らんだりしぼんだりした。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
姉の肩を力強く掴む。姉は、
「びっくりしたあ」
笑ってそう言った。
それから、何もなかったように鈴鉢の頭を撫でた。
「貴方は?」姉は妹のことをいつもそう呼んでいた。「貴方は大丈夫なの?」
「え、」
「どこも怪我してないの?」
「あ、うん。私は、なんとも」
それを聞いて姉は立ち上がった。
「じゃあ、いいや」
姉は、妹の手を引いて木から離れた。それから振り返り、
「あの木が、倒れたのね。不思議なこともあるもんねー」
と言った。それだけで済ませてしまうほど、姉は世界に対して単純だった。ただ、妹のことはとても大切に思っていた。
妹は、姉の手を握って家へ帰った。ゴミ拾いは切り上げることにした。倒れた木のことを大人に報告しなければならなかった。姉の手は力強く、ごつごつと硬く、しかし妹の手を握るその手はやはり、赤い血が通っており、あたたかかった。
妹は姉の手をにぎにぎ握って安心しながらも、不思議に思った。
あれは、何だったのだろう。
砂の中から引き抜かれ、光の線となって伸び、巨木を切り倒し、姉を殺しかけた、あれは──何だったのだ?
砂の上に倒れる姉に駆け寄ったときには、既に彼女の手からは消えていた。しかし最初確かにあった。あれは何。
そんなことを考えながら帰路を歩いていた。地面に伸びる二つの影は、太陽が低いせいで、針のように細く引き伸ばされている。
町の北西の端から、町の中心やや上にある家までは、歩いて遠かった。自分と姉の影を見つめながら、考える時間はたくさんあった。無論、考えて分かることではなかった。全て分かったのは、家に着く二十分分ほど前の道中でだった。
首に冷たい感触が走った。それは蛇みたいにスルスルと自分の体表を移動した。そして──
「貴方が、私を拾ったのね。」
と言った。いや言ったのでない。脳内に直接、その「言葉」が伝えられた。
「わっ!」
初めての感触に驚く。慌てて、姉と繋いでいた手を離してしまった。
「どうかしたの?」
優しく尋ねる姉。手をこちらに伸ばしてくれている。手を握り直す。
「う、ううん。なんでもない……」
そう言ってから、姉から顔をふいと逸らす。空いている方の自身の手に、目がいった。手首には、金色の蛇が巻き付いていた。
再び声が出そうになった。再び驚いて、手を離しそうになった。しかしもう一度も姉と手を離すのは、嫌だった。声を飲み込み、静かに手首の蛇を見つめた。
それは蛇ではなかった。金色のくねくねくねるそれは。蛇ではなかった。そのことを、くねくね自体が教えてくれた。
いわく、そいつは剣だった。黄金の剣で、名を「螺落宝刀」と言う。そして、そいつがどこから来たのか、どうして来たのか、全て教えてくれた。信じられない話だった。しかし信じるしかなかった。
螺落は、黄金でできた剣であり、熱によって伸びる「延展」という力を持っていた。今は鈴鉢の体温によって、自由自在に伸び縮みできる。だからこうして蛇みたくうねって鈴鉢に纏わりついている。鈴鉢は、こうして別世界最強の剣の拾い主となった。
螺落は鈴鉢が家に着くまで、「テレパシー」という力で鈴鉢に話し続けた。
そして家に着く頃に、真相を知らされた。
姉が死にかけたのは。
自分が剣を引き抜いたからだ、と。
「私に不慣れな者が使用すると、意図せず延展が起きてしまうことがあるの。」
鈴鉢に引き抜かれた瞬間、螺落は伸び、遠くの木を切り倒し、結果、木は姉の上に倒れようとした。
それがさっき起きた全てだった。
「うっ、」彼女は姉から手を離すと自身の口をあてがった。「げえっええぇぇえっ!」
そして吐いた。
姉は、自分が、殺しかけたのだ。
こうして少女は剣を拾った。
それから何度か、他の剣士を見かけたりした。
螺落が気配を感知して、教えてくれた。
この「別世界の剣」を拾ったのは自分の他にもいたんだ、と思った。
安心材料である一方で不安材料でもあった。軽く振るえば木を切り倒せるような、そんな剣を、自分以外にも持っている人がいる。それは恐ろしいことだった。
そんな中、ついに「傀儡剣士」と出会う。無論鈴鉢はソレに「傀儡剣士」と名付けたりはしなかったが、ようは三千代やスイの言うところの「傀儡剣士」である。つまり、意思を奪われ、何者かに操られるように剣を振るう者たちのことである。
螺落は延展による完全変形によって気配を消すことができたため、鈴鉢が剣士であるとバレることはなかった。だから傀儡剣士に襲われることはなかった。
しかしあるとき、他の剣士が傀儡剣士に襲われている場面を見てしまった。
ぐりんと白目を剥いて、竜のうろこを纏ったような剣を振り回す、傀儡剣士。
そいつに襲われている、ガラスでできた七支刀のような剣を持つ、中年男性。
「ひぃいっ、なんで、なんでおれだけ襲ってくんだよおっ!」
中年男性が叫んだ。
この時になると鈴鉢も、傀儡剣士の性質を徐々に理解しはじめていた。傀儡剣士は剣士しか襲わないこと。傀儡剣士が暴れているのを目撃しても、剣を持たぬ一般の人間は後でそのことを忘れること。そして、傀儡剣士は、他の所持者から剣を奪おうとしていること。
「あの硝子の剣を持った男性のこと、助けたいんでしょう? なら、助けて差し上げなさいよ。」
螺落が言った。
「……」
鈴鉢は黙る。
黙る鈴鉢に、螺落は続ける。
「“名剣”である私を振るえば、あの蜥蜴のような剣、すぐに斃せますわよ。」
「(むりやって……)」
「……決闘の条件は教えたはずよ。相手のお顔か、喉、お腹、あるいは手。そのどこかを、相手より先に叩けば良い。」
そんなことは知っている。他でもない螺落に教えてもらった。しかし、それが、それこそが、
「(それが、むりなんや)」
鈴鉢はほとんど涙をこらえるようにして、心で唱えた。白い肌に冷たい汗が浮く。白い髪が心のように乱れる。
螺落を使って、決闘に勝利する? そんなの、無理に決まっている。もし自分が螺落を──ららぽを、振るえば、どうなると思う? 人間の肉なんて容易く斬ってしまって、容易く殺してしまう。傀儡剣士も、襲われている中年男性も、一緒に真っ二つだ。そんなの、無理だ。
「私には、ららぽの力は使いこなせへん……」
そう言って、鈴鉢は握り締めていた手を解いてしまった。手中にあったららぽが──金の刀が、手から離れて落下する。落下の途中で、金の刀は溶け、蛇となり、スルスルと鈴鉢の白い脚に絡みついた。そして鈴鉢の服の中に潜っていった。
その様子を、三千代は目の端で捉えていた。
「分かった。」間髪入れず続ける。「でもあまり自分を責めないで」
スイが続いて頷く。
鈴鉢は顔を上げる。
「え?」
「鈴鉢ちゃん。君が今、ららぽを使えないことで気に病む必要はないよ。……でもね。さっきは、君がその剣で、私を助けてくれた」
崩落するエスカレーターを切り刻んで、三千代の命を助けた。
「私だけじゃない。あの男の子も助かった」
「みっちょんとあの男の子だけじゃないよ。みっちょんが、あの男の子が生きてくれて、私も救われたんだよ」
三千代の言葉にスイが続く。
三千代はこくりと頷くと、ぐ、と足を一歩踏み出した。
「──そのことを誇ってほしいな」
そう言って、だん、と駆け出した。
マネキン剣士は、鈴鉢との斬り合いから離れたときに可動域であった首がぐるぐる回ってしまっていた。それを直すのに手こずっていたようで、大きな隙となっていたのだ。それを突いて、三千代は攻めに転じたのだった。
剣も持たず立ち尽くす鈴鉢。
その目の先で、三千代とスイが、マネキン剣士と戦っている。
「みっちょん、私の後ろに!」
マネキン剣士が、長剣を大きく後ろに振りかぶった。強力な一撃を放つための予備動作だった。
三千代は、マネキンの左脇を抜け、スイの背後へと回り込む。スイは、王敬を胸の前に掲げた。すると刀身を覆っていた青い錆が外へ外へと広がり始めた。青錆は巨大な盾となり、スイと三千代の前へ構えられた。
そこに、マネキン剣士の一撃が浴びせられる。ぎゃりぎゃりと、金属を抉らんとする金属の悲鳴。
「オーケー! 大丈夫!?」
「余裕だってさ!」
三千代の叫びに、スイも叫んで返す。
マネキン剣士の振るった長剣は、緑青の盾に受け流され、そのままの勢いで白い床をサクリと切り裂いた。裂かれた床が「きょおぉぉおおおおっ」と悲鳴を上げる。
緑青の盾は霧となって消え、王敬は再び赤き銅剣へと戻った。がらりと空いた、スイの周囲。左隣を、背を低くした三千代が抜ける。そして鋭利に伸ばされた褐色の脚で、マネキンの足元を思い切り蹴った。
マネキンがぐるんと回転しながら浮かび上がる。
前へ百八十度回転。頭部を真下に向けて、自由落下するマネキン。三千代は着地のタイミングを見極めて、マネキンの頭部にドンキを叩き込んでやろうと柄を握り締める。
しかし──
マネキンは、床に対して長剣を突き出した。そのせいで、マネキン剣士と床が接するタイミングが僅かにずれてしまった。
長剣が──斬髪斬首の剣が、床に垂直に突き刺さった。その上にピンと背を張ったマネキンが逆さまに立つ。
「ぎゃぅああああぁぁぁっ!!」
一瞬反応に遅れてしまった三千代が、マネキンの顔面にドンキを振り抜く。マネキン剣士は後ろに逆エビ反りして、それを避ける。しかも、その反動で床に刺さっていた長剣を引き抜いた。上へと昇る軌道で弧を描き、斬髪斬首の剣がスイへと向けられた!
「「スイ!」」
三千代の声に、王敬のテレパシーが重ねられる。
王敬は瞬間、己を掴むスイの右手に絡む緑青の蔓を、脈動させた。突き動かされてスイの右腕は王敬を振るった。斬髪斬首の剣と王敬が衝突して、火花を生んだ。
三千代はほっと安堵の息を吐く。
「ぼさっとするでない。」王敬が言った。
「(ご、ごめんねー、オーケー」」
「しかし、まいったな。」
「(え?)」
「あの不気味な長剣。あまりにも速すぎる。」
「(そりゃ、速くて強いけど。それだとどうまいるの?)」
「あそこまで速いと、朕が緑青を植え付ける暇さえ無い。」
「──!」
三千代とスイが傀儡剣士と戦うときの必勝パターン。傀儡剣士の剣に王敬の刀身が触れた瞬間、王敬の緑青を伝播させる。そして傀儡剣士ごと、錆で固めてしまう。動けなくなった傀儡剣士を、三千代がドンキで優しく小突く。これだった。
その戦法が使えないとなると、ややまずかった。
どうしたものか。
悩むスイに、三千代が声をかける。
「ね……スイ」
「な、なに?」
「私、この戦いから抜けていい?」




