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黄金の剣 4

「やあ、やあ、素敵な天気、素敵な町じゃないか! 毎日瞳の映すあの街にも飽き飽きたところだったのよ。さあ、改良された小生の切れ味、お天道様に見せてくれようぞ。」

 ドンキが元気に人工音声を上げている。

「(バグ、ねえ)」

 昨日のことを思い出す。

 スマートフォンに表示された、おもちゃの剣の商品ページ。

 やはりドンキはただのおもちゃだったのだ。高性能なAIに高性能なカメラ、高性能なスピーカーを搭載した、高級おもちゃだ。問題なのは、そうした()()にお金をかけすぎたせいで、外側に回すお金がなくなってしまった。どうりでこんなに──なんというか、ドン・キホーテの店頭で安売りされていそうな見た目をしているわけである。

 レビューも酷評の嵐だった。

『デザインがチープ。』

『材質がしょぼい。』

 ところで三千代の最大の不満点をレビューにするとしたら、『音量調整をさせろ』だ。

 ドンキ──もといその元になった商品──には音量調整のためのツマもボタンもついていない。ドンキの声量はドンキの機嫌に()るところが多かった。しかし同様の批評は、商品ページのレビューでは書かれていなかった。

 全てはAIのせいである。三千代がドンキに抱いている音量の不満はドンキのAIのせいであり、逆に、他のレビュアーが音量には不満を感じていないのもAIのためらしかった。というのもこのおもちゃ、AIがかなり優秀で、設定されている人格にも難がなかった。つまり本来、「音量下げて」とAIに頼めば、AIが素直にその通りにしてくれる。なので音量について不満を抱くユーザーなどいないのだ。

そう──

「ちょっとドンキ、外だからもうちょっとテンション下げて……!」

「何を抜かす、三千代(ミンチョ)。あの赤い(へび)から送られてくる紛い物の電気は所詮は代替品。やはり小生の糧となるのは太陽の光ぞ! そして、未知なる冒険ぞ! ぶわっははは!」

──三千代以外は。

 ドンキは──スイ曰く──「バグ」のせいで、AIが残念なことになっている。

 今日は土曜日。天気予報通りの晴れだ。三千代とスイ、王敬、そしてドンキは、隣町にやって来ていた。ドンキは相変わらず中二病で、エセ侍だった。


 三千代とスイ、王敬、ドンキは、隣町にやって来ている。

 天気予報通りの晴れ。

 ここまで予定通りだ。

「で、これからだね」

 駅を出て、二人は東へ東へと歩いて十分ほど経った。

「オーケーはまだ何も感じてないみたいだよ。剣にしてみようか?」

 スイが言った。

「剣に、か。……そうした方が、早く何かに出会えるかもしれない」

 三千代は悩んでいる。

 王敬に剣になってもらう。それも今から取れる行動の一つだ。

 王敬は普段、日本の銃刀法に違反しないために、刀身を緑青(ろくしょう)で何層にも固め、銅の板に化けている。法を遵するだけではない。「剣」という形を崩すことによって、剣としての魂を──気配を、隠すという意味もある。敵にこちらの気配を感知されぬために。

 それは裏を返せば、「剣」という形をとっているときは、“名剣”の巨大な気配を周囲に放っているということだ。向こうは──他の剣は、すぐに王敬の存在に気づくだろう。そしてそれは、とても無視できるような存在ではない。向こうは必ず何かアクションを取る。反応を見せる。逃げるかもしれない。あるいは、こちらに向かってくるかもしれない。

──戦いになるかもしれない。

 今日、そこまでの心の準備はできていなかった。

 悩んだ末に三千代は選ぶ。

「今日は様子を見させて」

「分かったー」

 二人は突き合わせて顔を前へ向け、再び前へ、東へと歩みを進めた。


 バス停が見えた。町営のバスだ。

 三千代はスマートフォンを取り出すと、写真のアプリを開いた。この前調べた、バスの路線図が保存されている。直線的で(いびつ)な丸い円が、この町の簡略図の上に描かれている。バスは、この町をぐるりと回る。もしも「気配を隠す術を持たない“名剣”」がこの町にいれば、必ずどこかで見つかるはずだ。

「人が少ないねー」

 スイが言った。

 その通りだった。人が少ない。観光の街なのに、外を歩いている人はほとんど見当たらなかった。しかし別に不自然なことではなかった。

「みんなが行きたがるのは海の方だから」

 そう言って、北の方角を見る。ここからでは見えないが、北には海がある。観光客も住民も、多くはそっちに集まっている。

「そういえば私たちは、この町の海には行ったことないねー!」

「自分の住んでる町にあるんだものね」

 電車に乗っているときに少し見えるが、この町の海も三千代たちの住む町の海も大差ないように見える。わざわざ行きたいと思ったことはない。三千代たちにとっては、海のある北よりも、大きなショッピングモールなんかがある町の中心付近の方が魅力的だった。

「行こうか」

 三千代が言うと、スイがすっと手を伸ばしてきた。手は、さも当然といったふうに三千代の左手に触れた。少女らの手が繋がった。

「……」

 少し待ったが、王敬の声は聞こえなかった。

「(オーケーが何か言いたいことあるんじゃなかったんだ)」

 そう思ってから、三千代は「ああ」と思った。ああ。思考が「剣」になりすぎている。なにも、友人と手を繋ぐ理由は「友人の持つ剣のテレパシーを聞くため」だけではないだろう。スイとは幼い頃からこうして手を繋いできたではないか。こっちが()()なのだ。スイは今、スイが繋ぎたいから三千代の手を取ったのだ。

「うんー。行こう」

 そう言ったスイと並び、三千代は歩調を合わせて歩く。スイの長く黒い髪が小さく揺らいでいる。

 その揺らぎはすぐに止まってしまった。バス停の屋根が落とす影の内まであと一歩、というところでスイが立ち止まった。勢い余ってあと一歩踏み出した三千代の腕がピンと張る。

「どうかした?」

 と尋ねると、スイは黙って白く細い指で向こうを指した。そして身体に遅れて声を出す。

「あれ、何だろう?」

 三千代の視線が白い腕に沿って動く。

 すぐに、スイがどれを指しているのか分かった。

 白くて丸い何かが、道の真ん中で静止している。

 ここからだと少し遠い。

 ゴミ袋か何かだと思った。ぐったり倒れているし、周囲に何かが散らばっている。だから、カラスに荒らされて、道の真ん中まで動かされてしまったものだと。そう思った。しかしすぐ、

「(違う……)」

 ゴミ袋ではないことに気づく。

 気づいてからは、早かった。

 既にスイの手は三千代から離れていた。

「なんぞ? スイは何を目にした?」

 ドンキの声。

 構わず、三千代は──駆け出した!

 走りながら叫ぶ。

「大丈夫ですか!」

 それは人だった。

 人が倒れていた。


 三千代は(そば)に駆け寄った。

 倒れていたのは少女だった。

 少女が、芋虫のように地面にうずくまっていた。

 瞼を下ろして、ふう、ふう、と口から息を吐いている。

 少女はこの暑い日に、手の甲を半分以上隠してしまうほど長い袖の服を着ていた。大きな麦藁の帽子を頭に被っていた。露出が少ない。それでも、白い肌が目立った。白い、髪が目立った。少女は髪も肌もとても白かった。スイの肌が陶器だとするならば、少女の肌は新雪だった。新雪のように、ただ白かった。

 近くに散らばっていたのは、少女の所持物だと思われる、携帯電話やハンカチ、それと日傘だった。


 三千代の後をスイが追った。

 三千代は屈んで、倒れている少女の手を握っている。手は温かかった。

「ど、どう……?」

 短い距離だったが全力疾走をしたせいで、スイの息は切れている。片手を膝にあてて、肩を上下させている。

「救急車を呼ぼう! ためらわず!」

 三千代はスイの顔を見上げた。上から容赦なく降る黄金の太陽の光が、目に刺さる。褐色の肌がひりひりと痛んだ。九月も半ばだというのにひどく暑い。刃物で切り裂いたみたいに空が晴れている。

「はい!」

 スイはしゃんと背を伸ばすと、ポケットからスマートフォンを取り出した。

 そのとき、少女が細い声で、

「ま、待って」

 と言った。

 小さな声だったが、三千代には聞こえた。三千代はすぐに少女の言葉を否定しようとした。この状況で待てるわけがない。誰がどう見ても、すぐに救急車を呼ぶべきだ。しかし三千代がそう言い始めるよりも先に、少女は重ねて、

「ほんまに、ようあることなんで……」

 さっきよりも少し大きな声で、そう言った。

「……スイ、やっぱり救急車はちょっと待って」

 三千代の言葉に驚きながらも、スイは手を止めた。

「いいの?」

「この子が言ってる」

「ええ?」

 スイが屈むと、少女は目を開けた。地面に落ちた桜の花弁のような、淡い紅を混ぜた薄い茶色をしていた。

「すんません、心配かけました……」

 少女は言った。弱弱しい声なのは変わらないが、今にも死にそうというほどではない。

「私たちはいいよ。」三千代は一往復だけ首を横に振ってから、「……よくあること、なの?」と尋ねた。

「はい。ようあるんです」

 即答だった。

「そっか。でも、ずっと道の真ん中だと危ないでしょう。どこかに移ろう」

「あ、せやたら……日陰。日陰がええです」

「分かった」

 三千代はひょいと、少女を抱き上げた。

「うひゃあっ」

「あ、ごめん。移すっていっても、歩かせるわけにもいかないと思って」

「や……ありがとうございます」

「うん」

 少女は三千代の顔を見ようとしたが、少し瞼を持ち上げると太陽が目に入って痛かった。諦めて目を閉じようとしたとき、少女の頭上で傘が開いた。

「きっと、太陽の光がだめなんだよね?」

 スイが言った。傘を持つ彼女を、細く開いた目で見つめ、こくりと頷く。


 バス停のベンチに少女を下ろす。少女は右手をベンチにつけて座った。

「ほんまに、助かりました」

 額の汗を手の甲で拭って、少女は礼を言った。

 三千代がバス停近くの自販機で買った飲料水を渡そうとすると、少女は素直に受け取ってくれた。両手でペットボトルを持って、「んく、んく」と小さな口に流し込んでいる。重ねて言われたお礼を三千代は頷いて受け取る。

「救急車、呼ばなくてよかったの?」

「はい。こんなことで呼んでたら、キリないです……メーワクなってまいますから」

「そんなことないよ……」

「ふむ。まるで氷像のように美しい少女だ。しかしはて、ここは雪の国だったか? 小生らは東に来たのではなかったのか?」

 三千代のズボンの後ろポケットに突き刺さっている、ドンキが声を出した。

「……今、マジでややこしくなるから黙ってて」

 三千代は後ろに手を回すと、ドンキの刃部分──ビニール風船を、ぎりぎりと握りしめた。

「よっ、よさぬか暴力は。ほれ目前の少女に気をかけてやれ。おそらく雪の精霊ぞ。話を伺うのだ。」

 三千代は無視を決めたが、予想外に少女が反応した。

「わー、しゃべるオモチャや。オモチャの……剣?」

「ごめんね、こんな時に。ふざけてるわけじゃ、ないんだけど」

 少女はかぶりを振る。

「全然、ええですよ。むしろなんか、落ち着きました」

 今にも溶けて流れていってしまいそうな声だ。

「そう?」

「ねえねえ。」口を挟んだのはスイだった。「ちょっと聞いてもいい?」

 日傘を閉じて、少女に渡す。バス停には屋根がある。

「ありがとうございます。」ぺこりと頭を下げて、笑顔で顔を上げる。「なんでしょ」

「もし、触れてほしくなかったら言ってほしいんだけれど」

「なんでも聞いてください」

「うん。……あ、名前は?」

「スズハチ言います。鈴が鳴るの鈴に、植木鉢の鉢です」

鈴鉢(スズハチ)ちゃん」

「はい」

「鈴鉢ちゃんは、いわゆるアルビノ、っていうやつなのかな? もし答えたくなかったら──」

 スイが言い切るよりも前に、少女──鈴鉢(すずはち)は嬉しそうにした。

「そうです! よう、ご存じですね」

 スイは安堵の息をつく。

「私も初めて見たよ……! 今日は日差しが強い。だから倒れてしまったの?」

「そうです、そうです! あやぁー、日傘も帽子もしとったんですけど、つい空見上げたら、太陽さんがこう、目に入って、ちかちかしてもうて、気持ち悪なってもうて」

 スイはうんうんと頷き、鈴鉢もするする話を続けている。

 三千代だけまだ分からなかった。

「なになに? どういう……?」

「ほら、私、髪とか肌とか日本人やないみたいに白いやないですか」

 三千代は少し躊躇(ためら)ったが、首肯した。

「私はアルビノゆうて、肌に入ってるはずの色素が、他の人に比べてめっちゃ少ないらしいんです」

「なるほど……」

 だから雪のように白い髪と、雪のように白い肌をしていたのか。

「やから、太陽さんの光にも弱あて」

 だから、倒れた。今日は快晴だった。強い日差しが少女を痛めつけた。三千代はようやく理解した。

 鈴鉢は続ける。

「でも、このカラダでもう13年も生きてきてますから。慣れてきました」

 立派だ。三千代はそう思った。

「立派だ」

「そう言われると、照れます。やけど、今日は気、抜いて倒れてもうたわけですから。まだまだ自分のカラダとは向き合っていかな……」

 鈴鉢の言葉に、ハッとして三千代は両手を合わせる。

「そうだ。救急車は呼ばないにしても、まだ心配だよ。家まで送っていこうか?」

「そんな、そこまでしてもろたら、ほんまに申し訳……」

 鈴鉢は白い雪の手をわたわたと振って断ろうとした。

「私も、みっちょんに賛成だな~。心配だよ。迷惑じゃないなら、ね?」

 スイが両手を広げ、歓迎のジェスチャーをとった。そうされると、鈴鉢も施しを受け入れるしかない。

「……じゃあ、甘えさせてもらいます。ありがとうございます、ええと……みっちょんさん?」

「あ、私は三千代(みちよ)。」三千代は照れた顔で答えた。「こっちはスイ」

「スイでーす」

「ありがとうございます、ミチヨさん、スイさん」


 三千代の手を取って、鈴鉢が立ち上がる。

「それで、家はどこにあるの?」

 そろそろバスが来る時刻だったが、三千代とスイに今、バスに乗って町を回るという選択肢はなかった。目前の少女を家まで送るのが先だ。

「ここからやと、北の方です」

 少女が言った。

「ほう、北。すると、三千代(ミンチョ)の目的とも合致しているではないか。ウーム、これも縁か。」

 三千代の尻ポケットから、おもちゃの剣が言った。

「その、ミチヨさんのお尻でずっと喋っとるオモチャ、ほんまになんなんですか? 私、そんなん見たことないなあ」

「ご、ごめん」

「あっ、やっ、違くて。ほんまにおもろくて、興味あるんです。なんやろ、ドンキで売ってるんですか?」

 どうやら誰が見ても、ドンキは「ドンキで売ってるおもちゃ」に見えるらしい。

「違うよー。」スイが、鈴鉢に微笑みかける。「海辺に落ちてたのを、このお姉ちゃんが勝手に拾っちゃったの。それからなんやかんやあって、みっちょんのものになったんだよね?」

「私のものになった覚えはないよ……」

「何を言う。小生の今の主人は三千代(ミンチョ)、そなたの他におらぬ。」

「あははっ、まるで生きとるみたい」

 鈴鉢がころころ笑っている。三千代は恥ずかしかった。誤魔化すように話を進める。

「そ、それじゃ。鈴鉢ちゃん、行こうか?」

「はい!」

 鈴鉢が答えた。

 それなりに元気になってきたようだった。しかし、あえて気丈に振る舞っているようにも見えた。道のど真ん中で倒れていたのだ。やはりまだ、心配がぬぐえない。やはりもう少し、休ませてから行くべきか。……いや、いつまでも立ち止まるわけにもいかないだろう。他でもない鈴鉢本人が立ち上がったのだから。その意気を汲んでやるべきだ。

 三千代は一歩、バス停の屋根がつくる影から外に出た。振り返ってスイと鈴鉢の様子を確かめる。スイはちゃんと、三千代に続いて一歩を踏み出していた。

 しかし。

 鈴鉢はその場に留まって、動こうとしなかった。

「鈴鉢ちゃん。どうしたの? やっぱりもう少し、休んでおこうか?」

 車の通りが少ない道に、ひと際大きな走行音が近づいてきた。バスが来たらしい。そんな中、鈴鉢の顔は疑問形だ。

「え?」

「え?」

 三千代が返す。

 それに鈴鉢は少し黙った(のち)、何かを思い出したようで、申し訳なさそうに目をきゅっと閉じた。

「すっ、すんません、言い忘れてました。私の家、こっからやとバス使うんです!」

 ぱしゅーっ。バスが止まった。

 これを(のが)したら、次は40分後だ。

「はっ、早く乗ってしまおう!」

 アルビノの少女を先頭に、三人はバスに乗り込んだ。


 バスに乗り込んだ。瞬間、まばらな乗客たちの目が、一瞬でこちらに集中した。()()()()()()()()()、ふいっと目を逸らした。皆が何を見たのか、あまりにも分かりやすかった。鈴鉢だ。

 皆、アルビノの少女が珍しいのだ。

 当人はそのことを気にした様子はなく、あるいは気にしていないふうを装った様子で、バスの中を進んだ。一番後ろの席が空いている。そこに三人並んで座った。進行方向右の窓の側から、三千代、スイ、鈴鉢の順で座った。

「バス、乗ってしもてよかったんですか? やっぱバス代、私が出します」

 鈴鉢は白いスカートの裾を掴んで言った。

「大丈夫だよ~、私たちも今日、バス使う予定だったから」

 手のひらをうちわにしてぱたぱた仰ぎながら、スイが答えた。

「ありがとうございます。……海ですか?」

「あ、ううん。」三千代が窓の外から視線を戻し、答える。「海じゃなくて……強いていうなら、町の中心かな?」

 本当はどこで降りるといった予定はなく、ぐるりと一周乗りっぱなしでいるつもりだったが、もし何もなかったら──この町に“名剣”がいなければ──町の中心に寄ってから帰るつもりだった。

「へええ……! なんか、奇遇ですね?」

「そうだね。鈴鉢ちゃんは、町の真ん中に住んでるんだ?」

「はい。今日は、お姉ちゃんのおる学校に、忘れ物届けに行っとったんです」

「お姉ちゃん?」

 三千代には引っかかるものがあった。スイの反応やバス内乗客の目線は、鈴鉢の肌や髪の色への興味だったが、三千代は鈴鉢のもっと別のところが気になっていた。それが今の鈴鉢の発言で、強まった。

 つまりは、名前である。

 鈴鉢に姉がいるのなら、その姉の名前もまた「鈴鉢」であるはずだった。今自分の隣に座っている鈴鉢は「13年生きてきた」と言っている。つまり13歳である。中学一、二年といったところか。そんな鈴鉢の、姉「鈴鉢」。それは、もしかすると三千代の知る者かもしれなかった。

「はい。」鈴鉢は言う。「お姉ちゃんの通う学校……っていうか、私の同じ中学やけれど」

「まさか、巣羽(すわ)中学?」

「え? そうです! 知ってるんですか?」

「うん……」

 三千代の中で、確信に変わった。鈴鉢という名前。中学生の姉。巣羽(すわ)中学校。間違いない。

「鈴鉢ちゃん、君のお姉さんは、剣道部の鈴鉢さんだね?」

 巣羽中学三年剣道部キャプテン、鈴鉢。夏休み前の剣道部の練習試合で、三千代が唯一負けた相手だ。

「ミチヨさん、お姉ちゃんの知り合いやったんですか!?」

「いや、知り合いってほどじゃないけど。前に試合で一回戦って、負けたんだ」

「すごい偶然があるもんや……!」

 鈴鉢は嬉しそうに言った。

「本当に。驚いたよ」 

 これを皮切りに鈴鉢は随分打ち解けてくれたようで、目的地まで三人は楽しく話し合った。

 やはり話題の中心になったのは、剣道のことだった。

「え、じゃあ三千代さんって、剣道部やないのにそんな強いんですか?」

「みっちょんはスポーツ万能少女なんだよ~」

「やのに帰宅部なんですね」

「なのに、って言うか、だから、かもね。」スイが言う。「みっちょんはスポーツ万能少女である以上に、人助け大好き少女だから。各運動部から助っ人として引っ張りだこになっているうちに、ついに自分の入る部を決められなくなったんだよね?」

 スイが三千代に反応を促すが、三千代は答えない。スイは勝手に続けることにする。

「ほら、ひとつの部に入ってしまうと、他の部にサッと手助けに行ってあげれなくなるから。ういやつだよねー?」

「スイ、本当に恥ずかしいから……!」

 三千代は手を伸ばしてスイの口を塞いでやりたかったが、間に鈴鉢が座っているのでそれは叶わなかった。

「いや、私はかっこええと思います」

 鈴鉢の2つの白い手が、三千代の褐色の手を握った。とても柔らかく、しかし見た目のか弱さに反して、以外にしっかりした弾力を持っていた。

 三千代には、鈴鉢が何かスポーツをやっているとすぐに分かった。しかし聞けずにいた。すると、

「実は私も、剣道するんです」

 鈴鉢が言った。

 それを聞いて、二人は黙った。これは、()()()()()()()の時間だった。先に口を開いたのはスイだった。スイは、

「やっぱり、お姉ちゃんに憧れて?」

 なんでもないように尋ねた。

 しかし、気を遣われた側には、分かるものだ。

 鈴鉢は小さく口角を上げて答える。

「分かってます。……意外、ですよね? あんま、アルビノは身体が強いわけやないですからね。スポーツやってる言うと、意外がられるんです。」

 二人は何か言おうとしたが、何も言えないでいる。鈴鉢が続ける。

「でも屋内の運動やったら、実は全然平気なんです。問題なんは太陽さんやから。……あ、お姉ちゃんに憧れて、っていうのはあたりです!」

 鈴鉢はスイに笑顔を向けた。笑顔さえ、新雪のように白い。しかしよく見ると、薄い肌の下に巡る赤い血が、紅潮となって、淡いピンクとなって目の付近に浮かんでいるのが分かった。


 何度目かの、バスが止まった。

「ここです」

 鈴鉢の言葉に続いて、三千代とスイが立つ。

「ここは……」

「わあ。私たちもたまに遊びに来るよ、ここ~」

 町の中心部だ。観光の(かなめ)となっているのは海のある町の北だが、一般の住民などが最も集まるのはここだろう。この町の隣の町──三千代とスイが住んでいる町から若者が遊びに来るのも、主にここだった。

「私たちが住んでるところには、こんなに大きなショッピングモールないからね」

 バスから降りて、三千代が言った。

 目と鼻の先に、巨大なショッピングモールがある。イオンという。昔はジャスコと言ったらしい。

「(“イオン”、か……)」

 くだらないことを考えた自分に対して、苦笑が浮かぶ。

「おお、ジャスコではないか。」

 ドンキが言った。

「今はそう言わないから」

 三千代は手に持っていたドンキを尻ポケットに突き刺す。ぶかぶかの服を後ろに引っ張って、ドンキを隠す。

「これやめろ、何も見えぬでないか。」

 (わめ)くドンキを無視して、スイと手をつなぐ。

「(オーケー? ここまでで何か気配はひっかかった?)」

 三千代は心の中で唱えた。

三千代(ミンチョ)殿。」スイの手提げかばんの中、銅板状態の王敬が答える。「一切ない。バスの中でスイと何度か確認したが、この町に気配の隠せぬ“名剣”がいる可能性は、高くないと思うぞ。」

「(そう、か……。今日は付き合わせちゃってごめんね?)」

「(いいよ~。鈴鉢ちゃんを助けられたし)」

 スイの心の声に、三千代は顔を上げる。

「(そうだね、ありがとう)」

 二人は手を(ほど)き、鈴鉢の背を見た。

 鈴鉢は、迷いなくショッピングモールへと向かっていった。一歩踏み出すたびに、青い日傘がひょこひょこと上下している。頭の周りをぐるりと一周する丸いつばの麦藁帽も合わさり、画になっている。

 三千代は早足で近づき、尋ねる。

「中、入るの?」

「はい。屋内歩いた方が、日光も避けれて、涼しいから、やから、いつもここ通って帰るんです」

「なるほど」

 駐車場を抜け、三人は、イオンモールの中へと入っていった。




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