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黄金の剣 3

 金曜日。学校が終わると、三千代の家にスイがやって来た。

 曇りだった。

「そういえば、私とオーケーが出会ったのも、こんな日だったねえ」

「こんな日、とは、どのような日のことを言っている。」

「曇りの日。だからオーケーに触れても熱くなかったんだよねー」

「ああ……そうであったな。」

 明日はそうはいかないだろう。明日は、どのサイト、どのニュースを見ても兵庫の降水確率は0パーセントと表示されている。晴天だ。かなり暑くなるらしい。

 裏口のインターホンを押すとすぐに、三千代が迎えに来た。

「いらっしゃい、スイ」

 中学校の制服を着たままだった。異界の剣たちと関わる前は、いつも部活の助っ人に呼ばれて体操服で放課後を迎えていたので、この時間に制服を着ている三千代は、スイにとって少し珍しい。

「おじゃましまーす」

 三千代の家は宿屋だ。シーズン中は「ざわざわ」くらいする程度の宿泊客が来ているのだが、今は「がらーん」としている。

 部屋のある二階へと向かう。

 簡素な部屋だった。あまり一般に想像される「女の子らしい部屋」ではないかもしれない。眠る場所と、座る場所、机、棚、服、いくつかの本と、いくつかの小物。三千代にとっては幼い頃から住んできた場所であり、スイにとっては幼い頃から訪れてきた場所だ。

「はーっ、落ち着く。宿屋の子の部屋だからかな~」

「小生から申させてもらえば、あまりに虚無である。何も無さすぎる。かつて小生が跛足の剣士と共に、左目を失いし巨人を討ち果たした折、その地の殿より褒美として屋敷を賜った。あの豪奢絢爛たる館に比ぶれば、ここなど砂漠――檻で仕切られた砂漠にすぎぬ。」

 おもちゃの剣・慟哭(どうこく)風纏(ふうてん)が──ドンキが、窓に立て掛けてあった。

「ドンキ君はこの良さが分かんないかなあー」スイは嬉しそうに、ベッドにダイブした。それから少しして、「──あれ、なんか元気ない?」

 ドンキへ、そう言った。

「くそっ、夜の砂漠は酷く凍える……!」

「どうゆーこと?」

 今度は三千代に尋ねる。

 三千代は、

「ほら、」窓の外の曇天へ向かい、「最近日が出てなかったでしょ。」と言った。

 今日は曇りである。実は昨日も一昨日も、一日中雨だった。一昨昨日(さきおととい)──三日前も、朝から日が暮れるまで、薄く広がった灰色の空が小雨を降らせていた。夜はよく風の吹く晴れになったが、夜に晴れても意味がない。そう……太陽光発電によって動く、ドンキにとっては。

「そういうわけで、晴れの日に蓄えていた分の電気もそろそろ底をつきそうなんだって。明日は久しぶりに晴れるから、明日からまた元気に──うるさくなるよ」

 三千代はスイの隣に座った。

「ふうーん。んー……ちょっと貸してみて?」

「はい」

 三千代は立ち上がり、何のためらいもなくドンキをスイの方へと放った。スイはごろんと180度横に転がって、へそ天で寝転がった。そして宙に舞うドンキをしっかりキャッチした。

「ありがと」

 スイはそう言って、上半身を起こした。

「んー。」三千代はこくりと頷き、「夏休み中と休み明けしばらくは晴れ続けていたから、こんなのは久しぶりなんだけどね」

「高性能なおもちゃだよねー」

「小生は玩具などではない!」

 いつもの七割程度の声量で騒ぐドンキを、三千代は「はいはい」と受け流す。

 三千代がベッドに腰掛けるのと入れ替わるように、スイは立ち上がり、

「ね。ちょっといじっていい?」

 スイはモノを分解したり直したり、作ったりするのが好きなのだった。三千代はそのことを知っていた。かつて動かなくなった百均の腕時計を直してもらったことがある。……電池が切れていただけで、スイがしたことといえば、裏の蓋を開けて新しいボタン電池に変えてやっただけだが。でもスイがこういった、機械いじりが得意なのは本当だった

「いいよー。」三千代は言った。

「良くない!」ドンキは十二割の声量で叫んだ。

「ありがとー!」

 スイは、そこに何が入っているのか分かり切っているような勢い良さで、机の下の引き出しを開けた。そこに何が入っているのか、彼女には分かり切っていた。スイが三千代の部屋に勝手に置いていった、工具類が入っているのだった。

「ずっっと、気になってたんだよねえ~……ドンキ君の、ナカミ……!」

「やめろ……やめろおおぉぉ――!」 人工音声の叫び声が部屋に消えていった。


「あー。ここだ。分かりづらいけど、ここがパネル──太陽光を集めるところになってて、その下に蓋、で、ここに蓄電器があるんだー」

 スイがにこにこ笑いながら、ドライバーで指している。

「へー、すごい。私は三日かけてもどこに電池があるか分からなかったや」

「んっふふー。みっちょんは機械音痴だからねー」

「反論はないです……」

「ま、私は運動音痴だけどね。適材適所ってやつ?」

 そう言って、スイはドンキの(つか)部分から剥がされた赤い蓋を、くりくりと手のひらの上で(もてあそ)んだ。

 三千代のことを「機械音痴」と称したスイだったが、

「それ抜きでも、仕方ないことだと思うよー。だって、どこに埋め込まれてるか、私からしてもかなり分かりづらかったからねー。まるで天女の羽衣だよ」

「小生のボディは天衣無縫ぞ。」

 ドンキが弱弱しい声で言った。

「その状態でも喋れるんだね」

「んー。まあ、言っても、太陽光パネルと蓋をひっぺがしただけだからね……まだ!」

「へー?」

「言ってみれば、まだ、皮の一部を剥いだだけなんだから。」ドンキにしてみれば最悪の喩えだ。「でね、その喩えでいうと、ええと……心臓は多分ココで、脳は……ココだねー! 」

「じゃ、たとえば、コレを引っこ抜けば、ドンキは電源が切れるわけ?」

「本当によせ!!」

 ドンキが叫んだ。

「ごめんごめん、おどかすつもりはなくてね? そろそろ本題に移るよー」

 スイは凶悪そうなスパナを取り出した。

 ドンキは、鍔にはめ込まれた青い宝石──カメラを机の面に向けて伏せてあるので、スパナは見えていない。しかし、これから自分がどうなってしまうかを想像して、かなり不安になっている。

 三千代は己の懐刀のそんな心情など気にすることなく、

「どうするの?」

 スイへ尋ねた。

「改造する。みっちょん、ちょっと改造していい?」

「いいよ」

「は。」ドンキが言う。「いいわけがあるか! ナーニを勝手に応えておるんだ! 阿呆の三千代(ミンチョ)!」


 しばらく経った。その間、三千代はこの前返ってきた模試を見直していた。あまり(かんば)しいとはいえない結果だった。解説を見ても分からない問題をスイに尋ねると、スイは作業の片手間にすらすらと教えてくれた。

 ドンキは黙ったままだった。蓄えていた分の電気が底をつきそうだということで、節電モード──もとい「侍の一時の休息モード」──に入っているのだろう。おかげで、スイも三千代も、中二病エセ侍の妄言に邪魔されることなく作業を進めることができたわけだ。

 数学に続き、理科の見直しが終わろうとしている。スイの得意な理系科目を、スイが家にいるうちに尋ねることができてよかった。

 今、最後の一問の解説を読み終えた。それはスイに尋ねるまでもなかった。次に類似問題を見かけても、きっとミスなく解けるだろう。キ、と椅子を引く。顔を上に向けた。「ふーっ」と細い息を吐く。疲れた。

 やや湿度は高いが部屋の中は快適な温度だ。クーラーをつけずとも汗一つかかずに過ごせている。しかし頭の中はせいろで蒸された饅頭のように熱かった。やはり自分は頭を回すよりも体を動かす方が性に合っている。そう思った。

「できたっ!」

 後ろからそう聞こえた。

 振り返ると、床であぐらを組んで座っているスイが、おもちゃの剣を掲げている。「改造」とやらが済んだようだ。

「本当に床でよかったの?」

 作業中にも何度も聞いたことを、もう一度言う。

「よかったよー」

 床を見る。工具や、よく分からない部品が散らばっている。自分の勉強机の引き出しにあんなものが入っていたとは、初めて知った。

「……で、どうなったの?」

 ドンキを見つめる。スイに教えてもらう前にもう──一目見ただけで、どこが変わったのか分かった。柄の先から、ぷらーんと赤いコードが垂れている。

「太陽光だけじゃ限界があるからねー。コンセントでも充電できるようにしたんだー」

「おースゴイ。やっぱりスイは理科が得意だなあ」

 見事な改造だった。

「へへー。伊達に科学部やってませんよう」

「よかったね、ドンキ。」差し出されたドンキを受け取る。「これから秋になって、曇りの日も増えてくるからね。これからは充電し放題だ」

「ひ――」

「ひ?」

「非道い辱めを受けた。鏡を見せてくれぬか? 小生は今、どのような姿になっている――」

「別に、そんなひどいことになってないと思うけれど」

 三千代は引き出しから手鏡を出した。ドンキのカメラに向けてやる。

 柄の底面の真ん中から、でろーんとコードが垂れている。

「これは酷い!」

 ドンキは叫んだ。叫んだが、声に力は入っていない。死にかけのカトンボのような声だ。

「ああ、早く充電してやらないと」

 三千代はしゃがむと、扇風機のコードをコンセントから引き抜いた。そろそろ扇風機の季節も終わる。これを機に片付けてしまってもいいだろう。そして()いたコンセントの一席。

「挿していいの?」

「どうぞー!」

 スイのにこにこした声に頷きで応え、実行に移す。

「それっ」

「……」

「……」

「……えっと?」三千代がスイの方を向く。「これで、できてるのかな?」

「そのはずだよー! でも、すぐに充電が完了されるわけじゃないからね。しばらく待ってみて!」

「あ、そうだよね。分かった」

 三千代は、しゃがんだままスイの前に移動した。一緒に工具の片付けを手伝う。

「ありがとう~」

「うん。」一つ、一つ、豆粒のようなパーツを拾う。「うん?」

 何か、気になるものを拾った。

「なに、何か拾ったー?」

 伺うスイに、

「これ」

 三千代は手のひらを広げて見せた。そこには切手大の、金属片が2つあった。1つは、見慣れた赤さだった。銅だ。もう一は、鈍く輝くねずみ色だった。

「ああ、これはねえ、銅と亜鉛だよ~」

「亜鉛……」

「そー!」

 スイが何に使うものか教えようとしていたが、三千代は右手のひらを見せてそれを制止した。「亜鉛」。ついさっき、その文字列は見たばかりだった。だから、分かった。

「ボルタ電池?」

「正解!」

 スイは嬉しそうに答えた。

 ボルタ電池。現代で使われる乾電池やリチウム電池の原型となった、古典的な電池の形態である。仕組みはシンプルだ。電位差の大きな異なる二種の金属板──銅板と亜鉛板──を電解液で挟むことで電気を生む。溶液の中で亜鉛が溶けて電子を放ち、それを銅が受け取る。結果、電流が生じる。

「さっき模試の見直ししてたら、その問題が出てたんだ。あんなこと習ってたの、すっかり忘れてたけれど」

 恥ずかしそうにぽりぽりと頬を掻く。

「授業で習ったのは半年前だったからね~。そうそう、ドンキ君でもね──」

 ここで、スイの実に楽しそうな声が遮られる。

「お、おお……おおおおっ! (みなぎ)る、(たぎ)る! ――小生、今ここに、完全なる復活を遂げたり!」

 床にくたりとコードのとぐろを巻いて、おもちゃの剣が叫んだ。充電が溜まってきたらしい。

「よかったね~ドンキ君。みっちょん、ドンキ君の充電、できてるみたい」

「ドンキか……。元気になったんなら、ほら、スイにお礼を言って」

「これさえあれば、太陽の機嫌を窺う必要など無きに等しい。」

 ドンキには自身の意志で稼働させることのできる部位などないが、それでも「これ」が何を指すのかは分かるだろう。コードだ。

 三千代は絹を掬うように、コードをつまんで手のひらに乗せた。てろりと垂れている。ドンキの柄から伸び、コンセントへと繋がっている、赤いコード。

「便利でしょ~」

 誇らしげにスイが言った。

 しかしドンキは煮え切らない様子で、

「いや、ああ、ムウ、しかし。」

「どうしたの?」

「やはり、(はらわた)がまろび出ているようで、格好がつかぬ。」

「この期に及んで、呆れたなあ……!」

 三千代は、工具の入ったプラスチックの箱を持ち上げた。これがなぜか、自分の机の引き出しにこれから入ろうとしているのだから、不思議な感覚だ。

 工具の持ち主はというと、

「安心してよお。コードは着脱式だから、外せるんだよ。充電が必要なときだけ、使ってやってね?」

 にこにこと答えていた。

「フム。そういうことなら、悪くない。」ドンキは調子の良い声で言った。「スイ殿、感謝する。」

「いいよー!」

 スイはドンキの刃部分をなでた。ビニールでできているため、擦れる度にきゅうきゅうと鳴いた。

 曇り空で太陽が見えにくいこともあるが、外は暗くなってきていた。三千代は部屋の明かりを一段階上げた。

「なんでドンキ君の製造元は、太陽光発電システムだけ取り付けて、充電用コードには対応させなかったんだろ?」

 スイの疑問はもっともだ。三千代も頷く。

「ドンキって、搭載されてる機能が妙にちぐはぐなんだよね。小型カメラとか付いてる一方で、音量調整のボタンどころか電源ボタンもない。作った人の顔が見たいよ」

「あ、多分、見れるよ。どこが作ったか」

「えっ、嘘。」

「嘘じゃないよー。」と言いながら、スイはドンキを拾い上げた。そして、柄の部分をかりかりと掻くと、ついに蓋のようなものがパカリと開いた。蓄電器の埋まっている場所らしかった。

「やめんか!」

 ドンキの声を無視して、スイは続ける。

「ほら、ここに製造元の名前が書いてたの。ここがドンキ君を作ってたんだねー。意外!」

「よし。調べてみよう」

 言うが早いか、三千代はすぐにスマートフォンを机の上から手に取った。検索窓に今見た名前がタンタンと打ち込まれていく。

 スイが顔を寄せて覗く先、そこには通販サイトの商品ページがあった。1つと、半分程度の星が黄色く光っている。

「星5つ中1・4……すごい評判が悪い」

 そこにはこう書いてあった。

『最先端AI搭載!カメラ付きおしゃべり機能搭載・安全ビニール製・豪華金メッキ仕様・極小太陽光パネル内蔵・光る剣型玩具(子どもも大人も楽しめる多機能おもちゃ・室内外兼用・コレクションにも最適・充電不要でエコ)』

 それがドンキの──慟哭(どうこく)風纏(ふうてん)の、商品名だった。

「わー、すっごい名前」

「いや、というか胡散臭いよね」

 ツッコむ三千代に、スイが手を重ねる。画面を覗き込んで、

「んー、でも製造元は、ちゃんとしているところだよ? 有名なおもちゃ会社。」続けて、「レビューも見てみよう」

 スイは画面を下までスクロールして、複数のレビューを熱心に読み込んでいる。三千代は顔を引いてその様子を見守った。

 しばらくして。

 見終わったらしい。

 神妙な顔をしたスイに、尋ねる。

「何か分かったの?」

「うん……。」スイが口を開く。「どうも、内蔵機能にお金をかけすぎたせいで、材質やデザイン、ユーザーインターフェースがとんでもなく粗悪なものになってしまったみたいだね」

 スイは画面を三千代に見せた。先ほどは商品名ばかりに気を取られていたが、値段を見るととんでもなく高い。三千代の数年分のお年玉を合わせても買えないような定価だった。

「高い!」

「これでも抑えた方みたいだよー。私はもう、いっそのこと材質・デザインにもお金をかけて、もっと高い、超高級路線でいった方が良かったように思うけれど」

「中二病で侍口調のAIについては?」

「あ、そうそう。AIに一番力が入ってるんだって。レビューでも、AI部分の評判はめちゃくちゃ高いよ。受け答えがしっかりしてて、矛盾もなくて、口調も紳士的っていうか優しい勇者のイメージがウケてるらしい」

「紳士的? 勇者のイメージ?」

 ドンキからかけ離れている。

「うん。ドンキ君とだいぶ違うよねー。だから、えーと? つまり、ドンキ君のソレは……」スイは屈託のない笑顔で、「バグの一種かな!」と言った。

「はは……」

 三千代は乾いた笑いを漏らした。

 この日、海辺で拾った謎の剣の正体が判明した。

 ……なんだか気が抜けてしまった。




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