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黄金の剣 2

「気配を感じたのは、相手が80メートル以内に現れた瞬間だ。なかなかに巨大な気配を放つ剣。かなり強いぞ。」

 王敬が言った。

 聞こえているのは、銅剣を握り締めるスイだけだ。スイは考える。王敬が気配を察知して大体4秒後にここを通過した。つまり80メートルを4秒で駆け抜けた。

「秒速20メートルくらい……。時速だと、72キロ!」

 スイが叫ぶ。

 三千代に、数字のことはよく分からなかった。しかしとにかく相手は速いってことらしい。

「う!」

 前方から、何かが高速で近づいてきている。視認した次の瞬間には、見かけの大きさが何倍にも膨れ上がった。巨大な弾丸のようだった。

「おぉおっ!」

 三千代は横へ飛んだ。

 空いた空間を、何かが貫いた。

 そして、更に数メートル行ったところで静止した。

 それは剣士だった。白目を剥いた、剣士だ。つまり「身体を持たない寄生虫」に操られている傀儡剣士である。

 男だった。年齢は二十台後半といったところだ。白目と、意識を飛ばした顔のせいで、実際よりも老けて見えているのかもしれない。とにかく成人済みの男だ。スーツを着ている。びらびらと風を受けてネクタイが揺れている。革靴の代わりに、ローラーシューズを履いている。

 ローラーシューズで通勤しているのだろうか。

「(そんなカードキャプターさくらみたいな……)」

 三千代はそんなことを考えた自分に呆れそうになった。今はそんなことを考えている場合ではないのだ。

「まるでカードキャプターさくらではないか。」

 ドンキが言った。

「うるさい」

 というかコイツはなぜ知っているのだろう。

「剣を見よ。」

 ドンキの言うがまま、剣を見る。

「なに、あれ……」

 サラリーマン風・傀儡剣士に握られている、異世界の剣。それはなんというか、まるで、

「巨大甲虫の角だな。」

 そう、巨大なカブトムシの角のようだった。鍔のところに光沢を放つ黄金の甲と、セロテープのような半透明、二重構造の(はね)が生えている。傀儡剣士は剣を握る利き腕を前方にピンと伸ばし、剣──というより角──の切っ先をこちらに向けている。翅は全開した状態で、ぶぶぶぶ、と喧しく上下している。

「あのハネを使って、高速で動いてたのかな?」

 スイが言った。

「来るよ!」

 三千代が叫んだ。

 巨大甲虫の剣が、こちらに突っ込んできた。やはりカブトムシの翅によって、高速移動を実現しているらしかった。傀儡剣士の肉体が、剣に引っ張られる形で突進してくる。通路が狭いということもあるだろうが、とにかくとても直線的な動きだった。

 三千代は屈んで、傀儡剣士の腹にドンキを叩き込もうと考えた。膝を曲げ、ドンキを横に構えた。野球のバントのようなポーズだ。

 巨大甲虫の剣は、操っている剣士の身体がドンキと衝突する直前に急ブレーキをかけて止まった。止まったかと思えば、今度は利き腕を天頂へ向けた。そして、飛翔した。

「うそっ」

 飛んだ。

「我々も飛ぶぞ。」

 ドンキが言った。

「できるわけないだろ!」さも当然のように言いやがって。「もうあんなに高く!」

 傀儡剣士は、地上5メートルまで飛んでいた。正午を示す時計の針のように、剣で青天井を指している。

 周囲を見渡し、なにかジャンプするための踏み台を探す。その副産物として、周囲には今人がいないことを知れた。

 良かった。

 良かったと思ったが、次の瞬間、それも別にどうでもよいのだと気づく。傀儡剣士が剣を振るっているときは、なぜか周囲の人間は都合よく目前の戦いのことを忘れる。これも「身体を持たない寄生虫」の影響であることは明白であり、三千代の追う課題のひとつでもあった。

 とにかく今、周囲に人はいない。

 傀儡剣士との戦いにおいて「周囲に人がいない」ことのメリットは、先述の理由から分かる通り、「誰にも戦いを見られない」ことではない。どうせ皆、都合よく忘れるのだから。……メリット、それは、「こっちが思う存分に剣を振るえる」ことだ。特に、“名剣”王敬にとっては。

「オーケー!」

 そう叫びながらスイは、右手の銅剣を斜め上へと振り抜いた。

 彼女の腰あたりを始点に、傀儡剣士のローラーシューズへと向かって。夕日のように赤く輝いていた銅剣が、切っ先で空を指す頃には孔雀のような青に変わっている。そして、そこから一本の太い(つる)が伸びた。

 緑青の(つる)が、傀儡剣士の足に絡みついた。

 三千代は高く跳び上がり、全身に青い銅錆の(あみ)を張り巡らせたスイの手の先、銅剣の刀身に飛び乗った。そのまま銅剣より伸びる青い蔓を、一気に駆け上がる。

 踏み外して落下する心配はなかった。三千代の優れたバランス感覚で踏み外す可能性はそもそも低かったが、仮に危ない場面になったとしても、王敬がサポートしていたはずだ。

 ともかく三千代は急勾配の綱渡りに成功し、傀儡剣士の元へと辿り着いた。そして。ドンキを振った。錆に浸食され、もはや傀儡剣士は一切の抵抗が許されていない。腹へのドンキの一撃を、素直に受け入れるしかない。ぷにっ、とビニールの刃がかわいらしく弾性を示した。

 胴を一本取ることができた。

 これにて決闘は決着だ。

 気を失ったサラリーマンの手から、巨大甲虫の剣が抜け落ちる。重い光沢を放つ角が、一粒の雨のように落下してゆく。(はね)はもう閉じている。途中から風のあおりを受けたのか、くるりと回転しだした。角が上を向いたり下を向いたりする。その先には、スイの頭頂があった。

「スイ!」

 三千代が叫ぶ。

 それとほぼ同時に、王敬からもう一本の(つる)が伸びた。蔓はスイの頭上で(かさ)のように開かれ、落下する甲虫の角を、一粒の雨のように弾いた。かんっ。それから角は地面に落ちてもう一度、「かんっ」と乾いた音を立てた。

「こっちは大丈夫だよー!」

「よかった……」

 三千代は安堵の息を漏らす。

 ドンキを脇に挟み、空いた両手でサラリーマンを抱きかかえた。気を失った人間はとても重たい。それでも三千代はお姫様だっこをして、足元を見た。緑青(ろくしょう)の蔓は空中で左右に展開され、銅板でできた階段へと姿を変えていた。三千代は慎重に階段を下りる。

 地面に両の足がつく。


「久々の剣士だったねー」

 スイは王敬を下げた。しゅるしゅると、スイの身体を這っていた蔓が、そこから地面に根差していた蔓が、切っ先から伸びていた蔓が、王敬の刀身へと収束されてゆく。触手の化物のようだった剣は、今一本の剣らしい剣の形に戻った。

「うん。」三千代はサラリーマンを道の端に座らせた。「……気を失ってる。“身体を持たない寄生虫”に操られた──傀儡剣士だったんだ。やっぱり」

「最近出ないね、って言ってたばかりだったのにねー」

「まるで狙ったようなタイミングだった」

「ね」

「あの甲虫の角のような剣、一度も気配を消していなかったのう。」

 少女らの会話に割って入ったのは王敬だった。

 その内容をスイが己の声で代弁する。

 それを聞き、三千代は少し考えた後、

「気配を消していなかったのは、あの祭りの日の……変色ガラスの剣以来か」

 強い剣には、特別な力が宿る。振るえば物が斬れる、以上の力が。例えばカブトムシみたいに飛べる剣。例えば姿を消す剣。例えばどこまでも錆を広げることのできる剣だ。

 力を応用することで、気配を消すことのできる剣もいる。気配とは魂であり、魂とは形状のことである。剣の形状をするものは、剣の魂を持ち、剣の気配を放つ。裏を返せば形状をいじくることで気配を隠すことができる。例えば、スイの手の中にある銅の剣・王敬。どこまでも錆を広げることのできる剣。自身に錆を纏わせ、バームクーヘンみたいに何重にも纏わせ、ついには青い銅板になってしまうことができる。こうやって形状を変える。こうやって気配を隠す。

 丁度、今やっているみたいに。

 王敬は、緑青に身を包んで銅板になっていた。そして、スイのかばんの中に押し込められた。

「待って」

 自転車の前かごにかばんを入れようとしているスイを、三千代が止める。

 止めるために伸ばした手で、そのままスイの手を取る。

 王敬の声が──テレパシーが聞こえるようになる。

「む、三千代(ミンチョ)殿。どうかされたか。」

「(あ、いや……気配の話が気になって)」

「ああ。気配を隠す剣。――思えば皮肉なものよのう。本来は、気配の隠匿技術を持っている剣の方が稀有なのだ。ごく一部の強き剣、の中でも限られたものにのみ許された特権よ。」

「(でも、この世界に送られてくる剣っていのは、“ごく一部”の強い剣だ)」

「で、あるな。――逆転現象が起きたのだ。圧倒的少数の“強き剣”がまとめてこちらに送られてきたせいで、こちらでは“強き剣”が多数派になっている。それゆえ、気配隠匿技術もそなたらにとってはさぞ、“ありふれた力”に見えることだろう」

「(うん)」

 今まで出会った剣で、気配を隠せないものの方が珍しかった。獣笛の剣、変色ガラスの剣、そして今しがた戦った巨大甲虫の剣。それだけだ。

「珍しき力なのだがな。もっとありがたがってほしいものである。」

「(いつもありがとうね。スイと、私を守ってくれて)」

 そう心で唱えてから、三千代は屈んだ。

 地面に落ちている巨大甲虫の剣を拾い上げる。二重合わせて四枚の(はね)が、鍔から抜け落ちた。そしてひらひらと舞って、再び地面に落ちる前に空中で散って消えた。……テレパシーが聞こえない。巨大甲虫の剣は、自害したらしかった。剣に命というものがあるのかは分からないが、魂があるのだから、自壊というよりやはり自害なのだろう。

 傀儡剣士たちの握っている剣がここまで忠誠を誓う、「白銀の剣・イオン」、そしてその所持者とは、一体どのような者なのだろう。

 いずれにせよ放置できないことを、改めて知らされた。(うつむ)く。

「やっぱり、まだまだ、戦う必要があるか」

 顔を上げると、スイがこくりと(うなづ)いていた。

 三千代は、巨大な角を、自分の自転車のかごに放った。

「まて。あの虫の角の隣に小生をくべるつもりか?」

「そのつもり」

 虫の角の隣に、ドンキをくべる。

 おげええ、と成人男性っぽい人工音声が喚いているが、三千代は無視する。

 ここにいても仕方ない。別の場所に移動だ。操られていたサラリーマンは……そのうち目を覚ます。あるいはそれより先に誰かが気づいてくれる可能性の方が高いかもしれない。放っておいても大丈夫だ。三千代はスイから手を離し、喧しい自転車に(またが)った。

「じゃ、行こうかー」

 スイが言った。にへら、と笑っている。剣との戦いにも慣れたものだ。

「うん」

 三千代もはにかんだ笑みで返した。

 自転車が走り出す。

「……」少しして、「ねえ、今度の土曜日、隣町に行かない?」と三千代は言った。

「いいよー。」先に言ってから、スイは、「なんで?」と聞いた。

 なんとテキトーなことだろう。

 三千代はひとつの仮説を立てていた。いや、仮説というには脆弱な、憶測に憶測を重ねた希望的観測でしかなかった。それでも、次にやることはこれしかないように思えた。その仮説を説明しようとする。

「ええとね──」

 しかし、

「とうとう小生の言葉を信じる気になったか!」

 ドンキに遮られてしまった。

「ふ、ふふふ。実にひと月ぶり。ひと月ぶりに物語が動こうとしている。小生は常々、東が怪しいと思っていたのよ! 実に一か月前からなっ! 待っておれい! 邪悪の竜よ! 唸れ雷鳴! 来たれ春!」

 三千代は、スイの言ったことを認めざるを得ないだろう。

「……ホントに中二病悪化してるかも」


「ええとね、」

 三千代はスイの部屋に上がり込んでいた。

「最初にスイとオーケーが寄生虫に操られた剣士と戦ったのは、電車の中だった」

「そうだねー」

「隣町へと向かう電車だ」

「そー。どぶ川に洗剤を混ぜたみたいな剣」

「さっき戦ったカブトムシの角みたいな剣も、東に──つまり、隣町に向かっている様子だった。オーケーが剣の形にならなかったら、きっとあのまま隣町に行ってたはず」

 時速70キロ以上の高速で傀儡剣士が向かっていたのは、東だった。この街に住む者にとって「東」といえば、二駅先の隣町だった。美しいビーチを持つ観光地である。だから、と言えば三千代の思考があまりにも短絡的に見えるかもしれない。しかし思いついてしまったものは仕方がない。東に、何かがある。かもしれない。三千代はそう考えていた。

 もっと言えば、「何か」とは「白銀の剣・イオン」だ。

「オーケー、強い剣ほど、気配が大きいんだよね?」

 そう言って、三千代は机の上に横たえている銅剣に触れた。

「うむ。」

「さっき戦ったこの……」カブトムシの角を手に取る。でかい。「でかいカブトムシの角みたいな剣。これだと、たしか半径80メートル? だっけ?」

「うむ。――万国共通条約で強さが認定された剣、この世界へと送られてきた剣は、()()()の剣が多い。50メートルから100メートル遠くまで届く、巨大な気配を放つ。」

「“名剣”は?」

「知っている例が少なすぎる。」王敬は即答した。少し間を取って、「あの黒剣(こっけん)は――(ごう)()()(ごう)は、200メートル離れていても強烈な気配を感じた。恐らく、1キロメートルまでは……」

 半径1キロメートル。

「フム。小生もそれくらいはあるのだろうな。」

「ドンキはおもちゃだから、気配なんてないよ。」三千代はテキトーに受け流してから、「私が思ったのは、もしも……もしも、気配を隠す技術を持っていない“名剣”があったとすれば……」

 強い剣には特別な力が宿る。

 特別な力を応用して気配を隠すことのできる剣がいる。

 強い剣ほど特別……という前提が、先入観を与えていたように思えた。

 強さの頂点にある“名剣”ならば、きっとその全てが気配の隠匿が可能なのだと。しかし、

「もしも、そうじゃない“名剣”があったとすれば、それは、常に周囲1キロにも及ぶ、巨大な気配を駄々洩れにしたままだということになる」

 三千代はまくし立てるように続ける。

「半径1キロ、ってことは面積にして3平方キロメートル。この街の四分の一以上を占めてるんだよ」

「そう考えたらでっかいねえ~」

「そう。でかい! そんなデカい気配、異世界の剣が集まるこの街の中で見過ごせるわけない。もし、自分が、気配を隠せない“名剣”の所持者だったら、どうする?」

「あー……街から出るかなあ」

 伸びた語尾の割に、スイの顔つきは真剣なものになっていた。三千代の言いたいことを理解したようだ。

「スイ、隣町に行こう。もしかしたら、“身体を持たない寄生虫”をばら撒いた黒幕は……“白銀の剣・イオン”は、そこにいるかもしれない」




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