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黄金の剣 1

「それじゃあ、いきますよ」

 三千代(みちよ)はそう言って、手に握っているおもちゃの剣を振り上げた。

「ああ」

 米噛(まいかみ)は、膨らんだビニールの剣の切っ先を見つめている。彼の手にも剣が握られていた。しかしこちらはおもちゃではない。ごつい、黒い巨剣だ。両の手でしっかりと柄を握っている。

 小動物惨殺事件から、一か月が経っていた。

 その間に、米噛(まいかみ)に何があったのか、三千代は知らない。

「えい」

 米噛のおでこにおもちゃの剣が触れた。

 今は九月の半ばだ。


 七月、少女らは剣を拾った。

 海辺で拾った。

 おもちゃの剣という例外を除き、他の剣は全て特別で特殊なものだった。

 それらは異世界から来たという。

 異世界の人間は独自の進化を遂げ、「(星のように永い)寿命を迎える」かもしくは「剣による決闘で敗れる」ことでしか死なない身体になっていた。そこでは毒も銃も核兵器も殺戮には向かない。人が死ぬのは「寿命」か「剣」だけだが、人を殺せるのは「剣」だけだ。つまり剣はとても大切なものであり、重要なものであり、影響力のあるものだった。

 剣で行われる決闘のルールは至極簡単で明瞭だった。顔面、喉、お腹か手の甲、相手のそれらいずれかを先に剣で打った方が、勝ち。それだけだ。

 人間の数かそれ以上多く、剣はつくられてきた。その中にはたまに、特に強い剣が生まれた。特に強い剣の中で更に稀に、ずば抜けて強い剣が生まれた。それらは“名剣”と呼ばれ、まるで人間のように、名前が付けられた。

 戦争が続いていた。人を殺せるのは「剣」だけなので、剣が戦争で使われた。“名剣”を筆頭に、特別強い、いくつかの剣。それらは読んで字のごとく「一騎当千」だった。いや、それ以上だ。凡人の振るう凡剣がいくら束になったところで、特別強い一本の剣には敵わなかった。

 戦争は拮抗していた。不安定だった。どの国も、決め手に欠けていた。結局のところ国の強さとは、強い剣の所有本数でしかなかった。もっと言えば、“名剣”を何本所有しているのか、だった。

 そして、そういった世界観の中、戦争が拮抗しているということは。全ての大国の“名剣”所有本数は等しかったということだ。──それぞれ、一本である。

 世界はアンバランスだった。“名剣”はいずれも最強にして無敗。その他全ての剣には勝る。しかし、もしも“名剣”と“名剣”が戦ったのなら。必ず、どちらかは負ける。すると、勝った方に、負けた方の“名剣”が渡ってしまう。一国だけ、“名剣”所有本数が一から二になってしまう。その瞬間、戦争は決着がつく。その一国の大勝だ。

 どの国も、そんな事態は避けたかった。そこで各国の賢い人間と偉い人間が集まって、長い時間考えて、ひとつの解決策を思いついた。

「別の世界に、いっせーのーせで全ての“名剣”を捨ててしまおう」

 そして、そうすることになった。

 かくして、“名剣”をはじめとする特別強い剣らは、「別世界」へ捨てられた。

 この世界が、その「別世界」だった。

 つまり地球。

 少女らが兵庫県北の海辺で拾ったのは、そういった剣だった。


 米噛という青年はこちらの世界で「名剣」を拾った人間の一人だ。黒鉄(くろがね)の剣・(ごう)()()(ごう)。彼は「コストコ」と呼んでいる。やはり、恐ろしく強い剣だ。

「米噛さん、急にどうしたんだろうねー」

 スイが言った。

 三千代は、公園出入口の方を見つめている。小さくなってゆく米噛の背中があった。

「急に、ではないかも知れないよ」

 米噛は、三千代の持つおもちゃの剣に「顔面(めん)」を打ってもらうことで、わざと剣の勝負に敗れた。二週間前に米噛が「してほしい」と頼んできたのだった。

「あの事件でクロさんを……親友を亡くしたんだから。それからなにがあったのかだとか、その心を計ることは、私たちにはできないよ」

「うん。そうだけどねー」

 スイはそう言って、手を腰につけた。

 彼女の肩には大きなエコバッグがかかっている。その中には金属板が入っている。美しいほど青い、銅板だ。銅の剣・王敬(おうけい)の化けた姿だった。

「あの豪頭怒号という剣の――」

 王敬が話し始めたことに気づき、スイは三千代の手を握った。剣は自我を持ってテレパシーを発する。テレパシーを聞くには、剣に触れるか、こうして剣に触れている者に触れるかしなければならない。

「――力は、なかなか扱いの難しいものだったからの。先の小動物惨殺事件――特に最後の黒猫の現場では、激昂した米噛青年がその力を暴発させていたであろう。」

「(うん)」

 三千代はあの日のことを思い出していた。

 彼女が映画館の二階に辿り着いたときには、大半のことが終わっていた。華奢な青年──米噛──の影から全方位へと伸びる、無数の黒い刃。スクリーンも床も天井も壁も全てをずたずたに切り裂く、無限の長さをした黒い刃。青年の乱れた感情は、惨殺犯を含めた全てを破壊しようとしていた。

 王敬は続ける。

「きっと、自信がなかったのだ。」

「(自信?)」

「そうだ。踏ん切りがついた、とも言えるかも知れんが。つまりあの青年は、己ではこの剣の力を暴走させてしまうのだと気が付いた。映画館で豪頭怒号の黒い刃を乱立していた時、青年のすぐ後ろにスイと三千代(ミンチョ)殿がいただろう。」

「(うん。部屋の入口だったけど、かなりスレスレだった)」

 三千代はスイと手をつないだまま、左ポケットから自転車の鍵を探している。

「結果として惨殺犯のみを(たお)したが、一歩違えば我々をも傷つけていた。そのことが、青年には苦しかったのだろう。ゆえに今日――」

「(私に……)」

 剣を使った決闘で敗れた者は、死ぬか、勝者に従う。米噛は三千代に己の(ひたい)を差し出し、わざと決闘に敗れた。そして三千代は事前の約束通り、米噛へ向かって「これから他人へ剣を向けてはならない」と言った。

 敗者は勝者に従う。こうして、米噛は、これから他人へ剣を向けることはできなくなった。

 三千代は手を離し、木陰に止めてある自転車へと歩き出した。


 二台の自転車が平行して走っている。

「その刻、紅蓮の竜が咆哮と共に申したのだ――『何ゆえ、貴様ほどの剣が、あの少女の掌に宿る……?』と。しかし小生は応えなかった。沈黙こそ、剣を握る者の矜持ゆえにな。すると少女もまた、小生の意を悟り、ただ無言にて竜の胸を裂いた。邪悪なる心臓は星が如く、天へと弾け散った。その瞬間、小生らは悟ったのだ――村に訪れし永劫の静寂、真なる平穏を。」

 三千代の漕ぐ自転車のカゴから、おもちゃの剣がべらべらと人工の音声で喋っている。風の中でもとてもうるさい。

「ドンキ。」おもちゃの剣はそう呼ばれた。「その話もう十四回目」

 三千代の隣を走る水色の自転車から、スイが笑う。

「あはは。みっちょんもよく数えてるよねえ~」

「う。言われてみれば恥ずかしい」

「……平和だねえ~」

「え? ああ、うん、そうだね?」

 スイの発言が唐突で三千代は戸惑ってしまった。しかし発言内容に間違いはなかった。

 平和だ。

 小動物惨殺事件から一か月経過したが、その間、三千代らは傀儡剣士とは遭遇しなかった。剣が暴れているシーンを見かけたことがなかった。

 傀儡剣士。「身体を持たない寄生虫」というナニカに操られた、剣士。気を失い、白目を剥いて、ただ剣を振るう。そして寄生虫をばら撒いたとされる「イオン」という白銀の剣。三千代とスイは、ソレを追っていた。

 街の平和を守るために追っていた。

 しかし街はもう一か月も平和だった。

 夏休みが明け、文化祭を終え、どの部活動も三年生は引退した。様々なことのあった一か月だったが、新たな剣とは出会えなかった。

「竜だ。竜なのだ。竜は知性が高く、しかし魂を持たぬ。ゆえに残虐に命を殺す、邪悪なのだ。小生の別名はドラゴンスレイヤー。竜より民を護らんがために鍛え上げられし、最終兵器たるものなり。」

 ドンキは勢いづいて、真っ赤なプラスチックの(つか)の尻から意気揚々として語り続けた。

 三千代はそれを無視して、隣の水色の自転車を目の端で捉えながら、

「自分でも分からなくなってきた」

「うん?」

「このまま寄生虫やイオンと呼ばれる剣を追うのが、今すべきことなのかな……って」

「違うの?」

「違わない。……と思う。ごめん、グラついてきた。生まれ育った街で剣が暴れるのを止めたいのは本心。でも、もう暴れてない。もしかしたら見えていないだけかもしれないけれど、一か月も何も見つけられなかったから」

「隠れてるだけかも知れないよー?」

 スイはなんの気なしにそう言った。

 三千代は少し考える素振りを見せた後、

「……これまでの戦いを振り返ってみて。傀儡剣士たちは、暴れはするけれど人は傷つけなかった。でもスイと王敬を──つまり別の剣士を、見つけた瞬間、襲い掛かってきた」

「うん。そーだったね」

「それは、相手も明確に他剣士を排除しようとしてるってことじゃないの?」

「じゃ、私たちが存外に強かったから、諦めたのかなー」

「分からない……」

 それに、言うのも恥ずかしかったが、三千代にはもう一つ不安があった。

 受験だ。

 これが結構馬鹿にならない。街の危機でも、世界の危機でも、そんな時でも受験生である以上は受験がある。三千代は現在中学三年生だ。季節は九月。そろそろ本格的に勉強と向き合わなければならない。世界の危機でもない限りは。

 立て続けに傀儡剣士を相手にし、小動物惨殺事件の一件にも巻き込まれ……剣を取り巻く問題との距離が近かった頃は、三千代は百パーセント心から正義感に駆られていた。いや、スイは「正義」だと言ってくれるが、三千代本人はもっと自己中心的で俗っぽく、それでいて純粋で単純なものだと思っている。本能的で生物的な欲求とさえいえる。自分の生まれ育った街を、めちゃくちゃにされたくない。それだけだ。

 それが今や、めちゃくちゃになる気配はない。住処を守るために躍起にななってきたが、もはや、切羽は詰まっていない。生物的にはもう満たされている。すると今度は社会的な問題に向き合う時が来た。それが受験だ。

「今から、当然のことを言うね」

「え? うん。」スイは不思議そうな顔で三千代の発言に耳を傾ける。

「平和なら、もう剣を握るのはやめて受験勉強に専念したい。でも平和じゃないなら、やっぱり私は街を守りたい」

「それは……」スイは、「当然だなあ。」細い息を吐くように笑った。

「スイも、ごめん。本当は夏休み中、部活があったはずだよね」

 スイはパソコン部と科学部に属していた。どちらも例年、夏休み明けの文化祭では展示を出す。それを今年は、スイは三千代と共に街を奔走してばかりだった。

「んー、大丈夫だよー。後の世代が育ってるし」

「ごめん。ありがとう……」


 公園からの帰路、三千代はずっとうんうんと唸っていた。

「あー、いけないなあ。なんだか()が分散してる」

 スイがころんと首を傾げる。

「キ?」

「そう。気。集中。剣のことと、受験のこと、両方のことを中途半端に気にしてしまって、どっちにも注力できていない……」

「あ、ああー……」

 スイは言われて初めて、受験のことを思い出した。彼女は成績優秀者なので、そこまで受験で思い詰めていなかった。

「あー、すっきりとしないなあ。どっちかにスパっと焦点を定められたらいんだけど」

「そこはまさしく、重油のごとき海の底――光すら腐る奈落であった。目など開けられぬ。ゆえに小生と王子は、心眼を以てその闇に挑んだのだ。暗黒の王、その正体は巨大なる提灯鮟鱇。“提灯の光があるではないか?”――否。否、否。違うのだ。その光こそが呪い。あまりに眩く、見れば眼球が砕ける。ゆえに小生らは自ら瞼を閉ざし、内に宿る心眼を開かねばならなんだ。」

「……ドンキもこの調子だしさあ」

 三千代はがっくしと項垂れた。そのまま強くブレーキを踏む。数センチ、身体が前へ出る。その更に数メートル先をビュウンと車が走っていった。今のは40キロほど出ていただろうか。歩行者用信号機が赤く光っている。

 ここの信号は長いことで有名だ。三千代はドンキの隣に横たわっているペットボトルを掴み上げ、中の天然水をがぶがぶと口に注いだ。隣でスイも似たように、三千代よりいくらか上品に、水を飲んでいる。

 スイがペットボトルから口を離す。

「ドンキ君が()()なってるのも、一か月傀儡剣士が現れなかったからかもね」

「ええ? コイツの中二病はずっとこんなカンジだった気もするけれど」

「ううん。ゼッタイに顕著になってるよ~。著しいよ~」

 そこまで言われると、そうかも知れなかった。

 スイは前々から、異世界の剣よりもむしろこのおもちゃの剣──ドンキ──に興味を持っていた。彼女はAIだとかそういうのが好きなのだった。

「やっぱりドンキ君は面白いねえ。AIに、侍口調の中二病がデフォルトで設定されているわけがないんだもの。それも、この見た目で」

 言われた通り、ドンキの見た目には侍口調も中二病も似合っていない。ドンキは西洋の長剣を模したおもちゃであり、ぷにぷにのビニールでできた刃と原色の真っ赤なプラスチックの柄、安っぽい金メッキの鍔は対象年齢小学生低学年以下のソレだ。

「面白い、って……まあ面白いんだけれどね。でもせめて、音量調整くらいはさせてほしいよなあ」

 信号が青になった。三千代は呆れたようなため息をひとつだけ吐いて、ペダルを踏む足に力を入れた。

「分かったぞ――東だ。東の方角を司るは、蒼穹を統べる青龍。そうか――全ては、竜に通じていたのだ。ここより東、すなわち隣町にこそ潜むは、竜の剣士! 蒼き雷を纏いし竜、その名は――白銀の剣〈イオン〉! これこそが、小生らの求めていた邪悪の正体よ!」 ドンキはまだ何か言っている。

「青いのか白いのか、どっちよ……」

三千代(ミンチョ)よ! 東へ征くのだ!」

「はあ」

 三千代は考えた。スイの言った通り、傀儡剣士が街から消えたことが、ドンキの中二病の悪化を加速させているかもしれない。この通り、傀儡剣士や寄生虫、イオンに関するワードが、ドンキの中二トークに頻出している。

「でも、隣町か……」

「みっちょん? どうしたの?」

「あ、うん。……スイとオーケーが傀儡剣士と最初に戦ったのって、電車の中だったよね? 隣町へと向かう、電車の」

「そーだよー」

「ねえ。例えば──」

 三千代が言葉を続けようとした瞬間、スイはブレーキをかけてカキキと車輪を擦った。水色の自転車が通路のわきで静止する。

「──え? スイ? どうしたの?」

 三千代もすぐ隣で自転車を止める。

 スイは黙って、三千代の手を取った。

「わっ」

「剣だ。」王敬のテレパシーが聞こえる。「剣が現れたぞ。」

「う──」そ。と言おうとして言葉を呑みこむ。

 嘘、ではないことは分かっている。

 一か月何も無かったからと言って、その先未来永劫何も起きない、という方がありえない。やや久しぶりだが、剣が現れた。王敬が言うのだから、事実なのだろう。

 三千代はすぐに自転車の前かごからドンキを取り出した。

「どこ?」

 問う三千代に、スイが冷や汗を垂らしながら返す。

「正面。……こっちに、向かってきてる!」

「──!」

 次ぐ言葉を思いつけないでいる三千代に、スイが追い打ちをかける。

「すごい速さだよ!」

 三千代は何も言えないが、とりあえずスイから手を離し、ドンキを構えた。何かの家屋の壁に、二台の自転車ががしゃんがしゃんと音を立てて寄りかかる。二人の少女はそれぞれの剣を胸の前にして、衝撃に備えるようにして立った。

 次の瞬間、ビュウンと音を裂いて高速の何かが、少女らの隣を通りすぎた。

「……あれ?」

 三千代はドンキを下ろし、もう片方の手を傘みたいに目の上に構えた。日光を遮って、少しでも視界を正確にするためだ。

「よく見えなかったけれど、今のが?」

 三千代が隣の少女に問う。

「そうらしいねー」

「追う?」

 そう言ったところで、再びスイは三千代の手を握る。

「その必要はないのう。」

 王敬が言った。見ると、スイの手の中で王敬は剣の形になっていた。

「朕の気配に気づいた傀儡と剣が、すぐに戻って来る。」

 それを聞き、三千代は再びスイから手を離した。

 おもちゃの剣を構える。

 構えながら、考える。

 今の高速移動する剣士が、一旦自分たちを無視して向かっていた方角。暴れずに爆速で走っていった方角。それは、

「(東。か……)」

 隣町の方角から、凄まじい速さで、剣がこちらにやって来る。

 東。

 隣町。

 あそこに何があるのだろうか?

 真っ赤な柄を握る、三千代の手が湿った。




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