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黒鉄の剣 11

(la, la, la, la, la!)

人生がジョークじゃないなら、どうして俺たちは笑ってるんだ?

 (la, la, la, la, la, la!)



────



「落ち着け! 米噛(まいかみ)!」

「うぅおおぉぉおっ!!」 これが、落ち着けるものか!

 米噛(まいかみ)は止めない。

 地面に剣を叩きつけるのを止めない。

 ガン。ガン。ガン。ガン。──ガン!!

 泣き、叫び、それでも剣を振るった。

 黒鉄(くろがね)で出来た大剣が何度も何度も何度も、地面に突き立てられる。

 その度に、米噛の影から無数の黒い刃が生まれた。一本一本が鉄塔のように太い。その乱立する様は、夕暮れの街のようだった。ざくざくと、ぐさぐさと、あらゆる、全てを、映画館を、粉々に破壊している。

「あぁああああぁ!!」

 髪はいっそう乱れ、眼鏡が振り落とされる。米噛の顔から放り出された眼鏡を、影から伸びる黒い刃が容赦なく貫いた。刃は米噛以外の全てを破壊した。刃は床に突き刺さり、壁をぶち砕き、青天井へ向かって怒髪天のように立った。全方向へと伸びる無数の黒き刃。


────


 米噛は、クロと出会ったときのことを思い出していた。

 もう何年も前のことだった。

 いや、別に、何年前のことだったのかは、はっきり覚えている。

 なんせ昔も今も学生なのだ。当時自分が小中高何学校の何年生だったのかさえ覚えていれば、今の自分が高校一年生であることと照らし合わせて何年前の出来事だったのか確定させることができる。あの頃は小学四年生の夏だった。

 だから、もう、六年も、前のことになる。

 米噛少年は学校で友人ができずにいた。

 それが悲しくて泣いてしまったことこそなかったが、寂しくはあった。

 ある日、好奇心から、小学校から自分の家へ帰る道を外れて歩いた。

 そこには廃れた民家があった。

 塀が良い感じに崩れており、腰をかけた。

「はぁ」

 自然とため息が出た。別に、この日特別嫌なことがあったわけではなかった。具体的に何由来のものなのかは自分でも分からなかった。漠然と今の生活に疲れていたのだろう。

 それきり口を開いたまま、何をするでもなく15分ほど、そこで動かずにいた。ただぼうっと座っていた。一生ここで座っているのも悪くないとさえ思えた。

「どうかしたのか? オマエ」

 背後から一声、そう聞こえた。

 聞いたことのない声だったので初対面の人間だろう。あるいは、自分は他人の顔と声と名前を覚えるのが苦手なので、会ったことはある人間かもしれないが。が、いずれにせよ、親しい人物ではない。どちらにせよイキナリ相手を「オマエ」呼ばわりするとは失礼なやつだ、と米噛は思った。

 一方で「どうかしたのか?」という言葉からは相手を心配する気概が伺えた。いいやつなのかもしれない、とも米噛は思った。

「学校で友達ができなくて」

 と、口を()いて出たのはそんな言葉だった。なるほど自分はこのことで結構悩んでいるのだな、と自覚した。

 米噛はソイツの方を振り向くのも億劫だった。ソイツも、一切動じない米噛の態度を気にした様子もなく、話を続ける。

「なるほどそういうことで悩んでいるのだな」

 背後のソイツはそう言った。

「うん」

「学校の外には、友人はいるのか?」

「どうだろ。」いないよ、とは言えなかった。

「それは、寂しいな」

 ソイツはそう言った。背後のソイツの声が聞こえるのは、後頭部からではなくて、腰のあたりからだった。てっきり後ろに()()()いるものだと思ったが、もしかすると自分と同じように、何かに腰掛けているのかもしれなかった。まさか自分より小さい者だとは、思っていない。

「寂しい?」

「ああ。友がいないというのはオマエ、寂しくはないのか?」

 ソイツの顔を見る気になれなかった。それまで孤独が寂しくて泣いたことなどなかったのだが、いざ他人に己の孤独について打ち明け、話を聞いてもらっていると、泣きそうになってしまったからだった。あと2ターンほど会話を続ければ泣いてしまうことを、確信していた。

「寂しいと、どうなんだよう。」既に涙声である。

「どう、と言われてもな」

 残り1ターン。

 この頃は母の仕事もそこまで忙しくなく、父も単身赴任の多い仕事に転職する前だった。しばらくすれば両親が帰って来る。その前に家に帰らねば、と思った。

「帰る。」と言って、立った。

「待て!」

 (ゼロ)

 ガッと目の頭が熱くなる。何かのスイッチが入ったように、どばどばと涙が溢れた。

 ソイツに泣いているのを悟られないように、駆け出す。足が3度、右、左、右 の順で地面から離れたとき──

「ワガハイと友達になろう!」

 背後からそう聞こえた。

「は」

 ソイツは続ける。

「丁度、今、ワガハイも、友達がいなくて困っていた」

 そう言った。ソイツの一人称に戸惑いながらも振り返る。

 そして米噛少年は、ソイツの正体を知る。

「うわぁっ!」

「何を驚いているんだ。」ソイツは言った。

 ソイツは猫だった。黒い猫だった。喋る、猫だった。

 名前をクロといった。


────


「おぉぉおおぉっ!!」

 人生の三分の一以上を共に過ごしてきた友を、失ったのだ。

 出会った時以上に泣いているのが自分でも分かった。

 しかしどうしろというのか。

 どうしろといわれても。

 どうするつもりもない。

 出会いより別れの方が悲しいのは当然だ。

 攻撃をやめるつもりは、なかった。

 米噛は腕の感覚がなくなるまで、その鉄塊を地面にぶつけた。己の影から幾度となく(いびつ)な鉄塔が生えてくるのが、(にじ)んで見えた。

「米噛さん!」

 背後から声がした。その声には聞き覚えがあった。知っている人物の声だった。しかし聞こえないフリをした。

 米噛はもう一度、剣を地面に──影に突き立てようとした。しかし──

「米噛!」

 この声が彼を止めた。脳内に響く、もう一人の友の声。そう、豪頭の声だった。

 剣を下ろす動きが止まったその隙に、背後の人物は駆け出していた。

 豪頭の声が、飽和して(から)っぽになった米噛へと注がれる。

「もう勝敗は決している。これ以上、人を、物を、吾輩に壊させないでくれ。」

 そう言ったのが聞こえた次の瞬間、両の脇に強い衝撃が走った。

「米噛さん……!」

 背後の声の主。それは三千代(みちよ)だった。

 三千代が、米噛を後ろから羽交い締めするかたちで押さえている。

 三千代は正義感の強い少女だ。きっとこれ以上オレに周囲を破壊させないために、こうして拘束しているのだろう。米噛は輪郭の滲む脳でそう思った。

 しかし事実は少し違った。三千代が米噛の脇に腕を通して彼を押さえているのは。今にも崩れそうな米噛がそのままベシャリと床に落ちるのを防ぐため──彼を支えるためだった。

 米噛は全身から力が抜けて、三千代が支えていなければ今にも地面にべしゃりと崩れそうだった。

「しっかりしてください、米噛さん!」

 そうは言うが、この状況でしっかりできるわけがないじゃないか、三千代さん。オレはあいつに親友を──クロを殺されたんだぞ。米噛はそう思った。

 そう思ったのが、三千代へと伝わった。剣は、触れる者の間にテレパシーを通す。米噛の思考は、(ろう)のように固くなった手に握られている剣・豪頭を通じて、三千代へと伝えられた。

「えっ!?」

 三千代はあわてて、(うつ)ろな米噛の目の先を見た。建物は激しい破壊によって煙幕で満たされている。その奥に、人影があった。

「じゃあ、あれが連続惨殺事件の犯人……!?」

 三千代がそう言ったのを聞いて、米噛は途切れかけていた意識や五感を再び覚醒させた。特に、目だ。目を大きく開いた。豪頭は「もう勝敗は決している」と言ったが、己の目で確認する必要があった。クロの(かたき)である惨殺犯を、しっかりぶち殺せたのか、確認しなければ。

 米噛は、脇の下を通る二本の少女の腕を外した。よろよろと揺れる足を、少女は──三千代は、心配そうに見つめていた。

 米噛は手をふりふりと動かして、何人(なんぴと)も自分に近づくことなかれ、と示す。

 手に力がこもる。豪頭の刀身を通じて、近くに強い剣の気配があるのが分かった。しかしそれは背後からだった。きっと、三千代と共にスイがここへ来ているのだろう。だから、背後の巨大な気配は、スイの持つ銅の剣・王敬の気配なのだろう。

 そして前方に剣の気配はなかった。

「あの惨殺犯が持っていた剣なら、完全に消滅した。(そう)(りゅう)する血を纏った、氷柱(つらら)のような剣だった。実際かなり強い部類の剣だろうな。が、吾輩の生んだ黒鉄(くろがね)(やいば)によって、粉々に砕け散ったよ。」

 豪頭がそう言った。

 米噛は何も言わない。

 豪頭は構わず、続ける。

「米噛。そなたが吾輩を影より引きずり出したとき、そなたの心は大きく乱れていた。影より生まれる黒鉄(くろがね)の刃は、使い手の感情から指向性を帯びる。覚えているだろ?」

 そう言われても、今の米噛の回らない脳では、豪頭が何を言いたいのか分からない。

 豪頭は続ける。

「だから、つまりだな。そなたの感情から生み出された刃たちは、()()。字のごとく、()()()()()。周囲をでたらめに破壊したはいいが、ああもでたらめでは……標的に当たるものも当たらない」

 そう言われ、やっと米噛は感情を取り戻した。

 それは焦り。

 まさか、あれだけやって、惨殺犯には当たっていないのか!?

 乾いた口がぱくぱくと動く。かっ(ぴら)いた目に砂埃が張り付く。鎖で繋がれたような足取りで、豪頭を引きずる。がりがりと、映画館の床に白い線が引かれていった。

「違う。」豪頭は、米噛をなだめるようにして言う。「当たったんだ。ただし──」

「!!」

 豪頭の台詞が言い終えられるのと、米噛が薄れてゆく煙幕の向こうの状態を確認したのは、全くの同時のことだった。

「右手の甲にだけ、だ。」

 そこには、壁に貼りつけられたようにして立って気絶している、あの七三分けの青年がいた。右手があったところに、大砲をぶっ(ぱな)たれたような大穴が、壁ごと()けられていた。それ以外に青年の身体に損傷はない。しかし祭りの屋台で売られている型抜きのように、青年の身体の輪郭をなぞるようにして、映画館の壁は数珠繋ぎに穴が穿(うが)たれていた。


「吾輩のいた世界での決闘ルールを覚えているよな。」

「……」米噛は無言で肯定する。

 決闘のルール。それは、先に相手の顔面か喉、手、腹を剣で叩いた方が勝ちというシンプルなものだった。負けた方は、霧散して死ぬか、勝者へ服従する。この世界では「死ぬ」という部分だけ適応されないが、それ以外は同じ。

 惨殺犯の右手に、豪頭の力で生み出された刃が当たった。それはつまり、米噛が勝利したということだった。

 惨殺犯の胸が零点数ミリの単位で上下している。気絶しているが、死んではいないらしい。黒い刃に貫かれ、右手どころか右腕を失っているが、それでも生きている。これを「生命の粘り強さ」と表現するのは(しゃく)だった。

「なんで、まだ生きてるんだよ」

 米噛は絞り出すようにして言ったが、当然相手には聞こえない。

 風が、惨殺犯の前髪を揺らした。七三が揺れて八二になり、また揺れて七三に戻った。見ない顔だった。同じ高校生くらいだったが、少なくとも同じ学年の生徒ではないだろろう、と米噛は思った。こいつは高校で、どのような仮面を被っているのだろうか。どのようにして善良な市民のフリをしているのだろうか。そんなことが気になった。今は白目を剥いて口からよだれを垂らしているが、整った顔だった。優しそうで、賢そうな顔だった。学校では優等生なのだろう。それが、裏では小動物を惨殺して注目を浴びることに快楽を覚える、サイコ野郎だったわけだ。

 気持ちが悪かった。

 こんな奴が、クロを。

 こんな奴が、

「なんで……まだ生きてんだ……!」

 がん! からん、からん。からん。

 映画館に轟音が響く。

 米噛が、それまで手に握っていた巨剣を床に落としたのだった。

 空いた手をどうするかというと、強く、強く握りしめるのだ。痺れる手を、隕鉄のように固く丸める。背を丸め、頭を垂れて、目の前の七三分け片腕の男を殴り殺すための(こぶし)に力を込める。

 ぼさぼさの髪が(とばり)のように下りる。床には黒い巨剣と、黒い何かが見えた。眼鏡を壊してしまったので、視界がまとまらない。しかしその何かの正体はすぐに分かった。

 クロだ。

 クロ、だったものだ。

「(クロ)」

 フッと、全身から、搾りかすのような最後の力さえが抜けていった。

 しゃがむ……というよりも、崩れ落ちるように。床に顔を近づけた。クロに身体を寄せる。見たくないもので視界が覆われる。首から切断された、猫の死体だ。

「米噛。よく見ろ」

 豪頭がそう言った。米噛の手から落ちた豪頭は、米噛の影の上に横たわっていたのだ。そのため、テレパシーが繋がっていた。

 豪頭の指示に従い、吐き気を押さえながらクロに顔を近づける。井戸を覗き込むように、夜空を見上げるように、クロを見下ろした。

「クロのものではない、茶色の毛が身体に混じっている。それに、爪を見ろ」

 頭部から引き離された胴の先、縮こまって腕の先の、まだやわらかそうな手の先の、爪の先。乾いて赤黒くなった血で染まっている。

「きっと、他の猫を守るためにクロが、あの惨殺犯と戦ったのだろう。」

 豪頭の言葉を確かめるために、米噛は上を向く。

 蝋人形のように固まって動かない、片腕の青年。消失した右腕の反対側、長く黒い袖の先から左の手が見えていた。白い甲に、赤い線が四本走っている。それは、クロが引っ搔いてできたものだった。

「クロは……」米噛は目を閉じて言った。「誰かを守って、死んだのか」

「そうだろうな。」

「立派だ」

「そうだな。」

「でも……」

「……」

 その先の言葉を呑んで、後ろを向く。

 少し離れた場所に二人の少女が見える。一人は褐色で、短い髪を汗に濡らしている。その奥に、夕日のように輝く赤い剣を手にした、色白の子が長い黒髪を風に揺らしている。三千代とスイだ。思えば、あの二人にも迷惑をかけた。

 そして。

「コストコ」

「なんだ。」

「床に落として悪かった……」

「いいさ。手が、痺れてたんだろう?」

 そうではないことを豪頭は知っている。そして、豪頭が知っていることを、米噛は知っていた。それでも豪頭の気遣いを汲む。米噛は目を閉じた。

 豪頭に謝るべきことはもっと他にあるのだ。

「コストコ。」米噛は豪頭の(つか)を握り締め、片手で拾い上げた。「結局この世界でも、お前に戦わせてしまったな」

 豪頭は元いた世界で無数の人間と剣を(ほふ)ってきた。要人を暗殺の凶刃から守るためとはいえ、その役割は豪頭が望んでのものではなかった。世には、破壊と殺害を──戦いを、望まぬ(つるぎ)もあるのだ。だからこちらの世界に送られてきた豪頭に、せめてこれからは戦いをさせぬよう、米噛は誓っていた。

 その誓いを自ら破った。いやむしろ、剣を剣として“利用”さえしたのだ。相手を殺すために“利用”したのだ。友との約束を(たが)えたのだ。それが、米噛には申し訳なかった。

「ごめん」

「謝るな。感情が昂っていたのは吾輩も同じだった。……クロという友人を失い、悲しかった。吾輩は、吾輩の力がそなたに使われたことを悔いてはいないよ。」

「そうか……」

「友の為に戦ったんだ、我々は。」


 米噛は、三千代とスイを惨殺犯のところまで呼び寄せた。そして、映画館で起きたことを話した。

 話を全て聞き終えて、三千代は尋ねる。

「これから米噛さんはどうするつもりですか?」

 その目は、壁に貼り付いている惨殺犯を見つめている。

 それに対して米噛は迷わず答える。

「正直コイツを殺したい。クロを殺したコイツを、殴り殺してやりたい」

 抑揚のない声で、そう言った。

 三千代は動じず、ただ黙るだけだった。スイは一歩引いたところでおどおどとしているが、口を出す様子はない。影の中に戻った豪頭も黙ったままだ。

 米噛は息を吐いて、

「でも……。」三千代の目を見る。身長はほとんど同じなので、真っ直ぐ見つめることができた。「警察呼んで、正しく罪の償いをさせた方がいいんだろうな。ホントは」

「私も、そう思います」

 二人は惨殺犯を見た。肩関節より下から右腕がごっそりと無くなっている。本来ならすぐに失血かショックで死んでいてもおかしくない。今こいつが気を失いながらも生きているのは、「運」と言う他なかった。しかしその運の糸は細い。米噛の震える手で小突いただけでも、その糸は簡単に千切れるだろう。

 それでも米噛は、殺さないことを選択した。数分前までは──豪頭を振るっていた時は、完全に殺すつもりでいたが、やめた。こいつを殺したところで、クロが帰って来るわけではないから……だなんて、優しい理由ではない。

 むしろ逆だ。

 勝負は一瞬だった。一瞬で豪頭の黒い刃がこいつの腕を吹き飛ばし、決着。こいつは訳も分からず気絶したのだろう。つまり今こいつを殺せば、こいつは訳も分からぬまま、()()()()()()、死んだということになってしまう。苦しまぬままに死んだということになるのだ。

 それでは、きっと苦しんで死んでいった動物たちが報われぬではないか。

 クロが報われぬではないか。

 あまりに不平等ではないか。

 そんなのは許さない。

 苦しめ。

 楽に死ぬな。

 苦しんでくれ。

 苦しんで苦しんで、後悔しながら老いて死ね。

 その残酷で正当な思いから、こいつを生かすのだ。

「……」米噛は、三千代と、その後ろにいるスイの顔を見た。

「?」三千代が首をかしげる。「どうかしました」

「いや……」

 顔を前に戻す。

 もし隣に少女らがいなければ、自分は目の前のこの青年にもっと苦しむように処置を施しただろう。目を抉り抜き、歯を全て捨てたことだろう。最大の苦を体に刻んでやってから、生かしただろう。米噛はそんなことを考えていた。


「流石に三人もこんな場所にいたら、警察の人に怪しまれるだろう。二人は帰った方がいいんじゃないか?」

 米噛はポケットからスマートフォンを取り出し、そう言った。

 三千代は破壊されつくした映画館を見渡しながら、

「そうですね。」と答えた。「そうしようか?」スイの方を向く。

 スイはこくりと頷いた。

 去る二人の背中を見つめながら、米噛はスマートフォンのロックを解く。眼鏡がなく髪もぼさぼさだったせいか、顔を認証してくれなかった。久しぶりにパスワードを入力した。

 そろそろ、映画館の破壊音を聞いて、外の人びとが集まって来るかもしれない。それより先に通報しなくてはならない。

 目を凝らし、三桁の電話番号を打ち込む。

「もしもし。119番ですか。手を欠損した状態で気絶している男性を発見して……。はい。はい。あ、いや……。近くに刃物で切られたような猫も倒れていて……事件かもしれません。はい。」冷静を装って、ズビ、と小さく鼻をすする。「はい。場所は……」

 街の中央から少し南にある、廃れた映画館。

 そこで一匹の猫が死んだのだ。




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