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黒鉄の剣 4

 (じゅう)(てき)の剣を破壊した、その後。三千代とスイは、(じゅう)(てき)の剣を持っていた女子高校生から聞いた話を反芻(はんすう)し続けた。特に引っ掛かったのは、「()()()()()()()()()()」というワードだった。

 建物の屋上から急いで降り、女子高生を駅まで見送った後、三千代とスイは手をつないで帰路をなぞった。スイの鞄の中には銅剣・王敬(おうけい)が入っており、触れる者たちの間にテレパシーの通り道を作る。三千代はスカートの内側に剣のおもちゃ・ドンキを挿し込んでいる。「慟哭風纏(どうこくふうてん)」なんて立派な名前を自称しているが、三千代とスイの間ではすっかり「ドンキ」呼びが定着してしまった。

 三千代、スイ、王敬、そしてドンキ。二人の少女と二本の変わった剣の間に、テレパシーが通う。

 最初に、スイが心の中で唱えた。

「(寄生虫。他の生物の体内に入り込んで、栄養やエネルギーを奪いながら生きる生物のことだよね)」

 一般に寄生虫とは生物のことを指す。スイが今言った通りの生態をする、生物のことだ。

 地球には様々な生物が過去も現在も生息してきた。そうした中には人間の理解を越えた、不気味で奇妙な生態をしたもの、不思議な形状のものも多い。しかし、「身体を持たない」──肉体の無い生物なんてものが、果たしてあるのだろうか。また、仮にあったとして、どうやって観測するのだろうか。観測ができなければ半分存在していないのと同じだ。

 次に三千代が唱える。

「(何かの比喩かとも思ったけれど、でも、あの人が対峙したのは別世界の剣だから。別世界のことは未知数……本当に、こっちの世界の言葉では()()()()()()()()()()としか表現できないような生物が正体でも、おかしくない)」

 それにドンキが続く。

「(目に見えぬ相手というのは恐ろしきものよ。小生の(いかづち)を持ってしても、焼き払うことが出来るかは怪しきところ。いや、待て。もしや――刃の奥底に封じられし第三の瞳を、いま一度、表へと押し出すことが叶うならば。勝機、まだ潰えてはおらぬ!)」

 ずっとこの調子だ。別世界の剣とのバトルという中二病の喜びそうな状況に巻き込まれたことで、ドンキの妄言には拍車がかかっている。

 腰のあたりで喚くおもちゃを無視し、三千代は「寄生虫」から連想される物事を可能な限り思い浮かべてみた。寄生する虫と書いて「寄生虫」。スイの説明の通り、他の生物の体内に入り、「寄生」する。「寄りかかって生きる」と言えば聞こえはいいが、そんな、「人」という漢字に付けられた美談のようなものはない。中には、宿主を操ってしまうものもいると聞く。寄生虫とは基本的に宿主にとって害だ。

 三千代の思考に、スイが返事する。

「(ハリガネムシなんかが有名だねー。水中で繁殖するから、時期になると寄生したカマキリが水辺に自ら飛び込むように、行動を操るんだって)」

「なるほど、そうであったか。」王敬は閃いた様子だ。「スイよ。土星の日、電車で戦った大男を思い出せ。あれは、剣に操られていたのだと思ったが、そうではない。」

「(ええ?)」

「洗剤で汚れたどぶ川のような剣には、“透明化”という力があったろう。かような強力な力を持っている剣に、それとは別に“宿主操作”などという力が授けられるだろうか。ああも強力な能力を一つの剣が二つも所有するなど――有り得ないとまでは断言できないが、やはり不自然である。」

「(でもオーケーはスイを操っていたじゃないか)」

三千代(ミンチョ)殿。朕の力は緑青(ろくしょう)の生成、一点のみ。()の応用力が高いだけに過ぎぬ。しかしどぶ川剣の例――“透明化”と“宿主操作”は、全く異なる力だろう。」

 首を傾げる三千代に向けて、王敬は続ける。

「炎で(たと)えよう。炎には、“熱い”という性質と、“空気を押し上げる”という性質がある。この二つは地続きのものだ。しかし、“甘い香りがする”なんて性質は無い。きっと、その炎でマシュマロでも焼いているのだろう。炎とマシュマロは、異なる力よ。」

「(随分かわいい喩えだったな……。それに、変に喩えられたせいで余計こんがらがった気もするけれど。うん、でも。なんとなく分かった)」

 スイと王敬が前の土曜、電車で戦った男は、()()()()()()()()で操られていたわけではない。

「そうだ。恐らく、操っていたのは“身体を持たぬ寄生虫”とやらだろう。」

「(いよいよ本当に、警察でも解決できなそうな事態だね)」

 スイが、ずーんと顔を下げて言った。三千代が頷く。

「(そうだね。まだ仮定の段階だけれど……悪意を持って“寄生虫”をばら撒いている者がいるとしたら、私たちがなんとかするしかない)」


 その後、期末考査も含んで祭りの日までの二週間。二人は、二度、剣との邂逅を果たした。その外見と能力から、ひとつは「拷問する錆の剣」、ひとつは「化け溶岩の剣」と王敬に呼ばれた。前者は登山服を着込んだ老婆が、公園のベンチの上に立っているところを見つけた。後者は街の南にある商店街のど真ん中に突っ立ていた男子大学生が手にしていたものだ。どちらも周囲には多くの人がいた。そして、手にしている人間が白目を剥き、暴れていた。暴れていたのである。

 剣を振り回し、そばにあった物が破壊された。人々は逃げ惑い、一帯がパニックになっていたが怪我人は見当たらない。そのことに安堵しつつも、三千代とスイはそれぞれの剣を引き抜く。すると途端に、標的と見なされた。老婆も大学生も同じように、糸で手繰(たぐ)られた人形のように不気味な動きでこちらへ突進してきた。先に出会った老婆との戦いの後、スイは、

「みっちょん、土曜日に電車で戦った人も、丁度こんな感じだったんだ。」と言った。

 戦い自体は何の危なげもなく済んだ。相手は二人とも、何者かに操られている状態であり意識が無かった。そのため、王敬の緑青(ろくしょう)で一瞬にして動きを止めることができたのだ。指先一つ動かぬ青銅像となったところを、ドンキのぷにぷにの刃で小突くだけで勝利することができた。

 こうして、二度も傀儡(かいらい)と化した剣士と戦った。いずれも戦いの後に傀儡はぐったりと横になり、口を利くことができる様子ではなかった。

 しかし剣の方はそうではない。老婆の握っていた「拷問する錆の剣」、大学生の「化け溶岩の剣」。そのどちらにも、意思が残っていた。剣は、操られていない。操られているのはあくまで、人間の方のみだった。剣を持った人間を操る何か──それが「身体を持たない寄生虫」と関係しているのは火を見るよりも明らかだった。

 三千代の顔から垂れる汗が、真っ黒な、岩のような刀身に落ちる。化け溶岩の剣は、戦いに負けた直後に急速にその身を冷やし、赤くどろどろと(ただ)れていた刃を黒く染めたのだった。溶岩が黒曜石に──化けた。

 持参していた水筒から水をぶっかけても蒸発しなくなったのを確認し、スイは屈んで、王敬の切っ先をこつんとくっ付けた。その隣に三千代も屈む。

 シャッターの下ろされた布団屋の前でぐったりと横たわっている男子大学生を、顎で示す。

「この人を操っていたのは誰? 君の力じゃないでしょう」

 三千代から流れた汗が、蒸発することなく、黒い刀身に弾かれ地面に落ちる。しかし、黒曜石は、

「だれが貴様らに言うものか。」の一点張りだった。

 しばらく問答を繰り返したが、(らち)が明かない。呆れて少女らが一度起立した時、化け溶岩の剣は一瞬にして身を(しゅ)に染めた。熱気が立ち昇る。慌てて二人が剣から離れると、剣は再び黒く化けた。そして次の瞬間、バキン、と短く高い音を立てて砕けた。砕けた黒曜石は塵となり、空気に溶けた。

「じ、自決した?」

 三千代と手をつないだままのスイが頷く。

「そうみたいだねー……」

「急激な温度の変化を利用し自らの身を砕き、果てたか。敵ながら、見事な覚悟よ。」

 ドンキが言った。

慟哭(どうこく)殿の言う通りである。」王敬だけが、ドンキのことを慟哭風纏(どうこくふうてん)の名で呼んでいた。「いくら誇りが高いといえど、剣は勝者に従うもの。いやむしろ勝者に服従するところまでを含めての誇りというものだ。三千代殿の質問に応じず自害するとは。相当、寄生虫への忠誠心が高いらしい。」

「ぷはぁ。」緊張が(ほど)けて、息を漏らす。「こっちもダメだったかあ」

 三千代は、魂の抜けたような大学生の方を見た。まだ目を閉じて気絶しているが、心配することはない。操られていた剣士は、剣を離して数時間もすれば目を覚ます。

「行こう。祭りの日が近い」

「うん。そーだね」

 スイが銅板となった王敬を手提げ鞄にしまうのを見終えてから、三千代は歩き始めた。


 獣笛(じゅうてき)の剣以降の二度に及ぶ傀儡(かいらい)剣士との戦い、そしてスイが電車で戦った大男・どぶ川の剣の一件。これらの事件には共通項があった。

 まず事件発生の状況。電車、公園、商店街。いずれも人が多い場所で、人が多い時間に起きていた。

 そんな状況で剣が振り回されているにもかかわらず、怪我人がほとんどいない。

 そして、後日にニュースになっていない。物の損害は多少あるが、それ以外に印象に残るような物事は何も残されていなかった。

 人の多い環境で、人を怪我させず暴れる。しかもその場にいた人はまるでそのことを覚えずに去るようで、ニュースにならない。この不気味な共通項。

 裏で糸を引く犯人の目的が見えない。

 しかし、人の多くなる祭りの日に出現する可能性は高いと見た。

「今度の祭事、我々は初めて、いわば自分達から攻めることになるわけだの。」

 王敬が尋ねた。スイと三千代は頷く。

「おそらく、これは終末の予行にすぎぬ。黒幕の究極の企み――それは人の理を同時多発的に狂わせ、阿鼻叫喚の修羅を、この世に呼び降ろさんとするものよ。」

 ドンキがそう言った。

「私は、そうは思わない。」三千代が冷静に返す。「ここは治安がいい街だと思う。だから、人が暴れてるなんてことがあったらすぐ気づく。でも、これまで暴れてたのは全部、剣を持った人だけだった。一般の人が白目を剥いて暴れてるところなんて、見てこなかったでしょ?」

「う、うむ。」

「やっぱり、操られるのは剣を持った人に限定されてるんだよ。寄生虫は剣士にしか寄生しない。……黒幕は、剣を使って何かをしようとしてるんだ」

 しかし、その「何か」とは何なのか?

 机の上にオレンジジュースの注がれたコップが置かれる。結露によって外側に水滴が点々と付いていた。

「はい、みっちょん。お待たせ」

「ありがとう、スイ。ごめんね、この時期になると私の家、ちょっと外から客が来るから」

 三千代の家は宿屋だ。観光地である隣町とは比べ物にならないといっても、多少の客が外から来る。夏休みに入り、「多少」は「少」から「多」へと傾きつつあった。

 そういうことで連日スイの家に来ていた。

「いいよー。」スイの長い黒髪が、扇風機の風で揺れている。「ところで、部活の助っ人は行かなくていいの? 夏によく頼まれてるイメージだけど」

「大会が多い時期だからね。でも、全部断った」

「ええっ!? 剣道も? 呼ばれてたでしょー」

「うん。でも、それより寄生虫のほうが重要なことのはずだよ」

 三千代は、机の上に置かれてあるおもちゃの剣の刃を指で押した。くにり、と凹む。

 遠慮がちにひと口だけジュースを飲み、三千代は顔を上げる。スカートの中に扇風機の風を送っているスイの顔を見る。

「祭りには地元の人が沢山集まるよ。もしそこで、操られている剣士がいたら……大変だ。これまで人を傷つけてはいないけれど、それがずっと続くとは限らない」

 スイはその恥ずかしい恰好を恥じることもなく、

「そうだね。」と真顔で答えた。

 扇風機が首を横に揺らしている。


 これまで、傀儡剣士の振るう剣によって怪我をした人間は見たことがなかった。しかし、だからといって、これからもそうであるとは限らない。花火の一発も打ち上げられないような小さな祭りだが、多くの人が参加する祭りだ。そんな中で暴れられたら。そいつに傷つける意思がなくても何かの拍子で誰かが傷つくことは、充分あり得る。

 三千代とスイは祭りの会場へと乗り込んだ。瞬間、ベビーカステラの香の流れてくる方に、王敬は反応した。

「いたぞ。」

 もはや隠れる気はないらしい。

 三千代はスイと手をつないでいる。少し恥ずかしいが、今日は祭りだ。誰も、手をつないでいる少女二人のことなど珍しがったりはしない。

「(相手は移動している?)」

 三千代は王敬に尋ねた。

「いや、静止している。あの巨大な木の裏におるぞ。およそ30メートルといったところか。」

 王敬は最近になってメートル法を用いるようになったのだった。

 目をやると、カステラ屋の2つ奥、フルーツ飴を売っている屋台の裏に大きな木が立っていた。白い扇のような点がちらほらと見えるが、どうも蛾らしい。

「(そうか! みっちょん、あそこは道幅が他よりちょっと広いんだよ! だから、自然と人が多く集まってる!)」

「(じゃあ……ホントに祭りで暴れるつもり!?)」

 三千代は、スイの手を引いて駆け出した。ぐいぐいと人の洪水をかき分ける。誰も少女二人を気にした様子はない。

 屋台と屋台の間を通り抜ける。背後に祭りの明かりを感じながら、目は黒い木々を見つめる。

「2メートル。()の木の裏だ。」

 頭一つ大きな木。やはり付着しているのは蛾だった。遠くからでも白い点として見えるのだ。近づいてみると、想像していたよりもずっと大きな蛾だった。

「(操られた剣士は、暴れても人を傷つけないけれど、)」

「(うん。)」スイが頷く。

「(同じ剣士を見た途端、明確な殺意を向けてきた)」

 三千代は手を離す。

 スイは、手提げ鞄に右手を突っ込んだ。爪の先が、冷たいなにかと当たってカツンと音を鳴らす。薄いベージュの布に黒いシルエットを描いていたもの。青銅の板だ。

「(いくよ、オーケー)」

 と、言うと。銅板はしゅるしゅるとその身に纏っていた緑青を収め、本来の形を(あら)わにした。──少女の二の腕ほどしかない、小さな剣だ。

 木の陰から人間が飛び出した。三千代たちよりも少し年上に見える男の子だ。暗い青色の服を着ており、サイズの合っていないズボンからはすね毛が見えた。手には宝石のような、青と赤の混じった剣が握られている。男は(うな)()れており、背中が隆起して見えた。暗く沈んだ顔に、白目が目立って見えた。三千代は確信した。

「やっぱり、操られてる!」

 小声で叫ぶ三千代の声に反応し、スイは身体を前へ出した。鮮やかな動きを見せる身体には、既に緑青(ろくしょう)(つる)が巡らされている。ぐんと近づき、宝石のような剣の刃めがけて王敬を振るう。左上から右下へ、流星の駆けるような軌道だ。

 同時に三千代も、袈裟(けさ)がけされている鞄からドンキを引き抜き、構えた。

 スイの繰り出した王敬の一撃は速かったが、“猛烈”なまでではなかった。相手が剣を強く握れば十分に(つば)()りにもっていくことができる。むしろ、それを狙ってあえて、王敬は威力と速度を落としているのだ。操られている人間相手になら、接触した瞬間に緑青を伸ばすことができる。赤かった王敬の刀身は、既に美しい青錆に包まれている。

 しかし、王敬の刃が触れることはなかった。あろうことか、男は後方へ飛び、そのまま林道を駆け降りていったのだ。

「なっ!」

 今までにはないパターンだった。拷問する錆の剣を持っていた老婆、化け溶岩の剣を握っていた大学生は、どちらも王敬の気配に気づいた瞬間にこちらに向かってきていた。しかしあの宝石のような剣と男は、王敬を前にして逃げ出したのだ。

「ふん。小生の恐ろしさを感じ取り、逃げていきおった。」

「言ってる場合か!」

 ドンキの戯言をあしらって、三千代は男の後を追った。後ろにスイが続く。


「待て!」三千代は短く叫んだ。

 その数秒後、

「がぁあっ!」|

 うめくような叫びが道の奥から聞こえ、足を止める。もしかしたら、あの剣士が逃亡をやめて攻撃に転じたのかも知れない。三千代は青と赤の宝石を思い浮かべた。いくら闇といっても、あの剣では目立つはずだ。宝石光沢を探すようにして、慎重に、闇の先ににじり寄る。

 闇の中に、別の声が聞こえた。男性の声ではあるが、呻くような声ではない。小声で、独り言のようだった。

「(今誰か “いてえ” って言った?)」

 がささっ。枝葉に肩をぶつけ、音を立ててしまった。が、もう気にしている場合でもない。思い切って一歩 大きく地を踏もうととして、踏みとどまる。

 前方に眩い光が見えたのだ。光は、地面に大きな円を描いていた。スマートフォンのライトだと、三千代は瞬時に理解した。それから、円の中にぐったり倒れているのが追っていた剣士だと気づく。赤い輪郭を持った、青く透き通る、宝石のような剣。宝石だと思っていた。しかし、しっかりとした明かりの中で見ればなんてことはない、それはガラスだった。変色ガラスというやつだ。

 宝石の剣士、改め、変色ガラスの剣士だ。

 それよりも、

「だ──」ライトをつけているのは、「──誰?」

 目線を、光の円錐の底面から、上へとなぞり上げてゆく。

 そこには、高校生くらいの青年がいた。服は地味で、髪もぼさぼさだった。眼鏡をかけているが、これも別に印象的ではない。ただ、やけに、彼の落とす影の黒はどうも濃く深い気がした。しかしそれも、ライトに近いから濃淡がはっきりして見えるだけなのだろう。

 彼の手元のライトを直視してしまい、三千代は目を細めた。

「待て! ……って、キミが叫ぶのが聞こえたから。足をひっかけてころばせたんだ」

 彼は無感動に言った。足のすねを気にしているので、変色ガラスの剣士をころばせたときに痛めたのかもしれない。しかしそれ以外には感情があまり見えなかった。こんな状況で本来あるはずの「驚き」や「恐れ」といったものが見えない。そのことが少し気味悪く、三千代は、

「ありがとう、」と言って、「ございます」をつけ忘れた。

 取り繕うように、頭を下げる。

 顔を上げ、思い出したようにもう一度下げる。地面には、変色ガラスの剣士がぐったりと転がっている。

 操られた剣士は、剣士の肉体がどのような状態になろうと動くはずだ。明らかに関節が逆を向いている状態であろうと動くのだと、スイから聞いていた。なので三千代は不思議に思った。

 短い時間に思考を巡らせ、疑問への答えを見つけた。手の先、変色ガラスの剣は木の根元に深く突き刺さっていたのだ。転んだ拍子だろう。ガラスの剣はぶん回して周囲を破壊するようなパワフルなタイプの剣ではなく、繊細な技で魅せるタイプなのだろうと、なんとなく分かる。不本意に木の幹に深く突き刺さってしまって、引き抜くようなことは不得意なのだろう。そのために、剣士はのびてしまって動かないのだ。

 しかし刃が木にめり込んでいるといっても、半分以上刀身は剥き出しになっている。慌てて、三千代は顔を上げた。スマートフォンのライトを照らしている男子高校生は、青い剣の赤く踊る輪郭をガン見していた。

「ええと、そのこいつは、その」

 三千代は咄嗟になにか言わねばと思ったが、動揺は隠し切れなかった。

 あたふたしているうちに、前方からとんでもない言葉が聞こえた。

「剣だろ?」

 ぼさぼさ髪の、眼鏡の、男。彼がそう言った。

 空気がピンと張る。

 三千代は、

「そうです。」と言う他なかった。「あなたは?」

 脳が高速で回転するのが分かる。様々な選択肢がびゅんびゅんと脳を駆けるが、三千代はひとまず腰にささったドンキに手を、そっと、伸ばした。相手が剣士であるのなら、すぐさま顔面を叩くつもりだった。

 褐色の肌に玉のような汗が走る。手が宙に泳ぐ。まるで早撃ちをする数秒前のガンマンのようだった。

 そのとき、神社前大通りに繋がる道──つまり来た道から、声が聞こえた。聴き馴染みのある声だ。

「みっちょ~ん、待ってー!」




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