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黒鉄の剣 2

 剣との戦いから退く。そのことを決めた次の日、

「自ら関わりにいかないとは決めたが、吾輩自身が危ない剣であることに変わりはない。一度、吾輩がどういった力を持っているか見てくれ。」

(ごう)()()(ごう)が言った。

 高校へ行く途中にある上り坂の途中でのことだった。

「か、帰りでいいか?」米噛(まいかみ)はぜえぜえと荒い息を交えて返事した。


 そういうわけで放課後、米噛は自転車を学校の裏に止めた。翔仰(しょうぎょう)第一中学校という、そこは、米噛が半年前に卒業したばかりの母校でもあった。

 彼の家から高校へ、行きは上り、帰りは下りの坂道。ペダルを漕がずに傾斜に身を任せて下っていき、慣性でしばらくシャーッと自転車を滑走させ、自然に停止するのが丁度、この中学校前だった。

 確か中学はこの時期、定期考査が近かったはずだ。勉強に専念させるため、考査の一週間ほど前から「テスト期間」を設け、基本的に部活動も一時休止となる。そのためだろうか、中学はがらんとしていた。それに米噛が自転車を止めたのは、旧棟と呼ばれる古臭い棟だ。部活があったとしても、そこまで活発ではない。

「ここならいいだろう」

 彼は、サドルに(またが)ったまま、そう言った。

 豪頭が先日言っていたように、近くに「他の剣を拾った奴」がいるかもしれない。そいつに気配を拾われては面倒くさそうだ。サッと済ませて、すぐこの場を去るつもりだった。

「うむ。近くに剣の気配もない。影も濃すぎず、薄すぎない。ここなら吾輩の力がどういったものか分かりやすく示せそうだ。」

「そうかあ。」米噛は前へ屈み、地面に伸びる自分の影に手を当てた。「じゃ、いくぞ……」

 粘性の高い半固体半液体のように、手が影の中にゆっくり入っていく。深さはそこまでなく、指が全て浸かるあたりで、限界のようなものが体感となって表れる。これ以上は影に身体を突っ込めそうにはない、という感覚だ。

 探る間もなく、指は硬い棒のようなものに触れた。黒鉄(くろがね)の剣・(ごう)()()(ごう)(つか)だ。

「引き上げてくれ。」

「重いんだよなあ。……ふっっ! う、おおっ!」

 なるべく声を殺し、全身の筋肉に力を入れる。筋の走った手が、どんどん影から(あら)わになってゆく。その先には、鉄でできた黒い棒がある。棒の先に、(つば)を挟み、鈍くて太い(やいば)が見える。影から、剣が引きずり出された。

「はあっ、はぁ。……で。……はぁ。……で、どうするんだ?」


 (ごう)()()(ごう)。影の中に身を潜める大剣。しかし使われている素材はただの鉄にしか見えない。燃え盛る炎を身に纏っているわけでも、恒星のように絶えず光を放っているわけでもない。影から引きずり出してしまえばただ黒く、冷たい、鉄の剣に過ぎない。

「強い剣には、特別な力が宿る。例えば、ある大犯罪者の持っていた剣は光の屈折率を変えることで透明になることができた。」

 豪頭は、洗剤をぶちまけて虹色の膜を浮かべたどぶ川を思い浮かべた。その剣の刀身は、力を発揮しない普段の姿のとき、丁度そんな色をしていた。新聞にカラー写真で載っていたのを見たことがあるので、記憶に残っている。

「(そういう力が、コストコにもあるのか)」

「そうだ。」

「(オレはどうすればいい? 目立つのを避けるって意味でも、そもそもオレの貧弱な筋肉からしても、どっちにせよ、ブンブン振り回すのは無理だぞ)」

 米噛は、きょろきょろと辺りを見渡した。旧棟の裏の壁に、大きなゴキブリが張り付いているのを見つけ、嫌な気分になる。ただ、それ以外に生物の気配はない。窓も確認したが、人影はなく、十年も前にここの文化祭で使われたらしい何かのパネルがこちらを覗いているだけだった。

「ぶんぶんと振り回す必要は無い。ただ地面に吾輩の切っ先を落とすだけで良い。それだけで──」

「(こうか?)」

 そっと、腕を下におろす。豪頭の躯体が連動して下がり、僅かに丸みを帯びている切っ先が地面に触れた。正確には、地面──に落ちる影──に触れた。


かつん。と軽やかな音がした。


瞬間──

「うわっ!」

 米噛は()()を見て、自転車から降りた。豪頭を杖のようにして体を支え、そのまま屈む。顔と地面の距離が五十センチを切る。

「かなり抑えているが、これが――吾輩の力だ。」

 豪頭の声に従うようにして、地面を覗き込む。

 米噛の影だ。影から、無数の黒い棘が、放射状に生えていた。

「流石に……驚いた。……けど、よく見ると……ふっ、まるで猫よけみたいだなあ」

 棘はそこまで高い丈をしていない。せいぜい、爪楊枝ほどしかない。しかし、豪頭の頭とは比べ物にならないほど、鋭利に尖っている。生物も物質も容易く貫きそうな、太い針だ。それがビシリと無数に羅列している。これは小さな針地獄なのだと思った。

 米噛は「思ってたよりしょぼい力か?」と思ったのを飲み込む。

「テレパシーで聞こえてるぞ。」

「踏むと痛そうだな」

 なんでもない様子で言いながら、米噛は右足を持ち上げ、棘の上に落としてみた。

 だん。地面を力強く踏む音がした。

 ……全く痛くない。

 おかしいと思い、もう一度足を持ち上げる。すると、生まれた空白の影に、うぞうぞと黒い棘が(たか)り始めた。ゆっくり足を下ろすと、ゆっくりと棘がそこから退()いた。

「身内は傷つけないようになっている。」豪頭が言った。「これが吾輩の力だ。地中から砂鉄をかき集め、影から砂鉄でできた刃を生やす。無数の黒い刃だ。」

「(へえ。)」

「再度言っておくが、これは力を抑えているからな。」

「(力は抑えてる……。全力でやればどうなる?)」

「落雷よりも早く、あの建物の頂上まで黒き(やいば)を伸ばせる。それだけ長い刃を、全方向に放射状に伸ばす。」

 豪頭のテレパシーからイメージが流れ込んでくる。米噛は、柵を隔てて隣に立つ、中学校旧棟校舎を見上げた。壁にいたゴキブリは、既にどこかへ消えていた。校舎はゆうに10メートル以上あった。


 米噛がぼーっと巨大な──半径十メートルはある──ウニを思い浮かべていると、突如として豪頭が叫んだ。

「米噛!」

 テレパシーにもボリュームの大小がある。大きなテレパシーが心内に響くと、心臓の中から叫ばれた気分だった。

「びっくりした、」とそんな様子には見えない落ち着いた声で、「どうした?」と米噛は返した。

「すぐに吾輩を影に戻せ。」テレパシーから緊張が伝わる。

 訳が分からないまま、米噛は手を離す。自由落下の速度で、豪頭は地面を這う影の中へと吸い込まれていった。ほとんど同時に、影から生えていた無数の棘も身を引っ込めた。

 普段通りに戻った地面を見つめながら、

「(どうかしたのか?)」

「後で説明する。なんでもないフリをしつつも、すぐにこの場を離れろ。」

「(難しい注文するなあ)」

 米噛は頬の汗を拭い、素早く自転車に(またが)った。自分の思う「なんでもない」表情を作り、足に力を入れる。ペダルが前へ押し出され、車輪が回転を始める。

 背中の方から、鐘が鳴る音がした。大きな音で、しばらく響いた。


りーーん、ごーーん。

りーーん、ごーーん。

りーーん、ごーーん。



「な、なんだ?」

 振り返ると、校舎の頂上で大きな影が揺れているのが見えた。

 米噛もここの卒業生だ。旧棟の大鐘のことは知っていた。しかしその音を聞くのは、これが初めてだった。

「馬鹿な。あの鐘を誰か、鳴らしたのか」

 台詞の割に、彼の表情は変わっていない。

 今更、自転車を止めるつもりもない。学校を抜け、白くて太いフォントで「通学路」と書かれている道の上を車輪が踏みつける。斜め上の角度で周囲に目を配ると、ちらほらと窓から学校の方を覗く顔があった。皆、あの鐘の音が珍しいのだろう。

 更に数メートル進むと、そうした対岸のガヤも見かけなくなった。途中、ベランダで洗濯物を取り込んでいる最中の中年女性がいたが、興味の対象は自分のものであろうしわくちゃのパンツに向いている。パンツをハンガーの洗濯ばさみから外す。学校など一瞥もしなかった。

 大鐘といっても、音はこんな遠くまでは届かない。元々、チャイムとして使われていたのだ。音が聞こえるのは、学校全域と、精々学校を取り囲む校外数軒目の家屋までだろう。

 米噛の耳にも、鐘の音は聞こえなくなっていた。

「(あの場から離れろっていうのは、鐘が鳴るって分かってたからか?)」

「違う――が、しかし、関係しているかもしれない。」

 豪頭の最初の返事だけでは、何がなんだか分からない。

「(いやどういうことよ)」

「およそ200メートル離れたところに、剣が現れた。」

 米噛の眉が僅かに寄る。

 豪頭は続ける。

「剣は、剣同士、気配を察知することができる。()の気配を感じた。こちらの世界に送られてきた時点で強いことに間違いないのだが、おそらく、中でもかなり強い。吾輩と同格の――」

「(“名剣”ってやつか)」

「そうだ。」

 豪頭の返事を聞き、米噛の脳裏には「核兵器」という文字が浮かんでいた。

 別世界で“最強”の名を冠していた数本の剣が、この近くに現れたのである。

 住宅街は静かだ。中学・高校の帰宅部はすっかり帰宅を終えたらしく、人がほとんど外に出ていない。太陽は未だ高く、しかし西に角度をつけている。時間帯としては最も暑い時なのだろう。誰もがクーラーの効いた建物のなかでごろりとしたいのだ。米噛もその例に漏れない。豪頭の話は重要そうだったが、それはそれとして、ペダルを踏む足に力が入る。

 米噛から尋ねてくることがなくなり、豪頭は自ら話を続けるだけだ。

「本来、気配というものは遠ければ薄く、近づけば濃くなる、星の光のようなものだ。遠くからでも見えるということは、それだけ光が強いということ。200メートル離れていても感じられる気配は――(まれ)だ。」それから豪頭はぽそりと、呟くように付け加える。「この世界には本当に、相当強い部類の剣しか送られてきていないらしい。」

 米噛は『ドラゴンボール』の“気”や『ハンターハンター』の“オーラ”を思い浮かべた。豪頭はそのイメージをテレパシーによって受け取り、

「そのイメージで合っている。」と返した。

 豪頭はこの世界に来てから、米噛の目を通して、様々なこの世界のコンテンツに触れてきたのだった。

 自転車は高速で景色を後方へとスライドさせながら前へ進む。流れる景色の中で、“青”がちらちらと見えた。空も青いが、もっと濃い青だ。建物と建物の間を縫って、海の青さがここまで届いているのだ。

「(そろそろ家に着く)」

「そうか。」豪頭は話を止める気がない。「気配とは魂。魂とは形状のことだ。吾輩は影に潜んでいる間、魂の形状をどろどろに変え、己の気配を絶っている。そなたが影から引きずり出すと、スイッチを押された照明のように、突然気配が(とも)る。――向こうの気配も、似たように現れた。もしかしたら似たタイプの剣だ。似たように、普段は気配を潜めている。」

「……」

「そして、もしかしたら。向こうも、こちらに気づいたかもしれない。」

「それってマズイか?」

 久しぶりに肉声を出した。しかしすぐに風に流されて消えた。それでも豪頭にはちゃんと聞こえていたようだ。豪頭は、

「もしかしたら、な。」と返した。


 家に着く。乱暴に自転車を止め、がっしゃんと音が響いた。

「ただいまー」

 返事は返ってこない。豪頭のテレパシーばかりが米噛の身体を揺さぶった。

「向こうも、気配を隠す(すべ)を持っているとしたら。これは、本当に強い剣である可能性が高いぞ。」

 扉の方につま先を向け、靴を脱いだ。スリッパに履き替えながら、米噛は言う。

「でも、オレの姿を見られたわけじゃないだろう。だったら、オレがコストコの──剣の保持者とはバレてないだろう」

「それは、」一拍挟み、「そのはずだが。」

「それに、向こうも敵意剥き出しの極悪人と決まったわけじゃあない。善良な剣士かもよ。()い剣士……正義の剣士だ」

「なんという希望的観測。」

「ま、確かに、気配の出現とほぼ同時に大鐘が鳴ったのは少し気になるが……どっちにしろオレらから関わる必要もないだろう」

 それに、と米噛は続ける。

「こっちの世界では隠居すると決めたんだろう」

「ああ。」影の中で鉄が頷く。「そうだったな」

 階段を上がり、部屋の扉を開ける。クーラーから吹く冷風が、体表の熱を撫でる。

「ただいま。クロ。」と言うと、

「おかえり。米噛。コストコ。」と黒猫が返事をした。




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