冬のホタル
短編小説第2弾!
今回のテーマは自分を知るです。
キーワードは
「好き」と「得意」
「嫌い」と「苦手」
12月某日、外は快晴。よし、今日こそは決行しよう!そう心に誓い早速準備を始め、家を出た。お店の前まで着くと少し緊張している自分がいた。やっぱり今日はやめてまた別の日にしようかという考えが頭を掠めたが、お前ならやれる!と自分で自分の背中を押し、お店の扉を開けた。
中に入ると若い兄ちゃん(とは言っても僕より年は上)が受付カウンターを担当していた。僕は意を決してカウンターの前に立ち、言葉を発した。
(僕)「あの、1人なんですけど」
(若)「はい、おひとり様ですね。ご利用時間はどうなさいますか?」
(僕)「2時間でお願いします。」
(若)「はい、かしこまりました。どの部屋が良いとか希望はありますか?」
(え!?今は自分で部屋を選べるのか・・・それとも昔からそういうシステムで僕はただ知らなかっただけ?まあ一人だし、そこまで部屋にこだわりもなかったから)
(僕)「特にありません」と答え
(若)「かしこまりました。お飲み物の料金はワンドリンクオーダー制と飲み放題がありますが、どちらになさいますか?」
(僕)「ワンドリンクオーダー制で」
(若)「かしこまりました。お部屋の番号は8番になります。では、こちらの伝票を持ってお進みください。」
(僕)「はい、ありがとうございます。」
こうして手続きを無事済ませ、部屋のドアを開けた。
ここで今回僕がやりたかったことを発表する(もう気づいているかもしれないが)それは、一人カラオケだ!
部屋に入り電気をつけるとカラオケ店特有のソファやテーブルが僕を出迎えてくれていた。僕はソファの角っこに腰を下ろしスマホでメニュー表を開いた(今は料理や飲み物も全部スマホで注文できる時代なんだなぁ)と驚きつつ少し寂しい感情を抱きながら小さい電子機器の画面を見ていた。
注文を終えた僕は店員さんが運んで来てくれるのを待つ間最後ににカラオケに行ったのはいつだろうと思い出していた。たしか、最後に行ったのは小学5年生の頃だった。家族と一緒に盛り上がっていた記憶がある。(ただ当時僕は口の中に口内炎が二箇所できていたこともありテンションは下がっていたが)あれからか10年も経つのか〜と思いを馳せていた時
トン!トン!・・・ドアのノックの音が聴こえた。僕は「どうぞ〜」と言い
(若)「失礼します。こちらご注文の品になります。・・・ごゆっくりどうぞ。」
と言い残し若い兄ちゃん(店員さん)は部屋を去っていった。
僕が注文したのはポテトとたこ焼きと冬限定のホットミルクストロベリー(マシュマロ入り)。今はお昼時もあって、すごくお腹が空いていた。(腹が減ってはなんとやらだ!)僕は真っ先にたこ焼きに箸を伸ばし口の中に入れた。
(僕)「あふっ!あふっ!」
たった今、口の中で火災発生中。直ちに飲料水を飲んで消火活動に取り掛れと命令を受けた僕はすぐさま
マグカップを手に取り飲んだ。しかしそれがホットミルクストロベリーだったと思い出したのは飲んだ直後のことだった。僕は再び慌てたが、たこ焼きの熱さに慣れてしまったせいかホットミルクストロベリーが少し冷たく感じた。結果的に火を消し止めることに成功し口の中も火傷することはなかった。
(よし、じゃあ歌うか)
1人カラオケの最大の魅力は1人で好きな曲を人目を気にせず思いっきり歌うこと。僕は人前で歌うのは苦
だ。恥ずかしいし何より僕は歌うのが下手、つまり音痴だ。
これは自分で歌っている時も気づいていたし現に親友にも
(友)「お前、歌うの下手だなあ」
とド直球に言われたこともある。(もっとオブラートに包んで言うという選択肢はこいつにはないのか!とも思ったが)けど音楽は好きだし、好きなアーティストさんだっている。散歩している時には、有線イヤホンをつけて好きな曲を聴き、口ずさみながら歩いている。(周りに人がいないのを確認してから)
だから今回僕は思いきって一人カラオケをやってみた。
歌うのは最近の流行りの曲ではなく僕はMr.Childrenさんの「HANABI」を選択した。そう、僕の好きなアーティストさんはMr.Childrenさん。親の影響もあり高校2年生の時からファンになった。Mr.Childrenさんの曲にはいつも勇気をもらい僕の背中を支えてもらっている。今回はそんな感謝の意味も込めて僕はMr.Childrenさんの数多ある名曲をノンストップで歌う。ソファから立ちマイクを片手にいざ、単独ライブスタート!
最初は自分の声が部屋の外に漏れているんじゃないかとか僕一人のはずなのにやっぱりまだ人の目を気にしている自分がいたが、その不安は歌い続けていくうちに徐々に姿を消していった。代わりに僅かな明かりが僕の心の中に灯し始め辺りを照らした。僕はMr.Childrenの桜井さんのスタイル(歌い方)をマネして歌っていたのだ。僕は気づいた。その曲のアーティストさん達の独自のスタイル(歌い方)や仕草を自分の中に取り入れ、その人になりきって歌うこと。
それこそが緊張せず楽しく歌う一番のコツだということを。
それから僕は、好きな曲をどんどん選択し楽しく歌っていた。すると突然、受話器の方から
プルルン!プルルン!
と音が鳴った。時計を見ると約束していた2時間が終わりを迎えようとしていた。僕は受話器を手に取った。ガチャ!
(店)「お客様、お時間10分前になりますけど、どうなさいますか?」
僕はここで切り上げようかとも思ったが、まだ歌いたい曲もたくさんあったから
(僕)「1時間延長お願いします。」
(店)「はい、かしこまりました。」
(僕)「では、失礼します。」
と言い残し受話器をかけた。ここから単独ライブの後半戦がスタートした。
2時間以上歌い続けるといろんな変化が起きた。
まずは喉が痛くなる。(さすがに2時間以上歌っていたらこうなるか)
そしてずっと立ちっぱなしで歌っていたこともあり時々座りながら歌っていた。さらに僕はマイクの持ち方にも変化が起きていた。歌い始めの時は右手でマイクの真ん中ぐらいを持っていたが、そこから左手に持ち変えてみたり、両手で持ってみたりマイクの持ち方の角度をちょっと上げてみたり下げてみたり、マイクの真ん中より少し上の方で持ってみたりなど、様々な持ち方をしていた。(人は歌い続けるとマイクの持ち方にも個性が生まれるのか)
注文した料理をつまみながら(だいぶ冷めていたが味はうまい!)楽しく歌っていたのも束の間再びあの音が鳴り響く。
プルルン!プルルン!プルルン!プルルン!
僕は何の迷いもなく受話器を手に取りこう伝えた。
(店)「お客様、お時間・・・」
(僕)「1時間延長で」
(店)「はい、かしこまりました。」
ガチャ!
おそらく延長するのはこれで最後になるだろう。僕の体力も限界に近づきつつある。だがそれとは裏腹に心のスタジアムの中にいる観客達は「アンコール!アンコール!」
と声援を送ってきている。僕はその声援に応える形でアンコールライブを行った。
最後の1時間は僕の背中を支えてくれる応援ソングを精一杯デカい声で歌った。音程はバラバラで画面に表示されている音程キーもほとんど赤色で埋め尽くされている。だけど、そんなことはどうでもいい。今歌っている曲のメロディーや歌詞が1人でも多くの人に届いてほしい、伝わってほしい。そう願う一心で歌い続けた僕は合計で(休憩も含めて)4時間無事歌い切ることができた。
注文した品を全部平らげ部屋を後にする直前、気づいたことがある。それは僕は歌うことが好きだということ。人前で歌うのは苦手だ。けど、人の目を気にせず自分に合ったスタイル(歌い方)で音楽を奏でると高揚感に満ちあふれ自然と楽しく歌うことができた。
歌うことは「好き」でもあり、「苦手」でもある唯一無二の存在となった。今日、1人カラオケをしなければこのことには気づけなかっただろう。ありがとう1人カラオケ。
受付カウンターには若い兄ちゃん(最初にいた人とは別の人)が担当していた。
ピッ!
伝票のバーコードを読み込む音がなり
(若)「お合計は4時間で・・・・円になります」
(僕)(たかっ!)(驚)
僕は叫びそうになった心の声を押し殺し静かにお散布からお札を出しお店を後にした。
お店を出ると日は沈んでいて外は真っ暗だった。次、1人カラオケをするときは朝にしよう。(朝の方が断然、値段が安いから!)そう心に決め、帰ろうとした時、横を見ると冬のホタルが商店街を彩っていた。耳を澄ますとクリスマスの前奏曲が微かに聴こえた気がした。
翌日、喉の痛みに加えお腹周りが筋肉痛になったことは言うまでもない。
投稿するの遅くなってしまったー!