1:毎年
俺には毎年恒例になっている行事がある。
一年で一番初々しい月、四月。
自分が大切にとっているその「種子」を、庭の花壇に植えるのだ。
整えた花壇に少しずつ間を置いて、その「種子」を蒔いていく。その一つ一つが大切な思い出を蘇らせ、少し泣きそうになる。
「晴秋ー。また泣いてんの?」
間延びした声が背後から聞こえてくる。家が隣同士で同い年の夏生の声だった。
「お前勝手に人ん家入ってくるのいい加減にしろよ」
「いいじゃん、合鍵持ってるんだし。心配なんだよ毎年。またメソメソしてんじゃないのかって」
夏生には俺の家の鍵を預けている。正しくは、独りになった俺に何かあったら大変だから、と夏生の親から言われたからだ。しかしなぜかそれを管理しているのは夏生だった。
夏生は俺のいる庭の花壇に歩いてくる。
「今日、命日だもんな、お前の両親の…」
少し固い声で言う。そして俺の隣にしゃがみ込んだ。軽く手を合わせると、俺の手元にあったそれが入ったタッパーを指差す。
「もう、だいぶ少なくなってきたな」
「そうだな…あんなに、沢山あったのに…」
小さかった頃から、毎年、両親と一緒に咲き終わったその花の種子を取る。そしてそれを春にこうやって庭の花壇に植えるのだ。
「コスモスの種子…」
それは俺にとって宝物で、両親の残した遺品とも言えるだろう。
三年前、今日のような晴天だったその日、俺の両親は交通事故で亡くなった。飲酒運転の上、信号を無視した軽自動車にはねられ救急車で病院に運ばれた。その時、すでに息はなかったらしい。運転していた男はそのまま電柱に突っ込んで死んだ。即死だったと聞いた。なんの罪も償わず、俺から大切なもの全て取り上げてぐちゃぐちゃにしたのに、さっさと死んだのは許せない。だけど、それをどこにぶつければいい? どうしたらこの痛みはなくなる? 俺はコスモスの種に問いかける。
「それ、なくなったらどうすんの?」
夏生は俺の手元のタッパーを覗き込む。
「…さあな、でも多分、もう…」
俺は一度息を吸い込む。
「…種子、蒔かない。この残った分がなくなったら…」
俺はタッパーをそっと閉めた。
「俺が立ち止まれば立ち止まるほど、父さんも母さんも余計天国で心配すると思うから…」
「…そっか」
夏生はなんでもないふうに頷いたあと、俺の頭を撫でてくる。
「なんだよ気色悪いな」
「いや、傷心の晴秋くんにはオレの特製ナポリタンが待ってるぞっていう合図」
「お前さ、勝手に台所まで使うなよ」
「えー、じゃあお前の分までオレ食っちゃうけどいいの?」
タイミングが悪かった。
俺の腹の虫が鳴いた。
夏生は意地悪く笑うとまた頭を撫でてくる。
「っだから止めろって」
「はいはい、とりあえずさっさと食わないと冷めるよ」
俺と夏生は勝手口から台所に向かった。