表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/19

17.

 ガンッ! と、小屋の扉から衝撃音が聞こえてきた。

 一体なにごと!? と震えつつ、外の様子を窺う。


「ベティ! そこにいるのか!?」

「ッ! ぶ、ぶひぃっ! (殿下! 私ここにいます!)」


 嘘、本当に助けに来てくれた!? まさかあの渾身の鳴き声を聞き取ってくれたなんて……感動して涙が出てきそう。

 でも一目散に駆け寄って来てくれたのはうれしいけれど、私の声を聞き分けたってことよね? 他のブタとは違うって思ったのよね……。

 なんかちょっと気持ち悪いとは思ってはいけない。彼は命の恩人である。


「急にどうされたんですか。ベティとは?」

「話は後だ。この鍵は誰が持っている!」

「いや、誰だったか。ここはしばらく使ってないからな」

「じゃあなんで中からブタの声がするんだ!」


 わちゃわちゃと騒がしい声が聞こえてくる。なにやら揉めているらしい。

 もしかしたらピーターしか鍵を持っていなかったのかも? まさかピーター、私がいることを大人に伝えていなかった……!?

 なんでそんな隠し事をするの! 報告連絡相談はどこでも大事なのよ!


「まどろっこしい。鍵を壊すぞ」

「お下がりください、殿下。それは私が」


 第三者の声が聞こえてきた。この小屋の外には一体何人いるのだろう。

 この私の姿をいろんな人に見られるのは嫌なんだけど……!? あとなんて言ってここから私を救い出すつもりなのかしら。


「壊した鍵は弁償する」と、王子の声が聞こえた直後。派手な金属音が響いた。


「ぴっ!(ぎゃっ!)」


 勢いよく扉が開いた。

「お前たちはそこで待っていてくれ」と告げて、王子がひとりだけ小屋に入ってくる。


「ベティ」


 真っすぐに私を見つめてくる王子の顔には複雑な色が浮かんでいた。

 不安が解消された安堵感からなのか、ほんのり目が潤んでいる気がする。


「ベティだな?」


 王子が柵の上から私を覗き込んだ。じっと目が合った瞬間、なんだか私の胸はよくわからないものでいっぱいになった。

 声を上げることも苦しくて、頭を縦に振る。

 彼は服が汚れることも厭わずに片膝をついて柵の隙間から私を見つめてくる。その表情はなんだか今まで見たことがないほど人間味があった。

 これまで宗教画のように美しいとか神々しいとか散々言われてきた人だけど、今は普通の青年に見えた。


 目は口程に物を言うとはこのことかもしれない。すごくすごく心配して、見つかってよかったという愛情が伝わって来た。泣きそうな顔でギュッと眉根を寄せられると、私の涙腺が崩壊しそう。


「ぷぅ……(ごめんなさい……)」

「うん」

「ぶひぃん……(見つけてくれてありがとう)」

「俺の方こそ怖がらせてすまなかった」


 ……それは本当にそうなのよ。

 王子はきっと構いたがり屋なのだと思う。犬ならいいかもしれないけれど、猫ならノイローゼになりそう。

 ところでなんとなく言葉が通じている気がするのは気のせい? 会話ができているのも偶然なのかしら。飼い主の愛とか言いだされたら気持ち悪いので黙っておくけれど。


 王子は柵の隙間から手を差し込んだ。


「ベティ、俺と一緒に王宮に戻ってくれるか?」


 もしも私が拒絶したら、きっと王子は私の飼い主から退くだろう。事情を知っている人に私の世話を任せて、今後は関わらないようにするに違いない。

 散々押してくるくせに、こういうところが少しズルい。

 最後の決定権を私に委ねようとするなんて……ここで手を取らなかったら女が廃るじゃない!


「ぶう!(当たり前でしょう!)」


 私はタン! と、鼻息荒く王子の手に右の前足を乗せた。

 誰かが私の呪いを解かないと人間に戻れないんだから、ちゃんと最後まで協力してもらわないと困ります。


「ベティ……よかった。ありがとう」

「(……っ!)」


 誰かの心からの笑みというものをはじめて目の当たりにした。声が出ないほど美しくて、私の魂が口から飛び出てしまいそう。

 だけど王子が跪いたままブタになにかを懇願するという絵面は正直よろしくない。むしろめちゃくちゃ怪しさしか感じられない。


「ぶぶぅ! (早く出して!)」


 とりあえずここから救出してほしいと懇願する。彼は柵の入り口の留め具をあっさり解除し、私を抱き上げた。


「繊細な君のことだ。きっと食事も喉を通らなかっただろう。すまない」

「(……)」


 人間のプライドを捨てて餌をペロッと食べきったことは黙っておこう。


 小屋の中に私がいたことは秘密だったらしく、養豚場のオーナーは驚いていた。青い目をしたブタはここのブタではないと証言し、私はあっさり王子の元へ帰れることになった。

 ちなみに臨時休業をさせられた分の補填に、騒がせたことへの謝礼金を上乗せして払うらしい。きっとそのお金の中には口止め料も入っているのだろう。


「君を保護してくれたことへのお礼も込めている。お金でなんとかなるならそれでいい」

「ぶ、ぷぅ……(でもすみません、私のせいで)」


 あとでお金を請求されたら支払えるかしら。私が自由に動かせるお金ってどのくらいあったっけ?


 結局私の脱走劇は一日で終わったけれど、とても心臓に悪かった。自分の立場を再認識させられた。ブタは家畜でいつか食べられてしまう。私だって半年後には大人のブタになって王子の手に余ることに……。


「ぶひぃ……(そんなの嫌……)」


 馬車の中で王子の膝に乗せられながら、私は自分の未来を想像した。

 このまま人間に戻れなかったらあっという間に母ブタになってしまうかもしれない。肥えた身体は醜くて、クレイグ様が言う通り本当の非常食になるだろう。


「ベティ、急にどうしたんだ。どこか痛むのか?」


 身体は痛くないけれど胸が押しつぶされそうに痛みます。


「ぷぅぶふぅ……!(早く人間に戻りたい……!)」


 私を撫でる王子の手に縋りつく。

 呪いが解けないならせめて、呪い返しでヘクターをブタにしてやりたい!

……って、多分こういう考えがいけないのよね。反省したくないけれど今は反省しておくわ。


「可哀想に。君がこんなにぽろぽろ泣くなんて……とても怖かったんだな」


 身体を持ちあげられて抱きしめられた。

 慰めるように王子の唇が私の顔に触れる。その唇が涙を吸い取った瞬間、目の前の視界が真っ白に染まった。


「だから、ブタにキスするのは衛生的によくないと思うわ!」


 涙目で王子を見つめる。

 何故だか先ほどよりも王子との顔の距離が近づいている気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ