プロローグ1
アストレアより転生していたマミアが、病に侵され他界すると同時にアストレアへと戻ると、事情を知った家族は、彼女を追いかけてアストレアへ転生することを選択して、それぞれが全く別の場所、種族へと転生する。そんな家族が再び出会うまでの物語。
投稿初心者です。三人で相談しながら書いてますので、ごった煮状態かもしれませんが、生温かい目で見守って頂けると嬉しいです。
更新は、土曜日にまとめて十話前後を投稿させていただく予定ですが、他に良い方法が見つかりましたら、また報告させて頂きます。
よろしくお願い致します。
「パァパ......く..る......しい」
ベッドに寝ていた私は、締め付けられるような胸の痛みを覚えた。
すぐに夫と子供二人がベッドに駆けつけ、血圧を測ったり、胸を聴診したり、経皮酸素モニターを指に取り付けるなどの処置をしてくれるが、その顔色は芳しくない。
胸の痛みは直に良くなったが、突然の娘の声に目が覚めるように、目を開けた。
「ママ!大丈夫?一瞬、意識を失ってたよ!ねぇ、大丈夫なの?」
それに応えるように、夫が答えを続ける。
「今は戻ってるけど、一瞬、心臓が止まってたみたいだ。ママ!大丈夫か?苦しくないか?」
「だいじょうび....」
私は八年前の脳出血の後遺症で、全失語と四肢麻痺の状態となり、リハビリを頑張った現在でも、自分の思うように言葉を喋ることができず、右手はある程度回復したが、左手左足は全く自由に動かすことはできなかった。
「酸素モニターの場所を何度変えて測っても八十を超えない。唇の色や、顔色も悪い....」
その息子の言葉に応えるように、夫はすぐに救急車を呼ぶように指示をしていた。
夫は胸に当てた聴診器を外すことなく、診察し指示をするが、私の顔色は一向に改善する気配を見せないようだった。
「救急車は十分ぐらいで着くって、急いで支度して。」
「どうしたの?私....病院行くの?」
「大丈夫だよ。みんな付いていくからね。心配しなくて良いからね」
夫の言葉に少しホッとしたが、家族のみんなが、急いで外出用の衣服に着替えるのを見ていると、胸の苦しさが消えた今の私は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
ーーー
私は小さな頃から病院のお得意様だった。小学校の頃には、子供のかからないような痛風や角膜乾燥症などの病気を発症し、中学生になると週に一度から月に二度は病院通いとなり、それまで維持していた成績も急激に下降していった。
原因を調べるためと言って、何度も一ヶ月位の入院をすれば、学業なんてついていけるわけがないと思う。
そんな私に転機が訪れたのは、高校二年生になって精密検査のために紹介された大学病院に入院した時だった。
「あれ?」
少し恍けた口調の言葉をかけてきたのは、私が中学時代に通っていた雑貨店の店員で、学校帰りとか、病院帰りに立ち寄った際に気楽に話せる数少ない大人の人で、当時はバイトの大学生ということだった。
「お前さぁ、そんなに若いうちから学校サボってるとアホになるぞ。」
とか言われて、むちゃくちゃ本気で怒ったら、土下座されるように謝られたことを覚えていた。
そいつが私の主治医となり、これまでの検査と比較にならない程の検査をしてくれて、まだまだ直接の原因ははっきりしないが、多くの可能性のあった病気を否定してくれた。私が彼を頼ったことは仕方のないことだと思う。
いろいろな相談に乗ってもらい、いつしか悩みや病気のことだけでなく、普段の生活や趣味などの私事も話す関係となり、面倒見の良いお兄ちゃん的な存在となり、たまにできたお休みには、ストレス発散名目で、いろいろな所に強引に連れて行って貰った。
中でも私の一番のお気に入りは京都で、修学旅行の定番の新京極や錦市場、和菓子屋さんやお団子屋さんは、私と切っては切れない関係となった。
そんな私達の関係に訪れた転機は、彼の実家の工場の経営不振だった。
このままでは破産するしかなく、彼の両親からの開業圧力が強くなり、両親の地元の医師会会長や医局への積極的な働きかけにより、彼は地元に帰り開業することになってしまった。
彼は、私のことをケアできず申し訳ないと謝ってきたが、私はまだ十八歳だったにも関わらず、彼に付いていく決意を固め、そのことを彼に伝えると、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、快く受け入れてくれた。
この事件が私達の家族の始まりである。
最後までお読み頂き誠にありがとう御座います。
何分にも素人連合でございますので、御評価頂けますと、今後の励みになります。是非とも最下部に設定されている☆☆☆☆☆でご評価頂けると有り難いです。
よろしくお願い致します。




